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短編集

脱法TS少女!

作者: 大恵

こんなお話です


挿絵(By みてみん)


「このボクが、会長の息子の護衛?」


 真っ白な部屋の中心に立つ、細い人影が振り返って怪訝な顔で尋ねた。


 納得できない、という表情すら可愛らしい少女だ。

 しかしその立ち姿には隙が無い。


 少女に相対する大柄の男性もまた隙がない。

 互いの手には、鈍く光る得物がある。

 そのせいもあって、今にも二人の間で、命のやり取りが行われるかのような張り詰めた気配が張り詰めていた。


「あの御曹司おんぞうし、たしか相当の女嫌いって聞いてるけど? どうしてボクが護衛に?」


 汗を拭う動作とともに、両手に持った刃物をどこかに収め、少女は仕事の疑問の首を傾げる。

 

「ええ、それも深刻な……」


 大柄の男性も得物を収め、蓄えたひげを撫でながら口幅ったく答える。


「ですが名案がございます。我が組織で彼に歳が近く、その中で最高のエージェントである貴女が」


「ボクが?」


「トランスセクシャルして身体は女の子。だけど『ボクは男の子なんだぞ』という心は男という設定で、貴女が護衛につくのです」


「設定!? 設定ってなに!?」


 やけに低く渋い声で、ひどく妙な名案(??)を提示され、やたら可愛らしい声で納得も理解もでできない悲鳴を上げた。


「どうして、そんなことになったの!」


「それは、昨日こんなことがありまして」


 男は顛末を語り始めた。


   +   +  +


 国家のみならず、世界に影響を与える巨大な複合企業体。それらの設立に暗躍し、影響を与え続ける財閥があった。


 そんな組織で、表に出せない執務を執り行う園場鍵吏そのばかぎりは、財閥の問題児……いや御曹司に呼ばれ、都心のビルを訪れていた。

 最上階直通エレベーターの前に立つなり、廊下に設置されたスピーカーから少年の声が降り注いだ。 


「来たか、園場」

「おはようございます。総司様」

 

 姿のない御曹司へ向け、頭を下げる園場。


 気配を消していたつもりだった。

 事実、このエレベーターホールにたどり着くまで、誰にも察知されていない。

 だが御曹司は園場の来訪に気が付いた。それもそのはず。

 機械相手では分が悪い。

 ビルの内部は、すべて少年の元に情報が届く。

 園場のようなロートルにとって、デジタル機器の発展は苦々しいモノだ。


「園場。入学の準備は?」 


 エレベーターに乗りながら、忙しい御曹司の会話に答える。


「すべて完了しております。生徒の身辺調査も、3親等から友人関係まで、滞りなく」


 上昇するエレベーターのGを感じながら、困ったお人だ、と思い目を閉じる。

 一柳ひとつやなぎ総司という人物は、外の人間を信用することができない。

 同情すべき理由があるとはいえ、行き過ぎるその性質は財閥の跡継ぎには不向きである。


「問題を持つ者は?」


「……取り分けてご報告するほどの者はおりません」


 それをここで答えるのは……、と思ったが、園場の勘と総司の扱う機器を信用し、言葉を選んで答えた。


「そうか、よかった」

「……はい」


 本当に安堵するような声は、単に自分の気苦労が減ったことに対してか。

 それとも事前に【処置】せずに済んだことを安堵しているのか。


 たった数回の会話で、エレベーターは最上階へとたどり着く。


 最上階のフロアは、総司の邸宅として作られている。

 

 機械と男性たちによって管理された都会の空中邸宅は、豪奢ながら静かでひどく寒々しい空間だ。


 まず彩る花がない。

 総司が花を好まないからだ。

 そしてもう一つの花がない。

 女性だ。

 この空間に、女性は年配者ですらいない。


 問題児……いや若き御曹司は、その立場ゆえに女性不信となっていた。


「おはようございます。総司様」

 

 総司の部屋に入室した園場は、デジタル機器に埋もれディスプレイの光に照らされる御曹司の背に頭を下げ、改めて挨拶した。 

 気だるげに振り返った総司は、整った顔を不機嫌そうに歪めている。

 

