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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
海賊(ルーミッド)編Ⅰ
244/304

244 ハールデン、地団駄を踏む

 ガーレリア船長には二人の強い部下がいた。一人は魔法使いのフェーゴであったが、彼は自信過剰で油断していた為に、先ほど砂浜でメリッサの《火球》に、あっけなく倒されてしまったのであった。

 残りの一人の部下はこの片手剣の達人のマルガである。こんな日の為に、彼ら二人は特別待遇で配下にしていたのであった。


 マルガはハールデンを恐れずに前に出て行く。こちらに迫って来る大男は、一目で強敵と分かったが、速さは自分の方が上であると絶対の自信があった。

 目の前に彼を恐れずに出て来たマルガを見て、ハールデンは片眉を上げて睨みつける。


 「何でえ、逃げねえのか? お前はずいぶん自信があるようだな」


 「お前を倒すくらいの、腕はあるつもりだ」


 「ハッ! 面白おもしれえ!」


 魔物が笑ったような、恐ろしい顔になったハールデンであるが、彼の横をすり抜けてジェームズが前に出た。


 「ハールデン殿。相手は中々の剣士で興味がござる。この一番はワシに譲って頂きたい」


 「えっ。そりゃ無いぜ旦那」


 眉を寄せたハールデンであるが、彼も立場が変わってジェームズの相手が武闘家ならば、譲って欲しいと頼んだはずである。


 「……まあ、仕方ねえな」


 相手が代わっても、特に表情が変わらないマルガをチラッと見ると。


 「よう! あっさり終わっちまうとは思うがよ。……少しは見てるモンを楽しませてくれよな」


 肩をすくめて後方へ下がった。

 他の海賊は恐れをなして、周囲を囲んで成り行きを見守っている。


 「二刀か……珍しいな」


 マルガは片手剣を抜いた。

 剣術の世界の常識として、二刀を扱うのは難しいと言われていて、大陸中を探しても、滅多に二刀流の剣士は居ない。


 「俺も今では落ちぶれて、海賊の用心棒などしているが、昔は名前を出せば、どこの闘技場へ行っても、それと知られた剣士だったんだぜ。まあ、あんたもかなりできるようだな。先ほど下っ端の首を飛ばした早業は見たぜ……だが、俺の方があんたより間違いなく速いぜ」


 不敵に笑ったマルガは片手剣を右肩にかつぎ、盾は持たずに開いた左手を前に出すと、左足を前にして腰を低く構えた。盾を持たないのは速さに特化する為である。

 得意な構えのようで、一気に彼の全身に気迫が満ちて来た。


 うなづいたジェームズは。


 「相手をあなどらぬのは、良い心がけでござる」


 ジェームズも同じく左足を前に出し、右の片手剣を右肩に担ぐと、もう一方の左片手剣は、下げた右腰の後方へ伸ばすように構えた。相手のマルガからは左片手剣は見えない位置に来る。

 マルガはジェームズの出方を見ながらつぶやく。


 「そう言えば……どこかの闘技場で、史上最強の二刀流の戦士が居ると聞いたことがあったな。死ぬ前に一度は対戦して見たいものだ」


 ……奇しくも、その最強の二刀流の使い手を相手にしているのであるが、当然マルガには知る由も無い。

 前にジリジリと出ながら、マルガはこの勝負はどのような展開になるのか、自分の頭の中でシュミレーションしている。


 先ず先制攻撃として、ジェームズの後方に引いた左の片手剣が、下から振り上げられるはずである。この初撃を彼が打ち払うと、時間差で振り下ろされた右の斬撃を食らうことになる。

 これに対抗する為には、振り上げて来た一撃を払わずに躱しつつ、先にこちらの斬撃を浴びせなくてはならない。


 両者が動いた途端に、まばたきをするほどの一瞬で、勝負はつくことになるだろう。


 ……じわじわと距離を縮めた二人に、やがて潮が満ちるように、その時がやって来た。


 「!」


 まるで示し合わせたかように、二人が同時に動いた。

 マルガが予想した通り、ジェームズの初手は下から振り上げる左の斬撃であった。


 (速い!)


 ジェームズの一撃は予想を超える速さであったが、その一撃を受け払いたい本能を我慢して、払わずに左に体を移し、ギリギリで切っ先を躱しながら右の斬撃を放った。

 

 「ギィーン!」


 相手を斬ったと確信したマルガであったが、彼の一撃ははじかれていたのであった。すれ違った二人は位置を変えると、再び元の構えに戻った。

 ハールデンが驚いた顔をしている。今までジェームズが対戦して、刃を打ち合ったことなど、一度も無かったからである。


 「……どこにでも、達人は居るものでござるな」


 特に驚いた様子でもなく、落ち着いた、しみじみとした調子でジェームズがつぶやいた。


 逆に相手の刃を躱した瞬間、勝ったと確信したマルガは驚いていた。これまでに自分の速さに対抗できる者はいなかった。それが相手の斬撃は彼の速さを超えて、二刀がほぼ同時に繰り出されたのである。


 (長い片手剣を、あの速さで同時に扱うとは……これは強者だ。想像以上だ! 見誤った……これは勝てないかも知れない)


