201 生きて行く
今回で、この章は終わりです。
立ち上がったメリッサが、ジアンナに向かって歩み始めると、勘が働いたのかジアンナも下がり始めた。
メリッサが背にしていた大木の影を出て、月明りが浩々と照らす草原に出た。直ぐ向こうには石畳で舗装された街道が見えている。
「何かを仕掛けるつもりのようだねメリッサ! それ以上、近づくんじゃないよ!」
ジアンナは目を細めて、足を止めたメリッサを観察した。そして腰に丸められた鞭に気が付いた。
「あー、それか! 魔法が使えないから鞭を使うつもりのようだね。……鞭で私の火系魔法に対抗しようってかい? 笑わせるんじゃないよ!」
ジアンナは火系魔法を得意としている。
笑みを浮かべたメリッサは肩をすくめた。
「実はさ、鞭を使おうとも考えたんだけれどね。やっぱり止めた。鞭を使うのは悪党相手と決めているからね……あんたは悪党じゃ無いからね」
「えっ?」
「あの場所で、あんたが火魔法を使っちまったら、木に火が点いて火事になるかも知れないだろ。……さあ、もっと下がってくれないかねえ、真夜中に誰が通る訳でも無いからね、そこの石畳の街道で決着を付けようじゃないか」
メリッサは話しながら歩き始め、押されるようにジアンナは下がって行った。
ついに街道に出た二人は距離を取って対峙した。当然であるがメリッサが宣言した通り、鞭の届く距離では無い。
「さあ! これで遠慮はいらないよ」
両手を広げたメリッサは余裕の表情であり、逆にジアンナは相手の反応に戸惑っている。
「警戒しなくて良いよ……私はこれまで思うままに生きて来たからね。野盗や盗賊を懲らしめたのは、人の為なんかじゃない。復讐にかられた結果がそうだっただけだよ。……んー、現在は少し違うけれどね。真面目でひたむきで、本当に世界中の人々の幸せを願う少年の手伝いをしてるんだ」
「何を言ってるんだよ!」
話の意味が分からず、怒ったよう口調になるジアンナである。
「ごめんごめん。説明する暇は無いようだから、勝手に話させてもらったのさ。……もう一つだけやりたかった思いがあるけれど……それは半分諦めていたからね……さあ、余計な話しはこの辺で良いかな。最後の決着を着けようじゃないか」
「メリッサ! あんたがどういう心境かは知らないけれど、こっちには関係ないからね。全力で行くよ!」
「分かってる。忖度はいらないよ」
二人は睨み合う。
「……!」
その時、二人は同時に気が付いた。足音がメリッサの背後から聞こえて来る。こんな真夜中に偶然、人が街道をやって来るなど考えられない。
「どうやら、間に合ったようだね」
息を切らせてやって来たのはペネロープ院長であった。走って来るとメリッサとジアンナの間に割って入り、両手を膝に当てて息を整えている。
「フウ、ハア。あんたたちは親不孝者だね。年寄りに無理をさせるもんじゃないよ」
「院長!」
「ペネロープ様!」
驚いたメリッサとジアンナが絶句している。この街道は比較的安全とは言え、魔物が現れる場合もあるのである。もっとも、高齢ではあるがペネロープも攻撃魔法を使うことが出来る。
「ジアンナ。貴女がメリッサをつけていたように、私も貴女をつけていたのさ。貴女の目は尋常では無かったからね。あのまま引き下がるとは思えなかった……二人は私の子供のような者だからね。何を考えているくらい分かるものさ」
驚きに思考が止まっていたジアンナであるが、徐々に平静を取り戻して来た。
「ペネロープ様、私の考えは変わりません。今日、メリッサを倒して……私も責任をとるつもりです」
「馬鹿なことはよしなよ! 貴女は弟を失った悲しみを忘れる為に、メリッサへの恨みに変換しているだけなんだ。……貴女だって間違いなく、それに気が付いているはずだよ」
「!」
唇をかみしめたジアンナは首を激しく振る。
「もう、私にはこうするしか無いんです」
「私がさせないよ!」
ペネロープはメリッサの前で両手を広げた。
「ペネロープ様! お願いです……私に貴女様を攻撃させないで下さい」
苦し気に言葉を吐き出しながら、ジアンナの杖を持った右手が上がって行く。
「院長! ジアンナの目的は私だよ! そこを退いてくれないかね」
前に出ようとするメリッサを、止めながらペネロープは首を振る。
「メリッサ! 私を見くびらないでおくれ。私も昔はフィリギアの魔女と呼ばれた魔法使いだよ。ジアンナの魔法を中和するなど簡単なことさ」
ペネロープの右手もジアンナへ向かって伸びて行く。
「ペネロープ様! 申し訳ございません! 手加減いたしますので、お許し下さい! 《火球》!」
「《火球》!」
ついに両者から火系初級魔法が放たれた。ジアンナはペネロープを弱らせてメリッサと対決するつもりである。
「ゴオゥ! ゴガガッ!」
両者の中間で火球と火球が衝突し、絡み合うように渦を巻き、周囲に飛び散ったのであった。