「高校でまた女たちがウザいのは嫌だ。なにか手はないか?」


 困ったお方だ、と園場は内心呆れた。

 今の時代、女嫌いなど通らない。


 外ではなんとか隠しているようだが、いつ失敗するかわからない。


 だが、園場は財閥の道具。逆らえない。


「はい。では形だけの婚約者をおそばに置かれては?」


「大丈夫か? その形だけを、勘違いされては困るぞ」


「ご安心を。【教育済み】をご用意いたします。護衛も兼ねられるので、学園での生活も楽になるかと」


「【人形】か。そんなのは隣に置いておきなくないな」


 不穏な会話が重なる中、園場は余計なことを思いついた。

 

「分かりました。では男の子をトランスセクシャルさせて女の子とし、おそばに置かれては?」


「今日ほどお前を頼もしいと思ったことはないぞ」


 さて、困ったことになったぞ。


 真顔で園場は困惑していた。

 冗談のつもりだった。

 笑って許してくれればよし。心底面倒くさかったので、いっそ怒られて、出ていけと言われるつもりすらあったのに、この御曹司はトランスセクシャルなどというありもしない手段を賞賛した。


「よし、園場! 財閥の全力をあげてTS娘を探し出して、俺のとなりに置くぞ」


「お待ちください。こちらに当てがありますので」


 園場はギリギリのところで、財閥による存在しないTS娘探しを止めた。

 総司は嬉しそうに立ち上がり、背伸びして園場の肩を叩いた。


「そうか! 園場はいつも頼りになるな!」


 園場はいつもその場凌ぎで、その場限りである。


   +   +   +


「――というわけなのですごぉっ!!」


 説明を終えた園場は、愛弟子に左頬を蹴られた。


「ぶっとばすぞ!」


 蹴った後である。

 

 こうして15歳になったばかりの立場 沙美は、女の子でありながら、男の子から女の子になったという設定で、財閥御曹司の偽りの婚約者として護衛につくことになった。


   +   +   +


「ああ、どうしてこんなことに」


 沙美は(裏口入学した)高校の制服を着て、初めて一柳総司に挨拶に向かった。

 機械に囲まれた総司を前に、複雑な気持ちで頭を下げる。


「は、はじめまして」


 気だるそうに振り返る総司は、怖気を誘う美しさがあった……が、どことなく幼い。

 沙美も小さく幼いが、下手をするとその沙美より幼く見えた。

 まるで小学生だ。


 沙美は驚き隠して、挨拶を続ける。


「ええっと、護衛を務めさせていただく立場沙美で」

「辰美か!」


 自己紹介の最中、総司はキーボードを投げて立ち上がる。

 その様子に沙美も、控えていた園場も身を竦めた。

 沙美は単純に驚いて、園場は感情あらわな御曹司の様子を初めて見て。


「え? なんでその名前を?」


 立場辰美は、沙美の双子の兄である。

 なぜ財閥の御曹司が、辰美の名を知っているのか?


「オレだよ、総司だよ! ああ、そうか。TSしたから妹の沙美の名前を使っているのか」


 懐かしい友人を見つけた、という嬉しそうな顔で、小学生みたいな体格の総司が沙美に駆け寄る。

 素直そうなその姿に、思わず沙美も心ときめく。

 と、同時に脳のいう冷静な部分が、記憶の底から総司の姿を引き上げる。


「え? あの時の? ソージくん?」


「そうだよ! 公園で一緒に遊んだ総司だよ!」


 総司は5歳のころ一度だけ、堅苦しい生活から逃げ出したことがあった。

 小さく短い家出だったが、その時にであったのが立場兄弟である。


 総司は御曹司という立場を忘れ、無邪気に立場兄弟と遊んだ。立場だけに。

 

 お互い忘れていたが、目の前にしてすべてを思い出した。

 

