166 デラモア商会
「何だと! 俺は泣く子も黙る、グラーゲル組のマーゴだぜ。もう一遍言って見な」
凄んだマーゴであるが、ハールデンが立ち上がると、彼を含め、彼の手下であろう男たちも、思わず一歩後ろへ身を引いた。
大男であることは分かっていたが、ハールデンは彼らの想像を超えた体格であった。マーゴも巨漢であるが、ハールデンの肩くらいの身長でしかない。
ハールデンは固まっているマーゴを上から見下ろすと。
「口が臭えって言ったんだ。……今度は聞こえたか」
先ほどの言葉を繰り返した。
「ず、図体がデカいからと言って、俺がビビるとでも思ってるのか!」
相手の体格を見て、(不味い)と感じたが、手下の手前、マーゴも引けない。
ここは有無を言わせぬ先制攻撃しか無いと、近距離から思い切りハールデンの腹を殴り付けた。普通の人間であれば、胃液を垂らして床に転ぶであろう。
「ガツッ!」
大木を殴ったと言うより、岩を殴ったような感触があって、拳の激痛に顔を歪めたマーゴである。
「お、お前ら! 何を見ているやっちまえ!」
傷んだ拳を押さえたマーゴが後ろへ下がりながら叫ぶと、手下たちは一斉にハールデンに飛び掛かったのであった。
「ボカッ!」「ガスッ!」「ドン!」「ピシャーン!」
同時に、いくつかの音が響いた後は、悲鳴も上げられずに手下たちは床に転がっていた。
店を壊してはいけないと、多少手加減を加えたハールデンと、参戦したジェームズに叩かれた者は悶絶していて、可哀そうにメリッサの鞭に叩かれた者は、鼻が潰れ前歯を辺りに飛び散らせて悲惨な状態である。
「うわぁ……相変わらず、容赦が無えなメリッサ」
眉を寄せ、悲惨な姿の手下を見て、肩をすくめたハールデンである。
「何言ってんだ。ちょっと撫でただけだよ。距離が短いから鞭の先しか使ってないからね。……少し離れりゃ、もっと威力が出るんだ。‥‥何なら見せてあげようか」
椅子を降りて本気で距離を取ろうとしたメリッサを、慌てて止めるロビンであった。メリッサは特に賊や破落戸には、一切の容赦はしないのである。
(彼女の、その性格を形成した幼い頃の出来事は。 旅路編Ⅰ 72謎の湖① 73謎の湖② を参照)
「さて……」
一瞬で叩きのめされた手下を前に、呆然としているマーゴをハールデンは見た。
「そこへ、膝を揃えて座りな」
「えっ?」
「膝を揃えて座れって言ってんだよ……俺は優しいから良いが、鞭を握ったあの姐さんは、見ての通り容赦しないぜ」
「何だってぇ! ハールデン!」
声を荒げたメリッサを見て、マーゴは慌てて正座した。
ハールデンは固まっている、他のテーブルの一同を見渡すと。
「皆さん、騒がせちまって済まねえな。見ての通り脅されて、止む無く、ちょいと反撃しちまったんだ。……悪いが理由を聞かねえと気分が収まらねえから、もうちょっと辛抱してくれ……話さえ聞いたら、こいつらは半分に畳んで路地裏に捨てて来るからよ」
店の者に断って置いて、視線をマーゴに戻した。
「半分に畳むって……」
命の危険を感じて、涙目でつぶやく彼である。
「冗談に決まってるだろ……普段は俺は温厚な男なんだぜ。そして素直に話してくれる奴には、俺は優しい男なんだ」
フードの下にチラリと見えた、恐ろし気に笑うハールデンの口元を見て、マーゴの心は完全に折れたのであった。
フィリギア王国の北にあるアララーガ砂漠の、さらに北に魔王の支配地があって、魔王配下の魔物たちは空を飛び、又は体長五メートルの砂蛇に乗って、人間の住むオアシスや砂漠の南の町を襲っていた。
これに対抗するフィリギア王国は、灼熱の砂漠を迅速に移動する手段として、砂漠に住むワームと呼ばれる体長三メートルの、ミミズに似た体形の生き物を飼育し、砂ソリを引かせて兵士が乗り込み戦いに挑んでいた。
過去においてはワームの数が少なく、フィリギア王国は常に劣勢であった。ワームの数が少ないのは、彼らの食べる餌が用意できなくて、多く繁殖させることが難しかったからである。
ワームは雑食性で、砂漠の土の中に住む小動物や虫を食べ、特定の植物も食べるのであるが、多数を繁殖させるほどの量を確保することは不可能であった。
それが一気に解決したのは、ワームは南のダニア大湿地の奥地で採れる、水生植物カリアの実を好んで食べることが判明したからであった。
カリアの実は大湿地の奥地では、一年中採れるのである。
ただ、一つ問題点があって、ダニア大湿地には危険な生物が多く生息していて、大量にカリアの実を集めることは非常に難しかったのであった。
