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第九章 激 突

大変申し訳ありませんでした。

一身上の都合により長らく休載しておりました。

今後は以前のように週一ペースでの連載をしたいと思います。

さて今回は、いよいよ主力同士の戦いとタケノヒコの奇襲が始まります。

タケノヒコとヤチトの運命の戦いに、トヨの決断とは?そしてヤカミ姫の恋心の行方は?

どうぞお楽しみください!

第九章 激突


1

 戦いの準備は整った。その朝。

 一千名の中央軍を前に彼はテイより譲られた馬にまたがり閲兵を行い、訓示した。

「今回は、我が国の未来を懸けた戦いだ。国に残してきた、父母の顔を思い浮かべよ!そして妻と子供のために戦え!我々は必ず勝つ!」

 ヤチトはそう言って右手に持った剣を天高くつき挙げた。

 呼応するかのように兵たちはそれぞれ手持ちの武器を天につき挙げ、さかんに大きな鬨の声をあげた。

 ヤチトの背後に張られた陣幕の中で椅子に座ってその様子を見ていた国王は、「妻と子」など国王にとってどうでもいい事を言うヤチトを苦々しく思ったが、兵たちの威勢を慮って口には出さず、ただ冷ややかな笑みを浮かべていた。側に控えるヤソも同様の思いの中、ひとりテイのみが、民の心をつかもうとするその姿を見て、やはりこの若者は生かしておけぬと思った。

 遠くからその様子を眺めていたオノホコは、誰かは知らぬが敵ながら感心な若者だと思った。しかし、負けるわけにはいかない。全力でお相手しよう。そう思い、全軍に戦闘態勢を命じた。


 ヤチト中央軍は、鐘や太鼓を打ち鳴らし、盾を前面にならべ、キビ軍の正面に向かった。砦からは盛んに矢が飛んでくる。それをいちいち盾で防いだ。後方の兵にも小さな盾を持たせていて、前面で防げなかった流れ矢さえも防ぐことができた。その使い勝手の良さは抜群で、空堀を下り、敵陣を見上げるような格好になっても自由に振り回し、矢を防いだ。

 しびれを切らしたのはオノホコの方だ。

 彼は残り少なくなった矢に焦り、毒矢の使用を命じた。そして前回と同じ毒矢とトヨの名を叫ばせた。しかし、事前にヤチトから話を聞いていた兵たちは、今度は恐れなかった。

「よいか。トヨ殿はここにはおらぬ。それに毒矢は盾で防げばよい。それだけのことだ」

その言葉を信じ、兵たちはキビ軍の砦に肉薄した。後方からは、弓の名人たちが盛んに矢を放って砦の中のキビ兵たちを狙撃した。

 オノホコにとって、思わぬ苦戦だった。彼はありったけの盾で矢を防げと怒鳴り、そして左右の砦にも援軍を寄越せと命じたが、それにはヨナが反対した。

「左右が薄くなれば、そこを突かれるのは必定。ここは、中央の兵だけで持ちこたえるべきかと」

「では、どうせよと申すか!ここが敗れれば全て終わりだ」

「今、油と火の準備をさせております。数名の者が敵に紛れて空堀の底に油をまいてまわります。そこを火矢で撃つのです」

「風向きは?」

「今なら大丈夫です。夕方には西風となり、ここに及ぶかも知れませんが」

「では、直ちに実行せよ」

「承知」

 火と油の策や石落としの策もあり、中央軍同士の戦いは一時膠着した。ヤチト軍も火矢を砦の壁である木材に射かけた。乾燥していない木材への引火は少ないとはいえ火消しに出た者は新たな矢の犠牲となっていった。やがてヤチトの的確な指揮のもとイズツ軍は、押し合い圧し合いの戦局を、有利に進め始めた。その時機をヤチトは見逃さず、待機を命じていたイズツ両翼軍に突撃を命じた。そうは言っても、それは見せかけで、一時奮戦して退却させる。すると敵は勢いづき、砦から出て追い討ちをかけてくる。そこを伏兵たちが横から襲い掛かり、キビ軍は死傷者の山を築いていった。

「敵は何者じゃあ!」

 オノホコは左右からの報告を聞いて怒鳴り上げた。過去幾たびものイズツ軍との合戦でも、このように緻密に仕掛けてきたことはなかった。それもそのはず。ヤチトはこれまでトヨの戦いをつぶさに見て、また、タケノヒコから戦いの話を聞いて、自分なりの戦術を工夫していた。それを試す初めての機会がこの戦いであった。しかしヤチトの戦術はこれだけではない。これからが本番である。彼は先ず、中央軍の一部を右翼に向かわせ、一気にキビ左翼を攻めつぶす構えを見せた。するとオノホコはやもたてもたまらずに、左翼へ右翼から援軍を送った。ヨナも今回は止められなかった。

しかし。

 そこがヤチトの狙いであった。

 彼が直卒してきた三百の兵が遠く迂回して、右翼にある例の小高い丘を急襲した。兵力が薄くなっていた守備兵はあっという間に蹴散らされ、たちまちのうちに占領された。オノホコは、ほぞをかみながらも、なす術がなかった。

 ヤチトはこの日の戦略目標を達成した。やがてやってくる二ノ国の兵たちが小高い丘を基点に背後からキビ軍を襲えば、勝利はヤチトのものであった。


2

 ヤチトは、長らくトヨの近くにいたため、彼女のように兵たちの無駄な死を嫌う。この日の目標を達成したこともあり、引き上げの命を下した。辺りが黄金色に染まる頃であった。

 兵たちは森の中の砦に入ると安堵し、ある者は水を、ある者は傷の手当てをしながら、口々に今日の勝ち戦を称えあった。兵卒に至るまで、今日は勝ち戦であったと実感している。

 一方、オノホコは暗澹たる思いで今日の被害の報告を聞いていた。戦死は百名を越え、戦傷者は三百名を越えていた。小さな負傷は皆が負っている。やはり、吊りと伏兵による左右の被害が大きかった。しかも小高い丘まで占領されてしまった。しかし、彼には希望があった。あと三日持ちこたえればタケノヒコの軍が都を急襲してくれるはず。そうすれば、ここにいる敵の大軍は都のことが気になり、都に戻ろうとする。退却と決まれば敵は浮き足立ち、この戦場は敵兵の草刈場のごとくやすやすと追い討ちできる。これが今回の要であった。しばらく立ち上がれぬほどの深手を負わせてくれんと、オノホコは闘志を燃やした。


 イズツの本陣では、戦勝の宴が催されていた。既に勝ったも同然と言う空気が支配していて、国王も、ヤソも、将軍達も皆上機嫌であった。

「そうであろう?我が狙いは正しかったのじゃ。あの丘に狙いを定めたのはこのワシぞ」

将軍達から盛んに酒をすすめられながら、ほろ酔い加減でヤソはそう言った。周りの者たちも同調し、皆がヤソを褒め称えた。

「さすがは我が嫡男である!」

 国王もそう言ってしたたかに酔っていた。

 ヤチトはこの宴席には出ていない。深夜の今も警戒に当たる兵たちを励まして回り、負傷者を見舞い、明日の戦いのために必要な手配を行っていた。兵たちもヤチトのもとでの勝利を確信しているから快くその指示に従った。

 ヤチトの凱歌は、兵たちとともにあった。


 その日はタケノヒコの国、オオヤマトでも、嫡男であるキミナヒコの軍が予定通りニノ国へ攻め込むべく進軍を開始した。もともと地理的に主戦場と離れているため、作戦の本願ではなく、わずかにでもイズツ国の兵力を引き寄せれば良いとされていた。


