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はじまりの物語 第八章 戦場へのプロローグ

いつも熱心な皆さま。

本当にありがとうございます。

今回は、キビ軍とイズツ軍の前哨戦が始まります。

そしてトヨは、その軍が進駐した小国の巫女からトヨの運命について知らされます。

お楽しみください!

第八章 戦場へのプロローグ


1

 イズツ軍出陣の報を受けたヨナは、いよいよ始まる大戦を想像して身震いした。三日前の昼なら、あと五日ほどで来襲するであろう。オノホコは未だ着陣していないものの、砦の方は八割方出来ている。何とかなるだろうという期待と、最悪の事態の狭間で思いは揺れた。とにかく作業を急ぐ他ない。そのためイズツ出陣の事実を皆に告げ、さらに急がせることにした。皆疲れてはいたが、最後のひと踏ん張りとばかりに作業にあたった。


 翌日。

 アナト国王軍は予定では侵攻の終末点とされたイズツ国境に向けて順調に進軍している。

 一方、トヨの軍は予定通り途中の小国を手なづけるよう交渉に入ったところだった。

 タケノヒコの軍が、出陣すべく北の港に集結したのはちょうどこの頃であった。


 そして、三日後。

 オノホコの軍は、ようやくヨナの軍に合流した。既にイズツの大軍がこちらを目指して進軍中であるとの報告を受けていて、自分の策が当たったことに機嫌が良かった。急ぎ造られた粗末な掘立式の小屋に入り、ヨナから状況報告を受けていた。

「で、あと少しで砦が完成するのだな?」

「はい。オノホコ様の本軍にも手伝っていただければ、あと二日程度かと」

「イズツ来襲の見込みは?」

「三日」

「ぎりぎりだな」

 猛将のクラトが口をはさんだ。

「ヨナ殿は細かすぎる。ここまで念入りに作り込む必要があるのか?」

 ヨナとその兵たちはわずかな休息のみで働きづめだった。彼自身、寝不足と苛立ちのため脂汗をかきながら今この場にいる。二千の兵と一千の兵がまともにぶつかって勝ち目はない。物理的な防御力こそが必要で、そのことをヨナは力説した。そしてわずかな恨み節を口にした。

「だから急ぎ御着陣くださるよう何度も使者を遣わしたのです」

 オノホコは頭をポリポリとかきながら考えた。さっきまでの上機嫌に冷や水を浴びせられたような恰好だ。しかしそのような事で怒りを顕わにするようなオノホコではない。

 ちょっとのんびりし過ぎたか。

 その程度に考えていた。

「わかった。では兵たちに、ただちに作業にかかるよう伝えよ」

「オノホコ様、兵たちはみな疲れております。せめて今日一日休ませてはいかがか」

「クラトよ。そなたの申し分も分かるが、ここは踏ん張りどころであろう。確かにヨナの申す通り砦がなければ無駄死にする者が増える。それを防ぐにはやはり砦が必要だ」

 クラトは不服そうに沈黙した。

「よいか、皆の者。明日の夕刻まで砦を作れ。そして一晩ゆっくり休んでイズツに備えるのだ」


2

 テイの馬を使った情報網は、意外と役に立っていた。そもそもろくな道もない時代にあって、馬での通行は不自由なのだが、馬での通行ができない峠は馬を下りて駆け抜け、その先に配置している替え馬を使うなど巧みに点と線を運用していた。そのために、多くの馬を準備し、地元の者をカノ国の銭で雇い入れて馬番をさせるなど、ひとかたならぬ思い入れを忠義に見せかけ、国王や重臣たち、そして民衆の信頼を得るべく振舞っていた。

 彼の思惑と情報網のもと、キビ本軍の到着と総出による陣地構築は、早くも翌日にはイズツ国王の耳に届いた。

「急がねばなるまい」

 国王はそう決心して、軽装の兵を先行させた。

「よいか!敵がのんびり大工の真似事をしているところを襲うのだ!風のようにしのび寄り、思いのままに暴れて、本軍の到着を待て!」

 国王はそう命じた。普段はヤチトに任せきりであったが、このような時の判断は早い。後方でその話を聞いたヤチトは、さすがは父上と感心した。ヤソは、先行軍の大将を逃れて喜んでいた。


