酒場で絡んできた女魔法使いがウザすぎる
今日もにぎやかな酒場の隅で一人、酒をチビチビと飲む。もうこの世界に来て一週間か。とりあえず分かったことは、この街にはギルドの依頼をこなして日銭を稼ぐ者ばかりで、魔王を倒すという目的を持った者はいないようだ。それどころか、
『魔王が復活する……? 何かの間違いじゃないのか?』
と、まともに相手すらしてもらえない。ここよりもっと大きな街に行けば、何か情報があるかもしれない。しかし――
「お兄さーん、一人ですかぁ? 私と飲まなあいー?」
近くで女の声が聞こえたと思っていたら、その声の主が俺の隣の席に座ってきた。
どう見ても泥酔している彼女はなんとか椅子に座れているものの、メトロノームのように頭が揺れている。この世界では珍しく、俺と同じ薄いアジア系の顔立ちに、茶髪のショートカット。小柄で幼く見えるが、酒を飲んでいる時点でおそらく、歳も俺と近いだろう。確かこの国では18歳から飲酒が出来たんだっけ?
「アナタハー神ヲー信ジマスカー?」
「前後不覚なくらい酔っ払ってるのに、いきなり宗教勧誘!? てかなんで片言?」
「うふー、冗談ですよぉ。お兄さん、名前なんて言うんですかー?」
ここまで酔っ払っていながら誰も介抱しに来ないということは、この女も俺と同じく一人なのかもしれない。なんか面倒臭そうな奴に絡まれちゃったな……
「人に名前を聞くなら、まずは自分から名乗るんだな」
「えー? もう、そんな怖い言い方しなくてもいいじゃないですかー」
小さな鼻や口とは対照的な大きくつぶらな目を潤ませ、こちらの目を覗き込んでくる。泥酔はしているものの会話は成立するようだ。どうせ宿に帰っても後は寝るだけだし、暇潰しにはなるかな。
「私、レカピリって言うんですよぉ。レイピアの『レ』に、風の『カ』に――」
「それ、電話で自分の名前の漢字を伝える時の名乗り方だから!」
「デンワー? なんですかそれー。お兄さんって変なのー。ふふっ」
顔中の筋肉をゆるめたように、彼女はだらしない笑みを浮かべている。何がそんなに楽しいんだ。
「色気があふれちゃって意外なのは分かりますけど、私、まだ19歳なんですう」
「お前の色気を貯める容器は、小皿くらいのサイズなのか?」
顔立ちのせいかもっと幼く見えるが、俺のひとつ年下なんだな。
「ほらぁ、私は名乗ったんですから、今度はお兄さんの名前を教えてくださいよお」
俺の腕を人差し指でツンツンしてくる。ウザイ……でもまあ、自分から言った手前、名乗らないのも悪い。
「皇誠だ」
「コーセー? 珍しい名前ですねえ。どこ出身なんですかぁ?」
素面の人間に説明しても理解してもらえるかどうかも分からないのに、こんな酔っ払いに言ったところで無駄なので、それとなく話題を変えよう。
「レカピ……言いにくいからレカ。レカはなんでこんなところで一人で飲んでるんだ? 連れはいないのか?」
「いないですぅー。ついさっき、パーティーから追放されたんで。ふへへー。私、魔法使いなんですよお」
どう見てもその辺の一般人だと思っていたが、彼女は魔法使いだったのか。てか追放って……コイツ、何やらかしたんだ? 今も充分変だけど、四六時中ヤベー奴なのか? 彼女がこれだけ酔っ払ってるのは、ハブられてヤケになってるからか。
「聞いてくださいよぉー! 私、何も悪いことしてないんですよ――」
あまり気が進まないが、彼女の話を聞く。彼女には元々、固定のパーティーメンバーがいたようだが、他の者は家庭の事情、自身に限界を感じた、ギルドが遠いなどの理由で冒険者を引退してしまった。ちょっと待て……最後のヤツ、バイト辞めるくらいの軽い理由だな。頑張ればなんとかなっただろ。
それは置いといて、話は続く。一人残された彼女は、また新たなパーティーメンバーを探し始めた。何やら口調がミュージカル調になってきたが、面倒臭いので触れないでおく。
「神よ、一人ぼっちの私をお救いなさ〜い♪ 日差しを遮る雲を晴らし、空に虹をかけたま〜え〜♪」
乗ってきたのか、大げさな振りがつき始めた。俺、彼女の一人ミュージカルを最後まで観ないといけねえの……?
