178 偽仮面ブラザーズ
「ギャッハッハーッ!」
「それは本当か! 馬鹿な野郎だな。ガーッハッハー!」
五人組の馬鹿騒ぎを聴いているのも、いい加減嫌になったハールデンは金をテーブルへ置いた。
叩き出すのは簡単であるが、要らぬ騒ぎを起こしたくない。
「旦那。他所で飲み直そうぜ。酒が不味くなる」
「分かったでござる」
「店主! 金はここに置いておくぞ!」
(俺も大人になったな)
そう思って立ち上がったハールデンである。
ミルダ(イスター王国の首都)に居た頃なら、我慢などせずに、いきなり五人組を張り倒していたはずである。
二人が立ち上がったこと気が付いた、五人組の一人が声を掛けて来た。
「何でえ、もう飲まねえのか? もっと飲んで金を落として行けば良いのによう。……いずれここらはウチの縄張りになるんだ。お前らが金を落とせば、俺らの懐へ入るって寸法だ」
「ワッ!」っと男たちから笑い声が上がる。
出口へ向かっていたハールデンの足が止まった。
(ハールデン殿)
声をかけてジェームズが袖を引っ張ったが、ハールデンは悲し気な顔でジェームズを見返した。
「済まん旦那。悪いが限界だ」
「……そうでござるか」
肩をすくめるジェームスである。彼にすれば頑張った方であると思う。賞状を渡して称賛しても良い頑張りであった。
ハールデンは五人組へ顔を向けると。
「お前らが五月蠅くて、酒が不味くなるから出て行くんだよ。どうしても話がしたいなら、井戸端にでも行って、そこらにいる婆と世間話でもしたらどうだ」
「……」
一瞬で店に静寂が訪れた。相手を怒らせるセリフは、天下一品のハールデンである。
店主がカウンターの奥で、青い顔になっているのが見える。
「何だとコラァ!」
「誰にものを言ってんだ!」
「図体がデカいと思って、調子に乗ってるのかウラァ!」
五人が一気にハールデンとジェームズの前に出て来た。
「よう。殴りかかって来ても良いが、ここでは店の迷惑になるだろ? お前らも店を壊したら、親分の評判を落とすことになるぜ。良いのか?」
五人は顔を見合わせた。確かにここで暴れたなら、後で幹部から叱責を食らうかも知れない。
「俺らは逃げねえから、目立たないところで話を付けようぜ。金で済むなら、金で済ませても良い」
大男の話し方に、五人組は金が手に入ると分かって笑みを浮かべた。最初は怒りに任せていても、冷静になると怯える者も多い。
……ハールデンは逆に、迷惑料をこいつらが出すなら、許してやっても良いという意味で言ったのであるが。
「お前の言う通り、店に迷惑はかけられねえな。表に出ろ!」
「分かった。……だが、あんたらも金を払ってから、店を出るべきなんじゃないのか? 親分の評判が落ちるぞ」
「チッ!」
親分の名前を出されると彼らもバツが悪い。舌打ちした男は、テーブルに金を多めに置いた。金はこの二人組から取り返せば良いのだ。
「店主! 金はこれで足りるのか?」
ハールデンが声を掛けると、店主は無言で何度もうなづいた。
「では外へ出ようか」
「逃げるなよ……他にも村に仲間はいるからな。絶対に探し出すぞ」
念を押す男たちであった。
前に二人。後ろに二人に挟まれて、ハールデンとジェームズは路地裏を歩いて行く。
あと一人いたはずであるが、姿が見えなくなっていて、ひょっとすると仲間を呼びに行ったのかも知れない。
「どこまで行くんでえ」
ハールデンが尋ねると。
「この先に空き地がある……辺りは誰も住んでいないから、誰も助けは来てくれねえぞ」
後ろの男が返事をした。
「ふうん」
つぶやいたハールデンとジェームズは、大人しく付いて行くのであった。
やがて、ちょっとした空き地に出た。周囲は朽ちた建物に遮られている。
二人が空き地の中央まで歩いて行くと、呼ばれた仲間が到着したようである。人数は十五人に増えていた。全員が片手剣を下げている。
「こんな村に十五人も仲間が居たのか? お前らの組は子分が多い見てえだな」
居酒屋の店主は、ギーアに本拠を置くブルゲース興業は、ギーア周辺の村を支配下に置こうとしていると話していた。
ギーアの周辺にどれだけの数の村があるか知らないが、その村々の一つ一つに、十五人もの人数を送れるのは、それだけの人員が組織に居なければならないことになる。
もっとも、首都ギーアと、カリアの実を産出するシュリア町の間にあるここディア村は、大人数を送ってでも手に入れたい、重要な村なのかも知れない。