 その頃、テイはイズツ本軍とヤチト軍の間を銭で雇った三十名の兵士に囲まれて行軍していた。騎馬の連絡部隊はカノ国から連れてきた精鋭の者たちで、また別の人数だ。

「テイ様。ご報告が」

 副将のカクが、先ほどのキビ本軍の到着はもちろん、アナト国王軍の侵攻が停まったこと、トヨの軍が小国を手なずけていることを、周りに分からぬようカノ国の言葉で告げた。

「国王軍は捨て置いてよかろう。あの強欲な国王なら、必ずまた前進してくる」

「トヨはどうします?」

「ほおっておけ。そもそも周辺の小国には今回何の指示もしておらぬ。とるに足らぬ国々だ。本軍進路のムラさえ手はず通りに動いてくれれば問題ない」

「いや、テイ様はトヨの力を見くびっておられるのでは?」

「あんな小娘に何ができる」

「戦陣に立つトヨの姿を直に御覧になったことがないから、そのように思われるのです」

「ほう」

「炎のような光をまとうかの者は、神か悪魔かわからぬ者で」

 テイはニヤッと笑った。

「面白い」

「ならば急ぎ対策を」

「その必要はない」

「いや、しかし・・・」

「カクよ。その方はオオヤマトが出て来ることを知っておろうな?」

「あの話はまことで?」

「まだイズツの者どもは誰も知らぬ。我々の狙い通り進めるならば願ってもない話だ」

「はあ」

「オオヤマトが出てくれば、それは必ず二ノ国へ向かう。すると二ノ国はイズツの都を守ることが出来なくなる。そこへタケノヒコが襲い掛かれば、必ずヤチトは急ぎ都へ向かう。あの麗しい姫武者も一緒だ。そうなるとトヨはきっとタケノヒコの救援に向かう。姫武者をたきつけてトヨと相討ち、ヤチトとタケノヒコも相討ちだ」

「なるほど」

 カクも、ニヤリと笑った。

「よいな。その様な絵図面に持っていけるよう皆が動け。各国に潜む配下の者たちにも耳打ちしておけ。ただし、我々以外、各国の誰にも気づかれてはならぬ」


 テイの目論見はまことに正しかった。この後はそのような絵図面で皆が躍ることになる。十中八九彼の思い通りになるであろう。彼の本当の狙いは、二大国の国王の権威が失墜し、国が疲弊した時こそ、彼はカノ国の後ろ盾によって善意の指導者を装い、民衆を束ねて国を乗っ取ることだ。ずいぶん回り道の方法だが、カノ国も今や戦乱状態で多くの軍を派遣することもできず、手堅い方法で彼は長年準備をしてきた。

 しかし一つだけ計算外のことがあった。

 テイは、トヨ自身すら知らない、その本当の力を知る由もなかった。


3

 昼下がり。穏やかな晴天のもと、陣地構築の見回りをしていたオノホコは、やや眠気を覚えた。明日には開戦となるだろう。その前にひと眠りしておくか。しかし、兵たちもきついのだから自分ひとり寝る訳にもいかぬ。と気持ちを入れなおしていた矢先、右翼からどよめきが聞こえた。

 何事?そう思ったものの、周囲の誰にも分らない。何か事故でも?目を凝らして見てもわからない。右翼は突出した丘陵のようになっていて、その尾根に柵を構築している最中だ。

「誰か!物見に参れ!」

 そう叫ぶや否や風に乗って驚愕の報告が聞こえてきた。

「敵襲!」

 何?