「手短に頼む」
「かしこまりま〜した〜♪」
まだミュージカル調が抜けていないが、話に耳を傾ける。
彼女が新たに組んだパーティーは、駆け出しと自称する三人組だった。その三人は大きな街に行くための資金を貯めたいと言い、彼女は協力することにした。これをきっかけに、長く冒険を共にするパーティーになってほしいという期待も少し込めて。
「私ってこう見えて、誰かに頼られると頑張っちゃうタイプじゃないですかあ」
「知るか! さっき初対面だ」
「だから頑張ってたんですよねえ。そしたら――」
目標金額まであと少しとなった昨日、彼女はいつものようにパーティーメンバーと宿泊した。その次の日の今日、彼女が目を覚ますとそこはもぬけの殻。さらに彼女の所有物のほとんどがその場から消えていた。彼女は騙されていたのだ。
「私、最初、何が起こったのか全く分からなくてぇ。幸い、防具だけは残ってたので、さっきそれを売ってきました。もうお金もないですし、冒険者を引退して田舎に帰った方がいいんですかねえ……」
なるほど。自己責任でこうなったと思い込んではいたが、追放というよりは詐欺の被害者だな。彼女が一般客と同じような格好をしているのは、装備を全て売り払ったからなのか。あまりにも救いのない話に、なんて慰めの声をかけたらいいのかも分からない。そりゃあ、ヤケ酒をしたくなる気持ちは分かる。
「はあ……帰りたくないなあ」
「まあ、そんな理由で帰るのは悔しいよな……」
「いえ、私、地元が嫌いなんでえ」
「そっち!?」
なんだか闇が深そうなので、彼女の地元のことは聞かないでおこう。
……これはもしや、チャンスなのかもしれない。彼女の性格にさえ目をつぶれば、それなりに戦歴のある者とパーティーを組めるのは、願ったり叶ったりだ。しばらくの生活費と最低限の装備品の費用くらいなら、俺でもどうにか捻出出来るだろう。
「あのさあ」
「なんですかぁ?」
「もしレカが構わないな――」
「すいませーん、お酒おかわりー!」
「今、大事な話しようとしてたんだから聞けよ!」
思わず大きな溜め息が出た。いくら泥酔してるとはいえ、やっぱりコイツは性格に難がある。
「大事な話ってなんですかぁー? もしかして……愛のこ、く、は、く? ヤダー!」
「チゲェよ! 俺と一緒に冒険をしないかっていう提案だ」
「ほらぁ、やっぱり愛の告白じゃないですか。冒険だなんて……私、そういう燃えるような恋は未経験ですよお?」
ヤダ……コイツもうヤダ、面倒臭い。こんな魔法使いというより、脳ミソに何かヤバイ魔法をかけられたような奴を相手にするくらいなら、他を当たる方がマシだ。
会計をしようと席を立とうとすると、彼女に腕を掴まれた。
「コウさん、どこ行くんですかあ?」
「もうお前の相手に疲れたから帰るんだ」
「あなた、さっきの一緒に冒険しようって言ったのは嘘だったの……?」
別れ話を切り出された時の恋人みたいな目をやめろ。可哀想に見えてくる。
なぜか彼女もすっくと立ち上がり、空いている右手で俺を指差した。
「あのー、皆さん。この人、私を散々もてあそんだ挙げ句、捨てるつもりですよー!」
「やめろや!」
そう言ったら、マジで痴情のもつれに見えるから勘弁してほしい。周りの客もザワザワするな。
「あ……大丈夫です。コイツ、さっき初対面でデタラメ言ってるだけなんで。気にしないでください。ははー……」
なんでこんな弁明をしないといけないんだ……俺、一瞬にしてクソ野郎に捏造されるとこだったぞ?
