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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
南ブロン(不死教団)編Ⅱ
281/304

281 大魔王の懸案事項

 勇者一行は、左右が切り立った谷の入り口に立っていた。急な斜面には岩肌が多く露出していて、木も草もほとんど生えていない。


 「何とも不気味な谷じゃねえか」


 足元に唾を吐いてハールデンはつぶやく。


 「この谷は骨峡谷と呼ばれているそうです。谷に入った者は生きて出て来れない噂があって、ブロン共和国の兵士も、この谷は捜索していないそうです」


 -----昨夜、ネス村にて、賢治の後を隠れて付けて来た者から聞き取った情報である-----


 「なるほどな。流石、ケンジだぜ。良い情報を探って来たもんだ。もし、この周辺に暗殺教団の本部があるなら、ここは相応しい場所じゃねえか」


 ネス村にて、ダメ元で賢治に暗殺教団の情報を調べさせたハールデンであったが、予想に反して賢治は重要な情報を仕入れて来たのであった。

 以前にブロン共和国の兵士が、大々的に暗殺教団の捜索を行った時も、この場所だけは捜索しなかったそうである。


 「今さら言うのも何だけれどさ、暗殺教団なんて放っておいて、私は魔王討伐を優先するべきだと思うんだけれどね」


 メリッサが気が乗らないような口ぶりで言葉を挟んだ。

 直ぐにハールデンが反応する。


 「何だとメリッサ! 暗殺教団は金で人を暗殺する悪い奴らなんだぜ。人々の平和を守る役目の勇者様が、これを放って置けるかってんだよ。なあロビン」


 ロビンに同意を求める。


 「……そうですね。ですが、もしも暗殺教団の本部を発見できたとしても、我々、たった五人ではどうする訳にも行かないでしょう。それでも情報をブロン共和国に提供できれば、それは世の為となるはずです」


 「そうだともロビン! それが勇者様の使命ってもんだぜ」


 両腕を組んで、うんうんとうなづくハールデンである。本当はその情報提供で、いくらかの金を手に入れるつもりである。


 「では俺が先頭に立って谷を進みます」


 賢治が歩き始めた。


 この骨峡谷にはタグルと呼ばれる、胴体だけでニメートルもある蜘蛛に似た魔物が生息していて、谷に迷い込んだ生き物を全て捕食すると言われている。

 ブロン共和国が、この辺り一帯を捜索した時には、兵士の危険をかんがみて『このような人も魔物も入れぬ場所に、暗殺教団の本部がある訳が無い』と、それなりの理由を付けて捜索をけたのである。


 「魔物が出たならば、ケンジ殿はすぐに後方へ下がって頂きたいでござる……後は我らにお任せ下され」


 ジェームズが後方から声を掛けた。

 腕利きそろいの勇者一行は、凶暴であると噂の、谷の魔物を全く恐れていない。


 賢治は谷の入り口に群生する、麦に似た植物を踏みしだいて進んで行く。実はこの植物の臭いをタグルは嫌うので、この谷を通過する不死教団の者たちは、この植物で編んだみのを着て進むのである。


 (大魔王様。谷に住む魔物は、我らの周囲を守る使い魔を恐れて、巣穴に逃げ込んだようでございます)


 カノンは賢治に報告を行う。獰猛で、誰彼構わず襲うタグルも、賢治の使い魔には強さは足元にも及ばない。

 使い魔が谷に姿を現すと、危険を察して一斉に巣穴に姿を消したのである。


 「……そうか」


 報告を聞いた賢治は、他のことに思いが行っているようで、上の空でうなづいた。


 (……大魔王様は何か別のことを、気になされておられるようだ)


 カノンは思い当たる節を脳裏に浮かべて行く。主人の考えを察して、先回りして手を打つのも配下の役目なのだ。


 今になって思えば、ネス村にやって来た頃から、賢治の様子が可笑しくなったのではないかと、思い当たる節があるカノンであった。

 その思いはネス村の路地裏で、宿から後を付けてた男を捕まえた時から、更に強くなったのである。


 知らぬ間に捕らえられ、意識を乗っ取られた男は、ネス村の住人が全て不死教団の信者であり、骨峡谷の奥にある、ジャッセ海峡の激流の中央にそびえる建物が、教団の本部であると語ったのであった。

 【谷の向こうに教団本部があるとの情報は、勇者一行には、まだ伝えていない賢治である】

 その後、男は記憶を消され路地裏に放置された。目が覚めた彼は、自分に何があったかも覚えていないであろう。


 「カノン」


 (ハハッ)


 賢治は自分の懸案を、カノンに話すつもりになったようである。


 「……実はな。四百年ほど前に、私はこの谷へ来たことがあってな」


 (そうでございましたか)


 カノンは誕生してから、まだ三百年ほどの若輩である。


 「その時の出来事なのだが、私にとっては気まぐれで行った些事であったので、すっかり忘れていたのだがな……どうやら私はエバータに、気の毒なことをしてしまったようだ」


 (エバータ様に?)