 聞き間違いかと思ったが、その声は口伝によりどんどん近づいてくる。もしそこが突破されたら、中央軍の後方に回り込まれ、包囲される恐れがあった。猶予はない。オノホコは将軍を待たず、直接周囲の者に命じた。

「ものども!誰でもよい!百人は右翼の救援に向かえ!足速の者!誰でも良いから左翼にいるクラトを呼べ!物見の者、三人は右翼へ行って状況を報せよ、二人は、この周囲に敵がいないか調べよ!もう二人は左翼周辺を調べよ!急げ!」


 昨日、イズツ国王の決断によって急行してきた軽装兵三百が、気づかれないように近づき、攻撃をかけてきたのだ。右翼は森の中にあって、ちょうど丁の字の上の横棒のような恰好で敵を食い止める役割の場所であった。丘の向こう側には深い谷川があったため、まさかいきなりそこが襲われるなど、ヨナは想定していなかった。しかしそこを突破されるとせっかく構築した砦が全く役に立たない。イズツ国の兵たちは砦の様子をつぶさに観察し、そのような最も弱点となるところに攻めてきた。急報を聞き、後方で作業指示にあたっていたヨナと、左翼前線にいたクラトがオノホコの側に駆けてきた。

「クラト、直ちに右翼へ向かえ!」

「承知!」

「ヨナ、今、作業の者たちの配置はどうなっておるか!」

 ヨナは蒼白な顔で報告した。

「右翼は二百。中央は七百。左翼は二百」

「警備兵は?」

「おりませぬ」

「おらぬ?」

「作業を急ぐため、みな丸腰です!」

「中央軍の者ども!急ぎ武装せよ!準備できた者から百ほど右翼へ向かえ!百は今すぐ武器を右翼へ届けよ!武器庫に近い者誰でも良い!もう百は左翼へ武器を!急げ!」

 中央軍の兵たちは、その曖昧な指示により大混乱を起こした。せめて将軍達をわかりやすい場所に配置して警備兵をつけておくべきだった。戦いは明日と思い込んでいたばかりに、作業を急ぐあまりに、備えに手抜かりがあった。怒号と悲鳴が右翼から聞こえてくる。オノホコもヨナも急ぎ武装した。


 クラトが右翼へ到着した頃にはもう多くの兵が斃されていた。ここにいた将軍二人も作業中を襲われ戦死していた。残った兵たちは指揮命令のないまま森の木々に隠れながら投石や作業道具で懸命に戦っていた。

「みな!ご苦労!やがてオノホコ様からの救援が来る!それまで耐えよ!」

 そう叫ぶと、クラトとその側近たちが敵の中へ突入していった。


4

 その頃。

 順調に進軍してきたアナト国王は、攻撃終末点とされた国境のムラで将軍達と軍議を開いていた。

「国王陛下。やはりここはキビとの約束通りここで留まるべきかと」

 多くの将軍、重臣がそういう意見だった。国王のみが、イズツ侵攻を主張していた。

「ここで押し通さねば、何とする!領地を拡げる絶好の機会ではないか!」

 また悪い病が始まったと、その場の者たちは思った。アナト国王は、人は良いが、異常なまでに領地拡大にこだわる。イズツとキビの二大超大国に比べ、アナト国は弱い。キビには悪いが、我が国の兵力は温存したまま、二大国がつぶしあってくれた方が良いではないか。

 重臣の一人が言った。

「領地なら、トヨ様が既に小国を従えたとの報告が来たではありませぬか」

 そうじゃ、トヨ様じゃ、トヨ様じゃという声があがり、国王はより不機嫌になった。


5

 トヨはその頃、二つ目の小国を手なづけるための交渉に入ろうとしていた。

 その国は、大国同士の戦いについて察知していて、厳重な戦時体制を敷いていた。その様な指導のできる優秀な巫女がいる事を、トヨは感じていた。そのため、今回の交渉には自身が直接行うと、ヤスニヒコに伝え、祈祷装束のまま輿に乗って待機していた。やがてヤスニヒコが戻ってきて、準備ができましたと報告した。

