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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
バーンガッド(裏庭の用心棒)編
114/304

114 因縁①

 フェリックスは大歓声に右手を上げて応え、その手を胸に当てると深々とお辞儀をした。

 均整の取れた体格にハンサムとあって、観客席の女性から飛ぶ黄色い声援が圧倒的に多い。


 「……格好をつける奴は、あまり好きになれねえな。あれは間違いねえ。奴の性格は最悪だぜ」


 ハールデンは自分のことは棚に上げて置いて、不満顔で毒を吐き、それを聞いたメリッサに笑われている。


 フェリックスの対戦相手は筋肉質の戦士タイプである。こちらは片手剣に盾を持った正統派であった。

 相手の方が声援は多く、オッズから見ても不利なのであるが、それを顔に出さずに、闘志を内に秘めているように見える。


 「あの対戦相手もかなりやるぞ。良し! 奴を応援してやろう」


 そう決めたハールデンであるが、別に金を賭けている訳ではない。もしも賭けをするなら、口とは違ってフェリックスの方を買うタイプである。




 二人の対戦者は闘技場の中央へ出て来ると、五メートルの距離を置いて対峙した。


 審判役が中間で片手を上げると、それぞれが鞘から剣を抜いた。剣は鋼製であるが、刃引きがされていて切れなくなっていて、先も丸く削られている。


 試合では滅多に死人は出ないのであるが、骨折などは良くある事故である。相手が「参った」と叫ぶか、審判が判断して試合を終了させる場合もある。


 審判の腕が振り下ろされた。


 「始め!」


 「ワアーッ!」っと大歓声が巻き起こる。

 二人はお互いに歩み寄り戦いが始まった。


 「オッ! あのフェリックスって野郎は、旦那と違って、二本の剣の長さが違うな」


 目ざとく剣の長さの違いを発見したハールデンが声に出した。

 なるほどフェリックスは、右手に長めの剣を持っていて、左手には短い剣を持っている。


 「あの戦い方の方が、ワシより合理的で習得も容易でござろうな。ワシの様に両腕で長刀を握り、左右同じ様に扱うのは、長い修行が必要であり、身体に合わなければ習得できないものでござる」


 ジェームスは、彼とは違った二刀流をけなす訳でもなく、素直に利点を説いた。

 あれならば、難しいと言われている二刀流を、習得できる者も多いかも知れない。自分の二刀流は、自分だけの独特な物なのである。



 二人は何合か打ち合った。

 フェリックスは長剣で相手の盾を打ち、攻撃されれば短剣で受け流している。彼は前後左右に小刻みに動き、素早さで相手を圧倒しているように見えた。


 「畜生。やっぱ、あの野郎の方がつええな」


 溜息を付いたハールデンが、面白くなさそうにつぶやいた。人気者おとこまえが負ける方が、彼にとっては快感なのである。


 試合は明らかにフェリックスが優勢である。

 相手が苦し紛れに出して来た一撃を、先ほどと同じように短剣で受け流すと思われたのであったが、短剣を引きながら半身になると、長剣で相手の片手剣を上から叩き落したのであった。


 「あっ!」


 声を漏らした相手の盾に、今度は肩で体当たりをすると、相手はたまらず盾を放して仰向けに倒れたのであった。


 ------試合は審判が止めるか、相手が参ったと叫ぶまで続く------


 すり足で一気に踏み込むフェリックス。ここで通常は「参った!」と叫ぶはずの相手であったが、フェリックスの踏み込んだ足に蹴られた砂が、相手の顔に大量に掛かり声を出すのが一瞬、遅れてしまった。


