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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
カリアの実編
172/304

172 繰り返す災厄

 「この沼を迂回すると、かなり遠回りになりますので横断することにします」


 先頭を行く賢治が湿地ソリに乗り込み、オールを手にすると沼に漕ぎだした。

 後を行くロビンとメリッサがそれに続き、覚悟を決めたデルモアと護衛の十人が続く。


 この辺りの沼は、一番深いものでも水深は三メートルほどであるが、水の中には魔物が潜んでいることもある。

 いきなりソリを転覆させられて襲われれば、抵抗も出来ずに水中に引き込まれてしまう可能性もある。


 「大丈夫です。近くに魔物は居ません」


 悲壮な顔色のデルモアたちに、笑顔の賢治が声を掛けた。ロビンとメリッサは、賢治の索敵能力に絶対の信頼を置いているので、全く心配はしていない。


 実際にここに来るまでに一度も魔物には襲われていなくて、死体は発見できないが、猛毒の針を付けた虫が先行し、魔物を片付けて行っていると説明した賢治の言葉を、何となく実感しているデルモアたちである。

 だが湿地の恐ろしさを良く知っている彼らにとっては、不安は簡単にはぬぐい切れないのである。



 (むむむ! 大魔王様の言葉を疑うとは不届き千万! 万死に値する者どもで御座います!)


 妖精が憤慨し、賢治は笑みを浮かべている。



 ……本当は先回りをしている使い魔が、進路に当たる周辺の魔物を駆逐し、追い払っているので絶対に安全なのであるが。



 (大魔王様。この少し先に湿地人の物と思われます集落がございます)


 使い魔からの報告をカノンが伝える。


 「そうか。何の問題もなく来ることが出来たな……お前たちが優秀で私も鼻が高い」


 (ハハッ! もったいないお言葉でございます)


 敬愛する大魔王に褒められて、カノンは天にも昇る心地であった。



 無事に沼を渡り終えた一行は、今度は湿地ソリに片膝を乗せ、もう一方の足で地面を押しながら、前へ前へと進み始めた。

 辺りは立ち枯れた低い背の木がまばらに在って、遠くの方で何か生き物の鳴く不気味な声が聞こえている。

 空は薄曇りで、風は余り吹いていない。


 同じ風景が続く湿地を、根気良く進む一行であったが、突然、先頭の賢治が立ち止まった。


 「どうしましたかケンジさん」


 ロビンに尋ねられた賢治は前方を指差した。

 賢治の指した指の先を見ると、立ち枯れた木が続く風景の向こうから、人影が幾つか近づいて来る。


 「湿地人だ!」


 護衛の一人が叫んだ。


 「ここは私が話をします」


 賢治に代わってデルモアが前に出た。

 湿地人は全員では無いが、数名が人語を理解し話すことができると言う。


 立ち止まった一行に、湿地人はゆっくりと近づいて来た。


 (まるで、カエルが後ろ足二本で、立ち上がっているように見えるな)


 賢治は湿地人の姿を見てそう思った。全部で二十人(?)ほどいる。


 湿地人は身長は百五十センチくらいで、頭の大きさに対して、やけに大きな左右に離れた目をしていた。

 口は前に飛び出していて、鼻は小さな穴が二つあるだけである。首は無くてなでで肩をしていて、手足には水かきが付いていた。


 手には身長と同じほどの長さの槍を持っていて、材料は獣皮らしい腰巻をしている。

 異形種の配下が多い賢治には、それぞれの個体が判別できるが、人間には難しいのではないかと思えた。


 湿地人が十分に近づいたところで、デルモアが声を掛けた。


 「私はデルモアだ! 貴方たちが取引場所に現れなくなったので、何が起きたのか知りたくてここまでやって来た……誰か私を知っていて、言葉を話せるものは居ないか?」


 湿地人たちはデルモアの問い掛けに反応し、彼らの後方を振り向いた。その後方から、一人の湿地人が前に出て来た。


 「デルモア……知ってる。私は、トートル・ロウだ」


 口の中で何かを転がしているような話し方であったが、言葉ははっきりと聞き取れた。


 「おお! トートル・ロウ。前に何度か会ったことがあるな」


 湿地人の個体差は人間には見分けにくいのであるが、デルモアには分かるらしい。

 トートル・ロウと名乗った湿地人はうなづいた。


 「お前の父親とは二十二回会った……お前とは三度目だ」


 湿地人は記憶が良いらしい。

 デルモアはうなづいて。


 「先ほど話したように、貴方方あなたがたが取引場所に来なくなったので、何が起きたのか知りたくて来たんだ」


 「良く、ここまで無事に来れた……今日の湿地の魔物は腹が良かったのか、お前たちがよほど幸運だったか、どちらかであろう。お前たちの祖先の霊に感謝するが良い」


 それが彼らの宗教的な何かなのか、トートル・ロウは両手で目を押さえ、他の湿地人も同じ仕草をしたのである。


 「さて良き隣人のデルモアよ。せっかく来てくれたのであるが、我々はお前たちに構っている時間が無い。我々は非常に困った状態にあるのだ。この問題が解決すれば再び再会することもあろうが、そうでなければ、もう二度と会うことは無いであろう。……全ては祖先の霊の御心のままに」