「申しつけた通り、クニの巫女も同席か?」

「はい。長老殿がそう約束してくれました」

「どうも、おかしな気配だが・・・」

「大丈夫ですよ。トヨ殿。目立つ殺気は感じませんでした」

「うむ。まあよかろう。いずれにしても前に進まねばならぬ」


 二人は、アナトの重臣一人を加え三人で協議の場である国王の屋敷に向かった。屋敷と言っても掘立式の高床づくりで、いくつかの小部屋が区切ってある程度の粗末なものだ。その広間に案内されて、国王の着座を待った。

 小半刻ほどして、数名の重臣達が入ってきて、最後に国王と、巫女らしい装束の若い女が入ってきた。国王は、三十過ぎの小太りな男であった。

「そなたがかの名高きトヨ殿か」

 先ずは国王からそのような質問があった。

「いかにも」

「こたびは、我が国に降伏せよと?」

 国王の極端な物言いに、周囲の重臣達は驚き、うろたえた。皆、トヨの鬼神のごとき噂を知っている。本来この場は丸く収めてアナト軍を追い払うのが方針だったはずだ。

「違う。共に生きる道を話し合いにきた」

 重臣たちがいよいよ混乱する中で、国王は目を細めた。

「ほう。してそれはいか様に?」

「その前に、私はクニの巫女殿を同席させて欲しいと要望したはず」

「巫女ならワシの後ろに侍っている」

「違う。その者は偽物だ」

 一同から驚きの声があがった。国王は冷静に微笑みを浮かべた。

「なるほどのう。ババ様の申される通りだ」

 国王がそう言い終わらない頃、隣の部屋から笑う声が聞こえ、その声の主が広間に入ってきた。それは、粗末な身なりをした老婆だった。

「そうであろう。やはりトヨ殿は本物じゃ」

 その声の主こそが、本当の巫女であった。

「すまぬ。トヨ殿。そなたの力を皆に知らしめるべく、ちょっと細工をさせてもらった」

「そなたが巫女殿か」

「いかにも」

 老婆はそう言ってトヨの横に座り、トヨの目を見つめ手をとった。そのまま二人は何も言わず、しばらくの間があった。

 やがてトヨは目を潤ませかすれた声で言った。

「巫女殿・・・」

 老婆はかぶりを振って言った。

「もうよい。トヨ殿。もう全てわかった。そなたの想いもな」

「巫女殿・・・」

「よしよし。そなたは良い娘じゃ。もうよい。こたびはそなたの想いに応えよう」

 周囲の一同は何が起こったのか分からずあっけにとられた。

「よいか、みなの者。これは我が遺言と思え、今後はこのトヨ殿を頼りとするよう」

 一同、あっけにとられ戸惑った。

「いくら何でも、こんなに急に・・・」

 老婆は立ち上がって皆に言い聞かせた。

「我が寿命は間もなく尽きる。その後のことを託せるのはこのトヨ殿じゃ。トヨ殿は皆が笑って暮らせる新しき世を願っておる。まことに正しき心根じゃ」

 一同が静かにその言葉を聞いている中、トヨは一粒の涙を流した。ここに、自分をわかってくれるお方がいたのだと。

「よいか、それだけではない。トヨ殿はやがてワノ国を統べる女王となろう。そなた達もそのつもりでトヨ殿を支えよ」

 一同のどよめきは、爆発的なものだった。

 かつてババ様の言うことに間違いなどなかった。それほど重みのある言葉なのだ。あまりにも途方もない話に一同の者が腰を抜かすほど驚いても不思議ではない。

 トヨ本人も例外ではない。

 ひとりヤスニヒコだけが面白いと感じ、笑みを浮かべた。


 その夜。

 国王の屋敷でトヨたちをもてなす宴が開かれた。兵たちも都の中で酒が振舞われ、賑やかな夜となった。

 屋敷内の宴席で、トヨの隣に座っていた国王が思いがけないことを話した。

「実はな、トヨ殿。こたびの事はもうずいぶん前から内々にババ様の予知によってワシと二人だけは分かっていたのじゃ」

 トヨは言葉につまった。

「二人とも、そなたに会うのが楽しみであった」

 側でヤスニヒコが聞き耳を立てている。

「そして、そなたはババ様の見込み通りであったようじゃ。この上は、そなたのためにいかなる骨折りも厭わぬぞ」

「陛下、畏れ入ります」

「しかしな、ババ様が言うには、そなたには他の者には真似できない破壊の力というものがあるから、それは控えた方が良いらしい。そなたの命にかかわると。身に覚えはあるか?」

