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大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
最初の試練編
11/304

11 お前が言うな

 グラント率いる荒し屋トロルの七人は、勇者一行の足跡を追って大広間へ到着した。広間の空間は縦横二十メートルほどの広さで、天井の高さは五メートル近いであろうか。


 「見ろ!」


 松明たいまつの明かりに照らされ、グラントが指差す広間の中央辺りには、蓋が付いたままの石棺が三つあり、部屋の壁際には壺や古びた木箱が雑然と置かれていて、木箱は開けられた様子が無い。


 「しめた! 勇者一行やつら先を急いで、手を付けずに奥へ向かったようだな。荷物にもなるので、帰りに回収するつもりだろうが、ここはさっさと頂いて、ずらかることにするぞ」


 今回の報酬は半分諦めていたのであるが、思わぬ獲物を目の前にして、荒し屋たちは興奮して広間へ入って行った。


 「そっちを持ってくれ。一気に動かすぞ」


 石棺の蓋に手を掛けた一人が、仲間にもう一方を持つように告げたのであったが。


 「お前ら! 待て!」


 頭のグラントの声に全員が手を止めた。声には警告の響きが籠っていたのだ。


 「親方! どうしました」


 いぶかしむ手下たちに。


 「不味いぞ。められた! 奴らの足跡が見当たらねぇ」


 目の前の獲物に注意を奪われ、用心を怠ってしまったグラントが、我に返って周囲を見渡して見ると、先に広間を抜けて行ったはずの、先行する勇者一行の足跡が無いことに気づいたのであった。


 「ズズゥーン!」


 その時、振動と大きな音がした。撤退を告げようとするグラントの指示が出るより早く、広間の四方の壁の一部が地面に落ちて、横穴が出現したのである。


 穴から唸り声と共に現れて来たのは、ただれ崩れかけた肉をまとった動く死体ゾンビであった。

 生者への怨嗟を込めた唸り声が広間の空間に「ウオォーン!」と反響し、見る間にゾンビは穴から次々と湧き出す。


 「中央に集まれ! 単独になるな! 背を合わせて戦え!」


 それぞれが我先に脱出しようとすればバラバラになり、四方を囲まれれば勝ち目はない。グラントは中央に集まるように指示を出した。

 数は圧倒的にゾンビの方が多い。背を仲間にまかせて応戦し、機を見て少しずつ出口方向へ移動するしか、生き延びる方法は無い。


 グラントの指示で荒し屋は中央に集り、背を合わせて迎撃態勢を取った。非常時に良く統率された動きであったが、壁際の木箱を手にしていた一人が集合に間に合わず、周囲をゾンビに囲まれてしまった。


 「畜生! 退きやがれ!」


 迫り来る死の恐怖に、半泣きの顔で前をふさぐゾンビに斬り掛かった。


 「うわぁーっ!」


 必死の思いで二体を切り伏せたところで、ゾンビに後方から背に抱き付かれた男は、激痛に叫びを上げた!


 「ぎゃぁーッ! うあぁぁー!」


 ゾンビに抱き付かれた男の背が、焼けただれて煙を上げたのである。

 倒れた男に群がったゾンビがのしかかり、しばらく「ぎゃあぎゃあ」と男は苦悶の叫びを上げていたのであるが、悲鳴はやがて弱くなり、唐突にんだのであった。


 「アシッドゾンビか! 厄介な……」


 迫るゾンビをにらみながら、額の汗を拭いグラントがつぶやいた。

 通常のゾンビと違い、アシッドゾンビの血肉は強い酸性を帯びている。触ればこちらの肉が焼けただれるのである。




 荒し屋たちの絶体絶命の危機を、後方からつけて来た勇者一行が、広間の手前の通路で観察している。


 「ダンジョンの広間に石棺、木箱があれば、お宝を期待してしまいますよね。目的地のそばまで来て、気が緩んだところで発動する罠ですから、いましめとして今後注意しましょうね」


 教師のように平然とした口調で賢治が話す。目の前の騒動に、それほど関心が無いようにも見える。

 続けて。


 「ゾンビはこの広間に入ったものだけを標的としていますので、外には出て来ませんから、安心してご覧下さい」


 今度は芝居の始まりを告げる、司会者のような口調で言った。

 今まさに、舞台の幕が上がったのである。


 「こりゃ良いね! 最高の特等席じゃないか」


 一人目の犠牲者が、悲鳴を上げてゾンビに押し倒された様子を見たメリッサは、目を輝かせて身を乗り出している。放って置くと、お菓子を食べながら拍手を始めるかも知れない。


 荒し屋は卑怯で唾棄される者たちであり、死んだところで誰も同情はしない。しかし、どう見ても彼らは悲惨な死に方になるであろう。

 

 「……同情するつもりはねえが。脱出は無理だな」


 しかめ面でハールデンが首を振ると、ジェームズとロビンが同意してうなづいた。




 高みの見物人がいるなど、余裕の無い荒し屋には知る由も無い。

 集まって来るゾンビを片手剣で牽制し、切り裂き、足で蹴飛ばして、荒し屋は生き延びるために必死である。


 それでも切り裂くと飛び散るゾンビの肉片は、身体にかかると焼けただれ、ゾンビを蹴った靴底は煙を上げた。


 「良いか! 隊列を崩すな! 少しづつ出口に向かって移動しろ!」


 グラントの指示で背を合わせた荒し屋は、少しづつ移動し始めた。


 「ぎゃっ!」 「うわっ!」 「ぐっ!」と、時折、声が上がるのは、飛び散った酸を纏った肉片を、浴びた男たちの出す苦悶の叫びである」


 「皆、頑張れ! 乗り切れ!」


 グラントが必死に配下に檄を飛ばす。


 (この調子で行けば……)


