20 詐欺師の清算
この章は、今回で終了です。
北の空に浮かんだ豆粒ほどの黒い点が、見る間にこちらへ近づいて来た。
最初に発見したローランが空を指差し、ヒューズと傭兵役の二人も空を見上げる中を、近づいて来た影は徐々に大きくなり、それが魔物であると判明した。
「魔物だ! 不味い!」
叫んで隠れる場所を探したが、今さら遅かった。魔物ははっきりと四人の姿を捉えたようで、更に速さを上げると四人の前方の道へ降り立った。
身長はニメートル五十センチほど。全身を濃い紫の鱗に覆われていて、蠅のような目をして、耳が空に向かって突き立っている。
背には地上に降りたので、折りたたまれた羽根が見えていた。
四人は顔面を蒼白にして、片手剣を抜いて前に出している。魔物からは圧倒的な強者の雰囲気が感じられ、自分たちの突き出している片手剣が、玩具のように頼りなかった。
ヒューズは村を襲った魔物の親玉の特徴を、サマラ村長から聞いていた。空を飛んで現れたと言う魔物の親玉は、まさに目の前にいる魔物とそっくりであった。
北の遺跡から帰って来た勇者は、親玉を倒したと信じていた様子であったが、実際は倒し損ねていたようである。
震えている四人に向かって魔物が口を開いた。
《我が名はジャマール……いずれ魔王となる偉大で最強の魔物である》
カサカサとした聞き取り難い声ではあるが、はっきりと意味は分かった。
《傭兵か……報酬を受け取り、村から街道へ帰って行く途中のようだな。我が拠点を襲撃したのは、お前たちで間違いないようだ》
「違う!」と叫ぼうとしたヒューズであったが、この状況でそれを言っても魔物は信じるとは思えなかった。
代わりに後方の傭兵役に前に出るように告げた。
「お前ら前に出ろ! 何もしなくても殺されるんだ。二人で突撃して隙を作れ!」
傭兵役二人は首を振ってイヤイヤをしている。
「早くしろ!」
ヒューズに変わって、今度は必死の形相でローランが怒鳴り、無理やり二人を前に出させた。
「行け!」
二人の怯える男の背を、片手剣で突くようにして急かした。
二人の男はお互いの顔を見合った。こうなれば前に突っ込み、魔物を避けて左右に分かれ、森に飛び込むくらいしか思いつかなかった。
「いいい、行くぞ!」
「おおお、おう!」
勇気を振り絞り、呼吸を合わせて前に飛び出た。片手剣をひと薙ぎし、左右に分かれて森に飛び込むつもりであったが、前に出て直ぐに二人の喉に水平に血の線が現れ、両手を投げ出すように前に倒れると、二人の首が飛んで地面を転がり、ジャマールの足元にぶつかって止まったのであった。
生首となった二人は、それでも僅かに意識があるようで、目だけが動いている。
切り離された胴体は、逃げようとする意思が残っているのか、足だけが小刻みに震えていた。
生首となった二人の頭を踏み潰し、ジャマールが一歩前に出て来た。
ヒューズとローランは口を開けて呆然としている。少しでも隙があれば逃げ出すつもりであったが、二人の傭兵役が瞬殺されて動くに動けなかったのであった。
ジャマールと名乗った魔物の、両人差し指がレイピアのように長く伸びていて、二人の男はそれで首を刎ねられたようであった。
「駄目だ! 俺たちは死ぬんだ」
足を震わせてローランが首を左右に振った。
「諦めるんじゃねえローラン! お前は俺の為に命を投げ出して良いと言ったじゃねえか。良いか、合図を決めて前に出ろ」
ヒューズは怒鳴ったが、ローランは首を振った。
「兄貴は、どうするんでえ」
「お、俺は……お前の後ろから突撃するさ。お前は奴を突き刺すつもりで、片手剣を前に突き出せば良い」
「う、嘘だ! 兄貴だけ逃げるつもりだろ」
ローランは激しく首を振り。
「死にたくねえ! 死にたくねえ」
「俺の言うことを聞け! 俺が一度でも間違ったことを言ったことがあるか?」
ヒューズの声はローランに届いていない。彼はいきなり魔物に背を向けると、ルチャム村方面へ走り出した。
「あっ! 馬鹿! お前!」
ジャマールと対峙するのはヒューズだけとなった。
「死にたくねえー!」
叫んで走るローランであったが、何歩も走らぬうちに頭の上から、バサバサと羽根で空を飛ぶ音が聞こえ、前を塞ぐように魔物が降り立った。
「ガアーァ!」
恐怖に無我夢中で片手剣を前に突き出したローランであったが、頭が二つに割れると、一塁ベースに滑り込むように、両手を前に出して倒れた。即死である。