 ヤスニヒコは、ピンときた。トヨは時折私の怒りに触れよと言い、世にも不思議な赤い光の波動で人を威圧する。あの力のことだ。

「その力はそなたの身を亡ぼす。気を付けなされるがよかろう。周囲の者たちも、気をつけよ」

「陛下、そう言えば巫女殿は?」

「体調が良くないからな。ふせっておる」

 しばらくトヨは考えていたが、やがて決心して国王に願い出た。

「私が神々に病気平癒の祈祷の舞を奉納いたします。どうか、楽器の準備を」

 国王は笑った。

「ババ様はもう寿命だからな。しかし、美しいそなたの舞をワシも見てみたい。よかろう。準備をさせる」

 ヤスニヒコは、不思議な成り行きではあったが、ワノ国を統べる女王などという話は面白くはあっても、誰も信じないような眉唾ものだから、あまり口にせぬ方が良いと考えていた。おそらくトヨ本人もそう考えているはず。しかし、少年の冒険心をくすぐるには格好の材料であった。


 やがて、かがり火や楽器の準備が整い、聞きなれない音曲にうまく合わせてトヨは舞った。

 かがり火に照らされ、音曲の調べに合わせて舞う、その妖しい美しさは、見る者全てを魅了した。


6

 一夜が明けて、その惨憺たる結果にオノホコは舌打ちした。丸腰で作業していたところを襲われ百人ほどが戦死した。

「全く、手抜かりであったわい」

 戦死者の中に、敵中へ切り込んだクラト将軍とその優秀な配下の者たちも含まれる。しかし、彼の奮戦によって最小の被害で済んだとも言える。

「クラト殿の討ち死には、かなりの痛手ですな」

ヨナがオノホコにそう言った。

「うむ。クラトには申し訳ないことであった」

「今後の指揮はどなたに?」

 オノホコは考えた。クラトの他にあてになる将軍はいない。

「仕方ない。わしとそなたで直接指揮する」

「私もで、ございますか?」

「他にはおらぬ。頼むぞ」

 敵は夕方には森の奥へ引き上げ、今はキビ軍も態勢を立て直し、砦に籠って新たな敵に備えている。それくらいの事のできる将軍はいるが、全体を見渡して適切な手が打てる者はいない。ここに、これより後年に勃発したチクシ大戦以降へと続く長い期間に及ぶ、オノホコとヨナによる指導態勢ができた。


7

 一方、アナト国王軍は、夜明けを待って進軍を開始した。トヨが二つ目の小国を手懐けたとの報に接し、国王の功名心が抑えられなかった。国王はトヨよりも優秀でなければならぬ。そう思い強行に進軍を命じた。むろん、その動きはテイの配下に捕捉されていた。


