202 謎の三人組
新章です。
ここはフィリギア王国の、アララーガ砂漠の南にあるラムザ町である。砂漠の北から攻めて来る魔王軍を迎え撃つ、王国軍の最前線の拠点であった。
町には物資を納めた巨大な倉庫群が建ち並び、町の東側には多くのワームが飼育されている牧場もある。
ワームは体長が三メートルほどの巨大なミミズのような体形をしていて、砂漠を高速移動できる砂ぞりと呼ばれる、兵士を乗せた乗り物を引く生物である。
このワーム無しで魔王軍と戦うことは圧倒的不利となる為、厳重に警備と管理が行われていた。
ラムザ町の人口の半分は兵士であり、町の到る場所には兵士が行き交っていて、この町で狼藉を働く者は皆無であった。
そんな町ではあるが、返ってこの場所を隠れ蓑として使う、闇の者も潜んでいるのである。
細い路地裏を歩く全身ローブ姿の男が、粗末な建物の前で止まると辺りを見回し、人目の無い様子を確認した後に建物の中へと姿を消した。
建物へ入って直ぐに、幅がニメートルほどの薄暗い廊下があって、男は通路を奥へ奥へと入って行った。
廊下の左右には、男と同じローブを着た人影がうずくまっていて、男はその者らを器用に避けながら歩いて行く。
やがて突き当りの扉の前で立ち止まり、扉を軽くノックすると声を掛けた。
「司祭様。ご報告に上がりました」
直ぐに扉の向こうから「入れ」と返答があった。
扉を開けると、そこは四メートル四方の部屋になっていて、奥に扉が一つ見える他は窓も無く、特に装飾も無い無機質な部屋であった。天井には鈍い光を放つ魔石が一つ埋め込まれている。
部屋の奥には椅子に座った人物が足を組んで一人いて、全身ローブの男は摺り足で前に出ると、人物の前で片膝をついて頭を下げた。
「アガシス司祭様、申し訳ございません。イルマイザ町の件でございますが、失敗したと連絡が入りました」
「何!」
一瞬目を剥いたアガシスは、片眉を上げると右頬の大きな傷を指でなぞった。それは彼の癖である。
髪はボサボサで口の周りには無精髭を蓄えていて、歳は三十代の後半に見えて、一見すると優男である。しかし、彼の正体は『不死教団』の幹部であった。
「まあ、失敗したなら仕方が無い。『暗闇組』はどうなった?」
「はい。首領のドッペルは死亡。手下は半分が、斬り捨てられたとのことでございます」
「そうか」
ローブの男は上目遣いに、アガシス司祭の様子を伺う。彼の知っている情報では、アガシス司祭は司祭の中でも、特別に多く手柄を多く立てていて、もう間もなく司教に昇格するであろうと噂されていた。
しかし実際には、マルース公国で大きな手柄を立てたラビナー司祭が、この度、アガシスより先に司教へと昇格し、ラビナーを助けた修道士のエムブラが、司祭へと昇格するとの情報が入っていた。
盗賊団を使ってイルマイザ町を灰にする計画が失敗し、アガシス司祭は内心穏やかでは無いはずである。男は叱責を覚悟していた。
「ドッペルが死んだのなら、他に我々との繋がりを知る者は無い。不幸中の幸いであったな。『不死教団』はあくまでも暗殺組織であり、各地で起こっている集団殺害とは、かかわりが無いことで通っている」
怒るどころかアガシスは、笑いを浮かべている。彼には常に飄々(ひょうひょう)としているところがある。
「失敗の原因は分かるか?」
首領のドッペルは、勇者の仲間のメリッサに殺害されていて、メリッサはイルマイザ町の中隊長に名前を名乗っている。
「調査中でございます」
「そうか。良く調べてくれ……」
アガシスは顎に手をやると。
「あの辺りは、ギーア治安隊の行動範囲に入るからなあ。ひょっとすると原因は奴らかもな。俺たちにとっては、面倒な組織に育ったものだ」
面倒と口にしながらも、特に困った顔はしていない。
「いっそ、本部に申し出まして、治安隊の幹部を暗殺いたしましては如何でございましょうか。指導者を失えば、潰すことは簡単であると思われます」
『不死教団』得意の、暗殺者を派遣する提案をした。
「いや、良い。フィリギア王国は後回しにして、別に計画を進めている草原に行くことにしよう」
アガシスの口にした草原とは、王国の西に広がる広大な草原地帯である。大きな遊牧民の集団が放牧しながら草原を移動している。
フードの男は頭を下げた。上司が決めたのであれば、部下の彼に反論の余地は無い。
「そうだ!」
手を打ったアガシスは思い出したように。
「勇者ロビンはどこにいる?」
彼は『海神の祠』の一件以降、勇者ロビンの動静に関心を持っていた。実は彼の知らない場所で、勇者ロビンは何度か彼の計画を潰している。
「ははっ。ご命令通り監視は付けておりますが、彼らは気配を察知する能力に長けておりますので、遠くから監視しておりまして、時折、姿を見失うことがございます」
「それで良い。察知されるより、見失ったとしても再び探せば良い。勇者の向かう場所は魔王の元だ、その道筋を探せば見つけるのは容易だ」
「はい……恐らく勇者ロビンは、港町グラッパからギーア辺りの、どこかに居るものと推測されます」
