184 それぞれの思惑
フィリギア王国の首都ギーアは、巨大な城壁に囲まれた都市であり、東西南北の四か所に門がある。
その南門前の広場の正面には、中央へ続く大通りがあるのであるが、大通りから三本ほど西に通りを入ると、中級の宿屋が並んでいる通りがある。
ずらりと並んだ中級宿屋の中の、何の変哲も無い宿屋の一つが、ギーアでのネロ組の拠点の一つになっていた。
店主と番頭以外の従業員はギーアに住む住人であり、まさか自分の働く宿屋が、裏家業の一味のアジトとは誰も夢にも思っていないのであった。
その部屋の一つには、数日前からネロ組の親分であるネロが逗留していて、従業員はネロのことを「たまに首都に商売に来た時は、この宿を贔屓にしている商人」くらいに思っていたのであった。
「そんなに強いのか、お前の雇った助っ人は!」
カルマンの報告を聞いてネロは身を乗り出した。
ネロ組の親分である彼は五十五歳。小柄で頭に白髪が混じった、暴力とは程遠い印象の男であるが、流石に目の光は鋭い。
「はい。ディア村に来ていたブルゲース興業の手下十五人を、たった二人で簡単に片付けちまいました。この目で見ましたから間違いありません」
その凄技を盗み見たカルマンは、翌日、村を出た彼ら二名を、ネロ組の助っ人にスカウトしたのである。
強い助っ人と聞いて、一瞬明るい表情になったネロであるが、直ぐに顔を曇らせた。
「だがな……ブルゲース興業の助っ人は、あの仮面ブラザーズだ」
わずか二人で八百人を相手にして、その半数を殺し、残りは蹴散らしたと情報を聞いていた。
(……噂には尾ひれが付くもので、四百人が六百人、八百人と増えて行っていて、中には千人を相手にしたと話す者も居る)
「しかしよぉ、ここで勝ち目が無えと尻尾を畳んで逃げ出してしまえば、俺は二度と業界には返り咲けねえ」
ネロは口を結んで腕を組む。
「親分の気持ちは分かっています。俺らも命懸けでさあ」
頼もしい子分にうなづき返したネロは。
「俺にも考えがある。ブルゲース興業は、強過ぎる助っ人を雇って安心したのか、助っ人の数は多くねえ。こっちは逆に出来るだけ多く助っ人を雇うんだ」
うんうんと首を振るカルマン。
「仮面ブラザーズを恐れて、助っ人が集まるか疑問でしたが、噂を信じない者も多くいまして、最初の助っ人には逃げられちまいましたが、その後は順調に雇えています」
「ああ、そうだろうさ。二人で八百人を相手にするなんざ、普通は信じられねえからな。俺だって信じられねえ……とにかく、喧嘩が始まったら、構わねえからウチの助っ人全部を仮面ブラザーズにぶつけるんだ」
「全部をですか?」
「そうだ。いくら何でも一瞬で全員がやられるわけがねえ。その間に、俺たちが死に物狂いでブルゲースの首を取っちまうんだ。それしかこっちが勝つ方法はねえ」
「なるほど」
「ここは男が命を懸ける正念場だぜ」
ネロ親分は腹をくくったらしく、気合が入っている。
「分かりました親分!」
カルマンは感動している。死ぬ時は親分と一緒だと決めた。
「カルマン。お前はウチの助っ人を良く管理しておくんだ。中には臆病風に吹かれる奴が、出て来ないとも限らねえ」
「先ほど話した通り、ウチの話に乗って来た助っ人は、二人で八百人を相手に喧嘩したなんて、誰も信じちゃあいませんぜ。どう考えても話が荒唐無稽すぎますからね」
苦笑いを浮かべてカルマンは首を振った。
「それでもウチの助っ人を、よく監視しておくんだ。喧嘩の日が近づいて来て、浮足立っている奴が居たら、構わねえから解雇しちまえ! その方が他の助っ人に示しが付くってもんだ」
「そうですね。良く見ておきます」
集めた助っ人たちには、ネロ組の息の掛かった飲み屋で酒と女を与え、今のところ特に問題も無かったのであった。
ネロ組の助っ人が集まった飲み屋では、ハールデンが左右に女性を侍らせて楽し気に酒を飲んでいた。
蝶の姿をした仮面を付けたままであるが、それでも恐ろしい顔は迫力十分である。左右の女性も緊張で顔が強張っている。
彼のテーブルの周囲には、他の助っ人が集まっていて、ハールデンはこの助っ人集団のリーダー的な存在になっている。
最初に顔合わせした時点で、彼の顔と巨大な体格を見れば、誰もが自然とハールデンに従うようになっていたのである。
そこへ店の扉が開き、入って来たのはフードを被ったジェームズであった。彼もフードの下に蝶の仮面を付けている。
「おっ! 旦那……ジェイ兄さん」
ハールデンが声を掛け、軽く会釈したジェームズは隣に座り、周囲の者に席を外すように合図した。
ジェームスも一目置かれているようで、誰も文句は言わず、女はホッとした顔をして席を立ち、男たちは別のテーブルへ移った。
「どおでえ旦那」
皆が居なくなると、いつもの言葉つきでハールデンが尋ねる。
ジェームズはうなづくと。
「ロビン殿は見つかったでござる」
笑顔でそう告げた。