 翌未明。

 タケノヒコの奇襲部隊は、その船団が停泊しているムラから食料の提供を受け、朝食を済ませると、まだ明けきらぬうちから出発した。再び天気は悪くなっていて、生あたたかな潮風が吹き荒れ、波は高かった。それでも進まねば、オノホコたちを見殺しにする恐れがあった。たとえ何艘か脱落してもと、タケノヒコは不退転の決意を固めていた。


 蒜が原では、夜明けとともにイズツ国の兵が攻めてきた。オノホコはあらんかぎりの声を張り上げ采配をふるった。夜のうちに砦の補修も済ませていて、積極的に攻めるというより、防戦の態勢である。

 とにかく、あと二日だ。

 見たところ、タケノヒコはなかなかの男であり、約束を違えるはずはない。信じるのだ。とオノホコは、あまりの激戦に折れそうな心を励ますように自分に言い聞かせた。


 アナト国王軍は、夜明けとともにイズツ国の小さな村を襲撃したものの、ムラ人たちは全く抵抗せずに恭順した。そんなことがイズツ侵入以来たびたびあって、ここまで拍子抜けするほど無傷で来ている。

 こんなことなら、トヨに鎮撫隊を組織させることもなかったのう。あやつは民に甘いゆえ、どんな約束をしでかすかわかったものではない。

 苦虫を噛み潰したような表情で、国王はそう思った。鎮撫隊を組織するにあたって、従属を誓う小国の処分はトヨに全てまかせるとの約束であった。そうしなければ、前線に出ないと言ったため仕方なくそう約束したのだが、ここまで簡単にわが国になびくのであれば、とんだ取越し苦労というものだった。

 まあよい。いずれわしが改めて処分を決めれば良い事だ。

 国王は、そう思い直して、さらに前進を命じた。


 確かにトヨの処分は寛大だった。税は安くなり、兵役は自分の国を守るだけで良いとした。さらに、ご神託が降れば、その都度知らせるとし、先行きに希望の光を見せた。そういう背景のもと、既に三つ目の小国を手懐けていた。ヤスニヒコは、すっかり村人たちと仲良くなり、酒を酌み交わし、子供たちとふざけあったりした。広場には着々とトヨの命による祭壇が建設されている。トヨは、祝福の祈りを捧げてから、次の小国に移動するつもりであった。


 タケノヒコの心配通りイズツ国にも知恵者はいた。そう。ヤチトの事であるが、タケノヒコはその事実を未だ知らない。

 ヤチトはアナト国に対する備えを周到に準備していた。

 アナト国との国境に近いイズツ領の村々には、手向かわず前進させよと命じていた。そして、アナト軍の兵站が伸びきってしまうあたりで主力軍から抽出した別働隊と、その村々とで挟み打ちにして叩くのだ。場所によっては、湯の里に駐屯しているヤカミの軍も合流させるつもりでいた。要は、主戦場である蒜が原でキビ軍を引き付けておき、あくまで先にアナト国王軍を壊滅させる。弱いところより先に攻めつぶすつもりだった。ヤチトは、多少ともアナトで出会った人々に情を感じているが、国運を懸けた戦いにおいて、勝利こそが大切と覚悟を決めていた。


3

 完成したばかりの仮の祭壇で、トヨは祝福の祈祷を執り行っていた。神々に村人たちの幸福を願い、祈祷が終わろうとした時、アナト国王軍の苦戦の様子がトヨには見えた。そのイメージでは、予定より深くイズツ国へ侵入していて、もう戻れない。ただちに救いに行かなければ、皆殺しに遭うであろう。

 既に夜となっていたが、トヨは国王を救うべく行動を開始した。訳を聞いたヤスニヒコも、手早く采配をふるった。

 そんな中、小国の王が申し出た。

「ムラの若い者も、御子様の軍にお加えくだされ」

 それには及ばぬとトヨは断ったものの、どうしてもという本人たちの強い希望もあり、戦列に加えることにした。

 トヨの軍が武装を終え出発した。


 真夜中の道を、ヤチトは急行しつつあった。テイからの報せで、都の南十五里までアナト国王軍が侵入したことを知ったからだ。兵の数、およそ三百。ヤソの敗戦によって当初予定した五百の兵には満たなかったため、湯の里のヤカミ軍に出陣要請の使者を送った。


 アナト国王のみが、自分をとりまく状況の変化を知らず、これまでの順調さに満足しつつ高いびきをかいて眠っていた。


 明々と灯された松明の明かりの中で、オノホコは敵軍の動きがおかしいと思い、さかんにさぐりを入れた。敵の圧力が急に軽減したからだ。

 各地に放った物見の知らせを総合すると、どうやら、敵の多くが国境を越えたアナト国軍に向かったらしい。これは、どうとらえれば良いのか。猛烈な圧力がゆるんだ安心感から、明晰で活発なオノホコにもさすがに疲れが出たのである。死傷者は五百名を越えていた。助かった。というのが正直な思いであった。鉄の武器で武装したイズツ国の主力部隊は想像以上に強かった。

 オノホコにしてみれば、アナト軍が国境を越えるなど予定外であったため援軍を派遣すべきか大いに迷った。普段のオノホコならば、敵別動隊の背後を強力に叩くよう即断する。しかしこの夜のオノホコはあまりの損失のためその眼が曇っていた。しかし援軍も出さないとなると後々の同盟に悪い結果を招く恐れもあり、ひとまず申し訳程度に五十名の援軍を送るという、あまり良くない作戦をとった。


 それぞれの思惑の中、朝日が昇った。

 タケノヒコは、航海の最終日であり、明日早朝より攻撃を開始する。幸い、船団も途中の風浪に負けることなく、全てが無事にここまできている。神のご加護であると思い、感謝の祈りを捧げた。


 ヤチトの別動隊は、アナト国王軍まであと一日の距離と思われるムラまで来ていた。夜を昼につぐ強行軍であったため、この場で大休止することにした。ここで日中休憩しても、敵軍も前進して来るであろうから、会敵は、おそらく明日未明。敵軍が眠りについているところを奇襲攻撃することになろうと考えていた。そこで物見だけを放ち「全軍眠れ!」と命令した。


 トヨの軍は、猛烈な勢いで前進していた。

 赤い炎のような光をまとい、神懸かりとなったトヨの姿を見て、全軍が奮い立っていた。

 途中、いくつもの小さなムラから、食べ物や水の提供を受けた。強制したわけではないが、競って差し出してくる。そして、それらのムラの若者たちが、見よう見まねで武装して、トヨの軍に志願してきた。トヨの雷名はさることながら、さきに手懐けた小国の者達が露払いを勤めつつ、年貢や使役の軽減を盛んに吹聴しているからだ。イズツの過酷な圧力を脱する機会とも言えるトヨの寛大な措置は思わぬ効果を生んで、その軍は二百名に膨れあがっていた。


 オノホコは、敵が攻撃してこないので、不審に思って敵の奥深くまで探らせた。すると、敵はいつのまにか強固な野戦陣地を構築していて、そこに篭っているという。

してやられた!

