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はじまりの物語 第五章 戦のあしおと  第六章 戦陣の原点

いつも熱心なみなさま、本当にありがとうございます。

今回は戦へのプロローグで、

第五章 戦のあしおと

第六章 戦陣の原点

をお届けします。

タケノヒコ一行の有力な協力者となるキビノ国の嫡男オノホコが登場し、鉄の力でワノ国支配を目論むイズツ国との戦いに向かいます。

それでは、お楽しみください!


第五章 戦のあしおと


1

 都に戻ると、国王からの使者がきた。

「北の港での一件、ごくろうであった。ついては労をねぎらう宴を催すゆえ、夕刻宮殿まで来られよ」とのことであった。

「シンも我が家来ゆえ、今回は四人で参る。そう申し伝えくだされ」

 タケノヒコは使者にそう答えた。

 シンは傍らで黙って聞いていたが、その心の内は感謝の心で満ちていた。


 遠くの山並みが茜色に染まる頃。

 シンは生まれて初めて立派な衣装に身をつつみ、宮殿に向かった。その嬉しくて仕方ない様子を察したヤスニヒコが冷やかした。

「これから食いきれぬほどの酒と食べ物に艶やかなおなごが出てくるぞ。腰をぬかすなよ」

「ヤスニヒコ、そうからかうものではない」

「や、ヤスニヒコ様、」

シンが緊張して尋ねた。

「あでやかなおなごとは、いかなる食い物でしょうか。きびなごのようなもので?」

 シンは勘違いしていた。言葉を知らなかったとも言える。

 三人は顔を見合わせ、大笑いした。


 宮殿に着くと、国王自らが出向かえに出てきた。にこやかな笑顔だった。北の港での一件は、頭以外のルートからもかなり正確な情報が伝わっていた。国王は、一見優男のタケノヒコが思った以上の武人であると知り、その利用価値を見出していた。

 実は、アナトノ国にはキビノ国から何度も援軍の要請が来ていた。共同でイズツ国を攻めようというものだった。イズツ国とは先祖の婚礼による縁籍関係にあり、国王は断り続けていたのだが、先立っての戦によって重臣たちも、ついに開戦やむなしと決議したのだ。このままキビノ国が攻められ、その力が弱まれば、次はわが国が狙われるは必定である。ならば二国が一枚岩となって、その力を見せつければ、うかつに攻めてはこれまいというものだ。そこで、今アナトノ国に来ているタケノヒコが大きなカードとなる。今回のよしみで参戦してくれれば、将軍としての実力は試験済みであり、さらに、背後に大国のオオヤマトも控えているとなれば、イズツ国も、日和見的な周辺の小国も、いよいようかつには動けまいという結論だった。

 タケノヒコが港で無心に学んでいる時、この国ではそういう動きがあり、既に使者がオオヤマトに向かっている。そんな事情など、おくびにも出さず、国王は今にこやかにタケノヒコを歓待している。何を思ってこの国に来たのかは分からぬが、今となっては好都合。先ずはこの小僧を手なずけておかねばならぬと、国王は冷静に計算していた。


 都での暮らしは、以前と空気が変わっていた。いつの間にかタケノヒコの事が皆に知れ渡っていて、評判が良かった。御子様をお守りし、悪人を退治した英雄として皆が尊敬の眼差しを向けていた。自ら語った訳でもないのに、何故そういう評判になっているのか分からなかったが、どこへ行っても、皆にこやかに対応してくれる。まだ十六歳のタケノヒコは、その背景にある国王の意図に気づかず悪い気はしなかったのだが、何の事はない。国王がそのように噂を流し、タケノヒコに後へはひけぬ雰囲気を作り出していたのだ。これから始まる壮絶な戦いのために。


 それから、ヤチトが顔を見せなくなった。ときおり町娘に扮して遊びにくるトヨに聞いてみたが、言葉を濁されて要領を得ない。どうやら、病弱な母親の見舞いに時々帰ることがあるようなのだが。

