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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
不死教団蠢動編Ⅱ
146/304

146 マルース公国⑤

今回で、この章は終わりです。

 ゲイルは部屋のドアが開く音で目を覚ました。

 素早く起き上がって枕元にある魔石のランプを灯すと、明かりに浮かび上がったのは同室のエンゲルであった。


 「……起こしちまって、済まねえな」


 ランプの明かりをまぶし気に手でさえぎって、フラフラとした足取りで自分のベッドへ向かうと、崩れるようにベッドへ倒れ込んだ。


 「エンゲル! 貴様! 飲んでるな! 禁を破って酒を盗んだのか! どうやった! どうやって盗んだ!」


 立ち上がったゲイルは「不味まずい事になった」と眉を寄せた。


 恐れていた事態が起きたのである。エンゲルが窃盗で捕まれば、同室で仲が良い(と周囲から思われている)自分も疑われることになる。

 念の為に自分のアリバイは作ってあるが、絶対とは言えない。


 (今すぐに、こいつを訴え出るべきか)と迷った。


 酒を盗んだのかと聞かれたエンゲルは、顔をベッドにうずめたままで手を振ると、半身を起こした。


 「盗んじゃいねえ。いくら俺でもそこまで馬鹿じゃねえ。……広場の横の建物で、酒樽から小瓶に酒を移していてな……そこの奴に金貨を握らせて交換したんだ。奴も金を受け取ったからには誰にも話さねえよ……大丈夫だ」


 「……そうか」


 少し安心した。金を受け取ったなら相手も同罪である。


 「小瓶を四本受け取ったんでな、お前にも飲ませてやろうと思ってたんだが、余りにも美味い酒だったんでよ。結局、全部一人で飲んじまった。済まねえな」


 最後に「ゲフッ」とげっぷをした。


 「俺は別に構わん。明日になれば好きなだけ飲めるしな」


 「済まねえな……お前は……良い……奴だ……」


 声が小さくなり、エンゲルは直ぐにイビキをかき始めた。


 (チッ! 人騒がせな野郎だ……どこかで縁を切らなきゃな)


 苦々しく思うゲイルであった。





 マルース公国の首都ニルガナは、朝から音楽が流れ賑わっている。同じ時刻、公国領にある全ての町や村でも同様に盛り上がっているに違いない。

 今日はエラントン公の即位式であり、彼は今日から正式に四代目マルース公を名乗るのである。


 通常の国ならば、即位式は外国からの賓客も招いて行われるのであろうが、鎖国状態のマルース公国なので、そのような客は居なかった。

 それでも過去の二代目、三代目の即位式よりも、明らかに盛り上がっているのであるが、それは国の全ての住民に、祝い酒が配られているからであろう。


 鎖国状態のマルース公国では、酒は貴重な嗜好品であり、貴族でも滅多に飲めないものなので、一般の住民はこの日を楽しみに待っていたのである。


 酒は国教である、シフ教のラビナー教主が私財を投げ打って購入したと流布されていて、シフ教の人気も更に上がったのであった。

 

