表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大魔王様、勇者の従者になる!  作者: ronron
従者誕生編
1/304

1 大魔王の決断

 その男の名前は大間賢治おおまけんじ


 長年勤めた会社を定年になり、笑顔の若い女性社員に花束を渡され、感慨に浸りながら帰宅した夜に、妻に離婚を言い渡された男である。

 彼ら夫婦には二人の娘がいたが、今は二人とも別の場所で、家庭を持って幸せに暮らしている。


 財産の分与がどうのこうのと、話し出した妻を手で制し、賢治は「今日は疲れているので明日にしてくれ」と首を振って布団に入った。

 実際に明日から会社に出勤しなくて良いので、時間だけはたっぷりとあるのだ。


 「もう、人間やめたいわ」


 約四十年働いた先に待っていた現実が、これではやっていられない。

 溜息と共に布団を頭からかぶり、目を閉じたのであった。





 ------------------------------





 目が覚めると同時に、賢治は自分が大魔王であることを思い出した。眠っていた場所は昨夜の賃貸アパートの一室ではない。


 天蓋てんがい付きの広いベッドの上で身を起こし、広い部屋を見渡した。

 天井には煌びやで巨大なシャンデリアの照明が下がっていて、白い壁一面には精巧な彫刻が施され、床には足首まで沈んでしまいそうな絨毯じゅうたんが敷き詰められている。窓のカーテンは少し開いていて、清々しい朝の光が差し込んでいた。


 ベッドの横には巨大な鏡が設置されていて、賢治はそこに映る半身を起こした自分の姿を見た。

 そこには少し黒い肌の理想的な筋肉美の若者が映っていた。やや癖毛の髪が耳にわずかに掛かる短い髪型。美しい流線を描いた眉。爽やかで涼し気な黒い目。薄い唇には柔らかな微笑みが浮かんでいる。


 どこからどう見ても人間であり、完璧なイケメンであった。

 だが、間違いなく自分は大魔王である自覚があった。


 その時、ドアをノックする音が響き、「失礼します」の声と共に巨大な両開きの扉が開くと、床を流れるようにうモノが入室して来た。

 どろどろと床を流れるように進んで来たモノは、半身を起こしている賢治のベッドの近くまで来ると、立ち上がるように起き上がった。その表面は常に波立つように揺れている。


 「大魔王ケンジ様……良く眠られておりましたな……お目覚めは三百年ぶりでございましょうか……」


 どこに口があるかは分からないが、そのモノの声には喜びが籠っていることが分かった。


 「そうか。三百年も眠っていたか」


 賢治はそう言うと右手で左頬の辺りさすった。そして目の前に立つ(?)不定形にうごめくモノに目を移す。

 そのモノの名は、賢治の支配する大魔王国の宰相ネフレオール、九百歳である。


 「ケンジ様のお目覚めは既に国中に伝えられております。今頃は国民一同、喜びに湧き上がっていることでございましょう」


 「うむ……」


 賢治は不思議な気持ちになる。寝ていた間に彼は日本人の大間賢治として生活し、生きていた実感があった。恐らくあれは異世界での本当の出来事であったのであろう。

 大間賢治と言う名前が何となく好きだったが、それは本体である大魔王ケンジと名前が似ていたからかも知れない。


 六十年の記憶であるが、眠っていた三百年との期間の差は、時間の流れの速さの差であろうか。とにかく目覚めて見ると、六十歳の腹が突き出した不格好なおっさんから、見た目完璧のイケメンの大魔王になっていたのである。


 「早速だが、国の様子はどうなっている」


 「はい。この三百年。ケンジ様の言い付けを守り、ほとんど・・・・の国民が平和に暮らしておりますが……」


 そう語ったネフレオールの声に影が差す響きがあった。


 「相変わらず国を抜け出した一部の不届き者が、人間の住む世界のそこかしこで悪さを行い、一部の者は勢力を広げ、中には恐れ多くも魔王を僭称せんしょうするやからもおる次第でございます」


 魔物と人間が混在するこの世界で、大魔王ケンジは人間には関わらない政策を執っていたが、眠る以前の数百年前から、一部の反発する者が国を抜け出し、人間の世界で己の欲望に任せて、領土を得て暴れていることは知っていた。


 「そうか……眠る前から気に掛けていたが、彼らもその内、悪さを辞めるであろうと、見て見ぬようにしていたのが悪かったのか。人間に迷惑を掛けておるとはな……こうなれば私が出向いて、そ奴らを滅ぼすといたそうか」


 「お待ち下さい大魔王様」


 ネフレオールが無い首を振ったような気配がした。


 「大魔王様がその気になれば、反抗する者など容易く滅ぼしてしまわれるでしょうが、大魔王様が力を解放されれば、その巨大な魔力の反動で、人間たちの領土の山は崩れ、地は裂け、湖は枯渇してしまうでしょう。それを見た人間は、大魔王様の恐ろしさだけを記憶に残し、いつまでも恐れ憎む歴史を後世に伝えることになります」


