22 騒ぎの結末
「先ほどから聞いていましたが、貴方方は人として情けなく見苦しいです。それくらいで辞めたらどうですか!」
前に出てきたロビンは、五人の食客たちに遠慮なく言い放った。
「はあっ? 何だこの餓鬼は! 引っ込んでなきゃ怪我をするぞ」
食客らは少年と見て組み易しと感じたのか、肩を怒らせて威嚇した。
「大の大人が、弱きもの相手に見苦しいと言ってるんです。誰がどう見ても貴方たちの方が悪者に見えますよ」
「何だとぉ」
そこまで言われて五人の食客は、姉弟を後回しにすることにしたようで、ロビンに迫って来た。
そしてギョッとして立ち止まった。
まず、ロビンの右手に駆け付けたのはジェームズである。
「ロビン殿のおっしゃる通りでござる。剣士として品も無く情けなき言動でござるぞ!」
次に左手にはハールデンが現れた。他を圧倒する巨体と凶悪な顔の迫力に、食客たちは唾を飲んで後ずさりした。
「動けば腹が減るからよぉ、今の内に何処かへ消えちまいな……俺は金にならねえことはしたくねえんだ」
嫌々と言った様子であるが、ロビンに危険が迫るのであれば出て来ざるを得ない。
メリッサは動かずに腕を組んで観察している。彼女が出て行けば、食客はもちろん、取り囲んで見ている人々にも怪我人が出るかも知れない。
賢治もメリッサの隣りで、立って見ているだけである。彼にとっては勇者一行以外の人間には興味が無かった。
食客側の前の二人は片手剣を抜いていたが、後方の三人もジェームズとハールデンの迫力に押されて片手剣に手を掛けた。
「オッと!」
その様子を見たハールデンが声を掛ける。
「素手で向かって来る奴は手加減してやるが、そうじゃない奴は、今日から自分の歯で飯が食えなくなるぞ……良いんだな」
歯を剥いて笑顔を見せたが、猛獣が笑ったとしても、見ている草食獣は不気味なだけである。
「俺は経験がねえが、歯が無くなると飯がまずくなるそうだぜ」
ハールデンは獰猛な顔で、見せつけるように自分の丈夫そうな歯を見せて笑った。
「うう・・・っ」
後方の三人は刀が抜けなくなった。
巨体の男は素手であるが、素手でも大人の人間を簡単に引き千切れそうに見える。もう一人の中肉中背の四十代に見える男は、刀に手を掛けているだけであるが、同じ剣を職業にする者として、圧倒的な強者の貫禄があった。
前の二人は後方の仲間に声を掛ける。
「おい、お前らどうしたんだ。ビビってんじゃねえぞ。相手はたった二人なんだ……それに、このまま帰ったなら俺たちは……」
「場所を考えろ! ここで何にも言うんじゃねえ!」
うっかり何かを口にしかけた男を、後方の姉の片手剣を手に持つ男が止めた。
「クソ! 後戻りはできねえ! やっちまえ!」
姉の剣を持っている男が叫んだ。
「あー! やっちまったな。それ! 最悪の選択だぜ!」
男の「やっちまえ!」の「え」が終わらない内に、叫んだハールデンが飛び掛かった。
ハールデンの前にいた男の前歯と下顎が、正拳付きで砕けていた。
白目を剥いて倒れる男を横に乱暴に突き飛ばし、後方の片手剣を抜こうとしている男の下顎を、まわし蹴りで蹴り砕いた。
一瞬で二人の男が無残な状態で失神し、ハールデンが隣を見ると、片手剣を手にしていた残りの二人は、鞘ごと剣を抜いたジェームズに右腕を叩き折られ、折れた右腕を左手で支え、両膝を折って呻いていた。
あっという間に、残ったのは姉の剣を持った男一人である。男は何が起きたか理解できず、呆然と立ち尽くしている。
ハールデンは唾を吐くと。
「俺はな! 言ったことを実行する男なんだ。武器を出したら、今日から自分の歯で飯が食えなくなるって言ったよな」
