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フクロウ仮面  作者: さいとうばん
3/16

第三話

「フクロウ仮面……だと?」


 名乗ったあとで、もうちょっとマシな名前はなかったのかと思ったが、今は考えつかない。

 それに女は凍りついたようにあたしを見たまま動かない。効いてる! ビビってる! 

(早く出て行きなさいよ……)

 あたしは背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。


「フフッ……そのマスク、〈鷲の戦士〉か!」女がぞっとするような声で笑い出した。

 ――〈鷲の戦士〉? 何それ? フクロウだって言ってんじゃない!

 それよりも思い違いをしてたみたいだ。この女、ビビってなんかいない!

「こんなところで、五百年前の借りを返せるとはな……」

 女がわけのわからないことを口走る。


 ――五百年前? どうやらこいつ、まともじゃないみたいだ。

 もっとも高校の文化祭に乱入してくる奴が、まともなはずないか。

「忘れたとは言わせん! 今日こそ貴様を八つ裂きにしてやる!」

 女は地面を蹴って、言葉どおり爪を立てて上空から襲いかかってくる。

 間一髪で攻撃を避けると、女の爪があたしのポンチョを引き裂いた。

 借り物の衣装なのに! あたしはポンチョを脱ぎ捨て身構えた。


 女の爪が左右から連続で襲ってきたが、あたしはバックステップで攻撃をかわした。

 驚くほど体が軽い。まったく当たる気がしない!

 突然、背中に固いものがぶつかった――正門のそばに植えてある梅の木だ。

 あらっ? 調子に乗ってたら追い詰められたみたい!


「そのマスクごと、顔面を引き裂いてやる!」

 女の爪が伸びてくる。それでもあたしの心は、不思議なほどに落ち着いていた。

 あたしはジャンプして、頭上の枝をつかんだ。

 逆上がりして枝に乗ると、女の爪が木の幹を深くえぐる。

「うぬっ!」


 女が振り返る前に、あたしはその背後に跳び降りた。間髪入れずに左足を振る。

 ――あたしには格闘技の経験はない。喧嘩で誰かを蹴飛ばしたこともない。

 そんなあたしが躊躇なく、目の前の女を蹴ろうとしているのが自分でも不思議だ。

「ハチャ・ピエルナ!」

 聞いたこともない言葉が自然に口から出る。左足が女の喉元を狙って弧を描いた。


 しかし、女は姿勢を低くしてあたしの攻撃をかわす。

 あたしは脛を思いっきり木の幹にぶつけた。それでも痛みはまるで感じない。

「フン!」

 女が得意気に笑う――その背後で軋むような音が聞こえた。

 それなりに太さのある木が傾いて、ゆっくりと地面に倒れる。

「何……!」

 今度こそ女は焦っているみたいだ。

 あたしがもう一発かましてやろうと構えたとき、校舎から三時を告げるチャイムの音が響いた。


「おい、テメーッ!」

 同時に、辰美の声が聞こえた。後ろにはプロレス同好会と母の姿もある。

「フン……まあいい、目的は果たしたしな」

 女はそう言うと、正門に向かって駆け出した。そのあとを辰美たちが追いかけていく。

 この人数なら、あの女をつかまえて正体を暴けるかもしれない。

 あたしも辰美たちのあとを追って正門を出ると、女の姿を探した。


 路上には黒塗りのスポーツカーが停まっていた。女はその前で悠々と笑みを浮かべている。

「畜生、てめえ何者だ!」

 辰美が叫んだ。

「ジャガー魔人……とでも名乗っておこうかしら。今日は楽しませてもらったわ」

 女が運転席に滑りこみ、エンジンの轟音が響く。

 追いつく前に、車は風のように走り去った。鏑木先輩が怒りもあらわに口走る。

「ジャガー魔人……だと? ふざけた名前だ!」

「……で、あなたはそのお仲間?」

 あたしの背後から、ぞっとするような声が聞こえた――母だった。

 口調は穏やかだが、目は笑っていない。そこに辰美たちも加わって、あたしに迫ってくる。


 ――ああ、これはあれだね。ヤバいね。

 マスクを脱いで正体を明かそうと思ったが、それはそれでトラブルの予感がする。

 だとすると、とるべき行動は一つ。

「さらばだ!」

「あっ! 待てっ!」


 あたしは校内に駆けこむと、みんなに追いつかれる前にフェンスを跳び越えた。

 運動神経はまああるほうだけど、やっぱりこのジャンプ力はおかしい!

 だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 校舎裏に続く複雑な道を走って、ゴミ処理用の焼却炉までたどり着いた。

 そこでマスクを脱ぎ、ジャージのポケットに突っこむ。

 まさかこの作戦を辰美たち相手にやるとは思わなかったよ!

 あとは何食わぬ顔で表に出れば……って、あれ?


 なんか――体が重い? 

 さっきまであんなに動けたのに、今は足を踏み出すことすらできない。

 それどころか目蓋までだんだん重くなってきた。

 しっかりしろ、あたし……ダメだよ、こんなところで倒れちゃ。こんなところで……。


 ――灰色の、石の階段がどこまでも続いていた。

 そこを駆け上がるあたしを邪魔する連中がいる。ジャガーのマスクをかぶった連中だ。

 何人、何十人なんてもんじゃない。何百、何千もの黒覆面が階段に群がっている。

 男もいれば、女もいる。それがいっせいに襲いかかってくる。

 でも、あたしも一人じゃない。同じ鳥のマスクの仲間たちが守ってくれている。

 戦いが始まった。あるものは素手で、あるものは棍棒で、あるものは石斧で。

 男が石斧を振りかざしてきた。木の盾でそれを防ぐと、盾が真っ二つに割れる。

 男を蹴り飛ばすと、顎の骨が砕ける嫌な感覚が爪先に伝わってきた。

 右の女を殴り倒し、左の男を蹴り落とし、あたしは上へ、上へと登っていく。

 傷だらけになって頂上にたどり着くと、そこには石の祭壇が置かれていた。

 祭壇に横たわっているのは、あたしと同じくらいの女の子だ。

 長い髪に隠れて、顔はよく見えない。

 その向こうに、やはりジャガーのマスクで顔を隠した女がいた。

 女の手に握られているのは、黒曜石の刃がついたナイフだ。

 女はナイフを振りかざし、祭壇にいる子の胸に突き立てようとしている。

 あたしは何か言おうとしたんだけど、声が出ない。

 祭壇の子があたしに気づいて、ゆっくりとこっちを向いた。

 その顔を見て、あたしは凍りついた。

 ――辰美!

 全身が震えた。あたしは祭壇を跳び越えて女に躍りかかる。

 女のナイフがきらめいて、あたしの左足に深々と突き刺さった。


「ぎゃああああっ!」

 激痛に目が覚めて、あたしはベッドから転がり落ちた。

 ――ベッド? なんでここに?

