11 お前が言うな
グラント率いる荒し屋の七人は、勇者一行の足跡を追って大広間へ到着した。広間の空間は縦横二十メートルほどの広さで、天井の高さは五メートル近いであろうか。
「見ろ!」
松明の明かりに照らされ、グラントが指差す広間の中央辺りには、蓋が付いたままの石棺が三つあり、部屋の壁際には壺や古びた木箱が雑然と置かれていて、木箱は開けられた様子が無い。
「しめた! 勇者一行先を急いで、手を付けずに奥へ向かったようだな。荷物にもなるので、帰りに回収するつもりだろうが、ここはさっさと頂いて、ずらかることにするぞ」
今回の報酬は半分諦めていたのであるが、思わぬ獲物を目の前にして、荒し屋たちは興奮して広間へ入って行った。
「そっちを持ってくれ。一気に動かすぞ」
石棺の蓋に手を掛けた一人が、仲間にもう一方を持つように告げたのであったが。
「お前ら! 待て!」
頭のグラントの声に全員が手を止めた。声には警告の響きが籠っていたのだ。
「親方! どうしました」
いぶかしむ手下たちに。
「不味いぞ。嵌められた! 奴らの足跡が見当たらねぇ」
目の前の獲物に注意を奪われ、用心を怠ってしまったグラントが、我に返って周囲を見渡して見ると、先に広間を抜けて行ったはずの、先行する勇者一行の足跡が無いことに気づいたのであった。
「ズズゥーン!」
その時、振動と大きな音がした。撤退を告げようとするグラントの指示が出るより早く、広間の四方の壁の一部が地面に落ちて、横穴が出現したのである。
穴から唸り声と共に現れて来たのは、ただれ崩れかけた肉を纏った動く死体であった。
生者への怨嗟を込めた唸り声が広間の空間に「ウオォーン!」と反響し、見る間にゾンビは穴から次々と湧き出す。
「中央に集まれ! 単独になるな! 背を合わせて戦え!」
それぞれが我先に脱出しようとすればバラバラになり、四方を囲まれれば勝ち目はない。グラントは中央に集まるように指示を出した。
数は圧倒的にゾンビの方が多い。背を仲間に任せて応戦し、機を見て少しずつ出口方向へ移動するしか、生き延びる方法は無い。
グラントの指示で荒し屋は中央に集り、背を合わせて迎撃態勢を取った。非常時に良く統率された動きであったが、壁際の木箱を手にしていた一人が集合に間に合わず、周囲をゾンビに囲まれてしまった。
「畜生! 退きやがれ!」
迫り来る死の恐怖に、半泣きの顔で前を塞ぐゾンビに斬り掛かった。
「うわぁーっ!」
必死の思いで二体を切り伏せたところで、ゾンビに後方から背に抱き付かれた男は、激痛に叫びを上げた!
「ぎゃぁーッ! うあぁぁー!」
ゾンビに抱き付かれた男の背が、焼けただれて煙を上げたのである。
倒れた男に群がったゾンビがのしかかり、しばらく「ぎゃあぎゃあ」と男は苦悶の叫びを上げていたのであるが、悲鳴はやがて弱くなり、唐突に止んだのであった。
「アシッドゾンビか! 厄介な……」
迫るゾンビを睨みながら、額の汗を拭いグラントがつぶやいた。
通常のゾンビと違い、アシッドゾンビの血肉は強い酸性を帯びている。触ればこちらの肉が焼けただれるのである。
荒し屋たちの絶体絶命の危機を、後方からつけて来た勇者一行が、広間の手前の通路で観察している。
「ダンジョンの広間に石棺、木箱があれば、お宝を期待してしまいますよね。目的地の傍まで来て、気が緩んだところで発動する罠ですから、戒めとして今後注意しましょうね」
教師のように平然とした口調で賢治が話す。目の前の騒動に、それほど関心が無いようにも見える。
続けて。
「ゾンビはこの広間に入ったものだけを標的としていますので、外には出て来ませんから、安心してご覧下さい」
今度は芝居の始まりを告げる、司会者のような口調で言った。
今まさに、舞台の幕が上がったのである。
「こりゃ良いね! 最高の特等席じゃないか」
一人目の犠牲者が、悲鳴を上げてゾンビに押し倒された様子を見たメリッサは、目を輝かせて身を乗り出している。放って置くと、お菓子を食べながら拍手を始めるかも知れない。
荒し屋は卑怯で唾棄される者たちであり、死んだところで誰も同情はしない。しかし、どう見ても彼らは悲惨な死に方になるであろう。
「……同情するつもりはねえが。脱出は無理だな」
しかめ面でハールデンが首を振ると、ジェームズとロビンが同意してうなづいた。
高みの見物人がいるなど、余裕の無い荒し屋には知る由も無い。
集まって来るゾンビを片手剣で牽制し、切り裂き、足で蹴飛ばして、荒し屋は生き延びるために必死である。
それでも切り裂くと飛び散るゾンビの肉片は、身体にかかると焼けただれ、ゾンビを蹴った靴底は煙を上げた。
「良いか! 隊列を崩すな! 少しづつ出口に向かって移動しろ!」
グラントの指示で背を合わせた荒し屋は、少しづつ移動し始めた。
「ぎゃっ!」 「うわっ!」 「ぐっ!」と、時折、声が上がるのは、飛び散った酸を纏った肉片を、浴びた男たちの出す苦悶の叫びである」
「皆、頑張れ! 乗り切れ!」
グラントが必死に配下に檄を飛ばす。
(この調子で行けば……)
