16 奸計
勇者ロビン一行は、ユランド辺境伯爵領を目指し、東へと順調に街道を進んでいた。
このまま東へ進むと、街道は北へ進む道と枝分かれすることになる。一行はそのまま東へ進むのであるが、街道を北へ向かうとフォーガ町へ突き当り、町にはネトス海峡を渡れる吊り橋が存在していた。
この吊り橋は三百年以上前から架かっていると言われていて、他国と繋がる唯一の陸路の為、常に点検修理が行われて、荷駄車がすれ違えるほどの広さと強度を持っているのであった。
《橋を渡った向こうは荒野になっていて、そこを通り抜ければバーンズ帝国の領土が広がっているのである。
荒野はイスター王国との緩衝地域になっていて、いくつかの村があり、魔物と野盗団が出没する危険地帯となっていた。
いずれ、この物語にも登場し、詳しく語られるはずである》
首都ミルダ近くの街道は良く整備されていて、毎日のように専門の業者の点検が行われ、石畳の悪い部分は常に交換されているので馬車の通行も快適である。
しかし、そんな整備された道が辺境伯の自治領まで続いている訳では無い。首都ミルダ近辺は、国から街道の維持費が出ていて整備されているが、首都から離れるほどに街道の整備は悪くなり、最終的には荷駄車が何とか、すれ違えるくらいの道幅になるはずである。
国からの街道維持費が出ていない遠方では、街道を利用する近隣の町や村が、年に一度の補修を行う程度である為、田舎に行くほどに地面は凸凹で、馬車などは使用できなくなる。
徒歩ならば、荷駄車が通る街道を外れて、山を越えたり川を渡ったりする近道、抜け道も存在するが、それらを利用するには、当然ながらシッカリとした魔物対策が必要になるのである。
特に急ぐでもなく進む勇者一行の前方に、街道の道端に立つ四人の人影が見えて来た。四人は立ったまま、こちらに視線を向けている。
中央の二人はブラウスの上にジャケットを羽織り、ズボンを履いていて、普通の庶民のように見える。
両脇の二人は皮鎧を着込んで、腰に片手剣を提げて武装している。中央の二人の護衛のように見えた。
一行が近づいて行くと、中央の庶民風の二人が駆け寄って来た。
先頭を歩く賢治には目もくれず、次を歩くジェームズも通り越し、その次を歩くロビンの足元に、身を投げ出すようにして平伏した。
何が起きたか分からないロビンは目を白黒している。
平伏していた一人が顔を上げると、ロビンへ向かって一気に話し始めた。
「勇者ロビン様とお見受け致します。我らはこの先の街道を南に下ったルチャム村の者でございます。お願いがございます。どうか我らをお助け下さい」
「ルチャム村……」
田舎者のロビンには聞いたことも無い村である。
「勇者ロビン様が誕生したとの話は、以前より聞いておりました。先日、村に立ち寄った定期便の業者から、ロビン様が無事最初の試練を終えられ、晴れてCランク勇者様となって、街道を東方面へ向かっておられると聞きまして。それでこの場所でお待ちしておりました……あの二名の傭兵は、魔物が出た時の我らの用心棒でございます」
必死の面持ちで話す真面目そうな顔の男は、言うまでもなくヒューズである。
「退け! 俺たちは急いでるんだ。道草なんかしてられねえ」
最後尾のハールデンが、眉を寄せて面倒臭げに怒鳴ったのであったが。
「従兄さん……話だけでも聞いて上げた方が良いよ」
困っている者を放って置けないロビンにたしなめられると、流石のハールデンも無下にはできない。
ヒューズの思惑通りの展開になった。
「それで、僕に何か用ですか?」
「ははっ!」
もう一度、ヒューズは平伏してから。
「私はヒュー。こちらはランと申します。実は、ルチャム村は北の遺跡に住む魔物に脅されていまして……」
ヒューズは涙ながらに村の現状を話し始めた。依頼金を持った村の者が、追剥ぎに殺されて金を奪われてしまい、どこにも助けを求めることが出来ず、北の遺跡に生贄を差し出す期限も、過ぎてしまっていて、事は緊急を要することも告げた。
「頼む金が無えのか? ハッ! 話にもならねえな」
ハールデンが鼻で笑ったが、ロビンに睨まれて横を向いた。
話を聞き終えたロビンは、地面に付けられたヒューズの手をそっと取った。
「……お気の毒に……」
ロビンの目にも涙が溜まっていた。
(あ。こりゃ、アカンわ)
ハールデンは頭を抱えて天を見上げた。
「お助けいただけますか!」
闇の中に希望を見出し、生き返ったような声を出して、ヒューズとロランが膝でロビンに、にじり寄った。……見事な演技である。