 王宮前の広場には多くの住民が集まっていて、王宮より外の門が見える広場にも、更に多くの住民が押し寄せていた。


 「ドォーン!」


 と、太鼓の音が響いた。それは即位式の始まりを告げる音であった。





 港町ザンには城壁を守るために千人の兵士が駐屯していて、一般の住民は兵士の寝食の世話をする者を除けば、ほとんどの者が漁業に従事している。


 その漁業は四代目マルーズ公の即位式が終わり、酒を警護していた者たちが国を去るまでは休業となっている。

 その為、三本ある桟橋の二本の橋には、多くの木造の小舟が暇そうにもやっていた。 



 城壁の高い場所にある監視所から、兵士がローブ湖を見渡した。いつもと変わらぬ景色であるが、桟橋の一つに大きな商船が一隻だけ停泊している。

 それは酒樽を運んで来た五隻の商船の内の一隻で、残りの船は既に帰路についてしまっていた。この残った一隻が、酒の警護を終えた者たちを乗せる予定になっている。


 商船を見た兵士は、隣の同僚の兵士に声を掛ける。


 「酒の警護は良い仕事だな……金も入る上に、今日は首都の即位式にも加わって、たっぷり酒が飲めるのだからな」


 「まあな。ニルガナに居たら好きなだけ飲めたのになあ……俺たちは運が悪くハズレだったな。……それでも祝い酒は配られてるんだから、それで我慢するしかないな」


 二人は同時に溜息をついたのであるが、兵士の一人が桟橋に停留している商船から、何かが出て来たのを発見した。


 「何だ? おい! 商船から荷駄車が出て来たぞ!」


 今回の酒の運搬に当たって、国に入国できる者は酒の警護をする者だけであり、商船を運航する船員たちは、入国できない決まりになっている。


 「レオン大隊長へ報告しろ!」


 ザンの町中にいる城壁の責任者である、大隊長へ伝令が走ったのであった。





 巨大な城壁の門の横にある、くぐり戸が開くと、兵士を従えて城壁の責任者であるレオン大隊長が現れた。

 商船から出て来た荷駄車は全部で五台あって、それぞれに百五十センチ角くらいの箱が載せられている。


 レオン大隊長が姿を見せると、荷駄車の先頭に居た男が、飛び降りて走り寄って来た。

 眉を寄せたレオンは。


 「これは何ごとだ! 事前に聞いておらんぞ!」


 「は、はい」


 み手をした男は。


 「実は『ラビナー教主様』より、即位式当日に、城壁を守護されておられる兵士の皆様方と、ザン町の住民の皆様方に、サプライズで慰労の品を配るように指示されておりまして……大隊長様ならば、ラビナー教主様より、何か直接聞いておられませんでしょうか?」


 問われてレオン大隊長は思い出した。

 酒が港に届いた日に、視察に来ていたラビナー教主に『慰労の品』を渡すと告げられていたことを。


 ラビナー教主は、レオン大隊長に楽しみにしておいて欲しいと、謎めいた言葉を話していた。それは、このようなサプライズの形で渡すつもりだったのであろう。


 「確かに、そのように言われておりましたな。……では、これがその『慰労の品』か!」


 レオンは五台並んだ荷駄車を眺めた。


 「はい。そうでございます……大隊長様には、特別に、これを渡すようにと……」


 男は後ろ手に受け取った小箱をレオンに渡した。


 「教主様が? 私に?」


 「どうぞ、中をお確かめ下さい」


 ずしりと重い箱を開けると、香ばしい匂いが漂って来た。


 「特別に焼いた菓子でございます」


 鎖国状態のマルース公国では菓子も貴重品である。しかし、その菓子の下に見えた物は……それはぎっしり詰まった金貨であった。


 「大隊長様の御苦労には、常々頭が下がると、教主様よりお伝えするように言われております」


 大隊長の顔がほころぶ。


 「そ、そうか……そうか。教主様はそれほどまでに私を……」


 「では、兵士の皆様と、住民の皆様に、通常・・の『慰労の品』を配らせて頂いても良いでしょうか?」


 金貨が詰まっているのはレオンに渡された箱だけであろうが、自分だけ受け取って、他は駄目だとは言えない。


 「分かった! ウオホォン! 他ならぬラビナー教主様の御依頼であれば、断ることは出来ぬな。門を開けよ!」


 「ありがとうございます」


 荷駄車は動き出した。


 荷駄車の真の目的は。

 《兵士に『慰労の品』を配った後は、町に入って住民に品を配り、作夜の内に村に入って隠れていたラビナーとエムブラを、人目の付かぬ場所で箱へ隠し、何食わぬ顔で商船へと戻って来ることである》