集まった人相の悪い男らを見渡していると、兄貴分らしき者が前に出て来た。先ほどの店には居なかった男である。
「俺はここの責任者だ。……舐めた口を利いてくれたそうじゃねえか。ひょっとするとお前ら同業か? ネロ組の者とも思えねえ。流れ者か?」
「はあ? お前ら腐った野郎どもと一緒にするんじゃねえ。俺らはちゃんとした堅気だぜ」
ハールデンは簡単に相手を怒らせる達人である。
「腐った野郎だと……金を出せば軽く痛めつけて終わりと思っていたが、そうも行かねえようだな」
「はあ? こっちこそ金を出して謝れば、許してやっても良いと思っていたんだぜ。何だ、金にならねえのか? 面白くねえな」
「馬鹿な奴らだ。だが殺しはしないから安心しろ。身ぐるみ剥いで、動けないほど叩きのめしてやる」
ハールデンはジェームズを見た。
「だってよ、旦那」
「降りかかる火の粉は、払わねばならないでござるな。奴らは殺しはしないと言ったので、こちらも手足を折る程度で良いでござろう」
「了解だぜ旦那」
二人が全く恐れていない様子を、兄貴分はいぶかしく思った。普通なら十五人に囲まれれば、良くても袋叩きである。青くなって声も出せないはずなのであるが。
「お前ら、堅気ってのは嘘だろう! 何者だ! フードを外して名乗りやがれ!」
言われて二人は懐へ手を入れた。
「顔を覚えられるのも面倒だからな」
二人が懐から取り出したのは、顔を隠したパーティーで使われる、蝶の格好をした仮面であった。ハールデンのは特別製の大きさである。
彼らは素早くフードを被ったまま、仮面を装着した。
タダならぬ二人の雰囲気に、兄貴分は後ずさる。
「聞かれて名乗るも、おこがましいが!」
二人は横に並んだ。
背筋をピンと伸ばし、ここで一拍置く。
この間が大切である。周囲の注目を浴びる為である。
次に素早くフードをまくり上げると、二人同時に叫んだ。
「仮面ブラザーズ! ……ここに推参!」
「……えっ?」
何が起きるのかと、困惑した様子の兄貴分と、ブルゲース興業の組員たち。
彼らの様子など無視して、仮面ブラザーズの名乗りは続く。
「兄のジェイ!」
叫んだジェームズが、鞘を付けたまま二刀を引き抜くと、左足を前に出して半身になり、左片手剣を前方に突き出し、右片手剣を右肩に担いだ。
「弟のハール!」
叫ぶと、『猫足立ち』と言われる、腰を落とし左足を前に出した格好に構えた。
体重はほとんどは右足に掛かっていて、前に出した左足は爪先だけが地面に着いている。右手は掌を上にして右胸の横まで引き、左手は軽く握って前方へ突き出した。
二人で試行錯誤を繰り返し、草原で四百人を相手に披露した、お気に入りの決めポーズである。
(決まった!)
ジーン……っと、余韻に浸っている二人を、呆然と見つめるブルゲース興業の十五人の、こめかみ辺りを汗が一筋落ちた。
……(こいつらは、何をしているんだ?)しばしの不気味な沈黙の後、最初に声を出したのは兄貴分だった。
「嘘をつくのも大概にしろ! 本物の『仮面ブラザーズ』のお二人は、今、ギーアでブルゲース興業の食客になって下さってるんだ」
(……えっ?)
今度は二人が困惑して固まる番である。
「こいつら、仮面ブラザーズの名を出したら、俺たちがビビると高をくくっていたんだな。……道理で態度がふてぶてしいから、可笑しいと思っていたんだ」
「確かに大男と二刀流の二人組だ……ハッ! 考えたもんだぜ」
「今や数百人を二人で蹴散らした仮面ブラザーズの話を、この辺で知らねえ裏家業の者は居ねえ。それで飯を食ってる偽者がいるとは聞いていたが、お前らだったのか?」
さんざんに言われる二人である。
(いやいや、証明書は無いけれど、俺たち本物です……偽者って)
二人は顔を見合わせた。
あの草原の戦いの後、ロビンら三人が湿地から帰って来て無事を確認して、その後に三日間の宴を楽しんだ二人である。
あれからまだ、二十日ほどしか経っていないのであるが、どこからか偽物が現れているようだ。
「どうする旦那……」
「難しいことは後で。今は当面の問題を解決するのが先でござる」
前に並んで獲物を抜いた、十五人を顎で指した。
「ま、まあ、そうだわな」
「ワッ!」っと喚声を上げて男たちが突っ込んで来た。
この物語も、書き始めてちょうど一年が経ちました。
このまま一気に書き上げる自信は無いので、途中で休んだりするかも知れませんが、見捨てずに最後まで、お付き合いをお願いいたします。




