13 次の試練
冒険者組合を落胆した表情でジェームズが後にした頃。
ミルダの教会近くでは、通りを進む少年勇者ロビンとハールデンの姿があった。
無事にベルナの森の廃坑ダンジョンを攻略し、『勇者を証明する札』を手にしたロビンは、ハールデンと共に教会にCランク勇者を申請に行くのである。
「これでミルダ近辺からとは、おさらばだ。もっと稼ぎの良い場所へ行けるぞ」
機嫌良くハールデンが口にしたのであるが、ロビンは眉を寄せた表情で従兄を見上げた。
それに気づいたハールデンは。
「あ、嫌、言い方が悪かったな……これで、さらに経験値の稼げるダンジョンへ行けると言いたかったんだ」
「そうでしたか」
ロビンの顔が明るくなった。
「もっと経験を積んで強くなって、最終的には魔王を倒さなくちゃいけねえからな」
「はい! 頑張ります」
ロビンの歩きに力が籠る。
「ロビン。Cランク勇者になれば、次の試練に向かうことが出来る。そして、その試練を突破すりゃ、晴れてBランク勇者と認められ、外国へ行くことが出来るんだ。外国の数か所には、それぞれ魔王を名乗る魔物がいて、そいつを倒せば大金が……」
『大金が転がり込んで来る』と言いかけて、ハールデンは咳ばらいをして言い直した。
「名誉が手に入るんだ」
「従兄さん。僕は勇者だから名誉は必要ないよ。困ってる人々を救いたいだけなんだ」
「分かってる。分かってるって。お前はそれで良いんだ。俺に全て任せときな。一番良い方法を俺が考えてやるからな」
笑顔で肩を叩いた。
「ありがとう従兄さん」
目を輝かすロビンに笑い掛けると、ハールデンは真剣な表情に変わり。
「そこでだ。Cランク勇者の次の試練は、イスター王国の数か所にある試練の、どれを選んでも良いことになってるんだ。近場の簡単な試練を選んでも良いんだが、そんなのは金に……オホン!……経験にならねえ。どうせやるなら稼げる試練に……オホン!……経験値の稼げる試練を目指そうじゃねえか」
「勿論だよ!」
「そう来なくちゃな……試練を選ぶのは俺に任せときな。悪いようにはしねえぜ」
「いつも何から何まで、ありがとう従兄さん!」
うんうんとうなづきながら、ハールデンは他のことを考えていた。
(他所へ行くなら、マーシュ商会の金は踏み倒しても何とかなるかな……まさか殺し屋を雇ったりしないだろう。そっちの方が金が掛かるからな)
そんなことを考えていたハールデンであったが、妖魔カノンの手によって、すでにマーシュ商会は、この世のどこにも存在していない。
それぞれ別の思いを抱いて歩いて行く二人を、教会近くの建物の影から、盗み見ている二人組がいた。
一見して真面目な商売人風の男はヒューズと言い、実際に隊商に加わってイスター王国の東西を旅したこともある。年齢は四十歳。
もう一人の方も真面目そうな風貌の男で、名前はローラン。年齢は三十歳。ヒューズと同郷であった。
すでに三日前からこの辺りで張っていて、お目当ての勇者を発見した二人であった。
「兄貴の予想した通りだ。やって来ましたね」
ローランが目を輝かせている。
「ああ。やはり仲間が腕利きなだけあって、短い期間でダンジョンを攻略した来たようだな」
うなづいたヒューズは少年勇者の隣りを歩く大男を睨んだ。
「武闘家のハールデン……奴の性格は知っている。次の勇者の試練は何ヶ所か選択肢があって選べるが、金に汚い奴は恐らくあの試練を選ぶはずだ」
「そうなったら、こっちのものですね」
「ああ。大金が転がり込むぞ」
含み笑いをするヒューズとローランであった。
『勇者を証明する札』を教会に提出したロビンは、正式にCランク冒険者に昇格した。それにより首都ミルダの近郊より離れ、教会の指定するいくつかの試練の、どれかを選んで挑戦することが可能となった。
試練は実際にイスター王国が直面している問題を解決する事であり、勇者の経験にもなるので両方に利益があるものになる。
教会の職員が試練の書かれた書類を持って現れ、ロビンと付き添いのハールデンの前に置いた。
「この中の試練の中から、一つ選んで下さい」
「見せてもらうぜ」
ハールデンは真剣な表情で書類を吟味して行く。
《西南の海に現れる幽霊船の調査》
(ハッ! いつ現れるか分からねえ幽霊船なんて、待ってられるか)
《ネトス海峡の絶壁にある洞窟の調査》
(洞窟か……金目のものは少なくて、魔物は多いな。くたびれ損だ)
《レーブロ村の墓場に現れる妖魔退治》
(こりゃあクソだな。村の墓場など金にならねえ)
そんな調子で見て行くと、彼の興味を引く試練が目に付いた。
《魔物に奪われた砦の主を倒し、砦を奪還する》
詳しい資料に目を通した。
イスター王国の最東にある、ユランド辺境伯爵領の東には、小舟で渡れる距離に大きな島があり、そこは魔物の住む島となっている。
その島を監視する砦の一つが魔物の急襲を受け、駐留していた兵士は一割ほどの損害を出して脱出したそうである。
砦の新たな主となった魔物を倒すのが試練となっている。主を倒せば残りの魔物は逃げて行くはずである。
(これは良いじゃねえか!)
