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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
ギーア(偽仮面ブラザーズ)編Ⅰ
179/304

179 裏社会の事情

 フィリギア王国の首都ギーアの中心には、天を突く塔屋が無数に建っている。それらの外壁は青い塗料で塗られていて、通称『青水晶宮』と呼ばれる王城であった。

 青水晶宮は王族の居住空間だけでなく、周囲の建物の中は、国の政策を決める会議室、謁見の間、会食室、賓客の間、衛兵室、使用人の間など、様々な大小の部屋で構成されている。


 そんな各部屋を繋ぐ廊下は、天井は高く豪華な照明が吊られていて、壁には細かい装飾が施され、床は鏡のように磨き上げらた大理石が敷かれていた。


 白い軍服に身を包んだ五十代後半の背の高い男が、使用人を一名引き連れて廊下を歩いている。歩く度にカツンカツンと硬い音が廊下に響く。

 彼と行き交う衛兵や女中は、出会うと廊下の端に寄って頭を下げている。


 その白い軍服の男とは逆側から、正反対の黒い軍服を着た男がやって来た。彼も同じ様に使用人を一名連れていて、年齢は同じく五十代後半に見える。

 二人はやがて二メートルほど離れて立ち止まった。


 「これはブルックマン侯爵殿。……ご子息の活躍は聞いておりますぞ。ご子息のお陰で王国の平和は保たれております」


 白い軍服の男が、先に声をかけて一礼した。


 「そう言われるローデウス侯爵のご子息も、最近はギーアでその活躍を聞かぬ日はありませんな」


 黒い軍服のブルックマンも頭を下げた。


 二人は目を合わせると、同時に楽し気に笑い声をあげた。彼ら二人は同じ爵位で歳も近く、若い頃からの知り合いで親友であった。

 そんな彼らには同い年の三男坊がいて、若い頃の息子たち二人は、示し合わせたように手の付けられない乱暴者であった。


 それが今ではブルックマンの三男坊は、アララーガ砂漠で魔王軍を迎え撃つ軍の最高司令官となっていて、方やローデウスの三男坊は、首都ギーアの治安を守る『ギーア治安隊』の隊長となっていた。