 オノホコは絶句した。

 自分の策に自信があったのだが、全てを見透かされていたような、底知れぬ恐ろしさを感じた。これでは都を奇襲して敵がその救援に向かっても、殿軍の拠点があるため、草刈場のような戦果は挙げられない。作戦の再構築が必要だと思った。


 そのような戦場の推移など、何も知らないアナト国王は、まるで無人の野をゆくような進軍にすっかり満足していた。この分なら、自らイズツの都を攻め落とせるかも知れぬ。まるで根拠のない妄想まで浮かぶほど、すっかり油断していた。


 そして、悪夢のような夜がやってきた。

 国王は、イズツ領の奥深く進攻したことに気を良くし、皆の労をねぎらうため、簡単な酒宴を開いた。全軍が酔い、深い眠りについていった。


 ヤチトの別動隊が、深い寝息をたてるアナトノ国王軍に忍び寄りつつあった。物見の報告で、その宿営地はわかっている。敵の数二百。思ったより少ない数だ。力攻めでも良かったが、先ずは無難に攻めることとし、火矢の準備をさせた。火矢を射ち込み辺りを燃やして松明のかわりとし、そこから逃げ出してきたものを矢で射る。続いて斬り込み隊に突入させ、止めをさす。そのように部署し、展開が終わるのを待っていた。しかし、ここはその慎重策が裏目に出た。アナト国王軍も全く油断していた訳ではなく、見張りは立っていた。夜半にそうした大軍が動けば、武具の音や、声、わずかに見える炎などで敵襲は察知できる。見張りの兵は、敵方に悟られぬよう、国王に注進した。

注進を受けた国王は驚愕した。どうやら包囲されたようである。敵に悟られぬよう総員を起こし、「武装してアナトノ国めがけて一目散に逃げよ、集合地点は二里向こうのムラである」と命令した。


「うぉー」という鬨の声があがった。

 ヤチトはまだ命令を出していないので、それは敵襲を察知し、逆に攻撃を加えてきたアナト国王軍のものであると正確に把握するのに時間はかからなかった。詰めを誤ったかと思い、苦笑いした。

どうやら敵は、アナトノ国の方角に逃げるため一点突破の攻撃を仕掛けているようだ。

「まあ良い。ここでできるだけ討ち取り、敵の進路上にあるムラと挟み撃ちで止めをさすのみ。敵は二百。ヤカミ軍もそのうち合流するから、そうたいして手間ではあるまい」

 そのように作戦を変更し、全軍に通達した。二里向こうのムラにも使いを送った。


 国王もユトも、生きた心地がしなかった。わずかな供廻りのみで命からがら月明かりをたよりに岩肌にとりつきよじ登り、川をわたり、二里向こうのムラを目指して必死に逃げた。そうして何時間かかかって、やっとムラまでたどり着こうとしたが、様子がおかしい。先に逃げた兵たちがムラの方から逆戻りしてくる。一人の兵を捕まえて訳を聞くと、「裏切りだ」という。寝返りを誓ったはずのムラが再び寝返って、アナト兵に襲いかかっているという。そればかりか、周辺のムラからも加勢が来ていて、その兵力は膨れ上がっているという。

「なんたること!」

 国王は絶句し、ユトも立ちすくんだ。

 国王の旗を見つけ、兵たちが続々集まってくるが、もうどうしようもなかった。見かねた将軍の一人が、兵を束ね、ひとまず反撃の態勢をとったものの、挟み撃ちにあって全滅することは誰の目にも明らかだった。予定通り、国境付近で攻撃を停止しておけば良かったと悔やんだが全ては遅かった。兵たちは着の身着のまま、ろくな武装もしていない。水も食料もない。幸いなことに矢に塗る毒の入った壷だけは兵が必死で抱えてきたため手元にあった。この毒を射るだけ射て、その後は服毒しようと国王もユトも覚悟を決めた。兵数およそ百。矢は三百本。その全てに毒を塗り、敵を引き付けてから放てと命令した。


 ヤチトが力攻めをためらった大きな理由がこの毒であった。乱戦の最中、毒を撒き散らされては困る。こうして挟み撃ちにしてもなお、その毒のことが頭にあり、慎重に構えていた。そこで夜明けを待つことにした。昼間なら矢の飛来が見える。防ぎようがあると判断した。


 山際が白くなってきた。夜明けが近い。

 にらみ合いを続ける両軍の兵たちは、固唾を呑んで開戦の時を待っていた。


 その時であった。


 ユトは、奇跡が起こったと思った。

 向こうの丘の上に見慣れた半円形の炎があがった。

 そしてまばゆい朝日を浴びて、トヨノ御子が凛として立っていた。

「おー!」という、鬨の声が腹に響いた。


 姉上が、来て下された・・・

 ユトはそう思うと、涙がぽろぽろとこぼれてきた。


 ヤチトは呆然とした。

 なぜここにトヨがいる?物見の報せでは、まだはるか後方の小国に留まっているとのことだったのに。

 トヨノ御子の左手が上がった。

 一本の火矢が迷わずヤチトの鼻先に飛んできた。そして、いつものように大量の矢が降ってきた。

 ヤチトは我に返った。

「ヤチト!」

 朝の冷たい空気を突き刺して、そう呼ばわるトヨの声が響き渡った。

 ヤチトはなぜ自分のことが分かったのかと思い動揺した。

「そなたのことは、わかっている。兵をひけ!さもなくば、私の怒りに触れよ!」

 ヤチトはうろたえた。そこにいるのは北の港でおののいていたトヨではない。神懸かりとなり、毅然と采配をふるうトヨであった。

 再び、雨あられとばかりの矢が降ってきた。今度は致命傷ではないが、兵たちにも命中している。これまで身分を偽り、そばで見てきた恐ろしいまでの正確さだ。その恐怖は、ヤチトよりも、その兵たちの方が骨身に染みていた。数人の兵が逃亡を始め、隊形が乱れ始めると、そこを見逃さずユトが叫んだ。

「毒矢を放て!」

 国王軍が毒矢を放った。しゅうしゅうと音をたて、ヤチト軍の兵を射抜いていった。

「毒矢じゃ!」と、誰かが叫ぶと、わあっと大混乱を起こした。

 毒矢は次々と襲いかかり、ヤチト軍はついに総崩れとなった。さすがのヤチトも押し止める事ができなかった。

「二里戻れ!さきほどのムラが集合場所だ!」

 そう指示するのがやっとだった。

 ヤチト軍の退却を見届けると、トヨは急に力が抜けて倒れた。意識が遠くなっていった。


 オノホコは、想定しなかった局面を未だに判断しかねていた。

 焦燥からくる疲れなのか、疲れからくる焦燥なのか。いつもは豪快なこの男も、この時ばかりは混迷を極めていた。戦況は思わしくない。アナト軍を救うべく派遣した五十人が悔やまれた。無傷の兵を割くべきではなかった。既に戦える兵は五百人を切っている。誰の顔にも疲労が浮かび、動作も緩慢になってきている。それに比べ敵は鉄の道具を駆使して野戦陣地を急速に拡大、強固なものにしている。しかも突出攻撃を波状的に仕掛けてくるため、味方の兵は休む暇もない。タケノヒコの兵が一刻も早く敵の都を攻撃して欲しいものだと切に願った。


4

 その朝。

 いよいよタケノヒコたちも戦端を開く。予定通り軍を二手に分け、直率の第一部隊と共に、鉄の産地を急襲すべく都より手前の地点に上陸した。第二部隊は予定通りそのまま都に向かわせた。

