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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
カリアの実編
168/304

168 懺悔の時間

 その日の早朝。デラモア商会の最高幹部であり、デラモアの義理の弟に当たるレナンは、護衛の腕に覚えのある九人を率いて馬で草原にやって来た。

 腕に覚えがあるとは言え、九人は傭兵でも兵士でも無くて、腰に片手剣は差しているものの、普段はデラモア商会の従業員である。


 レナンは草原を見渡した。

 指定された場所には五人の人影が見えていて、他には遠くまで人影はなく、この時期は草の背も高くないので他に身を隠す場所も無い。彼らの乗って来たであろう馬も、遠く離れた場所に繋がれていた。


 「約束通り相手は五人だ。周辺にも異常は無い……良し行くぞ」


 十人は馬から降りると地面に杭を打って馬を繋ぎ、五人へ向かって歩き始めた。


 「俺たちの方が早く着いたと思っていたが、奴らは一体何時に来たのかな」


 一人がつぶやいた。


 ……実はグラーゲル組の幹部であるブラッガスは、昨日の内からこの場にやって来て、伏兵を隠す穴を掘って用意を整えて待っていたのである。



 ブラッガスは近づいて来る十人を観察して笑みを浮かべている。まだ相手は遠くに居て、お互いの会話は聞こえない。


 「馬鹿正直な奴らだぜ。本当に十人で来たようだな……オイ! どうだ、あの中に見知った幹部はいるか?」


 ほくそ笑んだブラッガスは、隣に立つ手下に声を掛ける。

 その手下はデラモア商会の、幹部の顔を全員覚えている男であった。


 「はい! こりゃあ大物でさ。あの真ん中の小柄な奴は、デラモアの義理の弟のレナンで間違いありません」


 「しめた! ツイてるぞ! オイお前ら、あの真ん中の小柄な野郎は殺すなよ。最高の人質になる。俺も親分に褒められるって訳だ」


 穴に隠れている者たちにも、聞こえるように告げたのであった。





 やがて、やって来たレナンらは、ブラッガスらの手前五メートルで止まった。お互いに片手剣を下げていて、背には小型の木製の盾を背負っている。


 「良く来たな……俺はグラーゲル組の幹部でブラッガスだ」


 「俺はデラモア商会の幹部のレナンだ」


 お互いに名乗り合った。


 「テーブルも椅子も無いから、話し合いは立ったままだが、構わねえな」


 レナンがうなづく。


 レナンの護衛は油断なく周囲を見渡している。少しでも異変を感じれば、躊躇なくレナンを守りつつ逃げ出すつもりである。


 そんな護衛たちの態度を見て、ブラッガスは鼻で笑う。


 「ずいぶん怖がってるな。お前らの方が人数は多いんだ。ちょっとはリラックスしな」


 レナンはブラッガスの自信満々な態度を不審に思う。確かに荒事に慣れた者たちなのであろうが、こちらも体格の良い、力自慢の護衛を連れて来ているのである。


 「話は簡素に、出来るだけ手短にしたいのだが……俺にもある程度の権限があるが、簡単なもの以外は即答が出来ないことは初めに断っておく。持ち帰って会長と相談し、又、後日、ここで会って話すことになる」


 時間を稼ぐ為に、のらりくらりと返答を避け、何度か打ち合わせをする作戦のレナンである。交渉を何度もする内に、フィリギア兵が戻って来てくれれば、こちらの思う壺である。


 「あー……。返事は要らねえ」


 笑ったブラッガスは片手を目の前でヒラヒラと振った。


 「えっ?」


 「お前らが交渉すると見せかけて、時間稼ぎのつもりなのは見え見えだぜ……グラーゲル組はお前たちの利権の、一部分にゃあ興味はねえんだ。グラーゲル組はな、お前たちの利権の全部か欲しいんだ」


 「何ぃ!」


 「くくくっ。こっちの方が一枚上手だったようだな……オイ!」


 ブラッガスの合図と共に、レナンらの左右に隠れていた十五人が、一斉に穴から飛び出した。


 「あっ!」


 「畜生!」


 「騙したな!」


 穴から飛び出したブラッガスの手下は、一人も逃げ出せぬように、素早くレナンらの周囲を囲ったのであった。

 これで一瞬にして、十対五から十対二十に数が変わった。しかもブラッガスの手下たちは荒事に慣れている。


 「話が違うぞ!」


 レナンが叫ぶがブラッガスは笑っている。


 「! 話が違うも何も、こっちは最初からこういう段取りだ。……心配するな。お前は大事な人質だから生かしといてやる。……後は要らねえ。皆! 叩き斬れ!」


 全員が一斉に片手剣を引き抜いた。


 「背を合わせろ! 隙を見せるな!」


 叫ぶレナンであったが、状況は絶望的である。





 「ん!」


 一行の二番目を歩くジェームズが足を止めた。


 「どうかしましたかジェームズさん」


 次を歩くロビンが声を掛けた。


 「刃を打ち合う音が聞こえたでござる!」


 ロビン一行は賢治を筆頭に、全員が耳も良く、気配を感じる事にも長けているのであるが、剣のぶつかった音を聞き分ける能力は、ジェームズが一番であった。

 これまでの旅でも、何度もその能力を発揮している。


 「あちらでござる!」


 ジェームズが走り出し、一行は後に続いた。


 「金になるかも知れねえな」


 笑みを浮かべるハールデンである。


 「動悸が不純なんだよ!」


 「何だとクオラァ! 獲物を残して置かねえぞ!」


 「良い度胸だね!」


 走りながら、いつもの漫談を始める二人であった。


 一旦、賢治の肩から天に飛び立った妖精が、再び元へと帰って来た。


 (大魔王様! 野盗風の男ら二十人ほどが、十人ほどの者を囲って、襲撃を行っているようでございます)


 「そうか……道草になるが、ロビンの性格では「放って置け」と言っても聞かぬであろうな……ロビンも腕は立つようになって来て、よほどの相手でない限り心配は要らぬと思うが、近くに居て危ない時は守ってやるが良い」


 (ハハッ!)