ジェームズに折られた腕を押さえている男に近づくと、胸倉を掴んで引き起こした。
痛い痛いと涙を流す男であるが、ハールデンは容赦はしない。躊躇う事無く鼻の下目掛けて頭突きを見舞うと、前歯が飛び散って男は失神した。
「オラッ! 次はお前だ」
彼の辞書に『容赦』という文字は存在しない。涙を流して首を振る男の首根っこを掴むと、同様に鼻の下に頭突きを食わせ歯を辺りにばらまいた。
男はボロ雑巾のような無残な姿で地面に転がった。
「どうだ! 俺って律儀だろが」
残った一人に親指を立てて見せると、今度は両手を上げて周囲を囲む人々に向かって。
「みんな、見ただろ! 奴らが先に剣を抜いたんだ。俺たちゃ刃物は抜いていないぞ! あんたら全員が目撃者だ」
ハールデンが叫ぶと。
「見たぞ! 役人が来たら証言してやるぞ!」
「良いぞ! 兄さん! 顔はめちゃくちゃ怖いが気分が良いぜ!」
「良くやってくれた! 日頃の行いが悪いんだ、ざまあ見ろ!」
声援する声が圧倒的に多かったが、中には。
「酷え」
「ちょっと、やり過ぎじゃねえか」
「あそこまで、やらなくてもなぁ」
少数の意見も聞こえた。
どちらにせよ、後で役人に捕まっては堪らないので、ハールデンは群衆を味方に付けたのであった。この辺は彼は抜かりない男である。
群衆に手を振ったハールデンは、姉の片手剣を握ったまま動けないでいる、残った男を振り向いた。
「お前はどうする。その剣を置いて逃げて行くか……斬り掛かって、歯を置いて行ってくれても構わねえんだぜ。さあっ、どうする! 剣か歯かどっちを置いて行くんだ!」
男はどうしようかと震えながら考えている。自分の周りに倒れている仲間の悲惨な姿を見ると、斬り掛かる選択肢は絶対に無い。
「畜生!」
叫んだ男はいきなり背を向けた。まさか逃げ出すとは思わなかったハールデンとジェームズは、虚を突かれたのであったが、持ち逃げしようとしていた姉の剣と男の手首に、メリッサの鞭の先が絡みついたのであった。
「持ち逃げは許さないよ!」
叫んだメリッサが鞭を引くと、体勢を崩した男は引っ張られて転倒し、ハールデンとジェームズの間まで転がって来たのであった。
「ヒィ!」
短く悲鳴を上げた男は四つん這いになり、姉の剣を捨てて逃げ出そうとしたのであるが、突き出した尻に鞭の一撃を受けて転倒した。
「アグッ!……痛ーうぅ!」
尻を押さえ、両足をつま先までピンと伸ばして転げ回る。
「剣を持ち逃げしようなんて、悪い奴だねぇ」
笑みを浮かべてメリッサが前に出て来た。そして再び鞭を振った。
「アーツッ!」
再び男の尻が大きく鳴った。
これ以上伸びないくらい、両足を伸ばして痛みに転げ回る。
その様子を見たハールデンは、右手の平を自分の額に当てた。
(あーっ! やっちまったなコイツ。最悪の選択をしやがった!)
「良いぞ! もっとやれ姐さん!」
群衆から声が掛かる。男らは普段、町で我が物顔で狼藉を働いているだけに、同情する者はいない。
(オイオイ! メリッサを煽るんじゃねえ)
ハールデンは不味いと思うが、声に出して止めるわけにも行かない。
「もっと痛い目見せてやれ!」
「痛快だぜ!」
「やーれ! やーれ!」
群衆が、手を叩いてけし掛ける。
(不味い! メリッサのスイッチが入る!)
ハールデンは、横に広げた両手で地面を叩く格好をして、群衆を押さえようとした。だが、調子が出て来たメリッサを止めることは出来ない。
「そーれ! そーれ!」
尻を押さえた手にも、容赦なく鞭が振り下ろされる。
「痛えー!」
尻を庇っていた手を叩かれ、「アガーッ」と叫んで痛みに手を押さえると、今度は尻が大きく鳴った!