 「ラビナー教主! どこへ居られるラビナー教主!」


 即位式の全ての儀式を終え、王宮を走る四代目マルーズ公の足元が乱れて、手を伸ばして廊下へ倒れた。


 「あぶのうございます!」


 王を追いかけていた近習が慌てて走り寄る。

 多くの重臣との挨拶時に、マルース公もかなり酒を飲んでいて、酔って足元がふらついたのである。


 「ええい! 教主様をお探しせぬか! 私が王になる為に力になり、高価な酒を国民すべてに振舞って下さった教主様に、早く感謝が伝えたいのだ!」



 《マルース公の声が廊下に響いたのであるが、その頃、当のラビナー教主は、マルース王国の誰にも知られずに、商船の中にいたのである》





 「どうだイール! 俺の言った通り美味い酒だろう!」


 夜空に花火が上がっている。

 上機嫌で酒瓶を口に当てたエンゲルは、ぐっとあおって飲み干した。その飲みっぷりの良さに、周囲の者から拍手と歓声が上がる。


 即位式が終了し、最初は慣れぬ酒に戸惑っていたニルガナの住民であったが、飲み始めると酔いが回り、陽気にはしゃぎ始めたのであった。

 今頃、酒が行き渡った国中の町や村でも、同じような光景が見られるはずである。


 「確かに美味いな……」


 上等な酒の味を知っているゲイルも、間違いなく美味いと感じる良い酒であった。


 「うん?」


 酒を飲み干して、ご機嫌な顔のエンゲルを見て、ゲイルの片眉が上がった。


 「何だ? 俺の顔に何か付いてるのか? ハッ、辞めてくれ惚れるなよ、俺は男色の気は無いぞ! ガハハハッ」


 冗談で笑ったエンゲルに。


 「お前、顔に吹き出物が出ているぞ」


 教えられてエンゲルは自分の顔を触った。異変を感じた彼は、次に確かめるように両手で顔を満遍まんべんなく触った。


 「何だこれは?」


 自分の顔中に吹き出物が浮き出していることに気が付いた。そしてよく見ると、手も手首にも同じような吹き出物が出ていた。恐らく服の下の身体も同様であろう。


 「酒が切れて、急に飲んだからこうなったのかな? おいイール、何か知ってたら教えてくれ」


 聞かれてもゲイルにも分からない。

 だが、何か嫌な予感がしたのであった。





 港町ザンでも首都ニルガナと同じように、酒に酔った住民が陽気に笑って歌って過ごしている。

 防壁を守る兵士たちも同様であり、それでも監視所の兵士はましな方で、わずかに酒に口を付けた程度である。


 「他の奴らは得したな……今夜、監視役の俺たちは最悪だ」


 彼ら以外の兵士たちは、非番の者は町の中で、仕事に出て来ている者も、休憩室で酒を楽しんでいるはずである。


 「諦めるしかないな……俺たちは今夜は、少しだけしか口を付けていないが、明日は取って置いた酒で楽しくやろうぜ」


 「まあ、仕方が無い」


 肩をすくめた兵士は、月明りとは別に、下の桟橋の方が明るいことに気が付いた。

 窓から下をのぞいた兵士の顔が、一瞬で引きつった。


 「火事だ!」


 「何だと!」


 同僚の兵士も窓から下を覗いた。

 桟橋に泊めてあった小舟から火の手が上がっていた。それは一艘や二艘ではない。全体の半分以上の船が燃えていたのである。


 ただ一隻、別の桟橋に泊まっていた商船は、火事を避けるように離岸し、沖の方へ進んでいた。


 「しょ、消火だ! 早く連絡しろ! 船がすべて燃えてしまうぞ!」


 叫んだのであるが、火の勢いから考えて消火は不可能に見えた。





 「お見事でございますラビナー司祭・・様。計画通りに行きましたな」


 商船の甲板の上では、手すりに両肘を降ろし、頬杖ほおづえを突いたラビナーが離れて行く港町ザンの城壁を眺めていて、その隣には歓喜の表情のエムブラが立っていた。


 マルース公国にあって、シフ教の教主であったはずのラビナーは、エムブラに司祭と呼ばれても、当たり前の顔をしている。


 「長い年月を掛けて計画したのだ。絶対に成功してもらわねば困る」


 エムブラの賛辞にラビナーが答えた。

 頬杖を外して立ち上がると。


 「これでマルース公国から、何人なにびとも国外に出る方法はない」


 エムブラがうなづく。


 「酒を飲めば早い者で一日で症状が現れる……身体中に粒上の突起物が現れ、それは大きくなって、やがて破れて膿が出る」


 「恐ろしい毒でございますな」


 「ああ。……毒と言うより病気だ……膿が出る頃には動けなくなっていて、近くにいる者は空気感染する……つまり、酒を飲まなかった者。子供などにも感染して行くんだ」