 そこは真っ暗なあたしの部屋で、あたしはTシャツにジャージのままだった。

 明かりをつけようと立ち上がると、再び左足を激痛が襲う。

「ふぉごおおお!」

 乙女が出しちゃいけない声を出しながら、あたしは床にうずくまる。

 声が聞こえたのか、母が部屋に飛びこんできた。


「舞依! 大丈夫なの?」

 母が明かりをつけたとき、あたしは左の脛をさすっているところだった。

 ジャージの裾をまくってみると、脛が紫色に腫れあがっている。

「どうしたの、その怪我!」

「いちいちオーバーだよ。どこかでぶつけたんだと思うよ……多分」

「あなた、氷嚢持ってきて! あと包帯も!」

「あ、ああ!」

 後ろにいた父が階段を駆け下りていく。スポーツショップだから、その手の道具には事欠かない。

 脛を氷嚢で冷やして、きつく包帯を巻くと少し楽になった。


「今夜は足を高くして寝なさい。明日は学校休みでしょ? 骨は折れてないと思うけど、念のために医者に診てもらいなさい」

 元プロレスラーだからか、怪我の処置には慣れているようだ。

 だけど、あたしにはそれより気になることがあった。

「お母さん……あたし、どうしたの?」

「校舎裏で倒れてたのよ。色々あったから疲れちゃったのね」

「……文化祭は、どうなったの?」

「何もなかったわ……うん、無事に終わったわよ」

 母が一瞬、口ごもった。

 ――嘘だ。あれだけの騒ぎでただで済むはずがない。

 辰美も相当落ちこんでるだろうな。あとで電話でもしよう。


 母が出て行ったあと、フクロウのぬいぐるみをベッドに乗せて、その上に足を置いた。

 ふと、ジャージがかさばるのが気になった。そういえば例のマスクをポケットに入れたままだ。

 引っ張り出して広げてみると、鋭く切り抜かれた両目と目が合う。

 あたしはマスクをかぶっていた間のことを思い出した。

 高いフェンスを跳び越えるジャンプ力。樹木をへし折るキック力。

「夢だったのかな……あ痛つつ!」

 夢じゃない……痛む左足がそれを教えてくれた。


「これって、みんなこのマスクのせい? かぶると無敵になる魔法のマスクとか?」

 あたしはなんとなく、マスクをかぶってみた……が、別に強くなった気はしない。

「当たり前よね。そんなことあるはずないじゃない。これはきっとあれよ、追い詰められて必死になったときに出る、火事場のナントカってやつよ」

《いや。私が力を貸したのだ》

 ――男の声が聞こえた。


 あたしはベッドから跳ね起きた。

 とたんに激痛が襲ってくる。足だけじゃなく、全身がひどい筋肉痛だ。

「あ痛たたたたたッ!」

《……何をしている?》

 まだ声が聞こえる。床を這いながら窓までたどり着き、カーテンを開けたが誰もいない。

 ベッドの下をのぞきこんだが、雑誌が積み重なってるだけだ。

「どこ? どこにいるの? 出てきなさいよこの変態!」

《へ、変態とはなんだね!》

「いくらあたしが可愛いからって、人の部屋に潜りこむなんて……お母さんに見つかったらただじゃ済まないわよ! あっ、それともお母さんの熱狂的なファン?」

《君の言っていることがわからない……もしかして、私のことを言っているのか?》

「他に誰がいるのよこの変態! さあ早く出てきなさい!」

《心配するな……ここには誰もいない。私がマスクを通じて、君に話しかけているのだ》

「……はああ?」

《自己紹介をすべきだったな。私の名はケツァルコアトル。メキシコの守護神だ》


 再び階段を上がってくる足音が聞こえた。

 マスクを脱いでベッドの下に突っこむのと同時に、母が再び部屋に入ってくる。

「どうしたの舞依!」

「べべべべ別になんでもないよ! ただベッドから落ちただけ!」

「何か声がしたみたいだけど?」

「それはあれよ、ほら、辰美に電話しようとしてたから!」

「あまり辰美ちゃんを責めないでね。あの子のせいって決まったわけじゃないから……」

 母は顔を曇らせて言った。


「……」

 あたしが言葉を探しているうちに、母が部屋を出て行く。

 やっぱり、問題なく終わったというのは嘘だったんだ。文化祭は台無しになったに違いない。

 しかもそれが全部辰美たちのせいにされたみたいだ。

 あたしはベッドの下からマスクを引っ張り出すと、深呼吸をして頭からかぶった。

「さあ、メキシコの守護神かなんだか知らないけど、いるんなら出てきなさいよ……」


《――どうやら、わかってもらえたようだな》

 同じ声が聞こえてきた。やはり気のせいじゃない!

「わからないわよ。わからないから聞いてるの。今度の騒ぎはあんたのせい?」

《君たちの祭典を邪魔してしまったのは、申しわけないと思う……だが信じてくれ。私は奴を止めるために、この国までやってきたのだ》

「やってきた? どういうこと? 奴って誰よ?」

《順を追って話そう》

 声は静かに語り始めた。


《今から五百年前の話だ。かつてアステカという国があった――今のメキシコだ。そこに二人の神がいた。一人は私、ケツアルコアトル。もう一人はテスカトリポカといった》

「……それで?」

《われわれの統治で、アステカは大いに栄えた。だが、残酷な文化があった。生贄として、生きた人間の心臓を太陽に捧げるのだ》

「ゲッ! 何それ?」

《君がそう思うのも無理はない。文明国には不要の儀式だ。生贄を求めて戦争を繰り返し、国は荒れた。私はその愚かな行為をやめる決意をした。だが、テスカトリポカは同意しなかった。われわれの間で戦いが始まった……私が率いる〈鷲の戦士〉と、テスカトリポカ率いる〈ジャガーの戦士〉は激しく争った。長きに渡る戦いの末、われわれは勝利し、奴を追放した……》


