211 渇きの聖杯
二度目の魔王討伐は、もうそこまで迫っています。
勇者ロビン一行は、まずは魔王城へ侵入するためのアイテムを求めます。
魔王アバンタル勢力との、戦いの最前線の町ラムザは、周囲を城壁で囲まれた要塞とも呼べる町であり、多くの兵士が駐屯していて、町の東には巨大なワーム飼育場も整えられている。
町へ近づいて行くに従って、石畳の街道は行き交う馬車と荷駄車で、混雑し始めたのであった。
ほとんどの馬車や荷駄車の荷物は、ワームの餌となるカリアの実を積んでいる物が多かったのだが、中には商魂逞しく、最前線の危険な町に、果敢に商売にやって来ている商人も居るのである。
そんな多くの隊商の行き交う中を、勇者一行は城壁目指して歩いている。歩きながら周囲を見渡したハールデンが声に出す。
「それにしてもよロビン。隊商が多いのは当たり前として、冒険者や傭兵らしい姿も、ちらほらと目につくじゃねえか」
確かにハールデンが口にした通りである。
「そうですね」
ロビンも首を捻る。
ラムザ町は多くの兵士が駐屯している町であり、治安が非常に良い町である。冒険者や傭兵の仕事があるとは思えない。
「何かよぉ。金の匂いがするぜ」
笑みを浮かべて、つぶやいたハールデンは、ロビンに無言で睨まれて、空を向いて口笛を吹いた。
胡麻化したハールデンであるが、彼の金に対する鼻は良く利くのであった。
ラムザ町への入り口の門の前には、隊商と冒険者と傭兵、そして一般の旅人の長い列が出来ていた。町へ入るには身分証明書の提示が不可欠である。
勇者一行は、そんな長い列を横目に見ながら、門へと進んで行った。
「待て待て! お前ら何者だ! とんだ田舎者だな。この町の出入り審査は厳しいぞ! さあ、列の最後尾に並び直せ!」
手に槍を持った兵士が二名飛んできて、勇者一行を害虫でも発見したかように、手で振り払う仕草をした。
「これを」
先頭の賢治がロビンから預かっていた、教会発行の身分証明書を、懐から取り出して兵士へ渡す。
一人の兵士が証明書を広げて確認している間に、もう一人の兵士が五人を一人一人吟味して行き、最後尾のハールデンを見て、その巨体に身体を反らして驚いている。
「こ、これは!」
証明書を確認した兵士が、驚いて足をそろえると、その場で最敬礼の姿勢をとる。
「も、申し訳ございませんでした! ど、どうぞお通り下さい!……お、オイ! 失礼になるぞ! 早くこっちへ来い!」
何が起きたのか理解できず、ハールデンと、直立不動で敬礼している仲間の兵士を、交互に見比べている兵士を呼んだ。
「ど、どうぞ。こ、こちらでございます」
態度の変わった兵士は、訳の分からない顔をしている仲間を放っておいて、ロビンたちを先導して門の中へと、入って行ったのであった。
平身低頭でロビンたち一行を見送った兵士二人は、彼らの姿が見えなくなると、訳が分からない方の兵士が何が起きたのか尋ねた。
「オイ! いったい何だったんだよ。子供や女や大男やら、奴らいったい何の集団だ?」
ほっと息を吐いた、尋ねられた兵士は。
「俺が知るか! だが、奴らの持っていた証明書はよ、教会発行の身分証明書でも特別な証明書だぜ。あれがありゃ、世界中のどの街にも入れるって代物だ。俺も始めて見たぜ」
「へえ。王侯貴族なら従者を多く従えてるだろうし、教会の特別な使節かな……それは無いわな、あの風体じゃあな」
兵士は最後尾の大男を思い出して、ブルブルと頭を振った。
「ひょっとしてよ、勇者様一行だったりしてな」
「お前は馬鹿か。華奢な少年がいただろう、あんな子供が勇者様一行に居るもんか」
突拍子も無い名前を出した同僚に、口をへの字に曲げて頭を振った。
「確かにな……じゃあ何者なんだ」
二人の推理は続くのであった。
賑わう雑踏の通りを、北へ向かって勇者一行は進んで行く。町の北側。つまり砂漠側には城のような砦があって、司令部や兵舎が集まっているのである。
「やっぱりよ。町の中にも冒険者と傭兵が多いな」
再びハールデンが口を開く。
良く見れば彼らは、旅支度をしているように見える。この町で装備を仕入れたのか、大きなリュックサックを背負っている者が多かった。
「この暑い中をご苦労なこったぜ。どこへ向かうか知れねえが、着いた時には干からびてるんじゃねえか?」
辛辣なセリフを口にしてハールデンは笑う。彼らにはエルバータの塔で手に入れた『神秘の指輪』と、何と言っても、何でも入る賢治の『魔法の腰袋』があるのであった。
町の北にある砦の入り口で、首都ギーアの治安隊隊長である、ローデウスから渡された紹介状を手渡すと、既に連絡が届いていたのか、下にも置かぬ丁寧な案内で、勇者一行は砦の応接室であろう一室へ通された。
部屋の奥の壁には、アララーガ砂漠全体が描かれた地図が貼られていて、長いテーブルの左右には上等な椅子が並んでいる。