 涙を、はらはらと落としたのか、ネフレオールが涙を拭いているような気がした。

 (……そんな気がしただけで、あくまでも見た目で表情は分からない)


 「そのようなことになれば、これまで大魔王様が陰になり、慈悲を持って人間の世界を後ろから支えて来られた努力が、全て水泡に帰すことになりましょう」


 「……! うむ。まあ、そんなことはどうでも良いのだがな」


 賢治は、別に人間を気に掛けたことも無く、特に彼らに何と思われようとも構わない気持ちである。過去に人間を保護したのは、たまたま、その時の気分に寄るものであった。


 「いえ。いけません!」


 ネフレオールの声には強い憤りが籠っていた。敬愛する大魔王が恐れられ、嫌われるなど、絶対にあってはならないことである。


 「それならば、お前はどうすれば良いと言うのだ」


 一息ついたネフレオールは。


 「人間には勇者と呼ばれる強者が、時たま現れることはご存知でございましょう。勇者はたいてい成長する前に倒されてしまいますが、中には、実際に魔王を僭称する魔物を、ほうむった者も出ております。人間世界に誕生する勇者の手助けをして、間接的にではありますが、大魔王様の言うことを聞かぬ、魔物を倒してしまえば良いのでは無いでしょうか」


 (面倒だな……まあ良いか、ネフレオールも熱心に勧めておることでもあるし、彼の顔を立てておこう。時間はいくらでもあるからな)


 思ったことはおくびにも出さず、賢治はうなづいた。


 「なるほどな。そうすれば私の言い付けを守らぬ者を滅ぼすことも出来、しかも魔王を倒せたと、人間も自信をつけるであろう。きっと人間は希望を持ち、彼らの世界も発展する事であろうな」


 大魔王がうなづいた様子を見たネフレオールは、床を流れて移動すると、壁の一部に大きく貼られた世界地図の前で立ち上がった。


 「ここが、大魔王様が支配する大魔王国……」


 ネフレオールの身体の一部から触手のような手が伸びて、南西に描かれた楕円形の大陸を指差した。

 その大陸の北西から狭い海峡を挟んで、右に半円を描くように巨大な大陸が続いている。


 「かつて全世界……バーリアン大陸は魔族同士の戦いで荒廃いたしておりました。しかし三千年前に大魔王ケンジ様が現れ、その強大なお力で世界を平定し大陸に平和が訪れました……大魔王様は魔族をこの南西の大陸に集め、それまでひっそりと生き延びていた人間に残った土地を与えました」


 【魔物の中でも、言語を操り、複雑な会話が可能な者を、魔族と呼ぶ】


 ネフレオールは歴史を続ける。


 「まさに人間にとって大魔王様は、神と呼ばれても良い存在であられますが、奥ゆかしき大魔王様は、自ら人間の記憶からその功績を消されたのです」


 「私への称賛は、もう良い……それで、勇者をどのように手助けするかを申せ」


 賢治は宰相の話をさえぎった。放って置けば、彼はいつまでも賢治を賛美する話を続けるに違いない。


 「ははっ」


 話の腰を折られたネフレオールは、恨めし気に本題に入る。


 「この地」


 宰相の触手が大魔王国から、陸伝いに行けば一番遠くなる、大陸の南東の地を差した。


 「ここはイスター王国と申しまして、首都ミルダと、その周辺の町や村は、昔から勇者を輩出することで有名でございまして……と申しますより、勇者はこの地以外からは現れません。ここで教会に勇者と認定された者は、この地の、ある有名な酒場で仲間を集め、王から支度金を渡されて世界各地に出て行きます」


 賢治はフンフンとうなづきながら聞いている。酒場で仲間を集めるパターンは、眠っていた世界にあった有名なRPGと同じ設定である。


 「勇者は数年に一度認定され、魔王を倒す目的をもって旅立って行きます。旅の途中で殺されてしまったり、挫折する者もありますが、幸運な何組かは地方で魔王を僭称する魔物を倒し、伝説となった者もおります。それでも一組の勇者が倒す魔王はせいぜい一つでしか無く、一つが滅べば、又、別の魔王が誕生し、いつまでたっても全ての魔王を倒すことは不可能でございます」