海岸から山に分け入り、イズツ国随一と言われる鉄づくりの里に着くまでに一刻ほどかかった。既に 日は高くなっていた。

 里を見下ろす山の上から様子を伺うと、普段と変わりなく鉄づくりをしているようだった。警備兵は見えない。

「よし、攻めよう。ただし手向かいせぬ者は殺すな。我々の目的は鉄づくりの道具や蔵を破壊する事だ」

 ニニキが号令をかけた。

「皆の者!鬨の声をあげよ!」

 兵たちが一斉に叫んだ。

「おー!」

「もう一度!」

「おー!」

 そして、軍旗を高々と掲げた。

 山の上から鬨の声があがり、里の者はうろたえた。見ると、たくさんの軍旗がはためいている。悲鳴をあげながら、我先にと逃げ出した。

「よし、ゆくぞ!ついてこい!」

 タケノヒコはそう言うと、剣を振りかざし、山を駆け降りた。八十名の兵が雄叫びを上げながら、それに続く。

 里に入ると、やはり敵兵はおらず、いるのは老人と女子供ばかりであった。皆恐怖に顔をゆがめ、ひたすら逃げ惑っている。

「道具を壊せ!工場や倉には火をつけよ」

 ニニキがそう指図している。

 兵たちは、家々に押し入り、道具を壊して回っていた。

 ある大きな家があった。というより集会所のようである。そこに逃げ遅れた者たちが集まっていて、肩を寄せ合い、恐怖に震えていた。それを見つけたタケノヒコは事情を聞いてみようと思った。

「私はオオヤマト国のタケノヒコである。そなたたちが手向かいせぬ限り、命はとらぬ。安心せよ」

 そう言われてもすぐに安心できるはずはなく、みな恐怖に震え、泣いている者もいた。

 タケノヒコは構わずに聞いた。

「何故この里には若い者がおらぬのか」

 しばらく誰も答えなかったが、やがてある老婆が「いくさ、いくさ」とだけ言った。

 タケノヒコは合点がいった。若い者は皆、戦に駆り出されているのだ。このような職人の里からも徴兵しているということは、今回はイズツ国も大勢の兵を集めているのだ。ならば、あまり時間がない。余裕を持って都に兵をまわしてくるだろうと思われた。

「みな、済まぬ。この里は焼き払わねばならぬ。それに鉄の道具はもらっていくが、命はとらぬし、食料も残しておく。倉はどこか。誰か教えよ」

 タケノヒコの優しい口調に、みな顔を見合わせた。信じてもよいのかどうか決めかねているようだが、ここは信じても信じなくても、やがて見つけられ結果は同じであろう。援軍は来ないと知っているから時を稼ぐ必要もない。であれば心証を良くした方が良い。そう考えた一人の老人が立ち上がった。

「本当に、命は助けてもらえるのじゃな。食い物は残してくださるのじゃな」

「ああ。約束しよう。裏切らぬ」

 タケノヒコの穏やかな表情を見た老人は覚悟を決めた。

「では案内いたします。ついてきてくだされ」

 そう言って、戸外に出て行った。老人の後について行くと、ムラの外れの川沿いにある大きく頑丈な倉に着いた。

「こちらの倉が王様に納める鉄の道具です。こちらの倉が食料で」

「うむ。ではシン、中をあらためよ」

 シンは老人とともに倉へ入った。ふたつとも確認して、タケノヒコに報告した。

「老人は、うそは言っておりませぬ。確かに言う通りでございます」

「よし。ご老人。約束どおり食料の倉には火をかけぬよう手配しよう。シンよ、そのように皆に触れて回れ。それから、鉄の道具を持ち運ぶ人数を連れてまいれ」

「わかりました。ではさっそく」

 そう言うと、シンは大声でタケノヒコの指示を叫びながら駆けてまわった。集まってきた兵で、倉から鉄の道具を引っ張り出すと、やじりに刀に鉾に、鋤、鍬、斧など、たくさん出てきた。

「これらは、我らの戦利品である」

 タケノヒコはそう宣言した。

 夕方までには、おおよそ破壊し尽くし、戦利品もまとめた。

「ひきあげよ!」

 タケノヒコはそう命じ、第一の任務が終了した。後は戦利品を船に積み込み、明日の朝には都を攻撃しているはずの第二部隊と合流し、戦果を拡大する予定だ。ただし、油断はできない。大軍であろうイズツ本軍が引き返して来るまでにカタをつけ、引き揚げなければならない。



5

 トヨは闇の中から伸びる無数の手に引っ張られ、暗闇に引きずり込まれそうな夢を見ていた。もがいても、もがいても、どんどん引きずりこまれていく。あまりの苦しさに目を覚ましたのは、その日の夕方であった。

「お目覚めですか」

 側にいたヤスニヒコが言った。

 しばらく様子が飲み込めないらしく、トヨはただぼーっとしていたが、やがてはっきりと思い出したようで、血相変えて布団をはねのけ半身を起こすとヤスニヒコに聞いた。

「いくさは、敵は、どうなった?」

 ヤスニヒコはにこりと笑い答えた。

「大勝利にございます。敵のヤチト殿は退却なされました。このムラも我らが占領いたしました」

「誰が?まさか父上が?」

「さようですが」

「しまった!」

 そう言うと、トヨは急に起き上がり、戸外に出て行った。その様子に驚いたヤスニヒコは、慌ててその後を追った。

 夕日は既に山の向こうに落ち、薄暗くなっていたが、かがり火が煌々と辺りを照らしていた。

そして、トヨは大きな悲鳴をあげた。

ムラ人が、兵士が、子供が、皆殺しにされていた。百人はいたと思われるムラの者たちが死体となって、広場に並べてあった。

 トヨは、後始末の指示をしていた国王を捜して駆け寄り、大変な剣幕で詰め寄った。

「なぜ、なぜこのような惨い仕打ちをなさるのです」

 国王はうんざりとした表情でトヨを見た。しかしすぐ顔をそむけて答えた。

「この者たちは敵じゃ。それも、一度は我らにつくと申しておきながら裏切った者どもじゃ。皆殺しにしてもあきたらぬ」

 トヨは目に涙を浮かべ、大声で言い返した。

「この者たちはイズツ国におどされていたのです。はじめからそのようにせよと命令されていたのです」

 国王は不機嫌になった。確かにこの者たちは、そのように申し開きしていた。しかしそれを信じず、恩賞欲しさに寝返った不届き者と断じたのは国王自身であった。それにしても気を失っていたトヨがなぜその事を知っていたのか。神のお告げでもあったというのか。

 トヨは大勢の亡骸の前につっぷして泣いた。あの妙な夢は、この者たちの無念の思いが自分に助けを求めたのだと思った。そう思うと自然に祈りを始めた。その姿を見た大勢の兵たちが、トヨに習って祈った。

 国王は、ひとり立ちつくしトヨがこのように大きな影響力を持っているのであれば、やがて国王の座を脅かす存在となるかも知れぬと思った。いずれはトヨも処分せねばなるまい。ふと、そのような考えがよぎった。

 トヨは、この戦さえなければ平和に暮らしていたはずの多くの御霊のために、無心に祈っていた。


6

 同じ頃、ヤチトはキビノ国の追撃隊五十人を蹴散らして集合地点のムラで、バラバラになった兵たちの合流を待っていた。あと三分の一ほどがまだ戻っていなかった。態勢を整えながら、ヤカミ軍の到着を待って再びトヨに戦いを挑むか、それとも本軍に戻るか考えがまとまらなかった。できればトヨとは戦いたくない。兵たちも恐れている。それに、トヨが敵軍にいるのならこれ以上進攻してくるとは思えない。現に敵は追い討ちをかけてこなかった。アナト国王軍を壊滅させたかったが、トヨまで出てきたならば仕方ない。少なくとも今夜はここで宿営し、明日まで様子を見て決めようと思った。しかし、さすがのヤチトにも思いもしない報せが届いた。使いの者は必死で駆けてきたのだろう。息も絶え絶えに報告した。