 トヨは、ときおり、というより毎日のように遊びにくる。以前のように、トゲもなくなり、タケノヒコだけには優しい言葉遣いをし、笑顔も多く見せるようになった。

 しかしユトは、敵なのか味方なのかよくわからないタケノヒコ兄弟を苦々しく思っていた。

 ある日、ユトは思い切ってヤスニヒコを訪ねてみることにした。先日の件もあり、気の重いことであったが、姉上に対して仇なす者かどうか、どうしても見極めておきたかった。

 足取りも重く宿舎の方に向かっていると、ちょうど市の賑やかな辺りで、にこにこしながら町娘を冷やかしているヤスニヒコに出会った。

 ダメだこいつは。

 ユトはそう思うと、憤りのような気持ちがこみあげてきて、そのまま踵を返した。

「おう、ユトじゃねぇか」

 思いがけずヤスニヒコから声をかけられたユトはふてくされたような声で返事した。

 ヤスニヒコは笑っていた。

「何だ、ユト。そんな難しい顔してたら女にもてねぇぞ」

 どうも調子が狂う。ユトはそう感じたが、ひとまず姉上を守って瀕死の重傷を負ったヤスニヒコに礼だけは言っておくべきだと思った。

「姉上を、守ってくれてありがとう」

「は?いきなり何言ってんだ?いまさら?」

人がせっかく礼を言っているのに。ユトはかーっとなり、振り向くとヤスニヒコは笑っていた。

「あたりまえだ。トヨ殿は大切なお方だ」

 ユトは言葉に詰まった。その物言いは本心のように思えた。悪い方にばかり考えて気をもんではいたものの、彼らも姉上を大切に思ってくれているのかも知れない。少しは見直したような気がして、先日からの無礼を詫びようと思い顔をあげると、2~3人の町娘に囲まれて去っていくヤスニヒコの後ろ姿が見えた。

