平凡令嬢の婚約
異世界の婚約破棄や婚約解消ものがすきです。
私の父は騎士団長です。
常に目元を覆うマスクをしており顔を晒すことはありませんが、僅かに覗く瞳やマスクでは覆われていない高い鼻、形の整った唇から、絶世の美男子であることは隠しきれず明白でした。
若い頃、父を狙って男性、女性問わずアプローチをかけていたのですが、段々と過激化していき父の友人の座をかけて某令息と某令嬢が殺傷沙汰を起こしたことがきっかけとなり、陛下直々に公の場でのマスクの着用を義務付けられたのでした。
最近では美貌に加え中年の色気まで帯びており、子ども二人いる33歳の父ですが20代前半に見える肌のはり、鍛え上げられた肉体、最近特に増してきた醸し出される色気に、10代の学生の男女から30代の騎士や既婚女性まで心奪われている状況です。
父は顔に無頓着で、むしろ問題を引き起こす美貌に嫌気をさしており、傷の1つや2つでもつけて誤魔化そうと提案するのですが、陛下をはじめとした王家の方から猛反対をうけて実行には至っていません。
自宅では父もマスクは着用していませんが、屋敷では執事長をはじめ信頼できる使用人を厳選しておりますので、色恋沙汰が起きるようなことはありません。
父に比べると平凡だが可愛らしい顔の母と、そんな母の遺伝子をほとんど受け取った私と、父の生写しで将来の不安を伺わせる傾国の美少年の弟の4人家族としてのんびりと過ごしていました。
そんな我が家の心配事は、2つあります。
1つは6つ下の弟ルーカスのことです。早くも父似の美貌の片鱗を見せていますが、まだ学園入学前で社会に出ていないことから素顔を晒して生活しています。しかし、来年から学園に通学することを考えると早急な対策をしたほうが良いのかもしれません。
弟の婚約者の座を狙った争いが起きる可能性があります。父がマスクで防御したのは学園卒業の15歳のときでしたが、弟はそれよりも早くに着用した方が良いかもしれません。
そして、2つ目の心配事が私の婚約者問題です。
父は外では素顔を晒していないとはいえ、さすがに家族の前ではマスクは外しております。
そのため、いずれ家族となる婚約者及びその家族の方には父の素顔への免疫をつけてもらわなければいけません。
15歳となった控えめな顔の私ですが、これまで3人の婚約者がおりました。
まず1人目の男爵家3男ケイン様は顔合わせから1ヶ月後に父の素顔をみて、父に一目惚れしたらしくお断りの言葉をいただきました。真実の愛をみつけたそうです。真実の愛って、父には最愛の母がいるのですが、片方向でも成り立つものなのでしょうか。
それを聞き、父が怒りつけたのですが、怒る父の表情も素敵と頬を赤くしていたケイン様は重症なのかもしれません。
2人目の子爵家2男ダニエル様は穏やかな雰囲気をされた方で、恋心というものは抱けませんが、この方となら将来良い家庭を築けるのではないかとおもっておりました。
しかし、顔合わせの日にダニエル様のお母様がわずか9歳の弟に一目惚れしてしまいました。ご結婚されてるにも関わらず熱烈なアピールをされまして、その事実を知った子爵様より婚約解消のお話をいただきました。
ご本人との相性はよかったのですが、さすがに義母が弟へ横恋慕をしている状況ではうまくいくとは思えません。その後子爵は別居されたとかしないとか。
3人目の隣国の侯爵家4男ウィリアム様は明るい社交的な方でした。
我が国では出会いは厳しいのではないかと判断した隣国は嫁がれた父の姉の紹介でした。
社交的なウィリアム様と内向的な私では正反対なので合わないかと思っていましたが、凸凹こんび、割れ鍋に綴蓋と言いましょうか、意外にフィーリングがあいました。
しかし、2ヶ月ほどしたころでしょうか、ウィリアム様のお兄様とお姉様が父の訓練風景を見たいとおっしゃられました。隣国から訪ねられ、訓練をする父の姿にお二人が惚れ込むと言う事態となりました。
マスクで覆われた姿の父に、です。お二人は我が国への留学を希望し、父への積極的なモーション合戦をされ、これでは以前の殺傷沙汰の二の舞になるのではないかと危惧された陛下の命のもと婚約は解消となりました。
さすがに3回も婚約解消となりますと、私自身にも問題があるのではないかと噂されており、次のお相手はなかなか見つかりません。
私としましてもこう立て続けに裏切り?行為がありますと、人間不信となりつつあります。また、本人か家族が父や弟へ懸想するのではないか、と。
父は私達姉弟のことを心より愛しており、私もそんな父を愛し誇りに思っています。父や弟の美貌への嫉妬や、妬みなどは一切ありません。
むしろ、弊害を間近でみておりますので、父やその妻である母、弟は美貌に振り回されてとても気の毒に思えます。
ただ、母には申し訳ありませんが、私は静かに穏やかな生活を送りたいので、父のような方とは結婚はしたくはありません。我が家には後継の弟もおりますので、家を離れて親戚付き合いのあまりないという平民の方と結婚することを視野に入れております。
弟の婚約は私以上に難航することが予想されます。既に父に生写しの容貌の情報が貴族界では行き渡っており、9歳にも関わらずこれまで婚約の申し込みが溢れるほどきております。