「ヤチト様、オオヤマトがニノ国に押し入りました。その数およそ一千。国王が急ぎ戻れとのこと」

「それは、まことか」

 ヤチトには、にわかには信じられなかった。オオヤマトの進攻は偶然ではあるまい。敵は三ヶ国連合で今回の戦いを引き起こした事になる。そのような大がかりな仕組をまとめきれる者がおったのか。タケノヒコのことが頭をよぎったが、それはあるまい。

「して、ニノ国の動きは?」

「オオヤマトの侵攻により、引き返したとのこと」

「全軍か?」

「恐らく」

 それでは、横やりも都の守備もできない。不安がよぎった。

「ヤチト様。国王は二ノ国へ援軍を既に三百ほど遣わしました。本軍が手薄でございます。急ぎお戻りを!」

 それにしても今回は何が起こるかわからない。恐るべき知恵者がいるようだと思った。そして、兵たちに本軍への大移動を命じ、ヤカミ軍には湯の里へ戻るよう使いを出した。


 その知恵者とは、オノホコのことを指すのであろう。

 三ヶ国の同盟をまとめ、作戦を立案したのはオノホコであった。彼は、防戦につとめながら、整備した諜報網を使って敵軍の動きをさかんに探っていた。そんな中、およそ三百の兵が東の方に向かったようだとの報せを受けた。東であれば、それはオオヤマトの進攻による救援要請が来て、ニノ国へ向かうのだと、正確に判断した。そして都の奇襲も始まっているはずであるから、その報せが届けば本軍の大半が都のある北西へ向かうであろう。また、オノホコの下にも、老人や少年からなる補充兵が集まりつつあり、鉄の武器に備える盾などの防具も揃いつつある。

勝った。

 ようやく焦りや戸惑いから解放されたオノホコは、そう確信した。


 翌朝、夜明けとともにタケノヒコの第一軍は都に上陸した。

 都の家々は大半が燃えていた。

 町のあちこちで怒号や悲鳴が飛び交い、凄惨な戦いが続いているのだと推察された。

 第二軍の本陣と合流するため、その所在を捜していると、第二軍の兵らしき者が、道に並べて座らせた領民を処刑しようとしていた。見ると足弱の者、つまり女子供に老人ばかりである。

「待て。そなたは何をしておる」

 刀を振り上げていた兵が振り返ってタケノヒコを見た。

「何じゃ、そのほう」

「そなたは、総大将のお顔も知らんのか!こちらはタケノヒコ様である!」

シンがそう叫ぶと、その場にいた兵たちがみな慌てて土下座した。

「私は無益な殺生をするなと命じていたはずだが」

「へい。しかし頭の命令です。ここの者どもは、敵兵をかくまうばかりでなく、武器を取って我らを襲います」

「その者たちも、我らを襲ったのか」

 縛られ、座らされている領民たちは悲痛な顔つきでタケノヒコを見つめていた。

「いえ、こやつらは隠れておった卑怯者で」

「戦が始まれば隠れるのは当たり前であろう。その者たちを解放せよ」

「しかし、いつ我らを襲うかもしれませぬ」

「その時はその時成敗すれば良い。見れば女子供に老人ばかりではないか」

「しかし、皆殺しにせよという頭の命令で」

「その命令は、今私が取り消す。かまわぬ。解き放て」

 シンが真っ先に皆を縛っている縄を解き始めると、タケノヒコ直率の兵たちもそれに続いた。解放された者たちは涙をうかべてタケノヒコに感謝していた。

「そなたたち、我らに手向かわぬ限り、命はとらぬ。どこか山の中にでも逃げておれ。誰か、城外までついていけ。また縛られるかもしれぬ」

 そう命じたタケノヒコは、容易ならざる事態が起こっているのだと思った。先ずは無用の殺戮を止めねば。


7

 都が急襲されたとの報せは、イズツ国王をおおいに狼狽させた。既に夜となっていたにもかかわらず「全軍都に戻れ!」と命令した。しかし、急ぎ駆け戻っていたヤチトがそれを押しとめた。

「なりませぬ。敵には恐ろしい知恵者がおり、全てが絶妙な時機で動いております。さすれば敵の思う壺でございましょう」

「では、どうせよと申すのか。都を奪われれば我らは終わりぞ」

「終わりではございませぬ。ここは落ち着いて動かねば」

 ヤソが怒鳴った。

「トヨノ御子ごときに恐れをなして逃げ戻った者が、何を申すか!」

 ヤチトは不機嫌になったが、顔には出さず冷静に言った。

「我らにはまだまだ多くの手勢がおります。落ち着いて手当てすればよろしい」

 イズツ国王はやや落ち着きを取り戻した。

「そなたの存念を申せ」

「都が襲われたとは言え、船で来たとのことならば敵はおそらく少数。しかも敵の真ん中に来たのは、都の破壊が目的で占領するつもりではないと思われます。我らが大軍で戻ると知れれば、敵は恐れて逃げるでしょう」

「だから今すぐ全軍戻れと父上が申されておるのであろう!」

 ヤソは、怒鳴り上げた。

「兵の速さは確かに大切ではございますが、今は皆疲れております。そのような時に、この砦を出れば、夜中の事、大混乱を来たすやも知れず、敵の知恵者は必ず背後から一撃を加えてくるでしょう。そうなると我が軍は雨消霧散いたします。態勢を整え、出発は明日の朝、夜明けとともに。確実に都の敵を追い払うには、くれぐれも慎重に」

「ふむ。ヤチトよ。それでは都が荒らされ、財宝が奪われるであろう」

「はい。都が荒らされることは既に手遅れでございましょう。我らは都に兵を残しておりませぬし、二ノ国は引き返し、ヤカミ殿はアナト軍へ向かっております。しかし、財宝は船で運べる程度に過ぎず、それに領民も無用に殺されることはないと思われます」

「領民のことなど、どうでもよい!」

「ヤソよ、確かにそうではあるが、まあそう申すな。ヤチトよ、なぜそう思うのか?」

「はい。おそらく敵の総大将はタケノヒコ殿であると思われます」

「ほう、オオヤマトのせがれか」

「はい。これほどの大戦であるのに、あのお方の所在が今までわかりませんでした。必ず都襲撃の軍におられるはずです。それにあのお方ならば無用な殺生はいたしませぬ」

「兄上は、かの者へ妙に肩入れしておるように聞こえるが」

「肩入れしているのではない。人柄を存じておるのだ」

「まあよい。ヤチトよ。ではどうするのか」

「はい。兵を二手に分けます。私と父上は兵一千をもって明日、都に戻ります。残りの兵六百をもってヤソがこの場を支えます」

「待て、兄上。それではワシが貧乏くじではないか」

「その代わり、鉄の武器を残せばよい。我らは道を急ぐ必要もあるので軽装でいく」

「アナト本軍への備えとニノ国への援軍は?」

「アナト軍にはトヨ殿がおいでです。これ以上の無理攻めはしてきませぬ。周辺のムラに備えを厳しくせよと命じておけば良いでしょう。既にニノ国救援に向かった者は、そのままにし、オオヤマトの背後、クマヌ国へ事を起こす素振りを見せてくれと使いを送るのです。それでオオヤマトの矛先は鈍るでしょう」