 半分負けを覚悟したマルガであるが、右脇に違和感を感じ目を向けると、皮鎧の脇が切断されていて、切断された部分から内臓が溢れ出て来るところであった。初撃を躱したつもりであったが、知らぬ間に斬られていたのである。

 内臓を斬られれば助かる術はない。彼は観念して、がっくりと肩を落とした。


 「むむ……参った! 世間は広いな」


 潔く刀を投げ出したマルガは、そのまま千鳥足で歩いて行くと、船外に頭から身を投げたのであった。

 水飛沫みずしぶきが上がると同時に、待ち構えていた魔物によって、マルガの身体は無惨にも引き裂かれたのである。


 「……ああ、マルガ! 嘘だろ?」


 頼みのマルガが破れ、ガーレリア船長が絶望の顔で叫ぶ。一対一の決闘で、彼が負けるなど想像もしていなかった。


 「ひえーー! マルガの兄貴がやられちまった!」


 「助けてくれー!」


 「ひやーー!」


 周囲の決闘を見守っていた海賊たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げて行くが、ここは逃げ場のない船の上である。


 「へっ! 面白おもしれえ勝負を見せてもらったぜ旦那。ってことで、船長のこりは俺が頂くぜ」


 ハールデンは怯えた目の船長へ近づいて行く。間に入って、船長の盾になろうとする海賊など一人もいない。


 「先手を譲ってやる。さあ、かかって来い!」


 ハールデンの挑発に、ガーレリア船長は首を振る。


 「ま、参りました。かなうわけがありません。降参します。何でもします、差し上げます。命だけは、お、お助け下さい」


 武器を投げ出してひざまずき、手を合わせて涙を浮かべた。

 フッと、やさしい(?)笑顔になったハールデンは、ガーレリアに顔を近づけると、一言一言、目を見ながらハッキリと発音した。


 「だぁ! めぇ! だぁ!」


 「そ、そんな」


 泣きそうな顔になった。極悪非道を好きにしていた海賊船の船長としては、何とも情けない姿である。


 「俺の仲間にはよ、死ぬまで痛みを与え続ける変態サディストが居るが、俺は違って優しいんだぜ。……鉤爪でバラバラになるか、自ら海に落ちて魔物に食われるか、お前に選択させてやる。どうでえ、俺はどんな悪者にだって優しいだろ」


 本人は笑顔のつもりなのであるが、どう見ても威嚇している獰猛な顔つきでハールデンは続ける。


 「だがよお。選択させてやるとは言ったが、そんなには待つつもりはねえぞ。……良いか、バラバラになるか海に落ちるのか? 早く決めろ! さあ、三つ数えるからな……イーチ、ニーイ、サ」


 「畜生!」


 立ち上がったガーレリアは、ハールデンの手から逃れようと横へ飛んだのであるが、踏み込んだハールデンの鉤爪が、下から上へ、船長の左脇から左肩にかけて深くえぐったのである。


 「ウガァーーッ!」


 脇と左腕部分が切断されたガーレリアは、空中にクルクルと舞うと、絶叫と共に船外へ落ちて行ったのである。


 「何でえ、結局、バラバラになって海に落ちたってことは、両方の提案を選択したってことかよ。ハッ! ずいぶん欲深い野郎だぜえ」


 鼻で笑うハールデンである。極悪非道な悪党がどのように無惨に死のうとも、知ったことではない。

 次に彼は、物陰でこちらをうかがう海賊の手下たちを睨んだ。


 「ヒエエ!」


 船の上であり、逃げたくても逃げられない彼らは悲鳴を上げ、どこか隠れる場所は無いものかと探している。


 「次はお前らだ」


 ハールデンは肉食獣が獲物を見る目つきで、残った海賊をどのように始末して行こうかと、考えたのであるが、ジェームズから声を掛けられた。


 「ハールデン殿。ロビン殿からは、やり過ぎないようにと、何度も念を押されていたではござらぬか。お忘れなきよう」


 ジェームズの声が聞こえたようで、物陰に潜む海賊のあちらこちらから、ひょっとしたら助かるのではないかと、安堵のため息が聞こえた。


 「チェッ!」


 舌打ちすると、ジェームズの懐柔に掛かる。


 「まあまあ旦那。そうは言っても相手は極悪非道の海賊なんだぜ。全部退治した方が世の中の為ってもんさ。そうだろ?……へへっ、旦那が黙ってりゃ、ロビンにゃあ分からねえんだからさ」


 ハールデンの猫なで声に、再び海賊たちの顔が青ざめる。


 「なあ。やっちまって良いだろ旦那ぁ。……ほら、良く見て見ろよ奴らを」


  ジェームズが海賊たちに視線を向ける。


 「な! 奴らやる気満々で、武器をこちらに向けているじゃねえか」


 「ボチャン! チャポン! ドボン!」


 ハールデンが指摘すると間髪入れず、残っていた海賊たちは、全員が躊躇いもせず、海に武器を捨てたのであった。

この章は今回で終了です。


事情があって、更新はしばらくお休みします。

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