なんだかどっと疲れたので席に座り直すと、彼女も俺に引っ張られて腰を下ろした。
「コウさん、なんだかゾンビの下っ端みたいな顔色してますねえ」
「お前のせいだ! え、下っ端とそれ以外って色違うのか?」
「それより、さっき言ってたことホントなんですかあ? 私、今、なんにもないですよぉ?」
冷静に考えれば、彼女とパーティーを組むかどうかを即決する必要はない。素面の時にまた、ゆっくり話し合えばいい。それなら善は急げだ。彼女に興味がありそうな……というか、そんな奴は俺以外にいるとも思えないけど、囲い込まなくては。
「俺、レカと素面の時に話がしたいんだ。今日の宿代は俺が出すから来ないか?」
彼女はぼんやりと俺を見つめた後、口を開いた。
「じゃあ、一杯おごってくださーい」
「は? お前、今飲んでるヤツ、ほとんど余ってるじゃねえか」
「なんだかよく分かんないですけど、コウさんは私の力が必要なんでしょお? だったらそれなりの誠意を見せてくださいよー」
確かに彼女の言うことは一理あるけど、既にベロベロなのにまだ飲むのか……
「しゃあねえなあ……一杯だけな」
「やったー! 今日は宴じゃー!」
彼女はそう言って、木のジョッキを高らかに掲げた。ほんの少し前までヤケになってたくせに、よくもまあこんなに切り替えが早いもんだ。
■□■□■
結局、あれからさらに一時間粘られて、やっとレカをいつも泊まっている宿に連れてきた。
「男性と二人きりでひとつ屋根の下! これは何か起こる予感しかしないですねえ」
フロントで彼女は自身の肩を抱き、クネクネと身体を揺らしている。終始ウザイな……
「お前、ことあるごとに女を出すんじゃねえよ! 受け付けのオバチャンが死んだ魚みたいな目をしてるからやめろ」
レカは放っておいて、受け付けの帳簿に記帳する。
「あのー……一人部屋でいいんで、料金負けてもらえません?」
生活費を払うつもりではあるが、余裕があるわけではない。節約するに越したことはない。
「しょうがないねえ。お連れさんの分は半額で――」
「いくら私と密着したいからって、一人部屋だなんて……!」
「お前は黙ってろや!」
マジでコイツを外に捨ててきて俺だけ泊まりたい……彼女の襟首を掴んで部屋まで引きずっていった。
□■□■□
「あれだけ自分の心配をしてたくせに、速攻で寝てるじゃねえか!」
部屋に着くや否や、レカはベッドに飛び込むと、そのまま大の字俯せで寝息を立てだした。窒息死されても困るので、黒い服を着た彼女をひっくり返したら、色白の顔があらわになる。人間リバーシかよ。
なんとなく彼女の顔を眺めてみる。正直なところ、こういう可愛らしいタイプは好みだ。性格が残念すぎるが。
部屋の隅に移動して、石の床に腰を下ろす。快適ではないが、彼女が静かということだけで落ち着く。素面の時は多少はマシなのだろうか。もし彼女とパーティーを組むと、騒がしい冒険になりそうだな。と、思いながら目を閉じる。
■□■□■
「キャー! 一体、敵対、変態ー!」
朝はやかましい叫び声を目覚まし時計代わりに始まった。「タイ」で韻を踏むテクニックも聞かせられながら。
「……んっだよ、うるせえな」
「お兄さん、何者!?」
コイツ、マジで昨日のことをなんも覚えてねえのか? 仕方ない。俺がレカに出会ってから今までのことを説明してやる。
「――なるほど。そう言われれば、所々はうっすら思い出しました……ご迷惑をおかけしてホントにごめんなさい」
彼女は昨日の泥酔ぶりからすると、まるで別人のように素直に頭を下げた。なんだ、普段は結構いい子じゃん。
「まあ、別に大したことじゃないから気にしなくていいよ。で、俺とのパーティーのことはどうする? 冒険者を続けるにしても辞めるにしても、レカはレカでやりたいことがあるだろうし」
