21 広場の揉め事
新章です。
勇者一行はメリッサの希望により、本来通り過ぎる予定の比較的大きな町へ到着した。まだ日が暮れるには、しばらく余裕のある時間帯であった。
イスター王国の首都ミルダと、ユラント辺境伯領の中間地点にあるその町は、ゼファーナと言う名の町で、南北に延びる街道も交差している立地であり、国の四方から物資と人が集まる町であった。
ゼファーナの人口は八万人。駐屯する兵士も千二百人と多い。町の周囲は巨木を組んだ塀で囲まれていて、四方にある町への出入口門の横には、物見櫓も設置されている。
町への出入りは兵士が審査していて、審査を待つ隊商の馬車や荷駄車と、旅人の長い列が出来ていた。
勇者一行は審査の為に並んだ長い列を横手に見ながら、門へと向かって歩いて行く。
「コラコラ! お前たち何者だ! 列の後ろに並ばんか!」
警備の兵士が槍を持って駆け付けたが、ハールデンが王宮発行の通行許可書を見せると、いきなり態度を変えて街中への通行が許された。
ハールデンは頭を下げる兵士を睨みながら。
「ハッ! せめてこれくらいの特典が無きゃな。やってられないぜ全く」
胸を張って門を潜った。
門の向こうは広場になっていて、こちら側では出て行く審査を受ける列が並んでいた。
「先ず、泊まる宿屋を決めるぞ。その後は自由行動だ」
ハールデンが告げると。
「分かったけれどさ。この先、ユランド辺境伯領までテントに泊まるんだろ。せめてゼファーナで二泊か三泊して、気分晴らしをしたいからさ。よろしく頼むね」
広場の周囲にある店先の土産物に目をやって、心ここに在らずと言った様子のメリッサが言う。
「あー、駄目だ駄目だ! 金がもったいねえ。泊まるのは一日だ」
「はあっ?」
急に怒りのスイッチが入ったようで、三白眼になったメリッサが振り向いた。美人だけに目力の入った視線は迫力満点である。
流石のハールデンも息を呑む。
「いや……まあ、二泊なら良いだろう。羽根を伸ばしてくれ」
額の汗を拭いている。
「……チッ! 相変わらずケチな奴だねえ」
それで話は決着したようである。
「宿屋を探すぞ……」
再び気を取り直してハールデンが告げた。そして先頭に立って、大勢の人が行き交う通りを歩き始めた。
強面のハールデンが肩を怒らせて歩くと、道行く人は災難を避けるように道を譲るのであった。
「ゼファーナかぁ。交通の要所だけに、人も多くて景気が良いようでござるなあ」
のんびりとした口調で話したジェームズであったが、遠くで聞こえた剣戟の音を聞き逃さなかった。
「ハールデン殿! 剣を打ち合う音が、確かに聞こえたでござる」
前を行くハールデンに声を掛けた。
振り向いたハールデンは自分には聞こえなかったのであるが、戦士として百戦錬磨のジェームズが、剣戟の音と別の音を聞き間違えるはずは無いと考えた。
「旦那! 案内頼む! お前らも付いて来いよ」
街中で明るい内から剣を打ち合うなど、滅多にあることでは無い。ハールデンは金の匂いを感じ取った。
「こちらでござる」
ジェームズが人の流れの中を走り出し、他の者もそれに続いたのであった。
通りを二つ横断すると、三つ目の通りに小さな広場になっている場所があって、そこに人の輪が出来ていた。
輪の中から「キィーン!」と刃と刃が打ち合う音がはっきりと聞こえ、囲んでいる人々から喚声が上がった。
「クオラァ! 退け! 退け!」
ハールデンが輪になっている人々を、左右に退けながら中へ入って行く。強引に後ろへやられた者の中には、一瞬、文句を言おうと相手を確かめた者もいたが、ニメートルニ十センチを超える強面の大男を見て、慌てて口を押えて視線を別の方向に泳がしている。
勇者一行は人の輪の最前列まで出て来た。
輪の中では五人対二人が対峙していた。
五人の方は屈強な男たちで、前列の二人が片手剣を抜刀し構えていたが、後列の三人は腕を組んで余裕の表情である。
三人が余裕なのは理由がある。対峙する相手は二十歳くらいの小柄な女性と十代前半に見える男の子だったのである。
女性は刃物を抜いているが短刀であり、男の子が手にしているのは、子供用の細身の片手剣であった。
「どうなってるんでぇ」
ハールデンは隣にいた、どこからどう見ても商人に見える男に聞いた。
「どうなってるって。そんなもの、見た通りでしょうが」
軽く返した商人であったが、次の瞬間、胸倉を掴まれて、腰を曲げたハールデンが顔を寄せて来た。
凶悪な顔は迫力満点で堅気には見えない。
「分からんから聞いてるんでぇ」
「はい。そうでしょうね。当然、そうであろうと思います。今から詳しく説明しようと思っていたところです。お教えします」