「そうして、アステカは新しく、メキシコという国に生まれ変わったわけね」

《そうだ。だが奴はまだ諦めていない。新たに戦士を集め、メキシコを支配し、残酷な儀式を復活させようとしている……私は、奴らを倒す力を秘めた〈鷲の戦士〉のマスクを、世界中に撒いた》

「その一枚が、このマスクってわけね……それじゃあ、同じものが世界中にあるってこと?」

《うむ。もっとも、力を必要としないものには、ただの飾りに過ぎないが》

「じゃあ、あたしがあんなに動けたのは……」

《君がその力を必要としていたからだ。そのマスクは、かぶったものの身体能力を極限まで引き出すことができる……ただし、限界もある》

「限界?」

《一流の戦士が何年もかけて鍛える力と技を、一瞬で引き出すのだ。鍛えていないものがかぶれば当然、肉体に相応の負担がかかる。君なら……そうだな、持って五分というところだ》

「五分ねえ……ひょっとして、この筋肉痛ってそのせい?」

《そういうことだ》

「何よそれ! そういうことは先に言ってよ……痛たたた!」

 筋肉痛が再びあたしを襲う。そのとき、ふと疑問が浮かんだ。

「……ひょっとして、あの女がかぶっていたマスクにも同じ力があるの?」

《そのとおり。奴がかぶっていたものこそ〈ジャガーの戦士〉のマスクに他ならない》

「でも、あいつ結構な時間暴れてたじゃない!」

《それだけ鍛えている、ということだ。君も鍛えればそうなれる》

「別になりたくないんだけど」

《しかし、いつまた〈ジャガーの戦士〉が襲ってくるか……》

「そこがわからないってのよ!」

 あたしはいちばん疑問に思っていることを聞いた。

「どうして五百年前のアステカの戦士が、日本の、高校の文化祭に乱入してくるわけ? なんなの? バカなの?」

《それは私にもわからん》

「うっわあ、役に立たない」

《君、私はこれでも神様なんだよ……もう少し言葉遣いというものをだね》

「いい? 変なマスクをかぶった女が、文化祭をメチャクチャにして、それが友達のせいにされてるのよ? あんたも関係してるんなら、たとえ神様でも許さないからね」

《なるほど。友と学校を大切にしているのだな……君が力を得られたのは、そういうわけなのだな。フフフ……》

 その言葉には、どこか親しみがあった。案外、悪い奴じゃなさそうだ。


《話の続きだが……たとえば、〈ジャガーの戦士〉の力を、現代の誰かが手に入れたとしよう。そいつが君の学校に何か恨みを持っているとしたら?》

「えっ?」

 あたしは頭をフル回転させる。

「まあ……ときどきハメを外して先生に怒られる子もいるけど、基本的にそこまで厳しくないしね。イジメられてるような子もいないし」

《他の学校は、どうだ?》

「う~ん……かなり離れた場所にミリオン女学園ってのがあるけど、あそこ全寮制だし、町で出会ってトラブることもないからなあ……」

 考えたら頭が疲れてきた。

「まあ、話としては面白かったわ。それじゃあね」

《まるで別れの言葉みたいじゃないか》

「みたいじゃなくて、そのものよ。安心して。ちゃんとメキシコに送り返してあげるから」

 あたしはマスクを脱ごうとした。

《ま、待ちたまえ! このマスクの力なしでは、〈ジャガーの戦士〉は倒せん!》

「あいにくだけどね、あたしにはそんな力必要ないの! メキシコを支配するだのなんだの、あたしには関係ないから。あたしは普通に暮らしたいの!」

《そうか。それならば、無理にとは言えんな……ただ最後にこれだけは言わせてくれ》

「……何よ」

《このマスクは“鷲”のマスクだ。決してフクロウなどでは……》

「別になんだっていいじゃない! フクロウ好きなんだから! 同じ猛禽類でしょ!」


 マスクを脱いで、ベッドの下に放りこむ。急に部屋が静かになった。

「そうだ。辰美に電話しなくちゃ……」

 スマホを手にとって、辰美に電話してみる。辰美は出なかった。


 翌朝起きてみると、左足の腫れは引いていた。

 それでもひどい筋肉痛だ……これもみんなあのケツなんとかのせいだ!