倒れたローランを、またごうともせず頭を踏み潰して、ジャマールは最後に残ったヒューズへ近づいて来た。
「ままま、待ってくれ! 何でもする! 命だけは助けてくれ! そ、そうだ! これも返す」
懐から水晶を取り出して前に置いた。
ジャマールは水晶をちらりと確認した。
《やはり、お前たちが我が拠点を潰したのか……だが、弱い! 弱すぎる。お前たちだけで、我が配下を倒せる訳が無い》
ヒューズは首を縦に何度も振ると。
「そ、そうなんだ。やったのは俺たちじゃないんだ……勇者だ! ロビンって勇者と、その仲間がやったんだ。俺たちは水晶を渡されて騙されただけだ。俺たちを囮にして、奴らはまんまと逃げ出したんだ」
ヒューズは出まかせを必死で吐いた。今、この瞬間に自分の命が掛かっているのである。
《勇者? そうか、この辺りにいる勇者ならCランクか……》
ジャマールは考える。勇者を殺して名前を売るのも良い。自分はやがて魔王となる野望がある。勇者を殺せば箔が付く。
勇者と聞いて反応を示した魔物に、生き残る光明が僅かに見えたヒューズが必死に話し掛ける。
「ゆ、勇者は俺に水晶を渡した後に、街道を東へと向かいました。奴はまだ子供です。仲間は大男と、戦士と魔法使いらしい女が一人、あとは従者の計五人です」
《……》
「まだ遠くへは行っていませんので、直ぐに追えば間に合います。貴方様なら空を飛べば簡単に追い付けるはずです……どうか、どうか、お助け下さい」
飛んで消え去ってくれと祈りながら叫んだ。
《分かった。良く教えてくれたな》
助かったかと思ったヒューズが笑みを浮かべたが、その顔が苦痛に歪んだ。
腹を見ると、ジャマールの伸びた長い爪が刺さっていた。
「があっ!」と叫んで腹を押さえうずくまった。
《直ぐに死にたければ、自分で喉を切れば良い……出来ぬなら苦しんで死ね》
告げると魔物は爪を引き抜き、水晶を拾うと、勇者が向かったと聞いた東方の空を見上げた。
《あちらの方向か……村は何時でも襲えるから、勇者を先に殺すか》
ふわりと空中へ浮かぶと、東に向けて飛んで行ってしまった。生き残ったのは腹を押さえたヒューズだけであるが、彼が死ぬのも時間の問題のように見える。
「畜生! 痛え! 魔物めぇ。死んでたまるか」
フラフラと立ち上がった彼は、街道目掛けて歩き始めた。村へは帰れない。村に逃げても、勇者を殺して帰って来たジャマールに、全滅させられるだろう。
生き延びるには街道に出て、通り掛かる隊商か旅人に、助けを乞うしか方法は無いのであった。
……激痛に顔を歪めて歩き始めたヒューズであったが、血の匂いを嗅ぎつけて集まって来た多数の影が、森の中から彼を見詰めていたのであった。
勇者一行は東へ向けて街道を順調に進んでいる。時折、首都方面に向かう隊商とすれ違い、隊商の商人や護衛、隊商に付いて進む旅人たちが、賢治の肩に止まった妖精を、物珍しそうに眺めている。
一行の先頭を進む賢治に、後方からメリッサが声を掛けた。
「ケンジ。あんたの用意する食事にもテントにも文句はないけれどさ。どこかで水浴びできる場所を探してくれないかねぇ」
「分かりました……夕方辺りには、この先の町を通過する予定でしたので、今夜は宿屋に泊まってシャワーを浴びられたらどうでしょうか」
この先には街道が集まる、ゼファーナと言う大きな町がある。
「そりゃ良いねえ」
メリッサは、最後尾のハールデンの様子を確認した。勇者一行の代表はロビンであるが、行動を仕切っているのは勇者の従兄のハールデンである。
「まあ、たまには良いか……たまにはな」
良い顔はしなかったが同意した。宿屋に泊まれば金が必要だからであるが、メリッサの機嫌が悪くなると、それ以上に面倒なことになる。
本来なら賢治のテントに泊まれば食事もタダである。食事は全て賢治が自分の金で仕入れて来ている。
「ケンジ。そう言う訳で今夜は町に泊まるが、お前の宿代と飯代はお前が出すんだぞ。お前はタダで良いからと言って、俺たちにお願いしてついて来てるんだからな」
「当然です」
二人の、いつものお馴染みになったやり取りがあった。
初めの頃は取りなそうとしていたロビンも、今では何も言わなくなった。賢治が全く嫌なそぶりも見せず、むしろ楽しそうにしているからである。
世の中には色々な信じられない性格の人間がいると、まだ始まったばかりの短い旅の間に、仲間に教えられた少年勇者であった。
