10 ダンジョンにて
唐突に森が途切れると、目の前に小高い丘が見えた。朽ちたトロッコレールが、丘の麓に口を開いた坑道入り口へと続いている。
遠い昔に廃坑となった穴の入り口は蔦に覆われ、すぐ横に腐って倒れている扉の上を、雑草が覆っている。
坑道の大きさは、幅が三メートルほどで、高さは四メートル。天井はアーチ状になっている。
「さっさと済ませるぞ。ケンジ。松明を出してくれ」
ハールデンに催促されて、賢治は松明を一つ取り出して火を点けた。
「誰が最後尾ですか?」
賢治は坑道へ入る順番を聞く。
「お前が先頭。続いてジェームズの旦那。ロビンとメリッサが並んで、最後が俺だ」
うなづくと賢治はハールデンに松明を渡した。
「何だ。全員に渡さないのか?」
「動くのに不便でしょう。最後尾は必要でしょうが、こっちの方が明るいですから」
そう言った賢治は蔦を払うと坑道へ足を踏み入れた。
「《光球》!」
彼が叫ぶと前方の空中に光の玉が出現した。光の玉は辺りを昼間のように照らし出す。《光球》と呼ばれる洞窟探査や夜の移動に便利な魔法である。
「おおっ!」
全員が思わず感嘆の声を上げた。
「お前! こんなことも出来るのか、凄えな……使える奴だぜ全く……これでタダとは本当に儲けモンだ」
ハールデンは、まずは金のことである。彼の頭の中で、使い捨てのつもりであった賢治の株が更にグッと上がった。
これだけ便利ならば、危険に遭遇した場合切り捨てずに助けてやって、長く生かして使った方が得であると損得勘定が成った。
「進みます」
そんなこととは知らず、賢治は坑道を躊躇いもせず歩き出した。そんな賢治を見たハールデンが。
「ジェームズの旦那!」
振り向いたジェームズにジェスチャーで。
(気を付けて助けてやってくれよ! 死なせないようにな!)賢治を指差して拝む格好をした。
小さくうなづいたジェームズは、片眉を上げて親指を立てたのであった。
……彼らが守ろうとしているのは、守る必要などない世界最強の大魔王なのであるが、そんなことなど夢にも思わぬ二人であった。
「次は右ですね」
「次は左」
分かれ道に遭遇するたびに、賢治は躊躇いもせず進む道を決めて行く。
普段は賢治の肩の上にいる妖精が、坑道の奥へ飛んで行っては帰って来るので、恐らく妖精が進むべき道を告げているのであろうと思われた。
途中で階段を降りて地下二階へとやって来た。地下二階にはトロッコレールは設置されていない。
しばらく進んで賢治は立ち止まった。坑道は少し先で右に曲がっている。
「すみません。先ほどまではいなかったのですが、その曲がった先に動く骸骨が五体現れたようです」
的確に数まで告げた。
「ここは俺と旦那の出番だな」
ハールデンがロビンに松明を渡して前に出た。ジェームズも隣りに並ぶ。
「誘き出して殺るぜ」
言いながら鉤爪付きの手甲を両手に嵌め、ジェームズも左右の剣を抜いて二刀流となった。
そこらで拾った小石を通路の先へ放ると、反応した魔物がガシャガシャと騒々しい音を立てながら、奥から現れた。集団は賢治の予想通りスケルトンで、数も五体であった。
「うおらぁー!」
ハールデンとジェームズが集団の中へ飛び込んで行く。
ハールデンの鉤爪がスケルトンを粉々に砕き、引っ掛けて引き倒した頭蓋骨を踏み砕いた。
ジェームズの二刀が残像を残して素早く振られると、スケルトンの何体かの首が宙に飛び、方向を見失った胴体は壁に激突して崩れ落ちた。
ホンのわずかの時間で、スケルトンの集団は残骸となって横たわることになった。
辺りにはスケルトンから転がり出て来た魔石が落ちていて、ハールデンが回収している。
「ハールデン殿。一つ確認しておきたいことがござる」
ジェームズが二刀を拭いながら、一行を仕切る立場のハールデンに尋ねる。
「何だ」
「取り分についてでござるが、魔石は仲間で折半。宝箱は見つけた者が手にする条件でござったが、それで間違いないでござろうな」
「ああ。間違いねぇ……何だよ旦那、今さら取り分の確認か? 金なら世界中の闘技場で腐るほど手に入れてるんじゃねえのか? 全く、羨ましい限りだぜ」
「……人を助ける為に、金はいくらあっても困らないものでござる」
なぜか歯切れ悪く言うと、二刀を鞘に納めた。
ジェームズは闘技場で稼いだ賞金を、魔物に苦しめられている人々を救済するために、使っていると噂されていた。
「全く……」
ハールデンは、そう言いながらロビンとジェームズを交互に見ると。
誰にも聞こえない声で。
(お人好しと……)
次にメリッサを見て。
(サディストと……)
賢治を見て。
(間抜けとはな……よくもこんな奴らが集まったもんだぜ)
……自分の吝嗇で性格カスは棚に置いている。
