14 ルチャム村
必要な物資を買い込んだ勇者一行は、東に向けてイスター王国の首都ミルダを出発した。
目的地はユランド辺境伯爵領である。
門前の広場は多くの人々と、隊商の馬車や荷駄車を曳く馬でごった返し、人にぶつからずに歩けない程である。
牛歩の如くゆっくりと進んだ一行は、通行許可書を見せてやっと城門の外へ出て来た。
門を潜ったハールデンは、首だけ捻って潜ったばかりのミルダの城壁を見上げた。
「ちっ! 勇者一行が魔王退治の一歩を踏み出そうってえのに、特別な式典も無しか……俺たちをどれだけ、お人好しの間抜けと思ってんのかな」
門を守る兵士には聞こえないように舌打ちした。
一行の先頭を行く賢治は、ハールデンの愚痴を耳にすると。
(あっちの世界のゲームの勇者は、たいていお人好しの間抜けだったな。それに女性に対しても清廉潔白だった)
そんな風に回想した。
後方を歩く勇者ロビンは、まさにゲームの主人公を絵に描いたような少年である。魔王を倒すまで、他のことには脇目も振らず、真っすぐ突き進む性格に間違いないであろう。その辺りが勇者として選ばれた、資質の一つなのかも知れない。
ロビンの隣りを歩くメリッサは妖艶な女性であり、すれ違う男たちが好色な目で、爪先から美しい顔まで舐めるように見詰めて通るが、ロビンの目には女性として映っていないようである。
同様にハールデンの頭には金のことしか無く、ジェームズは何か別のことを考えているように見えた。
かく言う賢治も、女性としてのメリッサに一ミリも心が動かない。相手は美しいと言っても、たかが人間であり、彼の興味の対象と成り得る訳が無かった。
「兄さん。ユランド伯爵領は遠いよね。馬車は使わないの?」
ハールデンの片方の眉がピクリと動くと。
「馬鹿野郎! 定期馬車に乗れば、一体いくら……ウォホン!。ロビン! これも修行だ。足腰を鍛えることになり、お前の成長の為の財産になる」
「……そうかぁ。僕のことを考えてなのか。ありがとう」
相変わらず、彼の辞書には邪推するという文字はない。
「あたしは疲れたら、落ち合う場所を決めて馬車を使わせてもらうよ」
メリッサは、きっぱりと言う。
辺境へ行けば、街道の整備状況が悪くて馬車など走っていないが、首都に近いこの辺りならば、町と町を繋ぐ傭兵の護衛が付いた定期馬車が走っていて、無事に次の町まで送ってくれる。
但し、料金は高くて庶民の旅人は使えないので、普通は護衛付きの隊商などに金を払って、後を付いて行くのが当たり前である。
ハールデンがメリッサを睨むと、逆に睨み返された。
「何か言いたいことでもあるのかい?」
「いや。まあ、金を自分で払うなら文句はねえ」
「ハッ! しけてるねえ」
メリッサは鼻に皺を寄せて横を向いた。
ミルダを出た勇者一行は一路東に向けて、途中の町や村にも寄らずに進んだ。わざわざ宿屋に泊まらなくても、賢治の張るテントは最高級のものであり、食事もミルダで有名なレストランのものだったからである。
「野宿してるって実感がないねえ」
思わずメリッサが漏らすと。
「そういや、整備された街道と言えども、寝ていて魔物に襲われたこともねえな。運が良すぎやしねえか」
ハールデンが首を捻った。
整備された街道であるとはいえ、絶対に安全であるとは言えない。街道を離れ森に入れば、奥へ行くほど強い魔物がいて、魔物はたまには街道まで出て来る場合もあるのだ。
「この賢治の妖精がいるお陰で、俺たちも幸運のおこぼれに預かっているのかも知れねえな」
ハールデンは何の気なしに言ったのであるが、それはあながち的外れでも無かった。
本当のところは、勇者一行の周囲には使い魔が警戒網を敷いていて、もし使い魔の手に負えない魔物が現れた場合には、妖精に化けている妖魔カノンが、魔物を追い払うか始末していたのであった。
カノンにすれば指示された訳では無いが、大魔王様に面倒なことをさせない為の忖度である。
時間は少し遡る。
勇者一行が何も知らずにミルダを出発した頃、ヒューズとローランは新たに手下を加えて四人組となり、勇者一行に先行して街道を東へ進み、途中で支道を南に曲がり、滅多に旅人も寄らぬルチャム村と呼ばれる小さな村へやって来たのであった。
森を切り開いて開発されたルチャム村は、魔物除けの大木を立てた、三メートルほどの高さの柵で周囲を囲われた村である。
出入口の両開き扉の付いたは門は、支道と繋がる北側に一つあって、門の横には物見櫓が建っている。
ヒューズ率いる四人組が門に近づいて行くと、それに気づいた物見櫓の見張りが声を上げた。