「ほう……偶然であろうが、いつも俺の計画が失敗した近くにいるな……」
アガシスはつぶやいたが、本気で疑った訳では無い。
「ここは引き払うぞ! 早急に移動の用意をせよ」
「ははっ」
フードの男は部屋を出て行った。
「失敗した分は、草原で取り戻せば良い」
右頬の傷に手をやると、現在、進行中の計画に思いをはせる彼であった。
ギーア治安隊の本部の一室では、メリッサを除く『ゼッ〇ン』のメンバーが集まっていた。もちろん賢治もいるのであるが、例によって彼に発言の権利は無く、するつもりも無い。
「そのような経緯で、剣は一から製作してもらうことになりました。武器職人さんは、ローデウス隊長の紹介で良い方を紹介して頂きましたが、今は材料の調達が難しくて、完成までには数日必要とのことです」
ロビンの説明に全員がうなづく。
彼の装備する片手剣を探して、ギーアへとやって来たのであるが、結局、身体に合った剣は見つからず、新たに製作することとなったのであった。
「後、メリッサさんから手紙で連絡があったのですが、イルマイザで用事ができたので、帰って来るまで、後一週間ほど掛かるとのことでした」
メリッサはギーアの西にある、子供の頃に生まれ育った『魔法士養成院』へ出かけていて、行く前は四五日で帰って来ると告げていたのであった。
「メリッサめ、尻を叩く盗賊でも見つけたのか?」
鼻を鳴らして、冗談交じりにハールデンが笑った。
首を捻ったロビンは。
「さあ、どうでしょうか。……さて、そんな訳で十日ほどはギーアを動けませんから、皆さん、それぞれ良きように過ごして下さい。僕は北の魔王に付いて、もう少し勉強しておこうと思います」
「俺は、まあリラックスして、英気を養うことでもしておくかな」
ハールデンは上手いものを食べて、夜の店で遊ぶつもりである。
「ワシは治安隊の若手を、鍛えることにするでござる」
ジェームズは治安隊に剣術の稽古を頼まれていて、最初は戸惑っていたのであるが、生徒のやる気に刺激されて、最近は楽しく指導を行っている。
「ケンジさんは……」
ロビンは部屋の隅で、無言で座っている賢治に声を掛けた。
「俺は店を回って、役に立ちそうな道具や、料理などを用意しておきます」
賢治の持っている魔法の腰袋は、巨大な収納スペースを有し、食べ物も腐らず冷めることも無い。
「いつも済みませんね。必要な資金は必ず請求して下さいね」
済まなそうに話すロビンであったが、いつもの様にハールデンが話を遮った。
「オイオイ! ロビンよう、こいつを甘やかすんじゃねえぞ。こいつは腐るほど金を持っている道楽モンなんだぜ。しかも、俺たちに付いて来たくて、勝手に付いて来てるんだ。自分の金で好きに買えば良いんだ」
「ですが兄さん」
「大事な話が終わったのなら、出かけようと思います」
ロビンとハールデンの、いつものやり取りが長くなりそうだと感じた賢治は、頭を下げると、部屋を出て行ってしまったのであった。
「……ま。ああいう奴だから。ロビン、気を使うな」
ハールデンは肩をすくめるのであった。
フィリギア王国の首都であるギーアは城塞都市であり、北の山脈地帯から流れ出た川が、城壁の北側から入って、町の中で大きく西へ曲がって流れている。
川は雨季には水量も多くなるので、街中へ水が流れ出さないように堤は高く設計されていた。
その堤の上にある歩道は、市民が川の流れを見ながら散策するに良い場所であり、土手に花が咲く頃は特に人出が多いのである。
今の時期は花の咲く前であり、歩道を歩く人影はまばらであった。
そんな歩道を川風に吹かれながら、西側から川上に向かって歩いて来る人影が三つあった。
それぞれが良い体格をした三人組であり、使い古した皮鎧を着込み片手剣を下げている。一見すれば傭兵にも見えるが、顔はフードを被っているので見えなかった。
「美味い酒だったな兄貴」
「そうだな……何よりも人があくせく働いている、昼間に飲む酒は余計に美味いな」
「ワッハッハー」と三人で豪快に笑いながら歩いて行く。
彼らは名前をイーロン、ジム、サビロと言い、三兄弟と名乗っているが、実は全くの赤の他人である。
年齢はイーロンが一番上の三十六歳で長男であり、次男ジムが三十四歳。三男のザビロは三十一歳であった。
「オッ!」
次男のジムが片手でフードを上げると、河原の方を向いて何かを見つけたらしい。
「あれは何だ……何か人が集まっているぞ」
他の二人もフードの中から目を細くして、同じ方向を向いた。川の流れが曲がっている部分が広い砂地になっていて、人が多く集まって円を造っていた。
そこには人が三十人ほどいて、全員が男であり、上半身を裸にして何やら騒いでいる。喧嘩では無くて笑い声も聞こえる。
良く見ると円陣の中央で二人の男が組み合っていて、周囲の者は二人を応援しているようである。
「あれは相撲だな」
長男のイーロンが目を輝かせる。彼は相撲好きである。
「面白そうだ。見に行こうじゃないか」
「行こう行こう」
笑顔の三人は速足になって土手を降りて行った。