「僕は勇者です。困っている人がいれば、助けることが使命です」
きっぱりと言うと、周囲の仲間を見渡した。
「皆さん、協力して頂けますね。この先の北の遺跡に住む、魔物を倒します」
ジェームズが駆け寄ってロビンの手を取った。
「良くぞ申されたでござるぞロビン殿! 勇者として、人として、当然のこと。ワシも全力で戦わせて頂くでござる」
「暇で暇で、いい加減うんざりしてたんだ。魔物退治って面白そうじゃ無いか。遊ばせてもらうよ」
メリッサは腰の鞭を一つ叩いた。
ハールデンは手で頭を抱え、誰にも聞こえないように(タダ働きか)とつぶやき、空を見上げた格好で、分かったとうなづいた。
意見を述べる資格の無い従者の賢治は、無表情で突っ立っている。
「ありがとうございます。北の遺跡へ向かう支道まで案内させて頂きまして、我らはそこで退治が済むまで、お待ちすることとします」
安堵した様子(演技である)でヒューズがほほ笑むと。
「ヒューさん。街道と言えども夜は危険です。日にちもどれくらい掛かるか分かりませんので、一旦、村へ帰って待機して頂ければよろしいので」
心配してロビンが提案すると。
「とんでもございません。ただでさえ勇者様の足止めをしてしまい、ご迷惑をお掛け致しておりますのに、ルチャム村まで報告に来て頂くなど、往復の時間が勿体のうございます」
恐縮した体でヒューズは頭を下げる。
(チッ! 迷惑って分かってんなら、最初から頼むんじゃねえ)……ハールデンの心の声。
「また、街道でお待ちすることになろうかと、護衛の為に傭兵も連れて来ておりますので、ご心配は無用でございます」
ロビンは離れて立っている武装した二人を確認した。
なるほど、そう言うことであったかと合点する。
「支道まで先導いたしますので、よろしくお願い致します」
「分かりました。ご期待に応えられますよう、頑張ります」
決意を秘めた目でロビンがうなづくと、ヒューズは心の中でガッツポーズをした。
(ちょろいもんだぜ。村まで来られると厄介だからな……)
「あっ。勇者様」
ヒューズは忘れていたように付け加えた。
「魔物には、村に代々伝わる水晶を奪われております。できれば取り戻して頂きたいのでございますが」
「お前らな。図々しいんじゃねえのか? 金が無いなら、せめてその水晶だけでも、駄賃に渡すのが筋ってモンだろう」
ハールデンが横から噛みついたが、ロビンは聞いていない。
「村の大事な水晶ですね。分かりました。見つけた場合は必ずお返ししましょう」
「おおっ! 水晶を取り戻して頂ければ、村の者がどれだけ喜ぶでしょうか……貴方様は神様のようなお方だ」
ヒューズとローランは再び平伏した。
「ちっ!」
苦虫を噛み潰したような顔で、上から見下ろすハールデンがいた。
こうしてヒューズらに案内され、勇者一行は東へ進み、やがて北と南に支道のある四つ角へと出た。
南へ行けはルチャム村であり、北へ向かえば魔物が住む遺跡が広がっている。
「我らは、この辺りでお待ちしております」
「はい。必ず魔物を討ち果たし、村に平和を取り戻して見せます」
勇者一行は、賢治を先頭に遺跡へ通じる支道へ入って行ったのである。
勇者一行の後ろ姿が完全に見えなくなると、喜びに堪え切れなくなったローランが。
「流石です兄貴! 完璧だ。これで間抜けな勇者が魔物を倒し、水晶を取り戻して来てくれたなら、水晶が魔物を倒した証になって、依頼金の後金はもちろん、水晶も手に入るって寸法ですね」
「ふふふ、まあな、それが最高の結果なんだがな。……しかし、ここで待っている理由は、もう一つあるんだ」
ヒューズは顎に手を当てると。
「こいつは考えたく無いが、勇者が『返り討ち』に会った場合だ……当然、水晶も後金も手に入らねえ。村は怒った魔物に攻められて全滅だろうな……だから俺たちはこの辺りで、隠れて勇者を待つんだ。村で待ってたら、俺たちも巻き添えを食うからな」
ローランは感心したように。
「そこまで考えてたんですかい。凄えや兄貴!」
傭兵役の二人も驚いて目を丸くしている。
「まあ、考えたくは無いが、念には念を入れるってことだ。一番良いのは、魔物を勇者が倒してくれりゃ、全てが手に入り、濡れ手に粟って奴だ」
四人は同時に笑い出した。
「奴ら、底抜けのお人好しだが、勇者なんだから腕は確かなはずだ、俺たちの為に戦ってくれるんだ。フンッ! せいぜい無事を祈ってやろうじゃないか」
一行が消えた北の支道を見詰めながら、鼻で笑ったヒューズは言うのであった。