肉食獣に襲われた小動物のように、一瞬で商人は危険を感じ取り、商人笑顔を浮かべると、知っている情報と、今見たことを話し始めた。
「五人の男の方は、北区にあるバーロン剣術道場に住み込んでいる食客たちですよ。ちょっとした気に入らないことがあれば、女は泣かす、暴力は振るう、飲み屋の代金は踏み倒す。やりたい放題の奴らなので、町の嫌われ者でさあ」
(食客とは、腕を買われて客待遇で、道場に住み込んでいる者のことである)
商人自身も彼らを毛嫌いしているようで、鼻に皺を寄せて吐き捨てるように言った。
「そっちの女性は同じ北区に昔からある、ウッズ剣術道場の長女でさあ。隣りの男の子が長男で道場の跡取りで、ついこの前、父親が死んじまったんで、男の子が大きくなるまで、長女の方が道場の後を継いでるんでさあ」
「同じ地区にある、剣術道場同士の諍いか」
「そこの店で姉弟は茶を飲んでいたようですがね。二人の道場を目の敵にしている、バーロン剣術道場の食客らに見つかって、因縁でも付けられたんじゃないですかねぇ」
「なるほどな」
ハールデンは上唇を舐めた。
「助けてやりゃ、金になるな」
つぶやいた。
バーロン道場とやらとは揉めるかもしれないが、二三日で町を出て行く自分たちには関係がない。
「金になる」と漏らしたハールデンのつぶやきを聞いた商人は。
「金になるなんて、とんでもない。そりゃ、今、輪を作って見ている大半の町の者は、ウッズ剣術道場の跡取りを助けてやって欲しいとは願ってますよ。ですがね、バーロン剣術道場の食客は腕利きぞろいと来ている上に、ウッズ剣術道場は弟子がいなくなっちまって、何時潰れても可笑しくない状況なんです」
商人の話を聞いたハールデンの顔から笑みが消えた。
「ハッ! 何でえ、貧乏人か! それじゃあ助ける価値もねえじゃねえか」
がっくりと肩を落とすと、急に興味を失った様子であった。
ハールデンの落胆をよそに、食客五人と姉弟二人の対峙は続いている。後方で腕を組んでいる余裕の男が声をかける。
「オイオイ! 周りを見て見な。大勢人が集まって来たぜ。手加減するわけにも行かないが、両手を着いて謝るなら、許してやっても良いぞ」
男の蔑むような言いように、他の四人も同調して笑い声を上げた。
「ふざけるな! 私の片手剣を返せ!」
姉が叫ぶ。
よく見ると、憎まれ口を聞いた男の腰には片手剣があるが、左手には別の片手剣を握っていた。
「落ちていたから拾ったまでだ……返してやるから三遍回って「ワン」と鳴いて見な」
再び四人がケラケラと笑い声を上げた。
「落とす訳があるものか! 目を離した隙に盗んでおきながら、卑怯者め!」
姉が怒って叫ぶが、男たちは笑いを浮かべたままである。
「せっかく拾ってやったものを、盗んだとは人聞きが悪いな。そうまで言われては謝ったくらいでは済まんぞ! ふふふ、この大衆の面前で裸に剥いてやろう! 若い女の身では屈辱であろうな」
「何だと! 姉さんを裸にするなどと! 許さん!」
後方の弟が前に出ようとしたが、姉が手で制した。
「リュート、あんたは前に出るんじゃないよ。あんたはウチの大切な跡取りなんだ、あんたに何かあれば父さんに申し訳ない」
「姉さん!」
「ハッ! 剣術道場の跡取りが、女の尻に隠れるとは、情けない野郎だ。……まあ、死んだ前の道場主も、酒に酔って死んだ不心得者であったからな」
「言うな! 父は腕も立ち人格者だった。酒も酔うほどに飲まれることも一度も無く、あれは誰かに嵌められたに違いない」
姉が言い返した。
「何とでも言え。死因を調べた兵士は、酔って何者かと争い、殺されたものであると報告を上げておるわ……さて、人も多く集まったようだ。捕まえて姉弟ともども裸にしてやろう、笑いものになればゼファーナには住めまい」
食客たちは下卑た笑いを浮かべながら前に出た。
(不味い!)
ハールデンは、この後の展開を推理して、心の中で汗をかいた。
目の前で風前の灯火のような状況の、姉弟がどうなろうと知ったことでは無い。自分一人ならば、若い娘の裸を見れば、手を叩いて大笑いするところである。
しかし、ここにはロビンがいる。ロビンの性格を考えれば、この場から遠ざけなければ、彼は災厄を呼び込むであろう。
何とかしなければと焦るハールデンであったが、良い口実が浮かばない内に、ロビンは食客五人に向かって前に出て行ったのであった。
(遅かりし! 内蔵助!)
彼は頭を抱えて天を仰いだ。
新しい地図をアメブで公開しています。
https://ameblo.jp/daimaoukenji で検索して下さい。




