105 生贄
『炎の翼』を先頭として、『旋風』と『尖鋭』が後をついて岩山を越えて行く。彼らの進む道なき道の周囲には、ぽっかりと黒い穴が何ヶ所も空いていて、中ではゴソゴソと何者かが動き回る、不気味な音が聞こえた。
穴の中を三チームの移動に合わせ、アーグラも移動しているのであった。彼らが少しでも油断して穴に近寄ろうものなら、長い触手のような手足が伸びて来て、獲物を穴の中に引きずり込もうとするのだろう。
「……奴ら、今頃どうなっているだろうな」
『炎の翼』の新しいメンバーであるパテロが、同じく新メンバーのブルンザに尋ねる。
「そりゃお前、ここが一番安全なルートなんだから、別の道を進んだ奴らは、あっさりと全滅してるんじゃねえかな。……全く馬鹿な奴らだぜ」
ブルンザはそう答えて、会話が聞こえる範囲にいた者は、全員が同じ結果を予想したのである。
「それにしても……」
アーダリオンの隣りを歩くバウマンが、他の者に聞こえないように小声で話し掛けた。
「どうやって焚火が消えたあの状況から、『ゼッ〇ン』が斬り抜けたのか不思議でなりません」
「女魔法使いが居たであろう」
「はい」
岩山の途中の一本道で、鳥の魔物を雷系中級魔法で、鮮やかに殲滅した、女魔法使いのことを思い浮かべた。
「あの女が、火系魔法も使えたのかも知れないな」
「……なるほど」
それならば、あの状況を斬り抜けたこともうなづける。
たいていの魔法使いは、何かの系統に特化しているのであるが、たまに別の系統も使いこなす魔法使いが存在するのである。
「もう、奴らのことは話題に出さなくて良い。……このルート以外の道を行けば、多くのアーグラの縄張りを通過するしか無くて、どこかで必ず襲われることになる。奴らは自滅したのだ。……それより」
「それより」と口にしたアーダリオンは周囲を見渡した。
バウマンもうなづいて周囲を見渡す。
明らかに昨日より、周囲の穴から漏れて来るアーグラの殺気が大きくなっている。昨日、食べ物にあり付けなくて気が立っているのであろう。
「今夜、間違いなく、どちらかのチームに犠牲になってもらわねばな。このままの状況では、奴らの縄張りを抜けるのは難しいぞ」
「分かっています。今夜は必ず」
バウマンがうなづく。
餌さえ与えてやれば、奴らは一ケ月は獲物に興味を示すことは無いのである。
「ふうっ」
額の汗を拭いたロビンは、大きな岩の上に立って周囲を見渡した。
ゴツゴツと飛び出た岩肌が周囲を囲んでいる。所どころ灌木が生えている部分もあるが、それはほんのわずかである。
空は青いが雲は多くて、北西から北東へ向かって強く流れて行っている。
「ロビン! 休憩するか?」
ハールデンが尋ねると。
「いえ、もう少し進みましょう」
明るい顔で返事した。
一行は再び歩き出す。先頭はいつもの様に賢治である。
ハールデンが先頭の賢治に声を掛ける。
「最初からこうしておいた方が良かったなケンジ。昨日は周りから不気味な音が聞こえっ放しだったが、今日は静かなもんじゃねえか」
彼の話す通り、穴の中に住んでいて、獲物が進む方向へ同じ様に地中を移動し、獲物の隙を伺っているはずの、アーグラの立てる音が聞こえなかった。
「俺に任せて下さい。あの三チームより早く目的地に着くはずです」
自信たっぷりにうなづいた賢治であるが、妖精と使い魔がずっと先行してルートを探しているのである。
「確かに魔物の出す音は聞こえないのでござるが、何となく気配は致しておる気がするのでござるが」
一番勘の鋭いジェームズは、不思議そうに首をひねっている。
……実は。
彼らの進んでいる周囲に空いている穴の中には、多くのアーグラが潜んでいたのであるが、穴の出口部分に使い魔が張り付いていていて、奴らが出て来ないように監視しているのであった。
本来ならアーグラは、相手はたった一匹であり、しかも体格も彼らより劣った相手なら、問答無用で襲い掛かるはずであるが、使い魔は見ただけで魔物としての実力が遥かに格上で、どちらかと言えば恐ろしくて、震えているアーグラであった。
これが逆に使い魔では無く、賢治やカノンであったならば、実力が違い過ぎて、逆に何も分からずに襲い掛かって行き、瞬殺されることになるはずである。
『炎の翼』『旋風』『尖鋭』の三チームは、前日に野営した場所と同じような、岩棚が幾つも張り出している地形の場所へ出て来た。
「ここで野営をします。念を押しますが、焚火は必ず朝まで維持して下さい。絶対に火を絶やすことの無いように」
アーダリオンが確認するように話すと。
「その話は聞き飽きたぜ。命が掛かってるんだ。当たり前だろ」
『旋風』のスタートンが鼻で笑った。
「はあ? ウチのリーダーが、折角、親切で注意喚起を行っているのに、その態度は何だ」
機嫌悪そうに睨んだバウマンの声も、無視して他所を向いた。
「バウマン、良い! 皆が無事であればな」
人々の前では、自然にそんな言葉が出て来るアーダリオンである。
深夜。
松明を片手にバウマンとハリスが、『旋風』が野営する岩棚の上に現れた。下方には焚火の明かりが見えている。
その焚火を見降ろして、次に周囲の騒めく音に首をすくめたハリスは、小声で隣のバウマンに話し掛けた。
「昨夜より魔物が騒がしいですね」
「ああ! 獲物を前にして、腹が減って我慢できないってところだな。昨夜以上に今日は危険だぞ! 気を絞めて行くぞ!」
ハリスに忠告すると、バウマンは魔力を練って行った。
「ドドドオーン!」
爆発音と振動でスタートンは飛び起きた。彼らの命綱である焚火が、一瞬にして吹き飛び消えていたのであった。
「馬鹿野郎!」
何がどうなって、そうなったのか分からない。とにかく怒鳴って武器のロングソードを振り上げた!