 「素晴らしい!」


 感激したエムブラが手を叩く。


 「感染した者が死ねば病原菌もやがて死ぬ。まあ、数日後にはマルース公国内に生きている者は、確実に居なくなるだろうな」


 「完璧な計画でございます」


 ラビナーは満足げに笑みを浮かべた。ついに長い月日を費やした計画が実を結び、マルース公国の三十万人の国民に、死をもたらせるのである。


 「これでラビナー司祭様の、司教への昇格も間違い無いでございましょうな」


 「お前の仕事ぶりは教主様にもお伝えしてある。……お前も、修道士から司祭へと昇格することになるだろう」


 二人の会話から、彼らが不死教団の者であった事実がうかがえる。ラビナーは長い年月を掛けて、一国の国民すべてをほうむる、壮大な計画を実行に移したのである。


 「不死教団……教主様……」


 不死教団の教主に、畏敬の念を込めてエムブラがつぶやく。

 そんな様子を見たラビナーが。


 「お前も司祭になれば、更なる不死教団の教義の深さ、他教には絶対に存在しない、現世利益に気が付くであろう」


 ラビナーは謎めいた言葉を口に出した。他教には無い現世利益とは何なのであろうか?

 エムブラは、一般的に言われている不死教団の教義の他に、教団には、何か別の目的があることに薄々感づいていた。


 正面からエムブラを見据えたラビナーは、彼を凝視しながら片手を自分の頭の白髪に掛けた。……次の瞬間。

 「バリッ」と音を立てて白髪が外れると、その下からは黒々とした髪が現れた。白髪はカツラだったのである。十年仕えて来たエムブラも知らされていなかった秘密である。


 次に白髪の眉毛も髭も外されて行き、現れた顔は、エムブラと余り変わらぬ三十代後半の顔であった。


 「こ……これはいったい!」


 エムブラは驚きに目を見張る。

 ラビナーは二代目のマルース公に仕え始め、年齢は百歳くらいのはずである。それならば目の前にいるラビナーを名乗るこの人物は、途中で入れ替わった別人なのであろうか。


 「エムブラ……驚くのも無理はない。全ては……そう、全ては教主様にお会いすれば、分かるであろう」


 そう告げたラビナーは、驚くエムブラを無視して、燃えている桟橋に視線を移した。この件に関して、今は何も言うつもりは無いのである。

 そして一言。


 「ここで、一週間待機する」


 「えっ?」


 なぜ一週間も待機するのか理由が分からない。

 疑問を浮かべた顔のエムブラに構わず、ラビナーは桟橋を指差した。


 「マルース公国は数日の内に、生者の居ない、死が支配する国に変貌するが、もし一週間経って、あの桟橋に生きた人間が現れたら、お前はどう思う」


 「……?」


 ……たとえ酒を飲まなかった者が居たとしても、空気感染からはのがれられないはずである。


 「その頃に、生きて現れる者など、絶対に居ないと思いますが」


 答えを聞いたラビナーは、答えに破顔してエムブラを見た。


 「そうだ。人間ならは、生きて居られぬはずだ」


 それだけ言うと、再び燃える桟橋へ視線を向けたのであった。





 ……エムブラも、ラビナーさえも知らなかったが、ガライア監獄を燃やしたアガシス司祭が、配下であるベレスに同じような問いをして、同じような返答をしていた。


 「火達磨ひだるまになった人間が、倒れずに走り続けたら、どう思う?」


 問われたベレスは、しばらく答えに躊躇したが。

 「火達磨になって、人が死なないはずは無い」と答えた。


 アガシスは正解であると大きくうなづいた後。


 「そうだ! 死なない人間は居ない」


 と答えたのであった。




 二人の不死教団の幹部の、よく似た謎めいた言葉の裏には、常人では想像もできない、驚天動地の真実がはらまれていたのであった。

 

次章と、その次の章の地図を、明日の21:00までに発表する予定です。


daimaoukenji で、検索して見て下さい。


次の章も暗いのですが、お付き合いをお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒントはちょくちょく出していると思いますが、不死教団の目的が何なのか、それと、それがどう勇者一行とつながるのか楽しみです。
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