110 白昼の襲撃
新章です。
バーンガッド編として、二章構成のつもりです。
見渡す限り青い空がどこまでも続いている。ここはバーンズ帝国の首都バーンガッドから、港町ターズを繋ぐ街道である。
いざという時は軍隊が素早く進軍できるように、道幅は広く石畳で完全に舗装された街道であった。
通常はバーンズ帝国の中でも最も重要な街道として、港町から送られてくる、外国製品や海産物を乗せた馬車と、小売商の荷駄車が往来している。
安全面でも二十人規模の帝国兵の小隊が、一定の間隔を開けて、街道の端から端まで巡回している。
そんな街道を、ターズからバーンガッドへ向かって進む大型の馬車があった。旅人を運ぶ定期便の馬車であり、内部は広くなっていて座り心地の良い椅子が設置され、数日間の馬車の旅を快適に過ごせるようになっている。
「やっぱり高級な馬車は違うね。移動は馬車に限るよ」
馬車に揺られながら、機嫌良く煙管を咥えたのはメリッサである。
「今回は言うことを聞くがな……次からは我儘は聞かねえからな」
反対に機嫌悪くしているのはハールデンである。
勇者一行はターズからバーンガッドへ向かう為に、定期馬車に乗っているのである。ロビンが勇者の称号を受けてから丁度、一年が過ぎていて、彼らもそれぞれ一つ歳をとっていた。
いつもの様に徒歩での移動を主張したハールデンであるが、メリッサがキレ始めた為に、急遽馬車での移動となったのである。
馬車の中は彼ら五人の他は、六人の家族連れと、商人らしき三人連れの男が乗っていて、大型馬車は詰めれば二十人ほど乗れる大きさであり、比較的ゆったりとしていた。
ロビンはターズのバーンズ帝国駐屯軍から送られた、真新しい片手剣を装備している。
ハールデンとジェームズはフード付きのマントを羽織り、今回はメリッサも同じ格好である。彼女の場合は美貌に吸い寄せられてくる、うっとおしい男に声を掛けられない為である。
メリッサと同じ理由で、賢治もいつもの様に、巾広の鍔の帽子を深く被っていた。
賢治の肩に止まった妖精を、六人連れの家族の子供たちが笑顔で見詰めている。
妖精は見ていると大人でも、笑顔になってしまう可愛らしい生き物であるが、妖精の正体は妖魔カノンであり、彼が本気になれば小さな村の一つくらい、一瞬で滅ぼしてしまうほどの魔物であった。
調子良く進んでいた定期馬車が突然止まった。何が起こったのかと、ハールデンが前方の御者側にある横引きの戸を叩いた。
「何でえ、何かあったのか!」
横引きの戸が開くと御者が顔を出し。
「何か遠くで騒ぐ声が聞こえましたので、緊急停車しました。しばらくお待ちください」
「うん!」
耳の良いジェームズが、何かを聞き取ったようである。
「ロビン殿! 剣戟の音でござるぞ!」
「行きましょう!」
ロビンが立ち上がった。
「待て、ロビン! 俺が先に降りる」
ロビンを遮って、ハールデンが先に馬車から飛び降りた。
何だかんだと言いながらも、ハールデンは常にロビンの身を気遣っている。
勇者一行は全員が馬車を降りた。
「あっちでござる!」
ジェームズが駆けだし、一同がそれを追う。
走り際にハールデンが、驚いている御者に声を掛けた。
「ちょっと待っておけ! チョイチョイと片付けて来る。もし巡回の兵士が通ったら、あっちで事件だと告げてくれ!」
驚きながらも御者はうなずいたのであった。
「剣戟の音」と発したジェームズの声が聞こえ、一瞬、緊張した御者であったが、走り行く後ろ姿の大男が行けば、どんな事件も解決できそうであった。
走って行くと確かに遠くから、剣戟の音が聞こえて来た。全力で走るハールデンは、巨体にも拘らずこの中で最も足が速い。たちまち一行の先頭に立ったのである。
(金の匂いがするぜ!)