(大魔王様)
肩に止まった妖精に変身している、妖魔カノンが賢治に話し掛けた。
「何だ」
(はい。使い魔より、後方から空を飛んで魔物がやって来ると連絡が入りました。方角から言って、我々を目掛けて飛んで来るようです)
「そうか」
賢治は無表情で歩きも変わらない。
(いかが致しましょうか)
「好きにせよ」
そんな小さなことなど、どうでも良い賢治であった。
(では、始末してまいります)
賢治の肩から、ふわりと浮かんだ妖精は、西の方角目掛けて飛んで行ってしまった。
他の勇者一行も、妖精が飛んで行ったことに気が付いたが、誰も何も言わなかった。妖精は日に何度も、どこかへ飛んで行ってしまい、慣れっこになっていた。
飛んで行くのは主人の賢治に、何かの幸運を運ぶ為であり、それは一行の為になることでもあったからである。
ジャマールは森の上空を矢のような速さで飛んでいた。空を飛べる能力を持つ魔物は少なく、飛行は彼の戦い方の、戦略の幅を広げられる能力である。
《この能力を高め、経験を多く積み強くなり、やがて最終的に私は魔王として、どこかの土地で君臨するのだ》
それが彼の野望であった。
現在、人間が領土とする大陸の数か所で、いくつかの魔物が勝手に魔王を名乗っていて、その周辺の魔物を支配している。
空いている土地はもう少ないかも知れないが、強くなれば現在魔王を名乗っている魔物を倒し、支配地を奪って新しい魔王となっても良い。又、人間の国を奪って魔王を名乗る手もある。彼には強者として自信があった。
……そんな中でも、一つだけ守らなければいけないのは、大魔王国からは離れて領土を持つことである。大魔王国を支配する大魔王ケンジは、絶対に触れてはいけない最大の脅威として認識していた。
大魔王の厳しい掟を嫌って、大魔王国から逃れて来た者は多いが、ここ数百年、大魔王はそれらを好きにさせているようだ。
好きにさせていると言うより、恐らく気にも留めていないのであろう。それなのに、わざわざ藪をつつく必要は無いのである。
そんなことを思いながら飛んでいたジャマールであるが、前方から何かが近づいて来ていることに気が付いた。
彼の驚異的な視力で、近づいて来る物体を確認すると、それは妖精であった。
《妖精が……なぜ、恐れもせず私に近づいて来る?》
疑問が浮かんだジャマールであったが、近づく妖精は一瞬で黒い球体へと形を変えた。球体はバレーボールほどの大きさである。ニメートル五十センチの巨体の彼にすれば、掴んで握り潰せるほどの大きさである。
《将来の魔王である私に、向かって来るとは無礼者め》
魔物の一種と推測したジャマールは、すれ違う瞬間に握り潰そうと、手を伸ばしたのであるが、黒い球に触った瞬間に、彼は灰となって消えていた。
瞬殺である。
自分は強者であり、いずれ魔王になる野望を持っていたジャマールは、自分でも知らない内に死んでいた。
落ちて行く水晶を、急降下した黒い球の妖魔カノンは器用に拾い上げた。
(奴は、何をしようとしたのかな?)
……余りにも手ごたえが無かったので、倒した相手が何をするつもりであったのか、考えたが見当が付かなかった。
無い首を捻ったカノンは、大魔王の元へ帰って行くのであった。
(大魔王様。魔物は何故か、北の遺跡で見つけた水晶の玉を所持しておりました)
賢治の肩に帰って来たカノンが報告した。
「そうか……何故だろう?」
(さあ……ぶつかったら勝手に死んでしまったので、もはや何も聞くことも出来ません。まさか、あれほど脆い魔物とは想像も付きませんでしたので。申し訳ございません)
「……まあ良い。面倒なことだが、水晶は人間の村に返してやれ」
(ははっ)
カノンは再び飛んで行ってしまった。
カノンはルチャム村の入り口に水晶を置いた。
あとでそれを見つけた村が大騒ぎになるのであるが、そんなことは彼には関係ない。
村からの帰りに、北にある街道へ続く支道で、魔物に食いちぎられている三人の人間と、少し離れて同様に引き裂かれて食われている人間を発見した。
それはヒューズとローランと、二人の傭兵役の男たちであったのであるが、カノンにとっては気にも留まらないことであった。
当然ながら、賢治の肩に帰ったカノンは、些事として報告もしなかったのであった。
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