周囲からは、急速に魔物が集まって来る気配がしている。
「誰か火を!」
叫んだが火を起こしている暇はないと判断し。
「皆! 背を合わせて迎え撃て!」
それくらいしか指示が浮かばない。
幸いに闇夜では無く月が出ている。その月には薄い雲がかかっていたが、何とか明かりが無くても戦えそうである。
「畜生!」
「誰が火の番をしていたんだ!」
「死にたくない!」
メンバーはそれぞれ勝手なことを叫びながら、それでも生き残るために背を合わせた。
薄暗い闇の向こうから、ガザガザと音を立てた、小山のような生き物のシルエットが集まって来た。
伸ばして来た尖った足の先を片手剣で弾くと、金属と金属がぶつかったような「キーン」と高い音がした。
アーグラは全身を甲冑のような甲殻に覆われているのだ。
「くそ!」
誰の頭の中にも、絶望しか浮かばない。
再び飛んで来た魔物の足の先を、払ったメンバーの一人であったが、剣を正面に戻す前に別の足が襲って来て、尖った足の先が右わき腹に食い込んだ。
「グゥーッ! 痛え!」
ぐいと引っ張られると、仲間たちの輪から引き剥がされ、魔物の群れの中に取り込まれた。
「うわっ! うわっ! 誰か!」
そして引き倒された彼の上に、数匹のアーグラが圧し掛かって行った。
「ウワーッ! あーがぁー!」
悲鳴は直ぐに止んで、バリバリと引き千切られ、ガリガリと喰われる咀嚼音が聞こえて来た。
血の匂いが周囲に広がり、他のアーグラが興奮したような唸りを上げるのであった。
「駄目だ! 駄目だ! 助からねえぇー!」
誰かが泣き声で悲鳴を上げる。
「五月蠅えー! 剣を振れ! あっちの崖まで皆で移動しろ! 少なくとも片方からは攻撃されなくなる!」
メンバーを叱咤するスタートンであったが、絶望的な状況であることは理解している。
「最後まで諦めるな! 誰か松明を持ってるか? 少しでも時間が出来りゃ、火を点けられるんだ!」
どこでどう間違ったのか? ひょっとして自分は嵌められたのではないのか?
スタートンは疑念を抱きながら、夢中でロングソードを振り回していたのであるが、大ぶりの隙を突かれ、片足をさらわれてしまったのであった。
「ああっ」
バランスを崩し、女のような悲鳴を上げた彼に、何本もの足が伸びて来て、グイと引っ張られた彼はアーグラの群れの中に引き込まれた。
「痛えじゃねえか! くそったれ!」
こんな状況に不釣り合いな不満の声を上げ、最後の反撃をしようと振り上げた右腕は肘から食い千切られ、彼の身体は魔物の群れの中に埋没して行った。
「ウワァーッ!」
「ギャァーッ!」
「ゴァ!」
いくつかの叫びが岩山に響いた。
「ゴリッ! ゴリッ!」
「クチャッ! クチャッ!」
……それから幾らも時の経たない内に、チーム『旋風』のメンバーは全員が切り裂かれ、後にはアーグラの咀嚼音だけが聞こえるのであった。
バウマンとハリスは、自分たち『炎の翼』の野営地まで無事に帰って来た。
闇の中から松明を片手に現れた二人に、アーダリオンが声を掛ける。
「どうであった」
「間違いありません」
バウマンが簡潔に答える。
アーダリオンがうなづき、ここで待っていたパテロとブルンザは、お互いの顔を見合って唾を飲み込んだ。
昨夜の晩は、『ゼッ〇ン』がいずれ襲い掛かって来るので、この場で始末する話であったのであるが、今夜は『炎の翼』と『尖鋭』が無事に岩山を通過し、ドラゴンを退治する為に、輪を乱す『旋風』に犠牲になってもらう話にすり替わったのであるが、二人はその話を自然に受け入れていた。
耳をすませば、焚火の明かりの届かない闇の中で、先ほどまで騒がしかった、アーグラの出す音が消えていた。今頃、『旋風』が襲われた場所へ移動して、群れに食べ物が行き渡っているであろう。
これで少なくとも、この群れは、一ケ月程度は獲物が現れても、無理に襲っては来なくなるはずである。
アーダリオンは空を見上げると。誰に向かってでもなくつぶやいた。
「人々の為とは言え、犠牲が出るのは悲しいものだな……我々は、必ずドラゴンを退治せねばならない」
指示を出したのは自分であるにも係わらず、アーダリオンは臆面もなく『旋風』の犠牲を憂いているようである。
それは演技なのか、本気なのか? 恐らく彼にも分からないのであろうと、ハリスは感じたのであった。