そう思って、いつもの悪い笑みを浮かべた。
彼の、その辺りの嗅覚は抜群である。
バーンズ帝国の中でも、最も整備されているこの街道の左右には、並行に走る支道があって、支道は街道の周囲に点在する村へ繋がっている。
白昼堂々、その支道で襲われている小型の馬車があった。支道は兵士による巡回も少なく。たまにではあるが少数の野盗団が出没する。
すでに馬は矢で射殺され、すぐ横に、これも矢で射られたらしき御者が倒れていた。
商人に見える、武器を持たない四人の男が馬車の陰に隠れていた。それを守る護衛の傭兵が見えるが、三人いた傭兵は、二人が討たれて残り一人となっていた。
対して彼らを囲う野盗団らしき賊は十人いる。
最後の一人になった傭兵は、肩を大きく上下して息を整えているが、身体の数ヶ所を切られて絶体絶命であった。
「畜生! この護衛の傭兵は手強いな」
周囲を囲む賊の一人が、忌々し気に口にする。
「お前ら、怪我してもつまらん。槍で仕留めろ!」
命令した髭男が、この野盗団の頭目のようである。彼自身も半槍を手にして前に出て来た。
「待て! 待てったら!」
傭兵は片手を前に出して、引きつった顔で叫ぶ。
「どうした! 命が惜しくなったか?」
髭男は笑みを浮かべて傭兵に向けて槍をしごくと。声を掛けられた傭兵は頭を上下に振った。
「もう充分、雇われた金の分は働いた。二人殺られて大赤字だ……俺は手を引く! 命には代えられねえ。持っている金も全部差し出すから見逃してくれ! なっ!……そ、それでも来るなら一人や二人は道ずれにするぞ!」
血走った眼をして辺りを威嚇した。
「ふん!」
髭男は鼻を鳴らしたが。槍先を立てて石突きを地面に降ろした。
「まあ良いだろう。死に物狂いに暴れられて、手下が怪我してもつまらんから見逃してやる。……お前も仕事を投げ出した以上、どこにも言う訳にもいかねえだろうからな」
「ありがたい!」
傭兵は「恩に着る」と手を合わせた。
そんな話が纏まった様子を見て、馬車の陰に隠れた商人が悲鳴を上げる。
「そ、そんな! 最後までお助け下さい」
「悪いが命には代えられねえ」
傭兵は懐を探って財布を出すと、足元に落とした。
「……道を空けてやんな」
髭男の合図で、周囲を囲った男たちの一角が空いたのであった。
「済まねえ」
命拾いしたと背を向けた傭兵であったが、隙を見せた途端に、後方から髭男の短槍が繰り出されたのであった。
「ぐぅーっ!」
唸った傭兵の胸から、槍の先が飛び出していた。
「き、汚え! 騙したな!」
傭兵は片手剣を振り回したが、背から貫かれた状態では何もできない。やがて力尽きて地面に転がったのである。
「はっ! 甘いんだよ」
死んだ傭兵を見降ろした髭男は。
「お前ら、商人も全員殺せ! グズグズするな。いくら支道と言っても、巡回の兵士が来ないとも限らねえからな」
「へい!」
手下たちは残忍な笑みを浮かべて、商人へ迫ろうとしたのであるが、その時、突然。街道のある方角から、森の中を突き破って何者かが現れたのであった。
「クオラァー!」
大喝と共に森の中から現れたのは、人に良く似た魔物と錯覚した野盗たちであったが、それは走っている内に、フードが後ろに外れたハールデンであった。
「お前らー! 野盗かクオラァー!」
地響きを立てて迫って来るハールデンの迫力は、魔物と大して変わらない。何よりその獰猛な顔面は、命知らずの野盗でも心胆を寒からしめるものがある。
「て、てめえら! ビビってんじゃねえ! 相手は人間だ! やっちまえ!」
冷静になった髭の頭目に命令され、数人が迎撃態勢をとったのである。
「うぉーっ!」
勇気を出して一人が斬り掛かったのであるが、ハールデンは片手剣が振り下ろされる前に、その手首を取った。
少し捻ると「ボキッ!」と大きな骨の折れる音が聞こえ、片手剣はどこかへ飛んで行ってしまう。
手首を折られた男の口が「お」の字に開いたのであるが、悲鳴を上げる前にハールデンの頭上で振り回されていた。まるで濡れ雑巾である。
「うおらぁー!」
技でも何でもなくて、ハールデンの怪力による力技である。たちまち周囲の二人が薙ぎ倒された。
船の上でも使ったが、最近、彼のお気に入りの荒業である。
「化け物だ!」
「だ!」の発音が終わる前に、叫んだ男の首が宙に飛んだ。首から噴き出す血を避けて後方に飛んだのはジェームズである。
首の無くなった男の隣の男は、知らぬ間に自分の胸に氷の槍が突き立っていて、前方を見ると、眉を寄せ機嫌の悪そうな美女が森から出て来るところであった。
「何だいアンタら、二人だけで殺ろうなんて、私の分が無くなるところだったよ」
意識が消えて倒れて行く男に、美女の美しい音色の怒声が聞こえた。
その頃には生き残った野盗たちは、後ろも見ずに散り散りに逃げ去っていた。
賢明な判断である。
「えっ! もう、お仕舞えか?」
物足りない顔になったハールデンは、馬車の陰に隠れている四名の商人に、視線を向けたのであるが、助けられたにも係わらず、彼らは歯の根も合わぬほどに震えながら、「ひぇ~」と叫んで抱き合ったのであった。
「カノン!」
(はい。大魔王様!)
「今、逃げ散った野盗どもだが、この先、仕返しに来ないとも限らぬ。後をつけて集合を待ち、このまま逃げ去るなら良し。再び襲って来るつもりのようであるならば、憂いの残らぬように始末せよ!」
(ハハッ! 承りました!)
可愛らしくお辞儀した妖精は、天高く飛び立って行ったのである。
雪が降って、現場が何もできないので更新できました。