顎に手を当て、彼女は「うーん……」と唸りだした。寝起きで頭が働かないだろうし、即決してほしいわけではないが。
「私はただ仕事として冒険者をやってたので……詳しくは分からないですけど、コウさんはそうじゃないんでしょ? 私、役に立てますかねえ?」
「ギルドの報酬だけで食えてたんだろ? 駆け出しの俺からすると、それだけでも充分スゴイと思うぞ」
「うふふー、そうでしょそうでしょ! 私、生まれながらのサイショクケンピなんでー」
「才色兼備な。ケンピってなんだよ、芋以外に聞いたことねえよ。てかお前、美女じゃねえし」
一瞬でも彼女をいい子だと思ったのが間違いだった。普通にコミュニケーションを取れるだけでもだいぶマシだけど、素面でもコイツがウザイことには変わりないんだな。
「むー……とにかく今日の宿代は絶対に返すので、今から一緒にギルド行きません?」
今から? 昨日、あれだけ泥酔してて身体は動くのだろうか。まあ、俺と違って冒険には慣れてるだろうから、余計な心配なのかもしれないけど。
俺はしばらく考えた後、今日、彼女とギルドの依頼を共にすることに決め、荷物をまとめ始めた。
□■□■□
レカは俺が見たことのないモンスターに雷や風の魔法を浴びせ続け、彼女との初陣は俺がほとんど出る幕もなく終わった。コイツ、ツエー……
ギルドに帰ってきて、俺たちは併設の食堂にあるテーブルについた。立て替えておいた宿代、道具代、装備代は一日にして50%増しで返ってきた。
「ホント、今日はすいません……昨日のお酒が残ってて、ちょっと身体の動きが鈍かったです」
え? モンスターが可哀想に思えるくらいに圧倒してたぞ! あれで本調子じゃねえの?
さておき、彼女に借りは返してもらったし、これから先、俺と冒険を共にするかどうかは彼女の自由だ。理解してもらえるとは思えないけど、俺の素性を明かしておく必要はあるな。
「今から俺がなんで冒険者をしてるか話すから、聞いてくれるか?」
「はい。私も気になってるので聞かせてください」
俺は自分が異世界転移者であること、魔王を倒さなければ元の世界に戻れないこと、そのために共に冒険をしてくれる仲間を探していることを話した。彼女は大人しく話を聞いているが、小首を傾げている。そりゃ、こんなことをすぐに信じろと言われても無理だろう。
「……ってことは、コウさんは『勇者』なんですか?」
「んー……まあ、一応そういうことになるんじゃねえかなあ」
改めて自分が勇者なんだと思うと、なんだかおかしくて仕方ない。俺は自分の意思でここに来たわけではないのだから。
「だったら、コウさんになら『伝説の剣』が抜けるはずですよね?」
「伝説の剣だあ?」
彼女は歴史の授業で習ったという、伝説の剣のことについて話し始めた。今から四百年前、この世界が魔王の力によって支配されそうになった時、勇者が颯爽と現れて魔王を倒し、世界に平和が訪れた。その時、勇者が手にしていた剣は、神に選ばれた者しか真の力を引き出せないらしい。
なんかこういう話って、ファンタジーとしてはスゲーベタだな……
「私、もしコウさんがその剣を引き抜くことが出来たら、パーティーを組んでもいいですよ。『勇者と冒険を共にした美女魔法使い』なんて噂されて、有名人になったらどうしましょー。うふっ」
「美女は余計だ。てかお前、下心丸出しだな……」
まあ、理由はなんにせよ、彼女が仲間になってくれるならなんでもいいか。
「で、その伝説の剣ってのはどこにあるんだ?」
「この街の外れです」
「近っ!」
いや、そういうのってさ、普通、険しい山の頂上にあったり、深い洞窟の奥にあったりするもんじゃねえの……?