「まて、兄上。やはりどう考えてもワシが貧乏くじだぞ」

「今正面の敵に白昼真正面からぶつかってくる余力はない。しばらく敵の足を止めれば良いこと。それが出来れば、兵たちをここに残し、そなただけでも戻ってくれば良い」

「そうか、ワシだけで戻っても良いのだな」

 ヤソは笑った。あまり出来の良い弟ではないと、ヤチトは苦々しかった。ヤスニヒコやユトを持つ二人がうらやましかった。


 オノホコは、そろそろ舞台が整う頃合であると思い、盛んに物見をさせていた。

 敵の動きが停滞しているということは、都襲撃の報せが届いたと見て間違いあるまい。今夜の移動もないようだと正確に判断した。兵数八百にまで回復した全軍に、決戦は明日であると命じた。


 同じ頃、タケノヒコは本陣でスクナと頭から事情を聞いていた。

 宮殿の守備兵に領民が呼応し、町のあちこちで戦いが起こったため、仕方なく皆殺しを命じたとのことであった。無理もないことであり、二人を処罰しなかった。ただし、手向かいせぬ者に手出しはならぬと言い含めた。そして今後の策を練った。国境から敵本軍が戻るのに二日。明々後日の朝には来るだろうと見た。それまでに出来る事は、戦利品の確保と船への積み込み、町の破壊であろうとなり、明日は戦利品の確保、明後日は船への積み込み、それらが完了次第、宮殿と町に火を放って、明後日の夕方までには引き揚げようということになった。


 その頃。

 ヤカミ軍は、アナト軍まであと五里程度まで迫っていた。追ってきた使いの者は、予定通りアナト軍へ攻めかかれという。しかし、先に着いていた使者は、湯の里へ戻れと言った。

「これは、いかなることで・・・」

 重臣達は違う命令に戸惑った。先に着いた方は、ヤチトの命だといい、後から来た方は国王の名を騙るテイの部下であった。しかし姫たちはテイの思惑など知らず、国王の命と信じていた。

「私は、ヤチト様を信じます」

 そうきっぱりと言う姫に対し、重臣達は国王の命に従うべきだと主張した。迷いの中、姫は裁定した。

「では、物見を放って、あと一日ここで様子を見ましょう」


 夜明けとともに、ヤチトとイズツ国王は兵一千を率いて本陣を出た。

 オノホコはその動きを物見の報告で知っていたが、手出しをせず、引き返せぬ頃合になるのを待った。

 ヤソは、いつ正面の敵が襲ってくるかと怯えていた。やがて一刻もたったころ、落ち着かぬヤソは、敵も来ぬから、もうよかろうと思い、側近と兵百人を伴って自分だけ引き揚げることにした。残された五百の兵は心細くもあり不満もあったが、引き揚げていくヤソの軍を見送るしかなかった。


 鐘や太鼓を打ち鳴らし、鬨の声をあげ、オノホコの軍が本陣に襲い掛かったのは、ちょうどその時であった。

 大量の火矢を放ち、守備兵を恐怖に陥れた。しかし一番に恐れて混乱したのはヤソその人であった。敵の襲来を知ると、恐れおののき、輿を飛び降りて全力で走って逃げた。その様子は、ただちに全軍に伝わり、みな恐怖に駆られた。そして、大潰走が始まった。

 イズツの殿軍は武器も防具も何もかもその場に置き捨て、我先に逃げ出した。

 オノホコは追い討ちをかけた。

 一度潰走を始めた軍はもろい。それこそ草刈場のような容易さで、次々と討ち取られていく。半刻ほどの追撃戦で、殿軍はほぼ壊滅した。ヤソだけは四・五人ほどの供回りで岩場に隠れたため、ひとまず命は助かった。ヤソは家来にしがみつき、ひたすら震えていた。

 その報せを二里離れた場所でヤチトは聞いた。死守を命じればよかったのか?とも思ったが、ヤソでは結果は同じであったろうと思いなおした。キビ国軍には余力もなく深追いはせぬであろうし、拡大し混乱した戦局をおさめる良い機会であろうと考え、援軍は送らないことにした。


「殿軍の大将が誰かは知らぬが、バカで良かったわい」とオノホコは高笑いした。

 キビノ国もこの戦全体で二百名を越える戦死者を出していたが、この追撃戦だけで四百を超える敵兵を討ち取った。大勝である。それに、置き捨てられた膨大な鉄器が手に入った。

「これでしばらくはイズツ国も立ち上がれまい」

 苦戦はしたが、戦略目標を達成したオノホコは満足して攻撃停止を命じた。


 ヤチトの見立て通り、キビ軍は深追いをしなかった。

「もう、戦の山場は越えたのだ」

 アナトもオオヤマトもこれ以上攻めてくることはないだろう。あとはタケノヒコの軍を追い払えば終わりだ。それにしても、これほど大掛かりな戦は聞いたことがない。一体何者が考えたのであろうか。ヤチトはその日の宿営地でそんなことをひとりで考えていた。我々は勝ったのか、負けたのか。未だ一千もの無傷な戦力を有してはいるものの、後手後手にまわり、周辺の小国を切り崩され、都まで襲われたとなれば、今回は負けたのかも知れぬ。

 国王から使いが来た。ヤソが戻ったゆえ、本陣に来いという。ヤチトは身なりを整え、本陣に向かった。


 ヤソは真っ赤になって怒っていた。

「兄上の策が悪いゆえ、殿軍が全滅したのだ」と大層な剣幕であった。

ヤチトは受け流し、事の成り行きを聞いた。思うに敵は絶妙のタイミングで戦いを仕掛けたようだ。そのような戦上手がキビノ国にいたのか。ひょっとすると今回の知恵者はオオヤマトでもアナトでもなくキビノ国の者かも知れぬ。そう思いながら、盛んにヤチトを責めるヤソの機嫌をなおそうと上手を口にした。

「殿軍は本来そのようなものであり、そなたの責ではない。それどころか、本軍を逃がすという役目を果たしたではないか。大手柄であるぞ」

 ヤソは、はっと我に返ったような顔になった。

「そうかのう」

 そう言ってニヤリと笑った。

「そうだ。大手柄だ。これで本軍は楽に都の敵を叩ける」

 しばらく、目をつむって話を聞いていた国王が口を開いた。

「うむ。こたびはヤソの手柄である。さすがは我が嫡男だ」

 そう言わないと皆にしめしがつかぬのだとヤチトは察した。

「では次に、ヤチトに手柄をたててもらおう」

 国王が意外な事を言った。

「ヤチトよ。そなたはこれから都に急行せよ。報せでは敵の狼藉が目にあまるらしい。家々に火を放ち、領民は皆殺しにあっておるそうだ」

 ヤチトには信じられなかった。タケノヒコが無辜の民を殺すなどありえない。

「タケノヒコ殿が総大将ではないのですか」

「それはわからぬ。しかし、そのように報せがきておる。敵の数およそ三百。そなたは五百の兵を率いて直ちに発て」

 見込み違いであったかも知れぬ自分の不明をヤチトは恥じた。これは戦争なのだ。人はどのように化けるかわからぬと、考えに入れておくべきであった。いかに暴れ神と噂されていても、あのタケノヒコに限ってと思うと、裏切られた気がして、その怒りが闘志に変わった。