「こちらで座ってお待ち下さい。すぐに司令官様が来られますので」
案内してくれた兵士は、丁寧なものの言いようであったが、ロビンが勇者であることは知らされていない様子であった。
いくらも待つことなく、応接室に二人の人物が現れた。二人とも軍服姿である。
背の高い精悍な顔つきの男が、ロビンの前に回って右手を出した。
「対魔王軍の指揮官を執っております、ブルックマンと申します。友人のギーア治安隊隊長より連絡を受けております。勇者殿に全面協力を致しますので、何なりとお申し付けください」
「ありがとうございます。ロビンです」
ブルックマンとギーア治安隊隊長ローデウスは、二人ともフィリギア王国の有力貴族の三男であったが、現在の地位は実力で就任したものであり、ただの、お飾りの貴族の子弟では無い。ブルックマンの剣の腕も、相当のものであるとロビンは感じた。
年齢はローデウスと同い年の三十三歳である。
「副官のマーリスです」
こちらは年配で、人の良さそうな小柄な男が右手を差し出した。年齢は五十歳くらいであろうか。経験を積んだ参謀役と言ったところであろう。
「ロビンです。よろしくお願いします」
その後、ロビンは仲間を一人一人紹介した。特にハールデンがフードを取って挨拶した時には、ブルックマンもマーリスも、その凶悪な顔に度肝を抜かれたのであった。
大男から視線を外せないブルックマンであったが、何度も唾を飲み込みながら、勇者一行に席へ座るように勧めた。
「お、お疲れのところ恐縮ですが……」
少し落ち着いてから、ブルックマンが話し始める。
「ローデウスから手紙で指示されていましたので、皆さんを応接室まで案内した兵士の反応をご覧になったように、皆さんが勇者一行である事実を知るのは、私とこのマーリスの二人だけです。……兵士たちには私の知り合いで、魔王との戦いの重要な戦力になるチームであると告げてあります」
ロビンはうなづき。
「ありがとうございます。我々もその方が動きやすくて助かります」
「決して目立とうとせず、誠実に使命を果たそうとされる勇者殿に感銘いたします。ローデウスが伝えた来た通り、本当に立派なお方だ」
「褒められるほどのものではありません」
平然と首を振ったロビンは話を進める。
「ところで我々は、一応は魔王の情報を調べてからやって来たのですが、町には冒険者や傭兵の姿が多く見られました。彼らは何やら旅支度をしている様子でした。……もしや、魔王のことで何か新しい情報が、入ったのではないかと推測したのですが」
「!」
驚きの表情で、ブルックマンとマーリスは顔を見合わせ、ロビンの仲間たちも、冒険者と傭兵が多かった町の様子を思い返した。
「流石でございます勇者殿。……魔王の城は流れ落ちて来る砂に守られていて、侵入不可能な話は聞いておられると思いますが、この度、古いオアシスにあった遥か昔の遺跡から、落ちて来る砂を止める方法の、情報が記された石板が見つかりました」
「おお! それは魔王城攻略の切っ掛けを、ついに発見したと言うことになりますね」
「ちょっと待った!」
ハールデンが話に割って入った。
「冒険者や傭兵がやって来たってえことは、賞金が出たってことじゃねえのか? 俺たちゃあ、そんな情報は聞いてねえぞ」
金に敏感な彼である。
うなづいたブルックマンは。
「皆さんは首都ギーアにおられましたね。……実はギーアやその周辺の町には、情報も賞金の話も流しておりません。首都の冒険者や傭兵には、首都周辺の治安を守って頂きたいのでね……もっとも、今頃は噂話として伝わっているかも知れませんが」
「チッ! 俺たちゃあ出遅れたってえことか……まあ良い。それでよぉ、新たな情報ってのは何だ。そして賞金はいくら出るんでえ」
山賊のような物言いの彼である。
「兄さん!」
ロビンがたしなめたが。
「分かってるってロビン。俺たちゃあ賞金の為にやって来た訳じゃあねえさ。でもよお、新たな情報の中身と、賞金の金額を聞くくらい良いじゃねえか」
ブルックマンはうなづき。
「勿論ですとも……見つかった石板には、『渇きの聖杯』を城の前でかざせば、落ちて来る砂は止まると記されておりました」
「渇きの聖杯!」
「そうです。どのような力が働くのかは不明ですが、砂さえ止まれば城へ攻め込むことが出来ます」
フンフンと、小さくうなづいたハールデンは。
「読めたぜ! お前ら兵士は、押し寄せて来る魔王の軍勢との戦いで手一杯なんだろ? それで冒険者と傭兵に賞金を出して『渇きの聖杯』を探して来させようッてぇ話だな」
金が関わって来ると、ハールデンの頭の回転は、異様に鋭くなるのであった。
出来るだけ、二度目の魔王討伐が終わるまで、間隔は空きますが書き続けるつもりです。
読んでやって下さい。