僅かな光明をグラントが感じた時であった。
「ぎぃやあぁーっ!」
配下の一人が辺りを切り裂くような、ひと際、大きな悲鳴を上げて顔を手で覆った。
飛び散った大きな肉片の一つを、真面に顔に浴びたのである。
顔を覆い隙を突かれた男は、伸びて来たゾンビの腕に掴まれ、仲間の輪から引き剥がされて、ゾンビの集団の中に引き込まれ埋没した。
「ぎやぁー! ういぎゃあー!」
男の上に次々とゾンビが重なり、男はしばらく断末魔を上げていたのであるが、悲鳴は唐突に途絶えたのであった。
「良いねぇ~良いよ~ぉ。良い声を出すじゃ無いか! 楽しくなって来たね~。ワックワクするよ」
広間を見詰めるメリッサの瞳に、陶酔した狂気が浮かんでいる。荒し屋は善戦しているが、結果は絶望的であろう。
彼女の周囲の他の勇者一行は、無表情の賢治を除いて、明らかに全員が引いていた。
気が引けている理由は、当然であるが目の前に展開される惨劇に対してではなく、悲惨な荒し屋の最期を楽しめるメリッサの性格に対してである。
そんなメリッサの様子など目もくれず、無表情で広間の様子を観察していた賢治であったが。
「先ほどから、穴からゾンビが出て来なくなりましたね……恐らく出尽くしたと思われます。メリッサさん、範囲魔法で荒し屋共々、ゾンビを一掃して下さいませんか?」
魔法使いメリッサの出番を告げた。
「お、おう。俺もそう思うぜ。もう、見ちゃいられねえ」
ハールデンも同意し、ロビン、ジェームズもうなづいた。
殺されても仕方のない、悪行の限りを尽くす荒し屋と言えども、このまま先細りになり、恐怖と激痛の中で死んで行くのは、余りにも無惨な死に方である。
いっそのこと、ひと思いに焼き殺してやった方が慈悲と言うものである。
「えっ……そうかい……もうちょっと、もうちょっと様子を見た方が良いんじゃないかねぇ。……そうだ! まだ、ゾンビが出て来るかも知れないじゃないか? ねえ、もうちょっとだけ様子を見ようよ」
視線を荒し屋たちから動かさず、メリッサは拒むのであった。
「刀を大きく動かすな! 出来るだけ蹴飛ばせ!」
グラントが指示を出す。
配下は疲れて来て片手剣の振りが大雑把になっている。飛び散る肉片は危険である。
「駄目だ親方! もう、もう駄目だ!」
配下の一人が泣き声を上げた。
その男は肉片を受けて、左目から唇辺りまで、焼けただれて頬骨が覗いていた。
「うわーっ! もう駄目だーっ!」
迫り来る恐怖に堪え切れなくなった男は、突如集団を離れ、出口目掛けて走り出したが、何歩も進まない内に群がるゾンビに手足を掴まれ、悲鳴を上げながら群れの中に飲み込まれて行った。
そして、この世のものとも思えない絶叫を上げたが、それも、ぶっつりと切れるように消えた。
「馬鹿野郎が!」
グラントが叫ぶ。
最初は七人いた荒し屋は四人となり、手数が少なくなった上に、輪が小さくなって守る範囲が大きくなる。
「もう駄目だ!」
「死にたくねぇ!」
それぞれ配下が弱音を吐いた。
「諦めるな! 諦めたら終わりだ! あきら……うわーっ!」
檄を飛ばしていたグラントが、ゾンビに腕を掴まれて引っ張られ、防御隊形が崩壊したところに、一気に殺到したゾンビに他の者も飲み込まれた。
「ぎゃあー! うぎゃー! 痛てえー!」
阿鼻叫喚とはこのような状況をあらわす言葉であろう。荒し屋は全員が押し倒され、その上にゾンビがのしかかって行くのであった。
「メリッサさん。いくら何でも、もう良いでしょう」
「チッ! 分かったよ」
賢治に促され、渋々と言った態でメリッサは片手をゾンビの集団に向けた。
「《火輪》! 《火輪》! 《火輪》!」
火系の中級魔法が三度放たれると、大広間の中は炎の海と化した。
「ぐおおぉーっ……うおおぉーっ……」
ゾンビはこの世を恨むかのような太い叫びを上げながら、火の海の中でのたうち回り、やがて倒れて燃え上がると、辺りに肉の焼ける臭いが充満したのであった。
火が治まってしばらく時間が過ぎると、大広間の中の熱も冷めて行った。広間の床には炭化したゾンビの崩れた塊がそこらに散らばり、荒し屋の亡骸は区別がつかなくなって見つけることも出来ない。
「目的の小部屋はこの先です。行きましょう」
まるで何ごとも無かったかのように、冷静な口調で皆をうながすと、賢治が先頭に立って広間に入って行く。
メリッサがそんな賢治の背に向かって。
「ケンジ……あんた、見かけによらず惨い男だねぇ。良くこんな凄惨な罠を思いつけるもんだよ。ああ、恐い怖い」
そうつぶやきながら両眉を寄せ、両手をクロスさせて左右の肩を抱くと、後を追って歩き始めた。炭化したゾンビか荒し屋が分からない黒い塊を、躊躇いもせずに踏み潰して歩いて行く。
……性格的なもので、わざとでは無いのであろうが、わざわざ頭蓋骨を選んで踏み潰しているように見えた。
(惨い男って……はあっ?……誰が? どの口が言ってんの?)
メリッサの言動に、「お前が言うな」と思った他の勇者一行であったが、誰もそれを口に出して言う者は居なかったのであった。