 今日は文化祭の振替休日だ。病院に行ったところ、やはり骨は異常ないそうだ。

 スマホをいじりながら休日を過ごした。

「ハチャ・ピエルナ……スペイン語で〈脚の斧〉。レッグ・ラリアットとも言う……ってなんであたしプロレスのサイトなんて見てるの!」

 われに返って画面を閉じ、辰美に送ったLINEを見てみる。既読にすらなってない。


 さらにその翌日。さすがに辰美のことが心配になってきた。

 それでもきっちりお腹が空いているのはわれながら情ない。

 山盛りのベーコンエッグをお腹に入れて、牛乳をガブ飲みすると父が眉をしかめる。

「最近やけに食うな。昨日の夜もカレーを三杯食ったし」

「いいでしょ。なんかお腹が空くのよ」


 そのとき、父の読んでいるスポーツ新聞の記事が目に入った。

 それは大勢の観客にかこまれたプロレス会場の写真だった。

 リング中央に倒れている女の子に向かって、もう一人髪の長い子が宙を飛んでいる。

「お父さん、それ!」

 あたしは新聞をひったくるようにして記事を読んだ。


【ミリオン女学園学生プロレス、大盛況のうちに終わる

 先日、ミリオン女学園の学園祭で、午後三時より開催された学生プロレスが盛況のうちに幕を閉じた。当初は観客もまばらであったが、メインの第三試合が始まるころには、学園内の特設リングは大勢の観客で埋めつくされていた。メインに登場したのは学園理事長の娘であり、才女として名高い三年生の加賀翔子と、プロからも注目されている二年生の鷲崎友美の一騎打ちである。筆者もたかが学生プロレスとタカをくくっていたが、いざ試合を目の当たりにすると驚いた。これだけ密度の濃い試合は、今日プロのリングでも滅多にお目にかかれない……】


 あとはいかに試合が白熱したかに始まり、文武両道を実践するミリオン女学園の教育がいかに素晴らしいか、このような学校に子供を預けた親御さんはさぞかし鼻が高いだろう――などとわざとらしいほどの賛辞が並べられていた。


「へえ……ミリ女みたいなお嬢様学校でもプロレスなんかやるんだ」

 あたしはため息をついて、新聞を父に返した。まったく、世の中どうかしてる。

「なんだ舞依、プロレスに興味がわいたのか?」

「そんなわけないでしょ。うちの学校の記事かと思っただけ。同じ日に学園祭やってたんだね。全然知らなかった」

「まあ、あれだけ駅から離れてると、宣伝もしづらいだろうな……で、こうやって新聞に記事を載せてもらってるわけだ」

「はあ? 意味がわかんない。いい試合だったから新聞に載ってるんじゃないの?」

「普通、学生プロレスなんて記事にならないよ。ミリ女ほどお金があれば別だけど」

「ハア……結局お金なのね」

 今朝二度目のため息をついたとき、ふと気がついた。


 ――あたしはなんで、この記事をうちの文化祭だと思ったんだろう?


 楽女には写真に写っているような立派なリングはない。そもそも当日、まともな試合もしてない。

 それなのに、記事を見た瞬間に、うちの学校のことだと思ってしまった。

「う~ん……」

「舞依……遅刻するわよ?」

 考えるほどにわからなくなる。母から弁当を受け取って、部屋に戻った。


 ベッドの下から例のマスクを引っ張り出す。

 改めて見ても、こんなのに神様が宿っているなんて信じられない。

 もう一度かぶる気にもなれないし、カバンに入れて家を出た。

 学校に着くと、玄関の掲示板に人だかりができている。

「何々? どうしたの?」

 あたしは何気なく掲示板をのぞいて、息を飲んだ。


【左記の活動を無期限停止処分とする

 ――プロレス同好会――

 後楽女子高等学校事務室】

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