「今日はもう遅いので、明日の朝に決行しましょう! 今夜は私と相部屋じゃなくていいんですか? 一人で大丈夫?」
「急に五歳児を心配するオカン目線やめろ……じゃあ、明日の朝、ここに集合な」
今日はここで解散するつもりだったが、宿については彼女の方が詳しいので、結局、同じ宿の別の部屋に泊まることになった。
■□■□■
次の日の朝、俺はレカと一緒に伝説の剣があるという街の外れに来た。昨日彼女が話していたとおり、大きな岩の真上に豪華な作りの柄をした剣が刺さっている。正直なところ、彼女の話は信じていなかったが、その圧倒されるような雰囲気に存在を認めるしかない。
「マジでこんな近くにあるんだな……」
「ほら、私の言ったとおりでしょ? 早速、抜いてみてくださいよ。ゆ、う、しゃ、さ、まっ」
ホント、調子のいい奴だな……
俺は岩の上に乗り、剣の柄に手をかけて、ふと考える。ファンタジーのアニメとかゲームだと、この瞬間ってかなり重要な場面だよな? ちょっとカッコつけた方がいいのか?
彼女はなぜか両手を合わせて目を潤ませ、いかにも自分がヒロインのように俺を見つめている。よし! こういう時くらいはそれっぽく振る舞ってやるか。
「レカ、勇者が勇者であると証明する瞬間を、その目に焼きつけるんだな」
「はい! 勇者様っ」
柄を握り、その手に力を込める。一気に! ……あれ? 抜けない。
「んー! うぬー!」
両手で握り直して目一杯力を入れても、足をかけても体重をかけても、剣は微動だにしない。どうなってんだこれ……
「……コウさん、どうしました?」
「今、動いた気がするからもうちょっと待ってくれる?」
いくら俺を見ているのが彼女だけとはいえ、これだけカッコつけていながら「抜けませんでした」は、さすがにダサすぎる。簡単に引き抜いて、剣先を天に向ける予定は変更だ。こうなりゃ、どんな手段でもいいから抜いてやる。
剣相手に悪戦苦闘していると、近くに馬車が通りかかって止まった。
「おーい! そこの青年、何してるんだ?」
馬車の上から口ヒゲを生やした中年くらいの男が声をかけているのは、明らかに俺だ。
「えっと……この剣を抜いてみようかな、なんて。はは」
「その剣を抜いてどうするつもりなんだ? それは『街おこしのために作られたランドマーク』だ。壊れるようなことはやめて、眺めるだけにしてくれないか」
「……ランドマークだ!?」
その時、吹き抜けた風はやけに冷たく感じた。
□■□■□
「お前、絶対許さねえからな……」
「ひっひー! ごめんなさいって! 私、この街に来たばかりで知らなかっ、ふふ、あっはは!」
伝説の剣が作り物だと知ると、俺とレカはランドマークを後にしてギルド併設の食堂に来た。彼女はお詫びに朝食をおごってくれたが、何を食べても味がしないほどはらわたが煮えくり返っている。
「勇者が勇者であると証明する瞬間を、その目に焼きつけるんだな……って! ふふ」
彼女は俺がしてもいなかった大げさな身振り手振りをしながら、ランドマークでの出来事をコケにしている。お前もノリノリだったじゃねえか……
「で、これからレカはどうすんだ? 現時点で俺が勇者だと証明することは出来なかった。やっぱり、ただの駆け出し冒険者とパーティーを組む気はないんだよな?」
「いえ、そんなことはないですよ」
「おっ?」
予想とは真逆の反応に面食らう。彼女が俺とパーティーを組むメリットはないはずだ。
「コウさんは私のことを、自分の利益だけで動く人間だと思ってます?」
「え? そうじゃねえの?」
彼女は右腕を真上に伸ばし、そこから風切る音が鳴るほどの勢いをつけて人差し指を俺に向ける。人を指差すな。
「私を侮ってはいけませんよ! ここまで慈悲深い女に何を言ってるんですか」
「お前、脳ミソだけ別の時間軸からすげ替えてきただろ」
「私、コウさんとなら楽しい冒険が出来るんじゃないかって、本気で……ううん、まあまあ思ってます」
「なんで程度の弱い方に言い直した?」
「だから、改めて私からお願いさせてください。コウさん、私とパーティーを組みましょう!」
俺を指差していた手が開き、握手を求める形に変わる。急展開すぎて頭が追いつかないが、とりあえず彼女と固い握手を交わした。
