12 ジェームズの事情
荒し屋を囮に使い、無事に大広間を通過した勇者一行は、その奥の小部屋で、椅子に座ったミイラが持つ本の一ページを破り、《勇者を証明する札》を手に入れた。
後は札を教会へ提出すれば、晴れてCランク勇者と認められ、ミルダ周辺を出て次の試練の場へ進めるのである。
ゾンビを大量に始末したが、魔石は高温で焼かれた為に手に入らなかった。石棺の中にも値が張るものは入っておらず、早々に彼らは廃坑を退去し、ミルダへの帰路についたのであった。
途中で野宿を二泊し、一行はミルダの西門が見える辺りへ帰って来た。ここまで来ると街道の石畳を進む馬車や荷駄車の列も多くなって来た。
馬車や荷駄車は隊商であり、周囲を傭兵に警護されて進んで行く。馬車は街道に面した町や村へ進み、荷駄車は道の整備が悪い僻地を目指しているのである。
そんな隊商の後方を歩く人々は、隊商にいくばくかの金を払い、傭兵の警護の恩恵にあずかる旅人たちである。
大都市近くは安全であるが、街を離れるごとに、魔物や野盗の脅威が増すからである。
「良し、ミルダに帰って来たな……ロビンと俺は教会に札を持って行き、Cランク勇者に登録して来るぞ。これでミルダ周辺から先に行く許可が出ることになる。あんたらは今日は好きに過ごしてくれて良いが、明日は早朝から出発するぞ」
ハールデンが一行を見渡して告げた。
「ハールデン殿」
ジェームズが手を上げる。
「何だ旦那」
「ワシは冒険者にも登録しておるが、見習い勇者を卒業し、Cランク勇者に登録するならば、冒険者の登録を抹消して来ようと思うのでござるよ」
「……それで?」
「抹消の為の費用と、剣の研ぎ代、消耗品を仕入れて置く為に、今回のダンジョンで手に入れた魔石や、アイテムの分け前を頂きたいのでござる」
個人が魔物を倒してドロップしたアイテムや、個人が発見した宝箱はその者に所有の権利があるが、今回のダンジョンではそう言うものは無かった。
チームの前衛で後方支援を受けながら戦うような場合は、手に入れたアイテムは全員で分けることになる。
「魔石は頭数で割るとして、アイテムは鑑定に出さないと値段は分からないな」
「では、今は魔石だけでも良い。ワシの分を頂けぬでござろうか」
「それなら良いが……ジェームズの旦那。あんたは各地の闘技場の優勝賞金で、大金持ちと聞いてるぜ。こんな、はした金にしかならない魔石など、どうでも良いんじゃねえのか?」
問われたジェームズは首を振る。
「そんなことは御座らん。僅かでも金は大切なものでござる」
「まあ、分かったよ……これが旦那の分だ」
「かたじけない」
受け取ったジェームズは魔石を懐へ仕舞った。
「では手続きに参るゆえ、お先に失礼するでござる」
ジェームズは一礼すると行ってしまった。
見送ったハールデンは。
「あの旦那。小さな国を買えるほど金を持ってるって聞いたんだがな……装備している皮鎧もとても上等とは言えねえし、剣も最高級品には程遠い。本当に金を持ってるのか?」
「あんたと違って、ジェームズは人助けに金が必要なんだろうよ。自分と同じ定規で人を量るもんじゃないよ」
メリッサに指摘されたハールデンは鼻を鳴らした。
「はっ。お人好しの気持ちなんぞ、知りたくもねえよ……だが、あの旦那には他に、何か事情があるんじゃねえかと思うんだがな……まあ良い。じゃあ、いくぜ!」
肩をそびやかして言うと、門へ向かって歩き始めたのであった。
勇者一行と分かれ一人になったジェームズは、人が行き交う大通りを、街の中央に向かって歩いて行く。
冒険者組合は、どこの都市、町でも、賑やかな大通りの良く目立つ場所にあるので、見つけるのは簡単である。
冒険者の仕事は魔物から人を守り、未開の地を探索し、時には野盗や盗賊などの人々の敵とも戦うこともある。
兵士は国のために働き、傭兵は国や隊商、町・村などに雇われて戦う商売であり、冒険者とは少し違う。
もっとも冒険者は傭兵と同様に、乞われれば隊商の警備も行う場合もあるが、特殊な能力のある者が多い冒険者を雇うには、それなりの金が必要になる。
……現在、現役最強の戦士と名高いジェームズであるが、身体つきは中肉中背であり、身に纏う装備もどちらかと言えば貧相であり、名乗らない限り目立つことも無い。
彼は人混みの中を、誰にも呼び止められることも無く進んで行き、やがて前方に冒険者組合の看板の掛かった建物が、見えて来たのであった。
組合のドアを押し開いてジェームズは建物の中へ入った。時刻は昼前であり、板張りの広いホールには人の姿はまばらであった。
依頼書の貼られた黒板を右手に見ながら、正面のいくつかあるカウンターの、空いている一つに向かった。
