287 ジェームズの回想①
ブロン共和国の首都であるロルスタットは、周囲を高い強固な城壁で囲まれている。城壁には東西南北に四つの巨大な城門があり、特に南側の城門の前には、多くの隊商の列と旅人の集団が並んでいる。首都への入城審査を待つ列である。
南門の長く続く審査待ちの列を横目に、ロビンら勇者一行は前に進んで行き、貴賓用の審査ゲートへと入った。
このゲートは外国の要人や教会の幹部などが、面倒な審査を免除されて、時間を取られる事無く入城するためのものである。
いつもの様に教会発行の身分証明書を見せると、あっさりと入城を許され、多くの人が行き来する城門前の広場へと出て来た勇者一行であった。
雑踏と喧騒の、るつぼである広場は、大声で話さないと隣りの者にも声が届かない程である。
「何だか、審査を待っている他の人に悪いですね」
申し訳なさそうな顔になったロビンに、ハールデンが眉を寄せると。
「はあ? どこまでお人好しなんだロビン。俺らは命懸けで人の為に戦ってるんだぜ。国の出入りくらい簡単にしてくれなきゃ、やってられねえぜ」
威勢良い鼻息と共に、肩をそびやかすハールデンである。
次にジェームズに目をやると。
「ここは旦那にとっちゃ庭のようなもんだろ? 案内頼むぜ。まずは、この五月蠅え場所から抜け出して、旦那の師匠の道場へ向かうんだろ?」
「そうでござる。……では、ここからはワシが先導するでござる」
先頭に立ったジェームズは、マントに付いたフードを深く被ったままである。
彼はロルスタットへ入城するに当たって、仲間たちにこう話した。
「もう二十年前に訳あって後にした街でござるが、まだワシを知っている者もいるはずでござる。無用な諍いを避けるためにも、街中ではフードを外さぬようにするでござる」
最も、一行の中で顔を出しているのはロビンだけで、後の四人はそれぞれの事情で顔を隠しているのである。
【美男美女である賢治とメリッサは目立たぬように……そして別の意味で目立ってしまう、最恐顔を隠すハールデンである。】
人の流れにそって歩き始めたジェームズに、他の四人が付いて行く。
彼の頭には街の地図が入っているようで、途中で人の多い大通りをそれて路地へ入り、人通りの少なくなった道を選んで歩いて行く。
「なあ旦那。ここまで来たんだ、旦那がなぜロルスタットを出なければならなくなったのか、その辺の話を、そろそろ聞かしてくれても良いんじゃねえのか」
後方からハールデンが声を掛ける。
路地には人通りは少なく、誰も彼らの会話に聞き耳を立てたりする者はいない。
「そうでござるな……別に隠すような話でも無いのでござるが……」
ジェームズは自分の出自から話し始めた。
「ワシは元々はロルスタット出身ではござらん。物心ついた時には母親は居なくて、幼い頃より剣士であった父親と共に、二人で各地を回って修行をしていたのでござる。父親は若い頃から修行を続けていて、ワシ以外には家族も親戚もおらぬと話していたでござる」
「ほう。じゃあ旦那の二刀流は、親父さんからの、一子相伝の流派って訳か」
「いや」
ジェームズは首を振る。
「ワシの父親は二刀流では無く、片手剣の名手でござった。……しかしワシには二刀流の素質があると親父は見抜いていて、当時も今も『二刀流は大成できない』と世間で言われていたにも拘らず、ワシに熱心に二刀流を勧めたのでござる」
二刀を巧みに扱う為には、天から授けられた特別な天秤が必要である。それでジェームズはロビンには二刀流を教えずに、あえて片手剣を教えているのである。
「ふうん。じゃあ、親父さんの目は確かだったってぇ訳だ」
小さくうなづいたジェームズは話を続ける。
路地は入り組んだ場所に入って来て、よほど道に詳しい者しか通らないような通路であり、人通りは全く無くなった。
勇者一行はハールデン以外は口を挟まずに、黙ってジェームズの話に聞き入っている。
「その父親も、ワシが十二歳の時に病気で亡くなったのでござるが、死ぬ直前に自分のたった一人の親友である、ロルスタットで道場を開いている、カルバン師匠の元を尋ねるように告げたのでござる」
「はあ? 十二歳から天涯孤独とは、旦那もたいがい苦労したんだな……で、その後、カルバンってえ師匠の元に身を寄せたって訳か」
ジェームズはうなづく。
「十二歳の子供のワシには、他に選択肢は無かったのでござるが、正確には弟子入りはしていないのでござる……カルバン師匠は、ワシを遠い親戚の子供と周りに告げていて、ワシは道場生が稽古している間は、稽古場に顔を出すことも無く、道場の小間使いをしておったのでござる」
「ん? 何で、そうなるんでえ。二刀流の稽古は、どうしていたんでえ」
「二刀流は今も昔も、どうしても奇異な目で見られるのでござるよ。ワシは道場に迷惑が掛かってはいけないと思い。道場生が帰った後に、師匠に見てもらいながら稽古していたのでござる」