「畏れながら」

 テイが畏まってヤチトの前に進み出た。

「かねてより用立てていただいた牧場にて育てた馬を二里先のムラに集めております。その数三十。  その先々に替え馬も用意しております。ぜひヤチト様にお使いいただきたく」

 国王も同意した。

「そうじゃ。ヤチト。そなたは馬に乗れる武辺者とともに急ぎ都へ。五百の兵はすぐに追いつくであろう」

 少数で敵の中へ急行させるなど、ヤチトの命などどうとも思わぬ国王の非情の命令であったが、今のヤチトにとって自分の事など考慮の外にあった。我を忘れるほどの闘志をたぎらせていた。


3

 その夜、オノホコは勝利の宴を開いていた。万事派手好きのこの男は、敵が打ち捨てて行った大量の酒や食料を、思う存分皆に振舞った。食料だけではない。千を越える鉄のやじり、百を越える鉄の剣や矛、それに陣地構築に使われた斧や鍬など、多くの戦利品が手に入った。それらを並べてその前で派手な酒宴を開いていたが、ふと製鉄の知識がないことを思い出した。

一度思いつくとどこまでも突っ走る性格が、今度は製鉄技術に向いた。


 同じ頃。

 アナト軍はトヨの激しい主張により、国境まで撤退の準備を進めていた。

 そのトヨは、撤退が決まると再び倒れ臥せっていた。病床にあってうつらうつらしていると、突然、その脳裏にタケノヒコとヤチトの激突が見えた。もちろんそれは、本人が言うところの神託であるが、すぐ先の出来事であると確信した。

「ヤスニヒコ、ユト!戦の支度をせよ!」

 突然そう叫ぶトヨに、側にいた二人は驚き、何事かと聞いた。

「タケノヒコ様と、ヤチトがぶつかる!それを止めに行かねばならぬ!」

 二人は顔を見合わせ、状況が理解できなかった。

「姉上、そうは言っても、こんな夜分に兵たちはすぐには動けませぬが・・・」

「兵は百名で良い。すぐ先におる敵兵の中を我々三人で押し通るためだ。敵も百人。我々が通ったあとはすぐに撤退せよ」

 二人はいよいよ分からなかった。そもそもすぐ先に敵がいたのか?

「急げ!」

 トヨの言うまま、二人は戸外に出て、兵百名を集めに行った。


 その夜は、ヤカミの軍もアナト軍目指して行軍していた。イズツ国王の命を騙るテイの部下の厳しい督戦に抗しきれなかった。

 ヤカミからすると、イズツ国王もアナト軍もどうでも良かった。ただ、ヤチトの安否だけが気がかりで、テイに言い含められた部下たちは、そこのところを突いてきた。都に向かったヤチトを救えるのは今、このイナバ軍だけであると。二ノ国の救援がない今、都に向かったヤチトは、オオヤマトの軍神タケノヒコとアナトの軍神トヨの挟み撃ちを受けれることになり、その命が危ない。そして更に、トヨにとってヤチトは裏切り者であるから、決して生かしてはおかないだろうと耳打ちされた時、ヤカミの覚悟は定まった。

 トヨ殿は私が討ち果たす。そしてヤチト様をお守りせねば・・・。

 ヤカミの淡い恋心に裏打ちされた情念の炎がトヨに向いていた。


 トヨは祈祷の衣装を正し、輿に乗って戦場へと急行していた。従う兵は百名。ヤスニヒコとユトも含まれる。トヨの急な命令に慣れた熟練の兵たちが選ばれていて、誰も皆、無駄口をたたかず、驚くほど静かに走っていた。そのルートは一直線にヤカミ軍へと向かっていた。イズツの都への最短ルートでもあり、そこにいる、もう一人の戦乙女との激突をトヨはまるで見通しているかのようであった。


 辺りが白む頃、イナバ軍は大休止をしていた。テイの部下たちも同道していて、彼らが言うには会敵は今日の昼頃になるらしい。兵たちはそれぞれが携行してきた干飯を湯で戻し、朝食にしようとしていた。

「姫、あれは何でございましょう」

 あの朝、寝間着姿のヤチトと出会った若い重臣の者が向こうの丘を指さした。

 彼の名はタオ。幼い頃よりヤカミと兄妹のように育った。

 周囲の者たちが目を凝らすと、ゆらゆらとうごめくような炎が見えた。

「トヨだ!」

 テイの部下の一人が叫んだと同時に、炎は半円形を成し、高々と天に掲げられた。その刹那、まばゆい朝の光が、輿の上に立つトヨを照らした。

「あれが、敵?」

 姫は、その神々しいトヨの姿に一瞬心を奪われた。

 美しい。

 イナバ軍の誰しもがそう思って息をのんだ。そこに雷のようなトヨの声が響いてきた。

「イナバの者よ。我々は戦うべきではない。我が道を開けよ!」

 皆が、その神々しさに見とれ、押し黙ったままの中、ヤカミだけが我に返ったかのように大声で返答した。

「我らはイズツ国に与するイナバノ国の軍勢である!その誇りにかけてここを通すわけにはいかぬ!」

 イナバ軍の兵たちも、やっと我に返り、急ぎ軍装を整えて、盛んに鬨の声をあげた。

「繰り返す!道を開けよ!」

「通すわけにはいかぬ!」

 トヨには、全てが見えた。

 ヤチトを慕う、ヤカミの一途な想い。

 ならば、今は言葉ではないと考えた。

 是非もなし。

 そうつぶやくと、トヨはその軍勢に戦闘開始を命じた。ただし、敵兵は殺すなとも命じた。この屈強な兵たちならそれができると信じた。

「押し通る!」

 トヨがそう叫ぶと、ヤスニヒコとユトを先頭にアナト軍が丘を駆け下った。

 イナバ軍は盛んに矢を放った。しかしそれらは全て外れた。まるで不思議な力に守られているかのようであった。

 ユトが先頭に立って敵に切りかかり、ついに両軍が激突した。

 彼は若年ながら剣の達人である。一人また一人、飛び交う怒号の中、殺さぬように打倒していった。

 ヤスニヒコもまた武辺者である。敵の刃と、二合三合、打ち合いながら殺さぬ程度に打ち据えて敵を倒していった。

 戦いは今まさに乱戦の様相を呈してきた。早朝ながら土埃が舞い上がる激しさであった。

 その中で、ヤスニヒコとユトの二人が互いに背中を任せて連携しながら突貫した。

「俺の足を引っ張んじゃねえぞ。ユト、わかってんな、あ?」

「ふん、言ってろ」

「よし、敵の姫様まであと少しだ。ついてこい!」

「やかましい!とっとと行け!」

 二人は、二重三重の人垣を打ち破り、そしてついにヤカミの前に出た。

 タオが剣を構えてヤカミを守る。あの初老の重臣もだ。

 ヤスニヒコがタオに、ユトが老臣に、それぞれ打ちかかる。

 タオの上段からの剣撃を左にいなして、ヤスニヒコがタオの左足を払う。どう。と倒れるタオ。その横で老臣もユトの一撃で倒れた。

 すかさずヤスニヒコはヤカミに袈裟懸けに打ちかかった。普段、ヤスニヒコは決して女に手をあげたりしない。しかし戦の最中、敵の大将である限り倒さねばならぬ。殺さぬ程度に打ち据えるつもりだった。ヤカミは落ち着いてその剣を受け流し、間合いを取った。