そんなハールデンの前に賢治がやって来た。
「お見事です。では先を急ぎましょう」
再び賢治を先頭に、一行は前に進むのであった。
たまに現れる魔物を簡単に退け、勇者一行は地下三階まで降りて来た。目的の『勇者を証明する札』は三階の最奥にあり、ミルダへ持ち替えれば別の町への通行許可を、得ることが出来るのであった。
(札と言っても、最奥にいるミイラが持っている、本の一ページを破って持って来れば良いのである)
階段を下りた場所で立ち止まった賢治の元に、坑道の奥へ飛んで行っていた妖精が帰って来た。
賢治の肩に降りて何やら報告を告げている。
報告を聞いた賢治は一行を振り返り。
「この先には通路の脇に支道がいくつかありますが、全て行き止まりになっていて、本道を真っすぐ行った場所に大広間があり、その奥の小部屋に目的の《札》があります」
一同を見渡し。
「ですが、この大広間には仕掛けがあって、簡単には突破できないようになっています」
「良くそんなことが分かるな」
ハールデンの質問に。
「妖精は罠を見抜く天才です。お陰でここまで何の罠にも掛からずに来れた訳です」
「まあな」
「それで……」
メリッサを一瞬見た賢治は。
「えー。我々が気づいていることも知らず、我々の後を『荒し屋』がついて来ていますが、この先で我らの代わりに、彼らに罠に引っ掛かってもらうことにしようと思います」
メリッサの口元に笑いが浮かんだ。
「面白そうだねえ、どんな罠なんだい」
「あー、可哀そうですが、簡単には死ねない罠のようですね。恐らく恐怖におののき、苦しみぬいて死ぬことでしょう」
「そうかい、そうかい。良いね、良いねぇ~ 楽しみじゃあ無いか」
目に愉悦の火が灯るのが見えた。
ハールデンとジェームスは、完全に引いた目で見ていて、何のことか分からないロビンは、子猫のように、かわいらしく首をひねった。
「はい。そこで皆さんには、足跡を偽装して頂きます。俺の指示に従って下さいね」
軽い感じで賢治は告げた。
「思った通り、今回は外れだったな……」
苦虫を噛み潰した顔でグラントがつぶやく。
勇者一行の後を付いて来た、グラントを頭とする荒し屋は、ここまで大したものを手に入れていない。
このままでは完全な赤字である。
勇者一行の仲間が余りにも手練れな為、無理はしないつもりのグラントであったが、稼ぎが少ないので、その気持ちが今は揺らいでいる。
松明の光を相手に察知されないように、用心深く距離を取ってここまで足跡を追って来たが、引き返すかどうするか、この辺りが思案のしどころであった。
悩んでいるグラントの前方の暗闇の中から、斥候の男が帰って来た。彼は若いが夜目も利いて使い勝手が良い。
魔物は先行する勇者一行が始末しているので、明かりの無い斥候も危険はほとんど無い。
「様子はどうだ」
「はい。この先に大広間があって、足跡はそこまで続いています……ですが、奴らの姿が見当たりません。もう、かなり奥の方へ行ってるんじゃねえでしょうか」
「そうか……」
しばらく考えて方針を決めた。
「騒ぎも聞こえてこないところを見ると、もう少し前に出ても危険は無いだろう。その大広間まで行って部屋を捜索し、お宝があろうがなかろうが、今回はここまでとする」
斥候の男は一瞬、物足らなさそうな顔をしたが、昨夜、余計なことを言って殴られているので、何も言わなかった。
「良いな」
グラントが念を押すと、後方に付き従う男たちもうなづいた。頭の命令は絶対であって、それで、これまで危うい場面を何度か回避している。
「じゃあ行くぜ」
荒し屋の七人は、斥候の男を先頭に前に進み始めた。松明はなるべく足元だけを照らすようにして進んで行く。
荒し屋の灯す松明の明かりが、支道に潜んだ勇者一行の見詰める先を横切って行った。
勇者一行は本道の先の大広間まで一旦進み、逆向きに足跡をなぞって後退し、横跳びに支道へ飛んで移動したのであった。
松明に照らされて見える部分の支道の足跡は、均して消してあるので発見されることは無い。
あちらの世界にいた時に、賢治は何かの本で読んだのであるが、熊撃ちのマタギに追われている熊が、マタギを騙して後方から襲い掛かる時に使う手である。
キツネに追われたウサギなども、この方法で行方をくらませて逃げるそうである。
「プッ! クククッ」
罠に向かって進んで行く荒し屋の運命を想像して、メリッサが堪え切れずに含み笑いをしている。
「奴ら、まんまと引っ掛かったようだな」
ハールデンがつぶやくと。
「では、結果を見届けに行きましょう。《光球》も松明も、しばらく使わないので、足元に注意して下さいね」
賢治が淡々と告げたのであった。