「お調子者めがッ」

 こみあげる感情のままにそう吐き捨てたものの、ユトは細かなことにこだわり過ぎた自分の生真面目さが急にばかばかしくなった。


2

 田植えも終わり、梅雨が終わろうとしていた。

 そして、平和な暮らしも終わりを告げ、戦のあしおとが聞こえてきた。

 夏雲が湧きあがる、暑い日のこと。

 しばらく姿を見せなかったトヨが、浮かぬ顔をしてやってきた。

「田んぼの草むしりもせねばならぬというに・・・」

 唐突に、意図が分からぬことを言った。

「どうかなされたのか」

 タケノヒコが聞くと、黙ってしまった。部屋の隅っこに腰をおろして、ぼんやりとしていた。皆、どうしたものかと顔を見合わせるような状態だった。

 そこに、聞きなれない若者の大声が響き渡った。

「オオヤマトの王子、タケノヒコ殿はおられるか」

 シンが応対に出て、どなた様でございますかと訊ねた。

「キビノ国の跡取り、オノホコである」

 その男は、大声でそう名乗り、快活な笑い声をあげた。

 そのような身分の者がいきなりこんなところへ現れるとはにわかには信じがたい話ではあるが、ひとまず応対しなければとタケノヒコは思った。

「私がタケノヒコである」

 出迎えるタケノヒコに、オノホコは笑顔のまま言った。

「そうか、そなたが。噂どおり、涼やかな男であるのう。こたび、オオヤマトとの同盟がなり、そなたとはどうしても会っておきたくてこうして参った次第である」

 タケノヒコにとっては寝耳に水の話であった。

「ここでは、お話もなりませぬので、どうぞおあがりください」とスクナがすすめた。

「では、あがらせてもらうぞ」

「供の皆様は?」

「追って来る。ワシの早足に誰もついてこれんからのう」

 オノホコは高笑いし、部屋にあがると、奥にいたトヨを見つけた。

「この美しいおなごは、どなたかな」

「この国の王女トヨ殿でございます」

 ヤスニヒコが答えた。

「そうか。そなたがかの名高きトヨ殿か。これは良い時に来たものだ」

 そう言って、また高笑いした。

「そなた、何ゆえここに来た。戦の相談でもしにきたか」

 トヨは、久しぶりに厳しい表情でトゲのある言い方をした。

「それもある。しかし、今後のことを考え、そなたとタケノヒコ殿と、よしみを通じておこうと思ったのじゃ。しかしそなたは美しいのう。どうじゃ、ワシの嫁にならぬか」

 トヨは驚き、顔をあからめた。

「な、何を申すか」

 タケノヒコが言った。

「同盟とか、戦とか、一体何の話であるか。私には一向にわからぬ」

「その者の国が、けしかけたのだ」

 トヨが強い調子で言った。

「これは、手厳しい。しかし、ワシは美しいおなごには優しいでの、かまわぬぞ」

「ふん」

 トヨは怒っているようだ。

「まあまあ、オノホコ殿、私はタケノヒコが弟、ヤスニヒコでございます。先ずは旅装を解かれ、ゆるりとされよ」

「おう。そなたの噂も聞いておるぞ。年端もいかぬのに、剛力の狼藉者と戦ったそうだな」

「武芸の手ほどきを兄より受けております」

「そうか、仲の良い兄弟なのだな」

 スクナが言った。

「ささ、オノホコ様、荷物はこれへ。今、酒など用意させますゆえ」

「おう、すまぬな」


3

 オノホコは、豪快に笑う、なかなかの好青年であった。歳は十八。面白い話を語って聞かせては、皆を笑わせた。しかしトヨだけはその輪の中に入らずにいた。

 酒がすすむにつれ、話は本題に入って行った。

「ところでタケノヒコ殿。そなたの国は強いそうだな」

「国の巫女であるオオババ様の指図に従っておるまでのこと」

「そうか。しかし、そなたの力量でもあると聞くぞ」

「そう思っていただけるなら、うれしく思う」

「いや、途中、各国を行き交う旅の者にもいろいろ訊ねたが、そなたの事を悪く言う者がおらなんだ」

「あまり、上手を申されますな」

「そこでだ。近々、そなたの国より兵二百がそなたの元にやってくる手はずとなっておるが、何も聞いておらぬのか」

「聞いておりませぬ」

「そうか。ちと早すぎたか。しかし許せ。いずれわかることだ。そなたはその兵を率いて、イズツ国に攻め入ってもらう」

 急な話でもあり、同席のスクナもシンも、ヤスニヒコですら驚きの声をあげたが、タケノヒコは動じない。

「それは、我が父も同意の上でしょうな」

「もちろんだ」

トヨが大声をあげた。

「そのような事をしても、イズツを滅ぼせぬ!」

「もちろんだ。しかし、イズツの戦力を削いでおかねばならぬ。奴らは鉄の武器でワノ国を我がものにしようと企んでおるからのう。しばらく立ち上がれぬほどに叩かねば」

「いくさがいくさを呼び、憎しみの輪が未来永劫回転することに、なぜ気づかぬ」

 トヨは、苦々しげに言った。

「そうかも知れぬ。しかし、その輪はもう、回転しておるのだ。ならば早めに叩かねばならぬ。全ての国がイズツにつけば、もう手立てはない。それにイズツの背後にはカノ国の影も見える。奴らが本格的に手を出す前の今がその時機じゃ」

 トヨは、怒ってぷいと横を向いた。

 スクナが言った。

「しかし、何故わが国は、この同盟に参加したのでしょうか」

「イズツは小国どころか、大国のニノ国やクマヌ国とも手を結び、オオヤマトを包囲しようとしておるのだ」

 ヤスニヒコが言った。

「その事は承知しております。確かに対岸の火事ではありませぬ。それに昨今では、より東の大国ヒノモトノ国やツヌガ国、エツノ国へもイズツ国は鉄の道具をもって手を回し始めております。今、この同盟の申し入れは、渡りに船だったのかも知れませぬ」