群衆からはドッと笑いが起こる。
繰り返される鞭の音と男の悲鳴。群衆は音と悲鳴に合わせて手拍子を打つのであった。
「あ。それ! あ。それ! あ、それ、それ、それ!」
……最初は喝采し、笑いながら手拍子を打っていた群衆であったが、そのうち声は小さくなって、やがて消えて行った。
それでも繰り返される一連の動作。鞭の響く音の大きさは変わらないが、男の悲鳴は小さくなって行った。メリッサの目が座り、両方の口角が吊り上がっている。
(これは、いつまで繰り返されるのか)
男は意識が朦朧とし、自分の糞尿の中で力なく呻いている。さすがに群衆が不安になって来た頃、賢治が前に出て来た。
「メリッサさん。暗くなる前に、宿屋を探しに行きませんか」
賢治の話す調子はいつもと変わらない。鞭を止めることが目的ではなく、宿屋探しの時間が無くなることを、普通に告げている口調であった。
「うん……?」
賢治の顔を見るメリッサの意識は、最初は何処か遠くへ行っていたようであったが、やがて帰って来たようで目に光が灯った。
「あ……ああ、そうだね。泊まるのはシャワーがちゃんとしている宿屋が良いね」
鞭を仕舞いながら、糞尿にまみれて尻が酷い状態になっている男を確認すると。
「あーっ! これは惨いねぇ……それにしてもケンジ。ホントにあんたは血も涙もないね。もっと早く止めりゃあ良いのに」
自分がやったことを、他人がやったかのように転換し、首を左右に振って眉をひそめると、そうつぶやいたのであった。
(人のせいにするんじゃねえ!)
心の中で思ったハールデンであるが、当然ながら口には出さなかった。
その頃になって、町の治安を守る兵士の小隊がやって来たのであった。
(小隊は一組二十名である)
「待て待て! なんだこの有様は!」
顎を砕かれて失神している四人と、尻が無残になった男を見た兵士たちは、当然ながら、騒ぎを起こしたらしき勇者一行を取り囲んだ。
「お前たちは旅人か……群衆の面前でこれほどの狼藉を働くとは、タダで済むと思うなよ」
そうは告げたものの、勇者一行は見た目だけでも只者ではない。囲んだ兵士たちに緊張が走る。
「おいおい! 俺たちは絡まれていた姉弟を助けただけだぜ。しかも奴らは片手剣を抜いて掛かって来たんだぜ。本来なら殺されても文句は言えねえはずだ、これくらいで済んで感謝してもらいてえくらいだぜ。(尻を叩かれた奴はやり過ぎかもな)……俺たちは剣も抜いてねえんだ……まあ、鞭を使った奴はいるがな」
ハールデンは両手を上げて、害意は無いことを示した。
「最初から最後まで、周りを囲んだ皆が見ていたんだ。事情を聞いて見りゃ、どっちが悪いかすぐ分かるぜ」
兵士の半分は、人々へ事情聴衆を始めた。残りの半分は、勇者一行を警戒して囲んだままである。群衆は少しずつ去って行って、半数以下になっていた。
やがて事情聴取をしていた兵士の中から、上司らしき者が勇者一行の元へやって来て、リーダーであるハールデンがその前に立った。
「見ていた者から話は聞いた。やり過ぎと言う者も少なからずいたが、お前たちより、やられた者の方に非があるのは間違いないようだ」
「なっ」
ハールデンはウインクした。面倒なことになりそうなら、国から発行されている『Cランク勇者の証明書』を見せようと思っていたのであるが、その必要は無いようである。
「だが、ここまで乱暴を働いた者を、そのまま無罪放免と言う訳には行かん。ゼファーナに滞在している間の、宿泊場所を聞いておこうか」
宿泊場所を聞かれたが、宿屋はまだ決めていない。
何と返事するか考えたハールデンであったが、横から声が掛かった。
「兵士様。私はこの方々に助けられた者です」
助けた姉弟がそこにいた。
「この方々には助けて頂いた御恩があります。私どもの家で寝泊まりして頂こうと思いますが、いかがでしょうか」
ハールデンの目が光った。
「タダか!」
「シャワーはあるかい?」
これはメリッサの声。
「もちろん、お代など頂く訳がありません。家は道場ですので、好きなだけシャワーを使って頂いて結構です」
「決めた!」
有無を言わせないハールデンの声であった。
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