「街道から誰か来るぞ! ……オオッ! ヒュー様だ! ヒュー様が戻られたぞ!」
興奮して叫んでいる。彼らがヒューと呼んでいるのは、ヒューズはこの村では偽名を使っているからである。ちなみにローランはランと名乗っていた。
門の横の、くぐり戸が開かれ、数人の村人が飛び出して来た。
「ヒュー様! お疲れさまでした……首尾はいかがで御座いましたでしょうか?」
挨拶もそこそこに、先頭の男は焦りを隠そうともせずに尋ねた。
「先ずは村長さんに報告をするのが筋ですので、しばらくお待ちください」
ヒューズは落ち着いた声で村人をなだめた。普段のヒューズは商人風の真面目な風貌であり、焦って聞いて来た村人も、自分の不手際に気が付いたようである。
「こ、これは申し訳ない。我々の為に働いて下さっているヒュー様の苦労を労いもせず」
村人は頭を下げ。
「村長へも連絡が行っていると思いますので、まずは村中へお入りください」
柵から外へ出て来た村人が左右に分かれて道を作ると、話し掛けて来た村人がヒューズ一行を先導して、くぐり戸から村中へ入って行くのであった。
くぐり戸を入ると広場になっていて、ヒューズが帰って来た一報を聞いた村人が集まり始めていた。
彼らの期待を込めた視線の中を進み、四人は村の集会所らしき丸太組の大きな建物に案内され、会議室らしき広い部屋へ通された。
「間も無く村長と、村の役員たちが参りますので、お待ちください」
先導して来た村人は、四人に席に着くように勧めると、頭を下げて部屋から出て行った。
テーブルには茶の入った器が四つ置かれている。
ヒューズは立ち上がると部屋の入り口横へ行き、人の気配が無いことを確認してから三人に振り向いた。
「良いか。お前たちは何も話す必要は無い。俺の話にうなづいていれば良い」
「へい!」
素直にうなづく三人を見渡しながら、ヒューズはこの村を知る切っ掛けとなった、ひと月ほど前の出来事を思い浮かべた。
その時は金を上手く手に入れ、もう二度とルチャム村へ帰って来ることは無いと、思っていたのであるが……。
ひと月ほど前、ヒューズとローランは東の中規模の町で詐欺を働き、騙した金を持って首都ミルダを目指して街道を進んでいた。
「危ない橋を渡ったにしては、大して稼げなかったな……畜生!」
悔し気に唾を吐いたヒューズを、ローランがなだめながら歩いている。
「ですが兄貴。手が回る寸前に上手く逃げ出せましたから、まだ完全にツキが無かった訳じゃありませんぜ」
「ふん! 稼ぎがこれだけしか無えんじゃ、笑ってもいられねえよ」
機嫌悪げに鼻に皺を寄せたヒューズは、ふと前方を見て、道の中央に何かがあることに気づいた。
近寄って行くと、それは人であった。男性が一人倒れていて、腹の部分が血で濡れていた。
うかつに駈け寄らず、まずは辺りを見渡して危険が無いか確かめた。野盗が出たのかも知れないと疑ったのである。
「兄貴! 誰もいねえ見たいだ」
額の汗を拭きながらローランがうなづく。彼の言う通り、周囲に人の気配は無かった。しかし、息を潜めて隠れている可能性もある。ヒューズは慎重に倒れている男へ近寄った。
「うう……」
男は生きているようで二人の足音に反応して声を上げた。年齢は五十代くらいで、良く日に焼けていた。農夫か何か、外で仕事をしている者であろう。
「おい! どうした」
周囲に気を配りながら男の横へ腰を降ろし、声を掛けると男は薄目を開けた。
「さ、三人組とすれ違ったんだ……いきなり腹を刺された。まさか昼間に、こんな場所で襲われるとは……日が高いので、次の町まで行って、西に向かう隊商に付いて行こうと計画していたのに」
苦し気に話す男を観察して、これは助からないとヒューズは確信した。
(追剥ぎに会ったみたいだな)
厄介ごとに巻き込まれるのは馬鹿らしい。ローランの顔を見ると彼も同じ思いであると分かった。金は刺した奴らが奪っているはずであり、一銭にもならない。
(放って置いて行くぞ)
無言で顎をしゃくるとローランもうなづいた。
立ち上がろうとした時、再び男が話し出した。
「頼む……俺が人知れず死んでしまったら、村に迷惑が掛かる。村は近くなんだ……俺を村まで運んでくれ……お礼は村から必ず出る……」
お礼と聞いて二人の動きが止まった。
金が入るなら話は別である。
再びヒューズは男の傍にしゃがんだ。
「おい! 大丈夫か? あんたの村はどこだ。何て言う村だ」
「……ルチャム村……」
男は苦し気に告げた。
ルチャム村なら直ぐ近くである。
「死ぬなよ! 連れて行ってやる」
ヒューズは男を元気づけた。お礼だけでなく、何となく金の匂いがしたのであった。