ジェームズは首都ギーアに入ると、フードを被ったまま、昔の知り合いに会うと断って、一人で町中へ出て行った。
彼はギーアの闘技場に出場する為、十数年前に二年ほどこの町に住んでいて、その頃、偶然命を助けたことのある、知り合いの宿屋の主人に、ちょっとした仕事を頼みに行ったのであった。
その仕事とは、ジェームズら二人は裏家業の組織の助っ人と言う立場である為、目立った行動はとれないので、彼らの代わりに南門から入って来る予定の、ロビン一行を待ち受け、探してもらう頼みであった。
久しぶりに尋ねた宿屋の主人は、ジェームズとの再会を喜び、何でも手伝うと快く承諾してくれたのであった。
「あの大勢の人間の往来の中から、良く見つかったな」
ハールデンが驚くのも無理はない。首都だけに、毎日町に出入りする人数は膨大な数なのである。
ロビンらがギーアへ入る日にちが分からなかったので、ロビンと取り決めたのは、毎日、十二時ごろに南門へ顔を出すことだけであった。
「何と言っても、ケンジ殿は良く目立つでござるからな」
宿屋の主人は店の者を交代で南門に付けてくれた。店の者にはロビン一行の特徴を告げてあって、特に背が高く、帽子を深く被って、肩の辺りに妖精が飛んでいるケンジは見間違えようが無い。
南門を潜って来たところを、一発で見つけたのであった。
「ロビン殿らは三人でなく、五十人からなる兵士と共に、門をくぐって来たそうでござる」
「はあ? 兵士五十人って、どういうことでえ」
「店の者が話すには、ロビン殿らは兵士たちから、非常に丁寧に案内されていたそうでござる」
「益々、訳が分からねえな」
ハールデンは首を捻る。
「そんな光景を見て声を掛け損ねた店の者は、彼ら兵士一行の後を付いて行き、兵士らが入った建物はギーア治安隊の本部だったそうでござる」
「何とな! ってえことは、その兵士らはギーア治安隊の兵士ってことになるな」
目を丸くするハールデンである。
「まあ、丁度、都合が良いではござらぬか」
「うん?」
「ネロ組とブルゲース興業の情報を、告げに行く場所が出来たことになるでござる」
「ハッ。そうなるな……じゃあ、最後の勝負が始まるまでは、せいぜい美味い酒と女を頂くことにしようか」
笑顔で酒に手を伸ばすハールデンであるが、ジェームズは真面目な顔で。
「奴らの中には、我らのカッコ良いポーズを奪った罪を、償ってもらわねばならぬ奴がいるのでござる」
そうつぶやいたのであるが、実際は彼の思い込みであり、誰もポーズは奪っていないのであって、明らかに『勘違い』である。
しかし、どうやら偽ブラザーズは、明らかに嘘をついた責任を、取らなければならない運命のようである。
ここはブルゲース興業が経営する宿屋の一室である。
上半身をはだけた四十代のスキンヘッドの男が、ベッドに座って酒を飲んでいて、ベッドの上には全裸の女性が二人眠っている。
「ドンドン!」
部屋の扉が叩かれて、返事も待たずに扉が開くと、入って来たのは見上げるような巨漢の男であった。
こちらは三十代の中頃に見え、同じようにスキンヘッドである。
「兄貴! 食い物はあるか? こっちは全部食っちまった」
「相変わらずだなホセ。そこにあるのを全部食っちまいな」
兄貴であるマーダンは苦笑いをして、ベッドで眠っている二人の女の尻を叩いて、起こしたのであった。
「弟と話があるから出て行きな」
起き上がった二人の女は、眠そうにしながら全裸のままで部屋を出て行った。
椅子に座ったホセは、食べ物を口にしながら出て行く女の尻を眺めている。
「兄貴の女の方が丈夫そうだな」
下卑な笑みを浮かべた。
「お前は女を丈夫か、そうでないかで見てるのか? お前に掛かったら、どんな女でも一晩持たねえよ」
「違いねえ」
ホセは声を出して笑う。
巨漢の彼は身長はニメートルを超えていて、丸々とした身体は脂肪の塊に見える。体重は二百五十キロはあるであろう。
マーダンとホセは本物の兄弟であり、仮面ブラザーズを名乗って、ブルゲース興業の助っ人となっていた。
「こんなに楽しめるとは、兄貴は頭が良いや」
「まあな。ここまでは考えていなかったがな」
兄のマーダンは、最初は飲み屋の代金を踏み倒すくらいの軽い気持ちで、噂に聞いた仮面ブラザーズを名乗ったのであった。
弟のホセの体格は噂で聞いた通りであり、彼も二刀を差してそれなりの格好をしていた。
「で、兄貴。いつまで芝居を続けるんだい」
真顔になったホセが尋ねる。
腕には自信があるが、どうせ嘘であろうが、本物の仮面ブラザーズのように、二人で数百人を相手に出来る訳が無い。
「今は様子見だ」
「様子見?」
「ああ。ネロ組が、とてもかなわねえと逃げ出すかも知れないだろう? そうなりゃ、またしばらくは同じ生活を楽しめる」
「……逃げないで、喧嘩になればどうする?」
「フッ」
笑みを浮かべたマーダンは。
「心配するな。ちゃんと考えてある。まあ、金だけはいつでも持ち出せるようにしておけよ」
余裕の表情を浮かべるのであった。