 わずかな光明をグラントが感じた時であった。


 「ぎぃやあぁーっ!」


 配下の一人が辺りを切り裂くような、ひと際、大きな悲鳴を上げて顔を手でおおった。

 飛び散った大きな肉片の一つを、真面まともに顔に浴びたのである。


 顔を覆い隙を突かれた男は、伸びて来たゾンビの腕につかまれ、仲間の輪から引きがされて、ゾンビの集団の中に引き込まれ埋没した。


 「ぎやぁー! ういぎゃあー!」


 男の上に次々とゾンビが重なり、男はしばらく断末魔を上げていたのであるが、悲鳴は唐突に途絶えたのであった。





 「良いねぇ~良いよ~ぉ。良い声を出すじゃ無いか! 楽しくなって来たね~。ワックワクするよ」


 広間を見詰めるメリッサの瞳に、陶酔した狂気が浮かんでいる。荒し屋は善戦しているが、結果は絶望的であろう。

 彼女の周囲の他の勇者一行は、無表情の賢治を除いて、明らかに全員が引いていた。


 気が引けている理由は、当然であるが目の前に展開される惨劇に対してではなく、悲惨な荒し屋の最期を楽しめるメリッサの性格に対してである。


 そんなメリッサの様子など目もくれず、無表情で広間の様子を観察していた賢治であったが。


 「先ほどから、穴からゾンビが出て来なくなりましたね……恐らく出尽くしたと思われます。メリッサさん、範囲魔法で荒し屋共々、ゾンビを一掃して下さいませんか?」


 魔法使いメリッサの出番を告げた。


 「お、おう。俺もそう思うぜ。もう、見ちゃいられねえ」


 ハールデンも同意し、ロビン、ジェームズもうなづいた。

 殺されても仕方のない、悪行の限りを尽くす荒し屋と言えども、このまま先細りになり、恐怖と激痛の中で死んで行くのは、余りにも無惨な死に方である。

 いっそのこと、ひと思いに焼き殺してやった方が慈悲と言うものである。


 「えっ……そうかい……もうちょっと、もうちょっと様子を見た方が良いんじゃないかねぇ。……そうだ! まだ、ゾンビが出て来るかも知れないじゃないか? ねえ、もうちょっとだけ様子を見ようよ」


 視線を荒し屋たちから動かさず、メリッサは拒むのであった。




 「刀を大きく動かすな! 出来るだけ蹴飛ばせ!」


 グラントが指示を出す。

 配下は疲れて来て片手剣の振りが大雑把になっている。飛び散る肉片は危険である。


 「駄目だ親方! もう、もう駄目だ!」


 配下の一人が泣き声を上げた。

 その男は肉片を受けて、左目から唇辺りまで、焼けただれて頬骨が覗いていた。


 「うわーっ! もう駄目だーっ!」


 迫り来る恐怖に堪え切れなくなった男は、突如集団を離れ、出口目掛けて走り出したが、何歩も進まない内に群がるゾンビに手足を掴まれ、悲鳴を上げながら群れの中に飲み込まれて行った。

 そして、この世のものとも思えない絶叫を上げたが、それも、ぶっつりと切れるように消えた。


 「馬鹿野郎が!」


 グラントが叫ぶ。

 最初は七人いた荒し屋は四人となり、手数が少なくなった上に、輪が小さくなって守る範囲が大きくなる。


 「もう駄目だ!」


 「死にたくねぇ!」


 それぞれ配下が弱音を吐いた。


 「諦めるな! 諦めたら終わりだ! あきら……うわーっ!」


 檄を飛ばしていたグラントが、ゾンビに腕をつかまれて引っ張られ、防御隊形が崩壊したところに、一気に殺到したゾンビに他の者も飲み込まれた。


 「ぎゃあー! うぎゃー! 痛てえー!」


 阿鼻叫喚とはこのような状況をあらわす言葉であろう。荒し屋は全員が押し倒され、その上にゾンビがのしかかって行くのであった。




 「メリッサさん。いくら何でも、もう良いでしょう」


 「チッ! 分かったよ」


 賢治にうながされ、渋々しぶしぶと言ったていでメリッサは片手をゾンビの集団に向けた。


 「《火輪》! 《火輪》! 《火輪》!」


 火系の中級魔法が三度放たれると、大広間の中は炎の海と化した。


 「ぐおおぉーっ……うおおぉーっ……」


 ゾンビはこの世を恨むかのような太い叫びを上げながら、火の海の中でのたうち回り、やがて倒れて燃え上がると、辺りに肉の焼ける臭いが充満したのであった。





 火が治まってしばらく時間が過ぎると、大広間の中の熱も冷めて行った。広間の床には炭化したゾンビの崩れた塊がそこらに散らばり、荒し屋の亡骸は区別がつかなくなって見つけることも出来ない。


 「目的の小部屋はこの先です。行きましょう」


 まるで何ごとも無かったかのように、冷静な口調で皆をうながすと、賢治が先頭に立って広間に入って行く。

 メリッサがそんな賢治の背に向かって。


 「ケンジ……あんた、見かけによらずむごい男だねぇ。良くこんな凄惨な罠を思いつけるもんだよ。ああ、恐い怖い」


 そうつぶやきながら両眉を寄せ、両手をクロスさせて左右の肩を抱くと、後を追って歩き始めた。炭化したゾンビか荒し屋が分からない黒い塊を、躊躇いもせずに踏み潰して歩いて行く。

 ……性格的なもので、わざとでは無いのであろうが、わざわざ頭蓋骨を選んで踏み潰しているように見えた。


 (むごい男って……はあっ?……誰が? どの口が言ってんの?)


 メリッサの言動に、「お前が言うな」と思った他の勇者一行であったが、誰もそれを口に出して言う者は居なかったのであった。

 

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