「ほお……て、ことはよ、旦那が二刀流を使うてえのは、カルバン師匠以外の者は知らねえってことか」
ジェームズは少し考えてから首を振った。
「最初は師匠一人だけが知っていたのでござるが、カルバン道場の道場生であり、その当時は若かったゼン公に、偶然、稽古を見られてしまったのでござる……ゼン公は二刀流を否定することも無く、むしろ率先してワシの稽古相手になってくれたのでござる」
「なるほど、そのゼン公ってえ野郎……じゃねえ、人物は、貴族にしちゃあ出来た人物じゃねえか! そんな訳で旦那と仲良くなったんだな。激しい稽古をすればするほど、稽古仲間ってえのは身分を超えた、親しい間柄になれるもんだからな」
腕を組んで、知ったかぶりをして、うなづくハールデンであるが、彼自身は師匠以外と稽古した経験は無かった。
一行の歩いて行く路地は、益々寂しい通りになって行く。こんな通りでは金目当ての破落戸が、いつ出ても可笑しくないのであるが、恐れる風も無く堂々と進む五人に、たまに路地裏から様子を伺うように顔を出す人相の悪い輩も、関わることを避けるように慌てて姿を消すのであった。
「師匠に世話になって八年の月日が流れ、ワシが二十歳になった頃のことでござるが、たまの息抜きにと道場から離れた場所で、初めて入った居酒屋で一人で飲んでいたのでござるが、近くのテーブルで飲んでいた剣士らしき三人組と、諍いになってしまったのでござる」
「一対三か! 相手の数はちょっと物足りねえが、面白くなって来たな」
ジェームズの話は、ハールデンの好きそうな展開になって来た。
「その頃、カルバン師匠の道場は、まだ若くして当主となった、二十五歳のゼン公が後ろ盾になっておられたのでござるが、その三人組はゼン公のライバルでもある、三武公の一角の、右翼軍を率いるラーバン公が贔屓にしている、道場の剣士だったのでござる」
「良いぞ!」
その後の話の展開に期待したハールデンは、手を叩かんばかりの笑みを浮かべて、うんうんとうなづいている。
居酒屋の一段上がった座敷の席では、稽古帰りの剣士風の三人が、周囲の迷惑も考えずに大きな声で話し合っている。
「ゼン公は若い頃からカルバン道場に通っているが、腕の方はさっぱりで、所詮は貴族の遊び程度だって噂だ。その証拠に三武公の中でも、ゼン公の軍がいつも大きな損害を出しているからな……上が無能だと、部下も苦労していることだろうぜ」
「よせ! 声が大きいぞ」
「なあに構うもんか。本当のことを言って何が悪い」
居酒屋の中は、まだ人が少ない時間帯であったが、大きな声で話す三人の声は丸聞こえである。
カルバンの道場は、ここからはかなり離れた場所なので、まさか道場の関係者がいるとは思ってもいなかったのであろう。
「カルバン道場では何を教えているのかな。その点、我らのベルトホルト道場はちょっと違うぞ。ウチの道場の猛稽古を見せてやれば、カルバン道場の門弟などは、直ぐに逃げ出してしまうに違いない」
「ワハハハハッ!」
豪快に笑う三人である。
店の中で、少し離れた場所に座っていたジェームズは、三人を見ないように外を向いていた。
(チッ……入った居酒屋が悪かったでござるな。早く飲み干して店を出よう)
三人はベルトホルト道場の門弟らしい、ベルトホルト道場は、三武公の一人であるラーバン公が後ろ盾となっている道場である。下手に彼らと諍いになれば、ゼン公にも迷惑がかかるかも知れない。
腹は立ったが、ここは我慢しようと決めたジェームズは、手早く酒と肴を口へと運んだ。
「道場主のカルバンも、腕は三流と言うでは無いか。三流に習ったゼン公も、所詮は三流ってえ訳だ」
「ワッハッハー!」
再び盛り上がる三人である。
一方のジェームズは、この場は堪えようと我慢していたのであるが、ゼン公を悪く言われた上に、大恩あるカルバン師匠の悪口を言われ、ついには堪忍袋の緒が切れたのであった。
両手で「バン!」と机を叩いて立ち上がった。
座敷の三人を睨みつけると。
「貴公ら! 五月蠅いでござろう! 静かにせぬか、酒が不味くなる……なるほど、ベルトホルト道場の名が出たが、ベルトホルト道場は弟子の教育も出来ない、クズの集まりの道場でござったか」
「何だと、無礼者! どこの若造だ! タダでは置かぬぞ!」
三人が立ちあがった。
若造と罵られたジェームズは二十歳である。三人は三十歳前後の、剣士としては脂の乗り切った年代であり、自信もあって大言壮語を吐いていたのであろう。
「若造! ひょっとしてカルバン道場の関係者か? 先ほどの言葉を取り消せ、さもないと無事では済まさんぞ」
「無事で済まさなくてけっこう! 表に出ろ!」
ジェームズは店の代金を机の上に置くと、先に表に出て行ったのである。
「待て! 逃げるつもりか!」
三人も片手剣を手に、ジェームズを追って外へ飛び出したのであった。