「そう言うことだ。そなたはなかなか早耳だのう。それに聡い。まあ、イズツが鉄を支配する今、日和見は許されん。嫌な時代だな」

 その言葉に、タケノヒコは抵抗を感じながらも認めざるを得なかった。


 鉄は大陸のカノ国と総称される諸国から砂鉄の輸入が必要であり、製鉄のための燃料となる大量の木材も必要だ。その全てを兼ね備え、戦略的に運用できるのは、イズツ国だけである。西のチクシ大島にある、ナノ国や、イト国、トヨ国なども鉄の生産を始めているが、イズツほど大規模ではない。そして鉄は、この時代の最先端戦略物資であった。加工が比較的容易で、武器にもなれば農作業の道具にもなる。その機能性や効率性は、他の素材とくらべ群を抜いている。ただ、製法が未熟で不純物が多く、もろかったり、さびてしまったりで、保全修復の技術も普及していないこの時代、次々と新しい鉄器が必要であった。大量の食物や織物などと引き換えに、わずかな鉄器が手に入る。その力を利用し、商圏だけならまだしも、支配権をも拡大しようとしているのがカノ国に唆されたイズツ国である。イズツが支配権を目論む限り、タケノヒコたちは傘下に降るか戦うしか選択肢はない。しかし、タケノヒコたちには絶対降伏できない理由がある。それは、イズツ国の傘下に降れば租税を八割も要求されることだ。それでは民の暮らしが成り立たない。イズツ本国でさえ同じである。大陸より砂鉄を手に入れるため、イズツも無理をしている。タケノヒコの国では六割であり、この時代、穏当な税率であった。しかしさらにトヨは、六割を領民の取り分とし、租税は四割にせよと発言しているため宮殿では孤立している。その全く対極にあるのがイズツ国であるのに、トヨは非戦論者であるらしい。


「戦いでは何も解決せぬぞ」

 トヨは重ねてそう言った。

 しかし時代の流れは、個人の希望を許すほど優しくはなかった。

「解決はしないであろう。しかしな、ここにもう一つ戦わねばならぬ理由がある」

 そう言うオノホコにタケノヒコはその理由を聞いた。

「これはまだ皆の胸の内に収めておいてくれ。我が国では方々に人を放って探りを入れているのだが、その報告によると、どうもわがキビノ国とイズツ国の境にある山あいの川から砂鉄が採れるようなのだ」

「砂鉄ですと!」と、ヤスニヒコが驚きの声をあげた。

 市をワル仲間と徘徊している彼は、一度砂鉄が店先にあったのを見た事があり、恐ろしい値打ちだったので、その驚きを鮮明に覚えている。

「サテツとは?何でございましょうや」とスクナが聞いた。

「鉄の元じゃ。砂鉄を細工して鉄をつくる」

 オノホコはそう説明したが、スクナにはピンとこないようだった。

「そんなものがイズツの手に渡ったらどうなるか」

 オノホコは苦渋の色を浮かべた。

「ますます強勢となり、手が付けられなくなるやも知れませんね」と、ヤスニヒコが嘆息交じりに言った。

「その砂鉄が採れる川は一緒に湯が沸き出す不思議な川でな。結構な量が見込めるらしい」

「ワノ国でも採れるものなのですね」

「そうじゃ。ヤスニヒコ殿。そなたはやはり聡いのう。まだイズツは気づいておらぬ。だから今、先に占領せねばならぬのだ」

 タケノヒコが聞いた。

「手に入れた砂鉄はどうなさるおつもりか」

「もちろん、穏当な値打ちで同盟諸国に引き渡す。一度叩いて引っ込めても、イズツどもはいずれまた出てくるであろうからな。我々は皆が強くならねばならぬのだ」

「その事は、わが父も承知か」

「いや、まだオオヤマトにもアナトにも話してはおらぬ。どこから漏れるかわからぬのでな。だから、こうしてそなた達と顔を突き合わせて、信頼できると思うたからこそ話しておるのじゃ」

砂鉄の事は悪い話ではなさそうだとタケノヒコは思った。それにオノホコは裏表なく正直に話をしていて、信頼できそうな男だとも思った。

 スクナが素朴な疑問をつぶやいた。

「はてさて、鉄の元とは恐れ入りましたが、そんなものがあっても、つくり方わからぬではありませぬか」

「イズツは知っておる。カノ国より職人も多数来ておるしな。まあ、確かにキビノ国でも誰も知らぬが、何でも土器を焼くようにつくるらしいぞ」

「つくり方も分からぬものに血を流すのでございましょうか」

 ヤスニヒコが珍しく声を荒げて間に入った。

「今はわからずとも、いずれ分かる!それよりもあれ程高価なものが安く手に入るかも知れぬという事の方が重要だ。断じてイズツに渡してはならぬ!」

 タケノヒコは軍務に精通しているが、ヤスニヒコは政治に向いていた。普段は暇を持て余し、あちこちの市に出入りして様々な文物に触れている彼は、砂鉄の値踏みをしたうえで、国の未来が開けていく様を見ているようであった。