「う、嘘でしょ」
ジアンナは目を剥いている。
ペネロープはジアンナの火球の威力を正確に読み取り、両者の中間で見事に中和させたのであった。
「もう、止すんだよジアンナ。今、貴女が放った魔法と共に、弟との悲しい思い出も終わらせておくれ、子供同士で争わないでおくれ」
子供同士と口にしたのは、ペネロープにとって二人は、自分の子供同然だからである。
そう言い放ったペネロープであったが、片膝から力が抜けると後方へ倒れそうになり、素早くメリッサが背を支えると、静かに床へ座らせたのであった。
「……歳は取りたくないねえ。魔女と呼ばれた私がこの様とはね……恥ずかしいよ」
頭を振って再び立ち上がろうとするが、膝に力が入らない様子である。
「ペネロープ様、申し訳ございません! メリッサ! ペネロープ様は関係無いだろ! 陰に隠れていないで出て来なよ!」
「言われなくとも、最初からそのつもりだよ」
メリッサはペネロープから離れて立ち上がる。
今、目の前で見てジアンナの火球の威力は分かった。ペネロープの身を案じて、かなり威力を落としていたはずである。ジアンナが全力で火球を放てば、今のメリッサでは受けきれないであろう。
「メリッサ!」
叫ぶペネロープを横目で見て、メリッサは微笑んだ。
「良いんだ院長先生。心残りは余り無いから」
既に覚悟を決めているメリッサに迷いはない。ペネロープを離れてジアンナへ近づいて行く。
「さあ、やるよジアンナ。……私もそれと知られた魔法使いだったからさ、悔いの残らないように、今、私の出せる全力で火球を放つよ」
薬の力でメリッサの魔力は十分の一ほどである。全力を出してもジアンナに勝てないことは明白である。
「やっと弟の、口惜しさを晴らせる時が来たようだね。遠慮はしないさメリッサ! 行くよ!」
ジアンナの杖を持った手が上がって行く。
「駄目だ! 止めておくれ」
何とか立ち上がろうともがくペネロープであった。
「《火球》! 《火球》!」
……ペネロープの思いも空しく、二つの火系初級魔法が同時に放たれた。
浩々と照らす月が、静かになった街道の石畳を照らしている。
石畳には立っている影が二つと、倒れている影が一つあった。
「何故なんだよ、ジアンナ」
駆け付けたメリッサの足元で、黒く焼けたジアンナが夜空を見上げていた。
何とか立ち上がったペネロープも、おぼつかない足取りでメリッサの隣りへやって来た。
「ジアンナ」
しぼり出すようにペネロープも声を掛けた。
ジアンナは目を開いていたが、目は見えていないようである。彼女はメリッサに向けて魔法を放つ瞬間、向きを変えて天に魔法を放ったのである。
「ペネロープ様。申し訳ございませんでした。……そしてメリッサ……姉ちゃんごめんなさい。姉ちゃんには罪が無いことは、最初から分かっていたの……でも、何かを恨まなければ生きて行けなかったの」
ジアンナの話し方は子供に戻っていた。頭を振ったメリッサは。
「私に向けて魔法を放っていたなら、倒れていたのは私だった。……私は貴女の気持ちが分からなくて、自分の生きて来た証と思って、最後のつもりで全力で魔法を放ってしまったんだ」
「ね、姉ちゃんには……ほ、本当に悪いことをしてしまったって思っているの。私は自分で自分に決着を付けられなかったの。ね、姉ちゃんを巻き込んでしまって、ほ、本当にごめんなさい」
ジアンナの右手がゆっくりと持ち上がり、メリッサとペネロープはその手を握った。
「ペ、ペネロープ様……生徒たちをよろしくお願いします。お、弟が、リアムが……」
右手から力が抜け、ジアンナはこと切れていた。
「ジアンナ」
ペネロープは目をつぶると、震えながら口から嗚咽を漏らすのであった。
メリッサは立ち上がった。その目に涙は無い。
「可哀そうなことをしたよ……私が代わりに死んでも良かったんだけれどねえ」
「ば、馬鹿なことは言わないでおくれ」
ペネロープが涙を浮かべた目でメリッサを見上げる。
うなづいたメリッサは。
「生き残っちまったね……生き残ったからには、ジアンナの分まで生きて行くさ。私には、助けなければならない少年がいるからね……そして、どこかで生きているはずの、頬に傷のある男を探さなければならないからさ」
夜空を見上げたメリッサの、その美貌はいつにも増して鋭く美しい。その強い意志を宿した目には、浩々と光る月と満天の星が映っていた。
実は思い付いたセリフやアイデアを、携帯のメモに残しているのですが、先日、寝ぼけていて、真夜中に全部消してしまいました。
ずっと先の話や、細かい展開なども消してしまって、気分は『ズ~ン』です。
この話を書ききって、しばらく休もうかと思うくらい落ち込んでいましたが、もう一つだけ章を書いてからと思い直しました。
頑張ります。