もしも、カリアの実を安定的に集めることが可能であるとすれば、この地に住む、人語を理解できる『湿地人』の手を借りるしか方法が無かった。
本来なら『湿地人』は人間を避けて生きているのであるが、大湿地に隣接したシュリア町のデラモアと言う住人は、昔、沼地で倒れていた『湿地人』を救った縁で、彼だけが唯一『湿地人』と交渉が可能であり、彼を通して物々交換を行うことで、カリアの実の安定供給が実現し、ワームの繁殖にも成功したのであった。
デラモアが歳をとって亡くなった後も、彼の子孫が『湿地人』との交渉役を継いでいて、今は二十八歳になる三代目が、同じくデラモアの名を名乗ってデラモア商会を継いでいた。
「で。お前ら隣町の裏家業の奴らが、人を集めているのと、そのデラモア商会と何の関係があるんでえ」
マーゴは聞かれて口ごもった。ここから先は言い難いようである。
「言葉を忘れたのか? しょうがねえな。……あの姉さんに尻でも叩いてもらえば、少しは素直になるかも知れねえな」
慌ててマーゴはブルブルと首を振った。
「言います言います。何でも話します」
「実は最近、デラモア商会と『湿地人』の取り引きが上手く行ってないようでして。それに丁度、北の魔王の軍勢が、砂漠のオアシスや砂漠の南の町に、大軍勢で押し寄せている時期と重なっていましてね……この辺りの町や村に駐屯していたフィリギア兵が、そっちの方に全て動員されていまして……」
ハールデンは顎に手を当てて考える。
そう言われればエルバータ町でも、続々とフィリギア兵が砂漠へ向かって、町を出て行ったと聞いていた。
この町に入った時、武装した柄の悪い奴が多くて、町には不穏な空気が流れていた。
本来ならば町の治安を守る、兵士の見回り隊が何組も、町を歩いていても良い状況でだったのだ。
「そうかい……取り締まる兵士が留守の内に、人数を集めて、お前らは何か企んでるって訳だな」
汗を流したマーゴはうなづいた。
「デラモア商会が『湿地人』と取り引きが上手く行ってないと言ったな。なるほど、この機会に商会の利権を、グラーゲル組が奪っちまおうって算段か」
図星だったようでマーゴは下を向いた。
ハールデンはロビンに視線を向けた。
ロビンはうなづく。
ダニア大湿地から採れるカリアの実は、フィリギア王国が魔王に対抗する為に、絶対に必要な物である。そんな利権に裏家業の者たちの進出を許す訳にはいかない。
ロビンはマーゴの横へ立つと。
「それで、グラーゲル組の親分さんは、どこで指示を出しているのですか?」
丁寧に尋ねる真面目そうな少年と、この凶悪な大男とは不釣り合いであり、マーゴは二人の顔を交互に眺めた。
「クオラァ! 何黙ってる。早く答えねえか!」
ビクッと震えたマーゴは。
「親分は、二百人いる組員を全員連れて、圧力をかける為にシュリア町近くの郊外でテントを張ってまさあ。デラモア商会は堅気の商会で、人数も五十人も居ねえ商会なんで、簡単に脅せる予定だったんですが、シュリア町の住民の一部が商会を守ろうと集まりましてね。あっちも二百人ほどに膨れ上がっちまって……それで計算が狂っちまった親分から、人を出来るだけ多く雇って連れて来いと命令されていまして」
「そうかい。それで町に人相の悪い奴らが集まって来てるって訳か……」
人相の悪い点では誰にも負けないハールデンは、自分のことは置いておいて、フンフンとうなづいた。
「どうするロビンよう」
「そうですね。まずはシュリア町へ行って、もう少し詳しく状況を調べてから判断しましょう。……少なくとも裏家業の組織の、好きなようにさせてはいけないと思います」
「まあ、お前の性格上、そうなるわな……旦那! メリッサ! 聞いた通りだ」
「ロビン殿に賛成でござる」
「分かったよ」
ハールデンはマーゴに顔を寄せた。
「お前も、これだけ話したとあっちゃあ、組の中で不味い立場になるはずだ……だが、心配するな。お前から聞いたとは言わねえから安心しろ」
次に成り行きを聞いていた店の者に向かって。
「お客さんたち……聞いた通りだ。ここで聞いたことは、よそで話さないでくれ。俺らは構わねえが、こいつの立場が無いようだからよ」
客たちは無言で何度もうなづく。
関わり合いになって得なことは、一切無いであろう。
ちょうどそこで店の扉が開き、入って来たのは賢治であった。
「おう! 良いところへ帰って来たなケンジ! 予定は変更だ。宿屋はキャンセルして来てくれ。シュリア町へ向けて出発するぞ」
理由も言わずに告げたのであった。