早速、彼女になぜ俺とパーティーを組む気になったのかを聞いてみる。彼女は田舎に帰るしか選択肢がなかった自身に、俺がまた冒険者を続ける選択を与えてくれた時点で、俺とパーティーを組みたいと思っていたらしい。いやいや、それだいぶ前の話じゃねえか……だったら早よ言えや。
「ほら、乙女心は複雑というか……」
「そんな乙女心、ドブに捨ててこい」
無駄に時間を費やしてしまったが、彼女が一緒に冒険をしてくれると決まったのだから、細かいことは気にしない。
「よし! そうと決まったら、今からコウさんを鍛えますよ。いくら同じパーティーとはいえ、足を引っ張られるのだけは勘弁ですからね」
「急に辛らつだな……まあ、そこは頑張るけど」
■□■□■
それから一ヶ月、俺はレカにみっちりしごかれることになった。最初はとにかく死なないためにモンスターから逃げ回ることしか出来なかったが、三週間も過ぎた頃には彼女のサポートくらいは出来るようになっていた。
この街を発つ日を明日に控え、俺たちは酒場で飲む。もちろん、彼女が泥酔しないようにしっかり見張っていながら。
「コウさん、だいぶ戦闘に慣れてきましたよね。最初はママの後ろにくっついてたのが、こんなに大きくなって……」
「お前は親戚のオバチャンか。まあ、レカには感謝してるよ。俺一人だったら、こんなに短期間でここまで戦えるようにはなってないだろうし」
ホント、普段はウザイだけしかないんだけど、戦闘に関してはまだまだ追いつける気がしない。やはり、彼女とパーティーを組んで正解だったと思う。
「うふふー、そんなに褒められると私、困っちゃいませんー」
「困れよ。お前、今すぐ謙遜を探す旅に出ろ。一人で」
「またまたー。私がいないと寂しくて、いつもより多めにおかずを作っちゃうの知ってるんですからね」
「俺は想像彼氏持ちの20代女か!」
「そんなことより、コウさんが元いた世界ってどんな感じなんですか? 私の知らないことがいっぱいあるんでしょうね。行ってみたいなあ」
彼女が俺の元いた世界に行くことは、おそらく叶うことはないだろう。そう思うと、なんだか急に自分が、この世界にとって異分子のように感じてきた。
「今から俺の元いた世界のことを話してやるよ。酒を飲みすぎないようにしてちゃんと聞くんだな」
「おー! 聞かせてください」
そんなこんなで夜は更けていく。
□■□■□
次の日の朝、俺とレカはギルドに来た。彼女が「馬車の護衛」の依頼を受け、俺たちは外に出る。彼女が言うには、隣街まで移動する馬車の護衛をするついでに、自分たちも運んでもらおうということだ。確かにそれなら、馬車を手配する費用が浮くどころか報酬がもらえて移動まで出来る。一石二鳥だ。
ギルドの前に停まっている馬車の荷台には、恰幅な中年くらいの男が既に乗って待っていた。傍には大きな麻袋が置かれている。商人か何かだろうか。
「お待たせしました。本日、護衛をさせていただくレカピリと申します」
「皇誠です」
俺たちは男に頭を下げ、荷台に乗り込む。
「あー、よろしく頼むよ。君たちはこういう依頼はよく受けてるの? ――」
彼女は慣れた様子で男と会話を始めると、馬車が動き出した。特にすっとんきょうなことは言わず、時々相づちを打ちながら男の話を聞いている。仕事中はホント、まともだよなあ。普段、もう少し真面目なら可愛いのに。
問題なく馬車が進んでいく。俺は小さくなっていく街を背に、胸の奥底から何か得体の知れない期待を感じていた。もう既になんかいろいろあったけど、俺の冒険はまだ始まったばかりなんだよな……
しばらくして彼女は男との会話を切り上げ、俺の隣に座った。
「こんなことを聞いていいのか分からないんですけど……」
「どうした?」
彼女は珍しく口を真一文字にして、真剣な表情をしている。もしや、モンスターの気配か? それとも盗賊?
「……コウさんって、犬と猫ならどっち派ですか?」
「シリアスどうでもいい!」
コイツ、やっぱり変な奴だよなあ。これから先の冒険がちょっと不安になってきた……
「私はどちらかというとウサギ派なんですけど――」
「ウサギどこから出てきた!? てかその話、今しなきゃダメ……?」
――完。