魔物に急襲されて逃げた兵士は、砦から何も持ち出せていないであろう。
砦には武器や防具、兵士の給料。物資なども多く残っているはずである。砦は既に魔物の住むダンジョンであり、ダンジョンで見つけた物は、全て見つけた者の所有となる。
「これを受けるぜ」
ハールデンが書類を差し出すと、内容を見た職員の顔が曇った。
「こ、これは……この試練は」
「どうしたってんだよ。今さら、この試練は駄目だと言ってもらっても困るぜ、こんな金になる……(ロビンの視線に気が付いて)こんなに勇者の成長につながる良い試練を、駄目だなんて言うんじゃねえぜ」
「いえ、そう言う訳ではございませんが……」
職員は言い難そうにしている。
「何だよ。言えよ」
「実はこの試練は十年以上前からある試練でして、既に二組の勇者一行が挑戦しましたが、いまだに成功しておりません」
急に出て来た汗を、拭きながら職員は説明した。
「ほおっ。俺以外にも見る目のある奴が居たのか……成功していないってことは、その勇者一行は失敗して死んだってことか」
「いえ、はい。あっ、まあ」
職員の歯切れは悪い。
「お前は俺たちも失敗すると思ってんのか? ハッ! 俺たちを今までの勇者と一緒にするんじゃねえぞ」
ハールデンは自分たちのチームに自信を持っている。それはベルナの森の廃坑道で確信した。
自惚れている訳では無いが、自分の武闘家としての腕には自信が有る。お人好しの性格はどうしょうもないが、戦士ジェームズの腕は世界最強とも言われていて折り紙付きである。
性格には難があるが、メリッサの魔法は噂通りの破壊力であった。僧侶でポーターのケンジは何を考えているか分からない奴であるが、間違いなく使える優秀な男である。
「とにかく。俺たちはこの試練を受ける……良いな!」
最後はロビンを見て、決定したような口調で言うと、目を輝かせた少年勇者は、大きくうなづいた。
「流石は兄さんだ! 砦を取り戻せれば、人々の大きな希望につながるね」
「おっ、おう! そうだとも!」
キラキラと輝くロビンの目が眩しくて、思わず目を逸らしてしまったハールデンであった。
試練を決めたロビンとハールデンが、教会を出て行ってしばらくすると、教会の扉が小さく開き、職員が一人顔をのぞかせた。
職員は周囲に人がいないことを確かめると、小走りに路地裏へ走り込んで行った。
路地裏の薄暗い通路を職員が走って行くと、横手の更に細い路地から人影が現れ、片手で手招いた。
「こっちだ」
手招きしたのは、建物の影から勇者一行を観察していた、ヒューズの手下のローランであった。
呼ばれた職員はローランの後に続いて細合に入って行くと、その奥のさらに暗くなった闇の中に、ヒューズが立っていた。
「どうだった?」
ヒューズの問いかけに。
「はい。ヒューズさんのおっしゃっていた通り、勇者はユランド辺境伯領の、砦奪還の試練を選びました」
「ふん。やっぱりな。金に汚い奴の考えなどお見通しよ」
ヒューズは鼻で笑った。そして懐から金貨を取り出すと職員に渡した。
「こんなに」
驚く職員に。
「分かってると思うが、この件は誰にも話すんじゃねえぞ」
真面目な顔つきのヒューズの目が細められ、普段は隠している残忍な表情が現れた。
「も、勿論です」
職員はぶるっと震えると、何度もうなづいた。
「行け!」
去るように言われて、明らかに安堵した様子の職員は、逃げるように走って行った。
職員の姿が見えなくなると、ヒューズはローランに向き直り。
「ローラン。忙しくなるぞ! 奴ら明日か明後日には東に向けて出発するだろう。俺たちは今日にでも出て、街道で罠の仕込みを行うぞ」
「兄貴! 合点でさぁ」
「それでだ……金の為なら何でもする、見た目が強そうな奴を……そうだな、二人ほど探して連れて来い」
「ヘイ!」
ローランは頭を下げると走り出した。彼は同郷であり、兄貴と呼んでいるヒューズの頭の良さを良く知っている。彼の言う通りに動いていれば、金は向こうから転がり込んで来るのである。
新章です。
アメブロの地図が、まだ反映しません。十日くらいで反映するはずなのですがね。
反映してもしなくても、明日には二つ目の地図を載せる予定です。