 エバータは賢治が率いる大魔王軍団の総監であり、『彷徨えるリッチ』の異名で呼ばれる実力者である。

 居並ぶ大魔王軍団の猛者たちも、彼が姿を見せれば姿勢を正すと恐れられている。


 そんな彼には趣味があって、大魔王国にも人間界にも、壮大な仕掛けを仕組んだ迷宮などを製作している。

 過去に勇者一行が訪れた『エルバータの塔』や、『渇きの聖杯の置かれていた地下迷宮』。『砂が延々と流れ落ちる魔王城』などは彼の作品である。


 「奴には許可をとらずに、人間に貸してやった建物が、この谷の先にあるのだ。……私の失態だな。後で告げるつもりであったのだが、忘れたまま眠ってしまったのでな……恐らく、貸してやった人間の後継者が、今ではその建物を、不死教団なる組織の本部として使っておるのであろう」


 (なるほど。そのような過去がございましたか)


 主人の悩みが知れて、安堵したカノンである。その主人の悩みに対する明快な答えが彼にはあった。


 (大魔王様。お気になさらずとも良いと思われます)


 「なぜだ? 失念していたとはいえ、奴に黙ったまま、四百年も無断で借りておったのだぞ」


 妖精は首を左右に振る。


 (大魔王様がご利用なされるならば、エバータ様も間違いなく喜んでおられると推測いたします。大魔王様の役に立つことこそが、我ら全ての配下の生き甲斐でございますから)


 確信を持ってカノンは思いを口にした。


 「そうかな……」


 (そうでございますとも。絶対に間違いはございません)


 自信を持って話すカノンの力強い言葉に、賢治の表情も明るくなったようである。


 「分かった。奴には後で何か褒美を渡すことに致そう……それはそうとな、カノン。思い出したとあっては、このまま借りて置く訳にも行くまい。私が建物を貸し与えた人間は、あれから百五十年ほど生きて、寿命が尽きておるはずだ。遅ればせながら、エバータに建物を返却することに致すぞ」


 (大魔王様の御心のままに……)


 「先ずは、誰もこの谷を通過できないように、今の谷を守る魔物タグルではなく、さらに強力で、侵入者を絶対に通さぬ別の魔物を配置せよ」


 (ハハッ)


 ……そうなれば、現在、建物にいる人間は生きて谷を出られなくなる。そして事情を知らずに、新たに外からやって来る教団の者も、新しい魔物に襲われて全滅することになるであろう。

 不死教団にとっては、迷惑この上ない処置なのであるが、賢治にとっては、後がどうなろうが知ったことではないのである。


 懸案が晴れた賢治は足取りも軽く、谷底に散らばる骨を踏み潰しながら進んで行った。





 谷を通って来た勇者一行に、ジャッセ海峡を流れる激流の、地面を揺らす重い響きが伝わって来た。


 「もう直ぐ谷を抜けます」


 賢治が後に続く四人に声を掛ける。


 「何でえ、谷に恐ろしい魔物が出るってえのは、単なる噂だったのか? 結局出て来なかったな。拍子抜けしたぜ」


 ハールデンが肩をそびやかした。

 実際は、賢治の周辺を守る使い魔を恐れた谷の魔物は、巣の奥に隠れてしまっているのである。


 魔物と遭遇することも無く、谷を抜けた勇者一行は、崖下に激流が流れる、壮大な景色を目にしたのであった。


 「こ、こいつはすげえな」


 さしものハールデンも、思わず唸り声を上げる。


 「落ちれば助からぬでござろうな」


 崖の高さと渦巻く海流に、ジェームズも目をいている。


 「海流の真ん中に建物が建ってるじゃないか。……あれが噂の暗殺教団の本部かも知れないねえ。でも、いったいどうやったら、あそこまで渡れるんだい?」


 指をさしてメリッサが指摘する。


 自然の驚異の風景を目にして、しばし足を止めた五人であったが、ようやく崖の手前に見える小屋のような、石積みの小さな建物に気が付いた。


 「建物があるじゃねえか。……ん? 中から人が二人出て来たぞ。……フン! 俺が話して来るから、皆待ってな」


 先頭の賢治を押し退けて、ハールデンが急ぎ足で前へ出て行った。


 建物から出て来たのは屈強な二人の男であった。彼らは不死教団の本部へ繋がる、橋を操作する役目の信者なのであるが、そんなことは知らないハールデンは、ずかずかと無造作に近づいて行った。


 二人は急に谷から現れた五人が、不死教団の信徒では無いと直ぐに察した。


 「こら! お前ら何者だ。どうやってここまでやって来た」


 誰何すいかすると同時に、二人はいきなり片手剣を抜いた。


 彼ら二人は門番も兼任していて、片手剣の腕にも自信があった。

 現れた五人が、どうやって無事にここまで辿たどり着いたかは不明であるが、教団信者以外の者を、この場所から生かして帰す訳には行かない。


 「何だとクオラァ! てめえら抜きやがったな、この野郎!」


 問答無用と抜かれた片手剣を見て、たちまち頭に血が上ったハールデンである。

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