傾国の美少年の弟が政略的に婚約者を決めることは新たな火種になりかねないと、弟の意思を尊重するように陛下より直々のお達しがあり、現在では婚約には至っておりません。どれだけの美貌であろうとも、大切な弟ですので好きな方と幸せになってほしいものです。心からの気持ちで偽りはありません。
ただ、自分の平穏な幸せというものも求めておりますので、平民の方と結婚して家族とは若干距離を置こうかなどと薄情なことも考えております。
「メアリ姉様、この荷物は何ですか?」
私の部屋に入り込んだルーカスが仁王立ちしています。眉を上げ膨れっ面をしていますが、それすらもとても可愛らしく思えます。
「あら、ルーカス。勝手にお姉様の部屋に入ってはダメでしょう?荷物?これは、旅行の準備ですよ。今度お友達と旅行に行こうと話しておりましてね。そのために用意をしていたところですのよ」
2ヶ月後からパン屋で住み込みで働くことにいたしましたので、その準備をこそこそとしていたのですが、ルーカスは目敏いですね。クローゼットの奥の荷物に気づくなんて。
「お友達?どなたですか?メアリ姉様の仲の良いお友達はご結婚が決まられたり、隣国へ留学されたりで旅行する余裕はないと思われますが。それに、手持ちの宝石を全部持って旅行にいくというのも可笑しくありませんか?」
どうしましょう。刑事の取り調べのように問い詰めてきます。私の交友関係を熟知している弟にこれ以上誤魔化すことはできません。家族には書き置きで知らせようかと思っていたのですが、可愛い弟には伝えたおいてもよいかもしれません。
「可愛いルーカス、お父様とお母様には内緒ですよ。実はお姉様は家を出てパン屋で働く予定ですのよ。これはそのための準備ですの」
弟の口に指を1本押し当てて内緒だよと伝えます。
「家を出る⁉︎どうして?」
ルーカスの表情が険しく固まっています。私が自分の幸せを優先して逃げ出そうとしている疾しい気持ちがバレてしまったのでしょうか。
「我が家はルーカスが立派に継いでくれるでしょう?でも、お姉様はこの様子だと結婚は難しそうですし、このままあなたの厄介になるわけにはいかないので、独立して生計を立てていこうと考えてますのよ」
あわよくば平民の方と結婚とは考えていますが、この言葉に嘘はありませんわ。
「ダメだよ、そんなの!予定と違うよ!メアリ姉様は側にいてくれなくちゃ」
普段温厚なルーカスが珍しくカッとなって感情的に怒鳴っています。
「愛しいルーカス、お姉様と貴方は家族ですから離れていても心はずっと側にいますよ」
しっかりしているように見えてもまだ9歳の男の子なんですね。寂しがりやのルーカスもとても可愛いです。頭を撫で撫でしてあげましょう。
「違うっ!心だけじゃなくて側にいてくれなきゃダメだよ!ねっ⁉︎メアリ姉様、前に僕が大人になったら結婚してくれるって言ってたじゃない!嘘ついたの?」
それは、小さい女の子が『大きくなったらパパと結婚する』とか言うやつでしょう。大きくなったら姉弟では結婚出来ないとわかると知っていたから、その時は微笑ましくて否定しなかったのよね。
「うふふ。ルーカスったらお姉様のことが好きなのね。お姉様も好きですよ。でも、残念ながらお姉様とルーカスは姉弟なので結婚は出来ないのですよ」
ぷくっと頬を膨らませるルーカスがかわいくて自然と笑みが漏れてしまう。
「でもっ…だったら…結婚出来るなら結婚してもらえますか?」
「ふふふ。結婚出来るならよいですよ」
あり得ない事をいうルーカスにとりあえず頷くと、ルーカスは満足したように部屋を出ていきました。
「メアリ姉様、婚約してください」
夕食前に突然ルーカスが私の前で跪きました。後ろで父と母があたたかい顔で見守っています。
「えっ?ルーカス?」
私には状況がまったく掴めません。冗談なのでしょうか。冗談にしてはやり過ぎているように思います。
「約束を守ってください」
「約束?婚約の?」
タチの悪い冗談でしょうか。まったくわかりません。困ったように父と母をみると、父が教えてくれました。
どうやら陛下へ直々にお願いをして法律を変えたようです。今までは血の繋がった兄弟姉妹などの近親婚では結婚は出来ませんでしたが、結婚が可能となったようです。
兄弟姉妹間などの近親婚は倫理面から婚姻が禁止されていましたが、男同士や女同士が結婚できる現代において近親だからと言う理由だけで結婚が出来ないのは逆に自由を規制する差別ではないかということと、婚姻率が低くなった現状を鑑みて、近親婚を可能としたようです。
ただ、近親婚においては遺伝子的な問題で異常児が発生する可能性があることから、遺伝子が近すぎないように検査が行われ、問題がある場合は実子を設けない旨の署名が必須となるという制限がつくようです。
「メアリ姉様、結婚出来るようになりましたので結婚してください。とりあえず婚約をお願いします」
瞳を潤ませ真剣な表情のルーカスから目を離すことができません。
来週にはパン屋で働く予定だったのですがどうやらお断りをしなければいけないようです。
「わかりましたわ。ルーカス、よろしくお願いしますね」
あら、いつのまにこんなに大きくなったのでしょう。少し大人の魅力を身につけたルーカスにドギマギしてしまいます。
「ルーカスはほんとうに貴方にそっくりね。狙った獲物は逃がさないんだから」
母が父へ苦笑いを向けています。母が私に憐れみの目を向けているような気がするのは気のせいでしょうか。