 「待て!」


 「参った!」


 一拍いっぱく遅れて審判が叫び、相手も叫んだが、振り下ろされた長剣は重さで止まらない。

 フェリックスも身を引くように身体を後方にらし、長剣の威力を落としたように見えたが、刃引きの剣は相手の肩に落ちて骨が砕ける音がした。


 「があーっ!」


 肩を押さえた相手は、顔をゆがめ苦悶の声を漏らして、地面で海老ぞりになって苦しんでいる。

 「ああっ! 済まない!」と、叫んで両刀を投げ出し駆け寄るフェリックス。

 闘技場は大歓声と拍手に包まれている。


 周囲の観客が立ち上がって歓声を上げる中。ハールデンは真顔になり、深々と椅子に座り直し、つぶやいた。


 「……あの野郎。わざとやりやがったな。長剣のスピードも、落としたように見せかけただけだぜ」


 「えっ?」


 ロビンが憮然とした表情のハールデンを見て、次にメリッサを見た。

 メリッサはロビンに肩をすくめ、無言でうなづいて、ハールデンの話を肯定したのであった。





 闘技場前の広場は、試合を見終えて出て来る人であふれていた。その中にはロビン一行の姿も見える。

 周囲を歩く者たちの声が聞こえる。


 「最後の試合は凄かったな」


 「ああ、流石にフェリックスは優勝候補だぜ。あの勝ち方を見たか」


 「おおよ。相手も早く『参った』を言わねえとなあ。あれじゃあフェリックスにも剣を止められないぜ」


 「その後も心配そうにしていたな。奴は気持ちの良い男だぜ。女にモテるのもうなづけるな。今回は優勝するに違いない」


 観客だった者たちは、最後の試合の勝者のフェリックスの話題で、持ち切りのようである。


 「チッ!」


 周囲の話を聞いて唾を吐きたい気分のハールデンであったが、どこに吐いても人に当たりそうなので諦めた。


 「武器屋でものぞいてから、『来宝堂』へ帰るか?」


 周囲の仲間に話し掛けたのであるが。


 「済まんでござるが……ワシは少し寄りたい場所がござるので、ここで失礼するでござるよ。食事も済まして帰るので、そう伝えて頂きたいでござる」


 頭を下げると返事を待たず。人混みの中に消えて行ったのであった。


 「旦那は、何やらバーンガッドに因縁があるのかな。俺らに言えない悩みがあるように見えるな」


 ハールデンが処置無しと、頭を振ったのであった。



 「カノン!」


 (はい! 大魔王様)


 「大丈夫であろうが、今夜はジェームズに付いておけ。何かあれば助けてやるが良い」


 賢治にとって最も大切な人間はロビンであるが、ジェームズも又、ロビンに準ずる重要な人間なのであった。彼に何かあれば、魔王退治がそれだけ遅れるのである。


 (ハハッ!)


 妖精は天高く飛んで行った。





 ロビン一行と分かれたジェームズは、フードを深く被り直すと繁華街へと向かった。約十年前にバーンガッドの闘技場で三連覇していて、その頃、暮らしていた町なので地理には明るい。


 居酒屋の並ぶ通りから一つ奥の通りに入ると、並ぶ店の雰囲気が少し変わった。この辺りにある店は、酒を飲みながら女性を隣に座らせて会話できる店である。

 中には、いわゆる『如何いかがわしい店』も数軒あって、その店では女性と話が付けば、外に出て、暗い路地奥にある安宿へと、消えて行くことも可能である。


 ジェームズが細い路地へ身を隠し、観察を始めた店は、普通に女性と話せる店である。店の看板には、『森の泉』と言う、メルヘンに出て来そうな店名が書かれていた。


 完全に気配を消した彼の前を、酒に酔った男が何人も通り過ぎ、中には『如何わしい店』へと入って行く者もいる。達人であるジェームズが気配を消せば、素人はぶつかっても気が付かないかも知れない。


 「まさか、まだ、この辺りに居る訳はないな……ワシはどうかしていたでござる」


 しばらくの間、彫像にでもなったかのように、動かなかったジェームスであるが、やがてポツリとつぶやくと、首を振りながら細い通りから出て来た。そして、うなだれた様子で、元来た道を戻って行くのであった。


 その様子を空中から観察していた妖精が、静かに後をつけて行く。





 奥の通りから出て来たジェームズは、近くにあった居酒屋へと入った。そして沈んだ様子のままでカウンターへ座り、頼んだ酒を舐めるように飲み始めたのであった。

 店の入りは八割程度であり、どこにでもある居酒屋と同じで、煙草の煙と、男たちの笑いと、酌婦たちの嬌声が店に流れている。


 この店の奥には、二階へ続く巾広の階段が設置されていて、登った場所にある座席からは、客席全体が見渡せるようになっている。

 その席には十人近い男が座っていて、何故かこの席には酌婦の姿が見えなかった。それでも男同士でワイワイと騒ぎながら、杯を仰いでいるのであるが、中の男が一人、酒を飲むのを止めて、カウンターに一人で座ったジェームズを観察していた。


 「兄貴! フェリックス兄貴! どうされましたか? 今日は兄貴の祝勝会ですから、もっと楽しんでください。……やはり盛り上がらないなら女を呼びましょうか?」


 横から声を掛けたのは、小男のボーンである。

 兄貴と呼ばれている男は、闘技場で圧倒的な勝利を収めたフェリックスであった。彼に止められて女を呼んでいないのである。


 「女は必要無い! 静かにしろボーン」


 片手を上げてボーンを制止した。

 席には他にも十人近い男がいたが、フェリックスが頭らしく、彼の一声で静かになった。


 ボーンはフェリックスの肩越しに視線を追い、カウンターの男に目をやった。


 「あのフードの野郎ですかい? 奴が何か? 呼んで参りましょうか?」


 フェリックスは視線を外さずに。


 「懐かしい奴を見つけたぜ……まさか再び会えるとはな。こう言うのを因縁って表現するのかもな」


 口元に薄い笑みを浮かべたのであった。

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