8

 日が高々と昇る頃。

 主戦場である蒜が原にイズツ軍本隊が到着した。百名ほどの敵を討ち取ったとの報告があり、国王は上機嫌であった。見ると向こうの尾根に敵は砦を築いている。

「よし、我が方も森の中に砦を一日で構築せよ。決戦はその後じゃ」


 イズツ本軍の到着は、オノホコからも見えた。

「いよいよだのう。皆、備えよ。敵がどう出るか、先ずは見極める。砦から一歩も出るな」

「畏れながら」

「なんじゃ、ヨナ」

「右翼右手半里ほどのところに小高い丘がございます」

 オノホコは右手方向をちらっと見た。

「ああ、あれか」

「あそこを敵に抑えられますと、やはり我が軍に不利かと」

「そなた、手抜かりか?」

「いいえ、気になってはおりましたが、百名の兵と石器ではそこまで手が回りませんでした」

 オノホコは舌打ちした。まるで本軍の到着が遅かったと責められているような気がした。

「で?」

「急ぎ二百ほど遣わして占領すべきです」

「手をうたねばどうなる?」

「中央軍の後方、キビへと向かう道が丸見えとなり、我が軍の自由な行動が難しくなります。それに、敵が我々を包囲する足掛かりともなりえます」

 しばしオノホコは考えた。そのような重要地点であれば敵も気づくはず。陣地構築を餌に、敵がそこに食いつけば、未だろくな備えもない敵本軍に痛撃を加えられるかもしれぬ。オノホコは決断した。そうなると万事行動の早いこの男は将軍達を呼び集めた。それから、アナトより譲り受けた毒矢の準備も命じた。


 ありったけの盾を準備して、丘の占領を目指しキビ軍が密かに動いた。まだイズツ軍はそのことを知らない。到着後、盾を並べて備えつつ、その前方に空堀を掘り始めた。夕暮れ時、おおまかな砦の形が姿を現す頃、イズツ軍が襲い掛かった。それは狼煙によってオノホコに伝えられ、オノホコは、前方のイズツ本軍を注視した。どうやら慌ててイズツ左翼へ兵が移動する様子が見えた。

「かかった」

 オノホコはそう確信し、左翼兵へイズツ本軍への強襲を意味する狼煙をあげた。左翼兵は毒矢を装備して、既に敵本軍近くまで進出して伏せている。狼煙を見て、一斉に毒矢を放った。そして兵たちは指示のあった通り、口々に大声で叫んだ。

「毒矢じゃあ!毒矢じゃあ!アナトの毒矢じゃあ!トヨノ御子の指図じゃあ!」

右翼の兵たちも呼応し、毒矢とトヨの名を叫びつつ反撃した。

 イズツの兵たちは混乱した。

 物見の報告を聞いてイズツ左翼への配置転換と丘の占領を指示したのはヤソであった。急な配置転換で混乱していた中の敵襲であり、さらにはイズツ兵にとって恐怖の対象であるトヨが毒矢を持って攻めてきたなど、悪夢でしかない。しかもヤソ本人が毒矢の報告に慌て、逃げた。大混乱も当たり前であった。

 天幕の下で一休みしていたイズツ国王は、寝ぼけ眼のまま、何が起こったのかと左右に聞いても皆慌てていて要領を得ない。

「トヨが現れたようです!」

 そのように報告を受けた。

「トヨじゃと?」

 そんなはずはあるまいと思っても、真相はわからない。

「誰か!急ぎ後方のヤチトを呼んで参れ!」

 そう命じながら自身が後方へ退避した。

 イズツ国王退却の報告を受けると、オノホコは戦闘停止と砦に戻るよう命令した。彼の今の目的は時間稼ぎであり、無理をする必要はなかったが、思わぬ大勝であった。昨日の仕返しには十分であった。

 兵たちが多くの敵の武器や鉄の道具を持って帰ってきた。

「これは思わぬ宝の山じゃ」

 そう思ってオノホコは笑った。


9

 尾根をひとつ越えた湖のたもとでイズツ国王はヤチトと合流した。国王にとっては寝込みを襲われたような恰好となったため、寝間着姿であった。

「誰か、陛下にお召し物を」

 ヤチトはそう命じるとともに、周囲に陣幕を張って兵たちの目に触れぬようにした。

 差し出された白湯を一気に飲み干すとひと心地ついたのか、国王はヤチトに尋ねた。

「トヨが現れたようじゃ」

「はい。逃げてきた兵たちもそのように申しておりました」

「一体、どうなっておる」

 ヤチトも黙って考えを巡らせた。テイの報告では、アナト国王軍と連携して、その近くにいるはず。いかに人智を超えた力を持つトヨでも、いきなり蒜が原に現れるとは思えない。しかも、トヨと国王は仲が悪いとはいえ、トヨ本人は人一倍肉親想いなのだ。国王の元を離れるとは考えにくい。そうなると、キビの中の誰かがトヨの名を騙ったのではないか。その様な知恵者がキビにいるとは聞いていない。キビ国王は人が好いだけの老人で、第一の将軍であるクラトは猪突猛進しか知らない。しかし、別の知恵者がいると仮定すれば、全ては説明がつく。