 妖精は再び空高く飛んで、賢治の元を離れて行った。

 本来であれば臣下のカノンは、常に主人の近くに居て主人を守らなければならない立場であるが、こと大魔王においては、この限りではない。大魔王を傷つけるモノなど、この世に存在しないのである。





 背を合わせたレナンらデルモア商会の者たちは善戦している。グラーゲル組の者たちは、へっぴり腰で片手剣を振り回し、相手にちょっと斬り付けては安全圏に飛び下がるヤクザ剣法である。

 その卑怯とも言える戦法によって、少しづつデルモア商会側は傷付けられていて、やがて疲れと出血で動きがにぶって来るはずである。


 「良いぞ! そろそろ鉤縄かぎなわを使うかな」


 ひとり後方で戦況を見詰めるブラッガスは余裕である。相手は疲労して来ている。先にかぎが付いた縄を投げ、一人ずつ集団の中から引っ張り出して、多数で止めを刺す戦法を口にした。

 街道からも遠く離れたこの場所では、絶対に邪魔をする者は現れない。もしも音を聞きつけた者が居たとしても、兵士でもない限り、災難を恐れてやって来る者など居ないはずなのだ。


 「!!!」


 誰も助けは現れないと確信していたブラッガスであったが、街道のある方向から、一つの影がこちらへ向かって来るのを発見した。


 影はフード付きのマントを羽織っていて、短めの黒いドレスを着た女であった。彼女は草原を飛ぶような速さで駆けて来る。

 こんな場所に相応しい姿ではなく、ブラッガスは魔物に幻影でも見せられているのかと、己の目を疑った。


 しかし、それは幻影でも何でもなく、その女の影を追うように、更に後方から四つの影が現れたのである。





 「畜生! メリッサの奴! 奥の手を隠してやがった!」 


 ハールデンが追いかけながら叫ぶ。


 メリッサは、あらゆる属性の攻撃魔法を使用できる、特別な才能を持った女魔法使いであるが、風系初級魔法の中に《風の靴》と言う、足元に風を巻き起こし飛ぶように速く走れる魔法があった。

 森の中とか岩場とか、足場の悪い場所では使えないのであるが、彼女が使える唯一と言って良い、攻撃以外の魔法である。





 「オイ! 皆、気を付けろ新手が現れたぞ!」


 ブラッガスが警告の叫びを上げ、デラモア商会を囲っていた内の二人が、駆け付けて来るメリッサに片手剣を向けた。


 「状況から見て、あんたらが悪党のようだね。容赦はしないよ!」


 走りながらメリッサはムチを腰から外した。


 「オラァ! 何だこの女! 止まらんと叩き斬るぞぉ!」


 威嚇する為に男が叫んだが。


 「やっぱり! あんたら悪者確定だね」


 叫んで片手剣を振り上げた男は、正面から飛んで来た鞭に全く反応できなかった。鼻からあごを粉砕して鞭先がめり込んだ。


 「えっ!」


 隣に立っていた同僚の無惨な姿に驚く間も無く、その男も顔面の中央に鞭先の一撃を受けて崩れ落ちたのであった。

 顔面が陥没し、歯をそこらへ飛び散らかせた二人は、空を見上げて痙攣けいれんしている。


 「うわわっ! 何だこいつは! 敵わねえ! 逃げろ!」


 一番先に背を向けて走り出そうとしたブラッガスであったが、右足首に鞭が絡みつき、両手を前について引き倒されたのである。


 「わっ! わわわっ!」


 何とかつんいになって、立ち上がろうとしたブラッガスであったが、大きく彼の尻が鳴った。


 「パァーン!」


 「うぎゃぁーっ!」


 うつ伏せになって激痛に両足をピンと伸ばし、一撃でズボンが破れた尻を、両掌りょうてのひらで庇ったブラッガスであったが、その両掌に鞭は容赦なく振り下ろされる。


 「ピシャーン」


 「おぉーーーっ!」


 目を最大に見開き、口を「オ」の字に全開したブラッガスの、尾を引く悲鳴が草原の青い空に吸い込まれて行く。


 「あら? 以外に良い声してるねぇ」


 空いた左手の親指を、グッと立てるメリッサである。


 その頃になって、やっとメリッサに追い付いたハールデンとジェームズ、ロビンがグラーゲル組の残りの者をぎ倒し始めた。

 メリッサは他は仲間に任せておいて、今日の獲物と決めたブラッガスを、本格的に痛めつけようと決めたようである。彼女にとって悪党は、人の姿をした魔物以下の存在でしかない。


 「ピシャーン! ピシャーン!」


 「あ”ーーーっ!」


 ブラッガスの苦行くぎょうは、今始まったばかりである。これから苦痛の続く間、彼は今までにやって来た悪行を、決して許してくれない閻魔様メリッサに、懺悔ざんげし続けなければならないのだ。

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