「あ」


 まずい、と沙美は狼狽えた。

 想定外に好感度こそ得られたが、代わりにバレやすくなった。


 困る沙美を見て、総司は考える。


「そうか。知り合いにTSした姿を見られるのは複雑だよな。気にするな、とはいえないが、男に戻れるように財閥の総力を挙げてやる」


「こここま…いえ、光栄ですー」


 男になったら困るーっ! と内心、沙美は慌てた。


「ところで沙美はどうした?」

 そうである。

 女の子になった兄辰美であるという設定ならば、沙美の存在はどうなるのか。


「兄……妹は行方不明で……」

 生き別れは事実だ。

 5年前、兄辰美は急に姿を消した。

 どうなったかはわからない。

 

「そうなのか! おい、園場!」


「かしこまりました。本当の沙美をこちらで捜索しておきます」


 兄である辰美を、妹である沙美として探す。ややこしい事態になった。

 園場は、またその場限りの言葉で切り抜ける。


 沙美の捜索を命じると、急に総司はそわそわとし始めた。


「あ、オレはその……女嫌いを公言しているが、その、あの別に沙美のことは違うからな」


 おや、これは。

 もしかして?


 園場と沙美は、御曹司の様子から何かを感じ取る。 


 はにかみながら素直な様子の総司を見て、彼の中に沙美に対する特別な感情を察した。


 と、同時に沙美は別の問題に気が付いた。


(あれ? もしも総司様がボクのこと好きだったとして、今のボクは女の子になった辰美って設定だから、ボクのことじゃない?)


 複雑になった複雑な設定に、複雑な思いを抱く沙美だった。


   +   +   +


 沙美が元男の子の女の子で、兄辰美であるというややこしい設定になったころ。


 都市の灯りが届かぬ薄暗い路地で、辰美は一人で戦っていた。


 ピンクに輝きながら。


「これでおしまいっ! マジカルソーイング! ブラインドスティッチ!」


 身の丈ほどある魔法の杖を振り上げ、辰美が叫ぶといくつもの魔法の糸が現れた。

 それらは七色に輝きながら、裏路地に巣食うスクラップクロスと呼ばれる薄汚れた魔物たちに襲い掛かる。

 逃げる端切れの魔物たちだったが、あっという間に光の糸で捕まり縫い上げられ、光の中へと消えていった。


 すべての輝きが消え失せた中、魔法の反動で翻ったスカートのすそを抑え、恥ずかしさ唇を噛む。


『やったゾン! さすがマジカルアパレルだゾン!』


 ゾンビスタイルのぬいぐるみが跳ねまわり、辰美の勝利を賞賛した。

 そんな不気味一歩手前のマスコットの賞賛を、マジカルアパレルこと辰美は聞いていない。

 愛らしい顔は羞恥で真っ赤だ。

 

「もうやだよぉ」


 辰美は女の子になっていた。

 本物のTSっ娘だ。


『もうそろそろ5年ゾン。そろそろ慣れてほしいゾン』


 マスコットが冷たい。

 ゾンビスタイルなので血が通っていないのだろう。


「5年間で何回お色直ししたんだよぉ。だんだん露出増えてくしぃ」


 スカート裾を摘まみ上げ、辰美は涙目で愚痴をこぼす。


 当初、短パンだったが、今は股下5cmほどのスカートである。上半身は可愛らしいく派手ではあるが、小さめのビスチェにパフスリーブだけ。もう一回、フォームチェンジとかいうパワーアップイベントがあったら、いったいどんな姿になってしまうのか。


 辰美は不安で仕方ない。


「ボク、男の子なのにぃ」


『くじけないで、マジカルアパレル!』


「うう、早く魔王を倒さないと……」


 魔王を倒せば、男に戻れる。そう聞いて辰美はこの5年間、身を隠し、姿を偽って、沙美という妹の名を使って生きてきた。


 そんな彼……彼女? に、財閥の捜索の手が、着実に伸びていた。


 とてもややこしい状況が、収束しつつある。


 辰美が沙美で、沙美が兄で、沙美が辰美で、辰美が女の子で、沙美が男の子で、辰美が魔法で女の子で、沙美が男の子だったけど女の子になったという設定で――。

これで長編を書くと、名前と立場兄弟の立場の設定が紛らわしくて混乱しそうです。

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[一言] 出オチモノ書かせたらこの作者天才ですね。
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