 できる。

 ヤスニヒコはその姫武者の実力を察した。

 一呼吸の後、ヤカミは突きに来た。左にかわし、その右足を払おうとした時、打ちかかってくるタオが視界に入り、ひとまずかわした。

 ユトの助太刀がタオを捉え、タオはまた倒された。

 ヤカミはタオを守るかのように前面に出て、そこにユトが大上段から打ちかかった。ヤカミはその 剣を剣で受け止め、押し返した。どすんと尻もちをついたユトはカッと怒りに任せて本気の突きをヤカミに向けた。

 いかん。

 そう思ったのはヤスニヒコだ。その勢いでは殺してしまう。彼はとっさにヤカミを守るかのようにその前に出て、突き出された剣を右腕にかすりながらも半身になってユトを体ごと止めた。ヤカミは成り行きに戸惑った。

「何故?」

 ユトの切先は、ヤスニヒコが着けていた木製の籠手を突き破り、右腕まで届いていた。ぼたぼたと血を流しながら、彼は振り返ってヤカミに微笑みを見せ、その問いに答えた。

「トヨ殿が殺すなと言った。それだけのこと」

 ヤカミは気が抜けたように両膝を地面につけ、ヤスニヒコを見上げた。

 そこへ、トヨの声が聞こえた。

「もう、よかろう」

 見ると、輿に乗ったトヨがいた。

「イナバの姫よ。そなたの名は?」

 はっと我に返ってヤカミはトヨを見た。

「我が名はヤカミ」

「そなたは、ヤチトを慕っているのだな」

 ヤカミは目を見開き、何故そのような事をと不思議に感じた。そもそもトヨは、我が軍がイナバの者であることを初めから知っていた。ヤチトの言った恐ろしい力とはそのような事なのか。そう思い戸惑うヤカミの元へ、輿を下りたトヨが近寄り、かがんでその肩を抱き寄せた。

「ヤカミ、そなたの想いはきっと届く。だから今は私を行かせてほしい」

 自分でもわからない涙が、ヤカミの両眼に溢れた。しかしヤカミはトヨを振り放して立ち上がると、剣を構えた。

「そなたは敵。私はヤチト様を守らねばならないのです」

 トヨはひとつ深呼吸をした。

「ヤチトは我が友である。そしてタケノヒコ様も。二人の戦いを止めにゆくのだ」

 その時、テイの部下三人が密かに近づいていた。彼らは弓矢でトヨとヤカミを抹殺すべく狙いをつけた。そして矢は放たれた。いち早く気づいたのは、タオとヤスニヒコであった。


 ヤカミの艶やかな長い黒髪が風に舞った。

 その風を起こしたのは、タオである。

 飛来する矢から何としても姫を守ろうと、懸命に飛び上がってその身を盾にした。


 ヤカミが気づいて振り返ると、首元に矢を受け、崩れ落ちていくタオの姿が見えた。

 ヤスニヒコは既に駆け出していて、三人に襲い掛かった。ユトも続く。


 ヤカミを狙った矢はタオを射抜き、トヨを狙った矢は外れた。


「タオォ!」

 ヤカミの悲鳴があがる頃、ヤスニヒコとユトによってテイの部下三人が打ち据えられていた。

タオは、良かったとだけ言って、崩れ落ちた。

 ヤカミの悲鳴は辺り一面に響いた。しかしその声は戦の騒音にかき消された。

 戦場の真ん中で、ヤカミは崩れ落ちるタオを受け止め、その両眼からは涙が溢れた。しかし、戦いは続いている。


 二人の側に立つトヨは、うつむきながら握りこぶしを震わせてつぶやいた。

「戦を・・・」

 何かを覚悟したように、トヨは空をにらみ、叫んだ。

「戦をやめよ!これ以上戦うなら、私の怒りにふれよ!」

 トヨノ叫びは不思議である。確かに大音声ではあるものの、その声はその場にいる者たちの耳と言うより、頭の中心に直接響くものなのだ。


 何事?

 異変を感じた両軍の兵たちは少しづつ戦いをやめていった。やがて多くの者が戦いをやめ、戸惑いながら遠巻きに集まってきた。

「タオ、死んではならぬ!タオ!」

 タオは半身をヤカミに抱き起された。その顔色は血の気を失い蒼白となっていた。苦しげな息のもと、わずかばかりの声をあげた。

「ご無事で・・・」

「タオ!」

「ヤチト殿は良いお方です。お幸せに」

 タオは、それだけ言うと、こと切れた。ヤカミの涙と絶叫に、状況を理解したイナバの兵たちも目頭を押さえた。

 トヨは天を見つめていた。

「その者の魂は、今、神の御許に昇って行った」

 そう言うトヨをヤカミは見上げた。

 トヨのほほを一筋の涙が伝った。

「その者は、そなたを守ることができて満足している。神の御許より、そなたをずっと見守るからと言っている」

 ヤカミの嗚咽の声はいよいよ大きくなった。


 テイの部下三名はトヨの前に引き出された。

「イナバの者よ。そなたたちはこの異国の者たちに騙されていたのだ。ヤチトは決して戦いを望んではいなかった」

 そうトヨが言うと、重臣達がどよめいた。確かにおかしな二通りの命令が来ていた。やはり、このトヨという娘は、噂の通り不思議な力があるのだと思う者もいた。

「この戦いはもう終わりだ。アナトもイナバも兵を収めよ。私はこれよりタケノヒコ様とヤチトを守るため、二人の戦いを止めに行く。イズツの都には異国の者の陰謀が渦巻いている」

 ヤカミがトヨを見上げ、涙を拭って言った。

「私もいく」

 そう言ったものの、兄のように慕ったタオの亡骸を抱き、悲しみのあまりの重さに腰をあげられずにいた。

「そなたは、今はこの若者の弔いをせよ。私は必ずヤチトを守る」

 ヤカミは、トヨを見つめた。その頬に伝うタオのための涙に嘘はないと感じたヤカミは、今はトヨを信じてみようと思った。

「トヨ殿」

 ヤスニヒコがそう言って、テイの部下がいた辺りを指さした。

「馬が三頭。この異国人たちのものでしょう。あれで急げば間に合いますか?」

「よし。では、ヤスニヒコ、ユト、一緒に行こう。馬は乗れるか?」

 ニヤリと笑ってヤスニヒコが答えた。

「私は名人です」

 言い過ぎではあった。その昔オオヤマトの市で売られていた馬にまたがった程度の経験しかない。しかし心から湧き上がるような不思議な自信があり、それはユトも同じだった。

「この戦を終わらせる!ヤスニヒコ、ユト、ゆくぞ!」

 トヨはひらりと馬に跨って、先頭きって走り始めた。

 ヤスニヒコとユトも馬に飛び乗り、三人は急ぎイズツの都へ向かった。


トヨノ御子は、

「強き黄金色の国編」はじまりの物語、チクシ大戦物語

「麗しのヤマト編」もののけ討伐記、衷心記、東征記

「我が名は日御子編」

から成り、日本神話等をモチーフにした完全なフィクションかつ、荒唐無稽、奇想天外な冒険活劇です。

現在 衷心記まで概ねできていて推敲中です。

長い事休載しましてお詫びのしようもないところですが、今後はどんどん連載していくつもりですので、またどうぞよろしくお願いいたします。

次回は、はじまりの物語の最終部分で、「第十章 落日のかがり火」「第十一章 海へ」を合わせてお届けします。お楽しみに!

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