 オノホコは落ち着いて要点をみなに言い聞かせた。

「こたびは、二つの目的がある。未だ国境の定まらぬ砂鉄の川の占領と、しばらく立てないほどイズツを叩く事じゃ」



第六章 戦陣の原点


1

 やがてひと月もすると、オノホコの言う通りとなった。

 タケノヒコは、国王に呼ばれ事の次第を告げられた。あと十日もすればオオヤマトの精兵二百が、タケノヒコのもとにやってくるという。彼らは、先の竜山合戦をはじめ長年苦楽を供にしたタケノヒコ親衛隊ともいうべき部隊で、オオヤマト国軍の中で唯一信頼できる。その上で国王から今回の作戦について説明があった。

 先ずは、キビノ国が兵一千をもって正面からイズツ国に攻め入る。アナトノ国は国王がユトとともに、兵二百をもってイズツ国のわき腹を衝く。その間トヨは、兵百をもって動揺する周辺の小国を鎮撫し、味方に引き入れる。この二軍団は、連携できるよう、近い場所で動く。そしてタケノヒコは、親衛隊と、北の港の駐屯部隊をもって、イズツ国の都を奇襲する。

「奇襲でございますか」

 さすがのタケノヒコも驚きの声をあげた。

「さよう。タケノヒコ殿にはイズツ本国の都、そしてその近くにある鉄の産地を叩いてもらいたい」

 国王はにこやかに、そう言った。

「できぬとは申しませぬが」

 タケノヒコは浮かぬ顔だ。

「これは、そなたの父とも合議のうえ決めたことだ。そなたならできると仰せであったというぞ」

「しかし、道行も不案内なれば」

「そのことは心配いらぬ。北の港に、大急ぎで軍船の建造を申し付けておる。道案内できる者も大勢おる」

「船で攻め入るのでございましょうか」

「そうだ。この策はキビノ国の嫡男オノホコ殿のお考え。キビノ国が敵を引き付けるゆえ、空になった都を奇襲し、徹底的に叩いて欲しいとのこと」

「オノホコ殿が」

 あれから二・三日をともにし、気心の知れた仲になったとはいえ、あまりに楽天的な作戦ではなかろうか。イズツ国とて、そうそう都を空にするはずがない。

「それにな、そなたの国も、イズツとオオヤマトの間にあって、イズツの支配下にあるニノ国へ攻め入る手はずになっておる。一千の兵をもってな」

「父が、でございますか」

「いや、ご嫡男のキミナヒコ殿が大将と聞くぞ。国王はそなたの弟殿と国にとどまり、兵二千をもって南のクマヌ国に備えるらしい。いやはや、こたびの戦、ワノ国始まって以来の大戦となろう」

 そう言って、国王は高笑いした。

 つまり、三方から攻め入る事でイズツ国を包囲攻撃しつつ、イズツ寄りの周辺諸国を切り崩し、さらには都を奇襲して止めを刺すという、たしかにスケールの大きな作戦であった。

 しかし、そううまくいくものであろうか。敵にも知恵者はおろう。そう思い、タケノヒコは一抹の不安を拭いきれなかった。


2

 季節は現代の暦にして七月。暑い盛りであった。青々と、稲も育っている。

 タケノヒコは、南の港に来ていた。穏やかな南風が潮の香を運んでくる。

 桟橋の向こうに広がる田んぼの稲を眺めながら、タケノヒコは浮かぬ気分であった。あとひと月もすれば刈入れだ。その前に戦を終わらせるという。そんなにうまくいくものだろうか。楽観的すぎるのではないか。あれからトヨにも会っていない。こたびの戦、トヨはどう思っているのであろうか。そんなことを取り留めもなく考えていた。

 ふと海に目をやると、タケノヒコの兵たちが、どこまでも続く青い空のもと、きらきら光る海面に船を浮かべて、笑いながら操り方の練習をしていた。彼らは十歳で初陣した時からタケノヒコの周囲を固めてきたかけがえのない部下たちだ。数々の激戦や艱難辛苦を共にしてきた。そんな彼らを敵のど真ん中に連れて行かねばならない。果たして無事に国へ帰してやることができるのか。