「陛下。それはおそらく敵の中の知恵者がとっさについたうそでございましょう」

「しかし、毒矢も持っておったぞ」

「そのような物は、事前に引き渡しておけます」

「うむ」

「まぶしいばかりに輝く光は御覧になりましたか?」

「いや、それは・・・。そなたの報告にあった光じゃな?」

「はい」

「なかった。兵たちが口々にその名を叫んでいただけじゃ」

「やはり、うそなのです」

 国王は怒気を含んだ真っ赤な顔をした。

「うそであったか!」

「まず、間違いございませぬ」

「おのれ、キビの者ども!」

「陛下。我々は大軍でございます。どのような手計者がおろうと、正々堂々の戦いをすれば難なく勝てます」

 国王は怒ったまま、乱暴な口ぶりで、その作戦を尋ねた。

「戦は、敵を包み込むようにして殲滅するが上策。よって本日、敵が目を付けた丘を奪おうとしたヤソが策はあながち間違いではございませんでした」

 ヤチトは、出来の悪い弟ながら、ヤソを貶めることはない。国王の顔色から怒気が消え、相好をくずした。

「そうか。ヤソもここにいるのだな?」

「はい。向こうの天幕の下で休んでおります」

「で、どうする?」

 ヤチトは手短に今後の作戦を献策した。そばで話を聞いていた将軍たちは、やはりヤチト様こそ頼るべきお方と感心した。


 その夜。

 イズツ国軍はヤチトを先陣に、再び蒜が原へ着陣した。およそ二千の兵のうち一千に、構築途中のままであった砦を改めて作るよう命じた。ありったけの鉄器を使って迅速に作事を行い、明後日までにはおおまかな形にするつもりであった。

 決戦は明々後日。二ノ国の援軍はまだ時間がかかるから急ぐ必要もなかった。


10

 清明な朝が来た。

 トヨは、次の小国へ向かうべく準備をしていた。この時点で、国王軍が予定より前進していることを知らなかった。国王が使いを送らなかったからだ。

 出立の挨拶に、国王の屋敷を訪ねた。

 国王と巫女は既にトヨが来るのを待っていて、にこやかに対応した。

「ババ様。名残惜しゅうございます」

「そうか。そう言ってくれるか。しかしな、そなたは留まることを許されぬ」

 トヨは沈黙した。その運命のようなものは何となく気にしていたが、容易な道でもない。

「よいな。そなたは前に進むのじゃ。迷うたら、前に進め」

 トヨは唇をかみしめ、自身の運命を思った。

「そこにいる若者、そなたの名は?」

「オオヤマト国のヤスニヒコにございます」

「おう。オオヤマトか。では噂の暴れ神は?」

「はい。我が兄、タケノヒコにございます」

 巫女は皺くちゃの顔で笑った。

「トヨ殿。そなたは決して一人ではないぞ。その若者も同じ運命を背負うておる。その兄もじゃ」

 トヨとヤスニヒコは、顔を見合わせた。お互いに、とても意外な気がした。

「他にも多くの者が手助けしてくれる。おいおい出会うこととなろう。おお、そうじゃ。我が国の心きいたる若者もこたびの戦の手助けをさせよう。そなたはこれより戦場へ向かわねばならぬ。避けては通れぬ運命じゃ」


次章に続く

完読御礼!

次回は「第九章 激突」です。

いよいよヤチトが参戦し主力軍同士の本格的な戦いが始まります。

そんな中、タケノヒコは、トヨはどのように動くのか?

ご期待ください!



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