 ブルックマンは笑顔で。


 「お互いに三男坊には苦労を掛けさせられたが、奴らの若い頃の無茶な経験が、現在の糧になったのだろうよ」


 笑った後は親友同士の会話になって、ローデウスはブルックマンの肩を叩いた。


 「若い頃の経験が糧に……か。まさにその通りだな。お前の三男坊は早くから才覚を見せたが、ウチのは最近になってからやっとではあるがな」


 「謙遜するなローデウス。回り道をしたかも知れないが、奴は立派にやっている。活躍の話を聞く度に誇らしい気持ちになるぞ」


 「ありがとう」


 二人は再び笑い合うのであった。





 ディア村で一泊したハールデンとジェームズの二人は、いつもの様にフード付きのマントに身を包み、街道をフィリギア王国の首都ギーアへ向かって北上して行く。


 街道は石畳で良く整備されているのであるが、この辺りは元々が険しい岩山だった場所であり、高低差のある峠が幾つも続いている。


 「昨日は散々だったなあ旦那。ゆっくり酒も飲めなかった」


 ハールデンが肩をそびやかす。


 「そうでござったな。……しかも、偽者と間違えられる始末でござった」


 ジェームズも消沈した様子で頭を振る。


 あの、お気に入りの決めポーズを披露したにもかかわらず、偽者と断定されたことがショックであった。

 あれから二人はポーズを改良しようと、腕の上げ方とか、足の位置とかを密かに検討している。



 ……昨日はこの辺りの村を傘下に収めようとしている、ブルゲース興業の者たちといさかいになり、折角、野宿を取り止めて村へ泊ったのに、ゆっくり酒も楽しめなかった。


 路地裏の空き地で対峙した、ブルゲース興業の者たちに『仮面ブラザーズ』を名乗ったのであるが、偽者と決め付けられてしまったのは遺憾である。

 何と彼らの言う本物は、首都ギーアのブルゲース興業で、食客となっているそうである。


 「まさか偽者が現れているとはなあ。恐らくだがよ、俺らの決めポーズも盗まれているに違いないぜ」


 「悔しいでござるな! 最低の奴らでござる。あのカッコ良い決めポーズを、思いつくのにどれだけ苦労したことか!」


 二人は憤慨していたが、彼らが主に怒っている決めポーズが、盗まれていないのは確実であろう。


 「まあ、鬱憤うっぷんは晴らしてやったけれどよ」


 指の骨を鳴らしてハールデンが笑みを浮かべる。


 実際に戦いを始める前は、腕か足の骨を一本折るくらいの、優しい気持ちであったのであるが、サービスで二本ずつ折ってやったのである。

 最後の数人はビビッて逃げ出したのであるが、後を追い掛けてキッチリと仕事を済ませた二人であった。


 「折ると言うより、砕いてやったからな……直っても元には戻らねえかもな」


 「散々、悪いことをして来た罰でござるよ。因果応報でござる」


 いつもの様に、恐いことをサラリと話す、息の合った二人である。




 街道を歩く彼らの前後に人影は見当たらない。彼らが峠の曲がり角に差し掛かった時であった。

 前方の岩山の陰から、パラパラと十人ほどの男が現れた。彼らは服装もバラバラであったが、腰にはそれぞれが片手剣を下げている。


 「何だ……昨日の奴らの意趣返しか?」


 ハールデンはつぶやいたのであるが、昨日は十五人を二人で蹴散らしている。目の前に現れたのは十人ほどであり。仕返しにしては人の数が少ない。


 「旦那。飛び道具でも隠しているかも知れねえな」


 「承知でござる」


 二人には余裕がある。何せ少し前に、二人で四百人を相手にしているのだ。


 岩陰から走り出して来た男たちは、二人が予想もしなかった行動をとった。何と、二人の前で両膝を着くと両手を前につき、頭を下げたのであった。

 土下座である。


 「へっ?」


 呆気あっけに取られている二人の前で、一番手前の男が顔を上げた。

 年齢は四十歳前後であろうか、髪を短く刈り上げていて、意志の強そうな顔つきをしている。


 「突然失礼いたします。俺はネロ組のカルマンと申します」


 ハールデンとジェームズは顔を見合わす。


 昨日の居酒屋の店主が、ブルゲース興業と、ネロ組の話をしていたのを思い出した。

 首都ギーア周辺の小さな村々はネロ組が縄張りにしていて、それをブルゲース興業が横取りしようと、企んでいると聞いたのであった。


 「そうかネロ組か……聞いたぞ、ブルゲース興業に縄張りを、取られそうになってるそうじゃねえか」


 カルマンは眉を寄せると。


 「命を懸けても、ブルゲース興業の好きにはさせませんや……近い内に大喧嘩があるんですが、そん時は目にもの見せてやるつもりです」


 「ほう、勇ましいじゃねえか……それで、そのネロ組の……カルマンだったかな。お前が俺らに何の用でえ」


 聞かれたカルマンは再び頭を下げた。


 「兄貴たちを男と見込んで、お頼みしたいことがございます」


 「……はあ? 兄貴って?」


 再び顔を見合わす、ハールデンとジェームズであった。





 カルマンは現在のギーアの裏社会の勢力図について話し始めた。それによると、現在、ギーアは群雄割拠の時代であると言う。


 事の発端は、ギーアの裏社会で最も力を持っていた、ブルーガス組の親分が逮捕されたことに始まる。

 彼を逮捕したのは、最近新しく『ギーア治安隊』の隊長に就任したローデウスであった。


 ギーア治安隊は、昔から町の治安を守るために存在した組織であったが、いつの頃からか、歴代の隊長は貴族の子弟の務める名誉職となっていて、隊は弱体化し、隊員は平気で裏金を受け取る堕落ぶりであった。


 ところが新しく隊長に就任したローデウスは違った。彼は若い頃は手の付けられない放蕩息子と呼ばれていて、裏社会の仕組みにも詳しかった。

 彼は治安隊の隊長職を得ると、水を得た魚のように活躍し始めた。彼は隊員を全て入れ替えるところから始めた。

 新しい隊員は、彼の知り合いである剣術道場の関係者を多く雇い、一般の兵士からも募集し、彼自身で腕を確かめて採用したのである。


 動き始めた新生ギーア治安隊は、それまでは裏金や脅しによって、罪を逃れていた裏社会の大物を、次々と逮捕し始めた。


 当初は反発する裏社会の雇った殺し屋が、治安隊の宿舎を襲う騒ぎもあったのであるが、襲った殺し屋は、全員がその場で斬り殺されるか捕縛され、彼らを雇った者も次々と逮捕される騒ぎになった。

 殺し屋を雇った者の中には、裏家業の者だけでなく、貴族の子息や、それと知られた大商人も含まれていて、大変な事件となったのである。


 事件によって息子を逮捕された貴族は権力を、そして大商人は金を使って罪を逃れようとしたのであるが、それを許すギーア治安隊のロ-デウス隊長ではなかった。

 彼は父親が国の中枢部で力を持つ、ローデウス侯爵の三男であり、賄賂を贈ろうとした者も、纏めて逮捕したのである。





 「なるほど。それでギーアの裏社会は秩序が崩れちまって、小勢力の群雄割拠の時代が始まったって訳か」


 ハールデンの言葉にカルマンはうなづく。


 「そうでさあ。何せローデウス隊長ってえのが裏の仕組みを知ってるもんで、治安隊の詮議も厳しくて、首都ギーアだけでは飯が食えねえと、中でも勢力のあるブルゲース興業が、ウチの縄張りに出て来たって訳でさあ」


 「ふんふん。それが俺らと何の関係があるんでえ」


 「兄貴!」


 カルマンは叫んだ。


 「実は、昨日はブルゲース興業の奴らの後を付けていまして、兄貴らが空き地で、奴らを鮮やかに倒しちまうのを目撃しました」


 「ほお、そうか見たのか」


 ハールデンはジェームズに目をやる。


 「そう言えば別に人の気配が、幾つかしてござったな。路地裏の住人なのかと思って無視したのでござるが」


 ジェームズは気が付いていたようである。


 「兄貴!」


 再びカルマンが叫ぶ。


 「実はネロ組の親分が、このままではジリ貧になると、助っ人を集めてブルゲース興業に、喧嘩を売るつもりなんでさあ。どうか、俺たちに力を貸して下さい」


 「ゴン!」


 カルマンは街道の石畳に音を立てて額をぶつけた。他の者たちも次々と額を石畳に付けた。


 「ウチの動きを知ったブルゲース興業は、最近有名になった『仮面ブラザーズ』を、味方に付けたと吹聴しております。……確かに兄貴らは偽者・・かも知れませんが、その強さは本物です。どうかよろしくお助け下さい!」


 「はあ……」


 困った顔になったハールデンは、首を振ると顎に手を当てて、ジェームズの顔色をうかがった。勇者の仲間が裏家業の者の助っ人になる訳にも行かない。

 どの様に断るかと、ジェームズに目で相談したつもりのハールデンであったが、ジェームズの関心はそれでは無かった。


 ハールデンと同じように、ジェームスも溜息をつくと。


 (はあ……ワシら偽者扱いでござるか)


 ……そっちの方が問題であるらしく、肩を落として小さな声で、つぶやいたのであった。

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