「大将、どうしたんですかい?浮かぬ顔をして」

 笑いながら、副将のニニキがやってきた。

 ニニキは王族に連なる者だが、己の腕を頼りに一介の武辺者として生きている。タケノヒコの師匠であった。

「いやなに、何でもない」

「なら、笑っていてください。いつものように」

 タケノヒコは、その言葉にいささかの勇気をもらったような気がして、自然と笑みがこぼれた。

「それそれ、大将はその自信に満ちた笑顔がいいから、ワシらもつい、ついて行こうと思うんですよ」

 ニニキは手を打って喜んだ。

「今度の戦は、そりゃあ簡単ではないでしょう。海を渡って敵の都ですから。でもね、ワシらは大将となら後悔しませんぜ」

 タケノヒコは黙ってニニキの顔を見つめ、その話を聞いていた。

「それにね、おこがましいようですが、ほんの小僧だった大将をここまでの男にしたのはワシらだって思っていますぜ。ワシらの自慢の大将じゃ。だから今回も自信満々で笑っていてくだされ」

そうだな。いつものように。もう、その道しかないのだとタケノヒコは思った。

「そうそう。で、大将。後ろにいるおなごは誰です?」

 タケノヒコは、ハッと思い振り返った。全く気づかなかった自分を悔いた。そこには、トヨがいたのだ。いつもの町娘の格好をしてしゃがんでいた。トヨはくすっと笑った。

「タケノヒコ様、やっと気づいてくれましたね」

「これはトヨ殿、相済まぬことで。考え事をしていて・・・」

「大将、誰です?」

「この国の王女、トヨ殿だ」

「このお方が御子様!おおい!みんな、こっちに来て土下座しろい!御子様のおなりだ!」

ざわざわしながら兵たちが集まってきた。

「御子様か」「お美しい」「まだお若いな」

 口々にそう言いながら皆明るい笑顔だ。

 トヨは、この兵たちに一点の曇りもないまっすぐな魂を感じた。アナトノ国の民にもひけをとらない。ふと、オオヤマトに興味を覚えた。

「私は、御子様に命を助けられた。お優しい御子様である。皆、ひかえよ!」

 新入り家来のシンがそう叫んだ。

「聞いておるぞ、あの強欲なスクナから守ってくだされたのであろう」

 どっと笑いが起こった。

「おほん!とにかくひかえよ!」

 スクナは武勇もあるが強欲でもある。国の者なら誰でも知っている。彼は今、兵の半分を率いて、タケノヒコの攻撃発起点である北の港に向かっていてここにはいない。皆、愉快そう手をうって笑った。「強欲な」というくだりがよほどおかしかったのだ。

 その様子を見て、トヨも明るい気持ちになった。大規模な戦が始まるため、このところ、心が塞ぎ、神託を受けることもままならない。どうにも重い気持ちを何とかしたいと、単身ここにやってきた。タケノヒコなら、オオヤマトのオオババ様からこんな時どうすればいいか、聞いているかも知れぬという言い訳をみつけて。

「気持ちの良い兵たちですね」

 トヨはタケノヒコにそう言った。タケノヒコにだけは優しい言葉を遣う。

「みな、聞こえたか!御子様は今我らをお褒めになったぞ」

 ニニキがそう言うと、兵たちから「おおー」という声があがった。誰もこの場では口にしていないが将来オオババ様の跡をつぎ、国の巫女となるかも知れぬと知っていた。そのトヨから褒められる事は、素直にうれしかった。皆から立ち出でる喜びの気を察し、トヨもうれしくなった。このような邪気のない者を無駄に死なせないため、自分は戦陣に立つのだという、原点を思い出していた。

「しかし、あれですな。お二人はようお似合いで」と、誰かが言った。

「美男、美女ですからな」という声もあがった。

 タケノヒコとトヨは思わず顔を見合わせた。そして二人とも急に恥ずかしくなって、ぷぃと顔をそむけた。そのタイミングが不思議と一致し、それが妙に面白く、皆はどっと笑った。そして密かに「あのタケノヒコ様が何かお人が丸くなっておられる。これも御子様のおかげかのう」と噂しあった。


完読御礼!

次回は「第七章 思惑」です。

カノ国諜報員の思惑に、ヤチトが翻弄されながらも戦いに向かう様子です。

新キャラクター、イナバノ国のヤカミ姫が登場し、ヤチトに淡い恋心を抱きます。

ご期待ください。


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