 「分かった。我が配下の手練れを人間に変身させ、勇者の仲間にまぎれこませ、魔王を名乗る魔物を倒す手助けをさせてやれば良いのだな」


 「その通りでございます」


 「人の姿に変身できる能力を持つ者は少ないが、中で誰か適任な者がいたであろうか」


 「魔将軍ランドン様は如何いかがでございましょうか」


 ネフレオールは既に人選をしていたようで、大魔王配下で変身能力を持ち、それと知られた強者の名を上げた。


 「駄目だ!」


 賢治は即座に否定した。


 「奴は荒っぽいぞ。暴れ始めたら目の届く範囲の全ての物を破壊し尽くすだろう。正気を失えば勇者諸共、町の一つや二つどころか、一晩で大陸の草木も残らぬことになる」


 「むむむっ。おっしゃる通り、言われてみれば確かにその通りにございますな……では、妖女ラフネシア様ではいかがでございましょう」


 賢治は呆れた顔をして首を振った。


 「お前は彼女の本当の顔を知らんのか。私が制止しなければ、目に付く男の精気を全て奪ってしまうであろうな。人間の国の一つくらいなら、一晩の間に消えてしまうぞ」


 「そうでございましたか……」


 表情は分からないが、推薦するつもりであった者が簡単に駄目出だめだしされ、困った様子の宰相である。


 「我が配下の者は、こと破壊に関しては満足な働きをする者は多いが、人の世界で細かい機知に富み、機転を利かせられる者は少ないからな……まあ、少ないと言うより、そのような者を見つけるのは絶望的かも知れぬな」


 賢治は顎に手をやってしばらく考えると、思い付いたように一つ手を叩いた。


 「ネフレオールよ、適任者がおったぞ。私は眠っている間に異世界の人間社会で、サラリーマンとして過ごして来た。サラリーマンとは人間関係を最も大切にする職業である。この難しい役目は私以外に出来る者はおるまい」


 「大魔王様にそのような役目をして頂くなど……」


 宰相が頭から否定しようとする前に、賢治は手を上げて制した。


 「私が良いと言っておるのだ。大魔王と言ってもどうせ暇なものだ、お前が何と言おうと、この役目は道楽として私にやらせてもらうぞ」


 「……」


 絶対的な最高権力者である大魔王にそう言われれば、ネフレオールも強くは否定できない。


 「そうと決まれば、私の寝ていた三百年で、人間の生活も多少は変わったであろう。誰か目立たぬ者で人間の暮らしに詳しく、常に私のそばに居て補助できる従者となる者を呼べ」


 大魔王の決心は変わらぬと感じたネフレオールは、思念を使って適任と思われる者に、この場へ来るように告げた。


 待つまでもなく開いていた扉の向こうから、バレーボールほどの大きさの黒い物体が空を飛んで現れた。


 「お呼びでございますか」


 二人の実力者の前で、頭を下げる様に上下に揺れた物体から声が響いた。

 ネフレオールは大魔王に向かい。


 「我が弟子の妖魔カノンでございます。大魔王様が眠りに就かれた頃に生まれたもので、まだ三百歳の未熟者ではありますが、人間の世界に詳しく、変身の特技を持っております」


 「変身か。カノンとやら、人間の世界に居ても怪しまれないモノに変わって見よ」


 「ははっ」


 カノンは黒い身体をブルブルと振動させると、次の瞬間にドレスを着て、背に四枚の羽根を生やした、身長がニ十センチほどの小さな少女に変わっていた。

 羽根を羽ばたいて空中に静止している姿は、人間世界で時たま見かける妖精であった。妖精は人間と契約を結び、様々な恩恵をもたらす幸運を象徴する生き物である。

 顔は美人と言うより幼さの残る、愛くるしい顔をしていた。


 「うむ。これは良い……カノン。人の世界へと向かい、私を補助する役目を命じる……良いな」


 「非才な身ながら、大魔王様のお手伝いをさせて頂けるとは、光栄でございます」


 「話は決まった。私は明日からでもおもむくぞ……その……確かイスター王国の、首都ミルダとか申したな」


 「そうでございます。勇者は約四~五年おきに一人の周期で誕生しておりまして、私の調べでは、そろそろ次の勇者が教会に認定されるはずでございます」


 「そうか。では、その新たに誕生する勇者の仲間となって、人間の領土の各地で勢力を広げ、魔王を僭称する者どもを、全て退治してくれよう」


 満足そうに、うなづいた賢治であったが、ふといぶかし気な顔になり宰相の顔を見た。




 「待てよ……私が手伝って、その勇者が魔王を僭称する魔物を全て倒したとして、勘違いした勇者が、大魔王わたしまでも倒そうと考えはしないであろうな?」


 大魔王ケンジは手を出してはならない最強の大魔王として、世界中の人間が認識している。


 「……」「……」「……」


 ネフレオールの、しばしの沈黙。

 そのような非現実的な、あり得ない考えは、彼の頭の片隅にも無かった。


 やがて賢治とネフレオールは同時に思いを口に出した。


 「……まさか~♪」


 照れ笑いをするように、お互いに片手を頭の裏に回していた。


 「無いわ~無い無い。絶対にあり得ないわ~」


 念を押すように両者は口にすると、顔を見合わせて大きな声で笑った。

 

 大魔王は別格であり。そんなことを考えるなど、常識ではあろうはずがないのである。


 ……そう、あろうはずがないのである。恐らく……多分。

前回の物語と同じく、アメブロで地図を公開しています。


アメブロ daimaoukenjiで検索して見て下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