カウンターの向こうには三十代に見える男性職員が座っていて、彼が近づいて行くと笑顔を見せた。
「いらっしゃいませ。あまりお見掛けしない方ですね。よその町から来られましたか」
カウンターの前の椅子を勧めながら職員が尋ねた。
「そう見えるでござるか。おっしゃる通り、遠くから来たのでござるよ」
「はい……で、何の御用でしょうか」
「ワシは冒険者でござったが、別の職業に就くことになったので、登録を抹消に来たのでござる」
職員は驚いた顔になった。
冒険者になるには特別な才能が必要であり、なりたい者はごまんといるが、辞める者は少ない。辞めるとすれば、ランクが低いまま上がらなくて食べて行けなくなった者とか、自分の限界を感じてとか、怪我をして働けなくなった者くらいである。
「そ……そうですか。辞められますか、もったいないですね……それでは登録証を見せて頂けますか」
うなづいたジェームズは、懐から登録証を取り出して職員へ渡した。
冒険者組合は世界中の町に広がっていて、伝書鳩で情報のやり取りをしている。どこの町で手続きを行っても、時間差はあるが確実に伝わるのである。
着古した貧相な装備品を見て、どうせ、大したことの無いランクの冒険者だと想像していた職員であったが、登録証を見た彼の目が見開かれ、顔が驚愕の表情に変わって行く。
それでも声を上げないように、手で口を押えて自制したようであった。
「Cランク冒険者の、ジェ、ジェームズ様……あの、最強の戦士ジェームズ様でございますか?」
「勝手に名前だけが独り歩きしておるのでござるが、いかにもジェームズでござる」
現役最強の戦士ジェームズが、勇者の仲間になった話はミルダでも話題になっていて、男性職員も耳にしていた。
「なるほど。勇者の仲間になられたので、そちらに全力を尽くされるのですね。ご苦労様です。我ら人類の為に魔王に挑まれるとは、その崇高な決意に頭が下がります」
職員は感動しているようである。
冒険者のランクは最上級のSからGランクまであるが、現在、SとAランクはいなくて、Bランクの冒険者も引退している為に、ジェームズのCランクは、実質のトップランクであった。
《但し、ジェームズは実績を上げてCランクへ成り上がったのではなくて、闘技場での圧倒的強さと、人類最強の戦士と呼ばれる名声もあり、特例としていきなりCランクに登録された為、それをやっかむ冒険者は多くいて、共同で戦う場面では、仲間外れにされることも多く、苦労しているとの噂であった》
「それで、冒険者は辞めるのでござるが、冒険者銀行の口座は、そのまま残しておいて欲しいのでござる」
「分かりました。口座は、そのままで」
職員はうなづいた。
冒険者の報酬は冒険者銀行の口座に振り込まれる。世界各地を冒険する冒険者にとって、大金を持ち歩く必要は無く、組合の在る町や村なら、どこからでも引き出せるために重宝する。引き出す為にはパスワードと、偽造を防ぐ魔法の掛かったカードが必要であり、カードがあれば、本人以外に家族も金を引き出すことは可能であった。
「ご存知とは思いますが、冒険者登録されていない利用者の方は、利子が半分になりますが」
「構わぬでござるよ……あと、現在の残高を確認しておきたいのでござるが……」
「残高でございますか。しばらくお待ちください」
職員は席を立つと、後方にある事務室へ入って行った。
Cランクまでの冒険者の預金残高は全て記録されている。もっとも、二か月から半年前後の時間差があるが、それは伝書鳩に頼らざるを得ない、この世界の通信の仕組みのせいである。伝書鳩が他の猛禽類や魔物に襲われて、真面に届かない場合もあるのである。
しばらく待つと職員が出て来た。
「幸いにも先日、記録が到着しておりました。最新の情報でございます」
職員は残高の書かれた紙を差し出した。
彼はジェームズが恵まれない人々を、金銭的に助けていると聞いていた。紙に書かれた残高は職業上、他言無用であるが、個人の有する金額としては驚くべき多さであった。
ジェームズは、何故か険しい顔で書かれている残高を何度も見て、そして溜息を付いたようである。
「すまぬな……紙は処分して頂きたい。では、失礼するでござる」
そう頼むと元気なく立ち上がり、礼儀正しく一礼すると去って行ってのであった。
残された職員は、ジェームズの元気が無くなった意味が分からない。
紙に書かれた残高に目をやって確かめたのであるが、それは普通の者なら、一生手に入らないほどの金額であった。
……世界最強の戦士ジェームズには、何やら複雑な事情があるようである。
次回から新章です。