 彼らが取引場所に来なくなったのは、彼らに何らかの不都合な事件が起きたからであると判明した。


 「待て、トートル・ロウ! 我々人間に手伝えることは無いか? あなた方と我々は、持ちつ持たれつの仲だ。出来る限りのことは協力するぞ」


 デルモアは食い下がる。

 しかしトートル・ロウは身体全体を動かして首を振った。


 「無理だ。人に解決できる問題ではない」


 にべも無い言いようであるが、それでもデルモアは執拗に食い下がる。


 「どのような問題が起きているかだけでも聞かせてくれないか? 私の祖先が大昔に湿地人を救ったことは知っているであろう? 今回も救えるかもしれない」


 執拗なデルモアの粘りに、トートル・ロウは人間で言う、溜息をつくような仕草を見せた。


 「デルモアよ。今、我々は一族が滅びるかどうかの瀬戸際に立っている。実際に過去には何度か滅ぶ寸前まで行った『繰り返す災厄』に見舞われているのだ」


 トートル・ロウが話すと、他の湿地人も身体を震わせた。


 「その災厄の元凶はマバラーバ……我ら湿地人の天敵だ。奴によって過去に何度も我らは絶滅の危機を迎えているのだ。奴には矢も槍も通らぬ、固い皮膚に覆われた巨大な大蛇の魔物だ。……しかも、睨まれた者は麻痺してしまうのだ」


 「麻痺を使う、大蛇の魔物か……」


 デルモアは目を見開いている。


 「奴らは百年ごとくらいに、子孫を残す為に我らを襲うのだ……その度に我ら湿地人のほとんどを食べ尽くし、獲物が無くなると沼の中に卵を産んで死んでしまうのだ……辛うじて生き残った我らが、再び増え始めたころに、再び襲い掛かって来る……そんなことを何世代も繰り返しているのだ」


 トートル・ロウは肩を落としてうなだれた。災厄にあらがっていると口では言いながら、半分は運命であると、諦めの気持ちもあるのかも知れない。


 「相手が魔物でしたら……僕に任せて頂けませんか」


 二人の話に割って入ったロビンが前に出た。

 トートル・ロウは、突如出て来たロビンを頭の先から足の先までじっくりと観察した。ロビンの言葉には相手を助けたい真心が籠っていて、一点の濁りも無い瞳は眩しいほどである。


 「始めて見る幼い人間よ……命を懸けて我らを救おうと思う気持ちは伝わったぞ……だが不可能だ、誰にも魔蛇マバラーバは倒せない」


 「そのマバラーバは、魔王よりも強いのですか?」


 「何?」


 「いくら強い魔物と言えども、小さな一地方に棲み付いた魔物です。とても魔王の足元にも及ばない強さでしょう……僕は、魔王を倒す為に世界を旅している『勇者』なのです」


 「何と!」


 トートル・ロウの大きな目が、さらに大きく広がった。人間の中に時折、勇者が誕生して、その中の何人かは、本当に魔王を討伐した実績があると聞いたことがある。他の湿地人もそれを知っていて同じ様に驚いている。


 デルモアの護衛に付いて来た人間たちも、少年の正体を知って湿地人と同様に驚いていた。


 「トートル・ロウ。間違いない。このお方は我らが人類の希望。魔王までも倒せる力を秘めている勇者様である。今回、私たちの窮状を救おうと、ここまで同行して下さったのだ」


 ロビンはうなづくと。


 「魔物に困っている者ならば、人間も湿地人もありません。僕にとっては同じ様に大切な命です。マバラーバは僕に任せて頂けませんか」


 ロビンの自信に満ちた力強い言葉に、トートル・ロウはじめ、他の湿地人もフラフラと夢遊病者のように、ロビンの前へ寄って来た。

 トートル・ロウがロビンの前で膝を折り、他の者も同様にひざまずいた。


 「勇者様……全ての湿地人をお救い下さい。そして、過去から何世代も続く災厄を、どうぞ断ち切って下さいませ」


 一斉に頭を下げたのであった。

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