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はじまりの物語 第一章1

まだ歴史とも言えない時代の物語です。

トヨとタケノヒコ、そして多くの仲間たちと出会いが、歴史の扉を押し開けていきます。

専門家の先生方やマニアの方には申し訳ないのですが、トヨは卑弥呼をモチーフに、仲間たちは日本神話の英雄たちをモチーフにし、自由な発想のもと奇想天外な物語が展開する娯楽小説です。

私のような素人が聞きかじった情報を基に構成していますので、時代考証など何もないです。

お気軽にお楽しみください!


第一章 邂逅


1

 草のにおいがした。

 ヤスニヒコは、兄であるタケノヒコに連れられて、この遠い西方の山国へやってきた。ヤスニヒコの国も山国ではあるが、ここよりもまだ平地がひらけている。


 その国を遅い春に旅立って二十日目。大半を海の上、船で過ごし、昨日ようやく上陸した。

 西方の国々は古くから大陸との交易が盛んで、珍しい文物の入り口となっていた。まだ少年の面影が残るヤスニヒコにとって、それらの珍しい品々がとても楽しみであった。

 ヤスニヒコは十四歳。中原の大国、オオヤマト国の第四王子である。特別な役職には就いておらず、また王子としての責任もない自由な身の上だった。兄のタケノヒコは第二王子であり、長兄に代わって国軍を預かる将軍である。

 二人は今回、国の将来を左右するような密命を帯びて、このアナトノ国を訪れた。


 二人を出迎える使いが港に来ていた。

 その者によると近々戦になるという。タケノヒコはぜひ見物したいと言い、珍しい品々を何よりも楽しみにしていたヤスニヒコを失望させた。


 一行は、使役のため連れてきた生口たちを荷駄とともに先に都へ向かわせ、兄弟に加え、スクナという従者の三人が使者に案内されて戦場へと向かっている。

 ヤスニヒコにとって、夜を昼につぐ強行軍のような山歩きはいくら若いとはいえ、相当にこたえた。しかしタケノヒコが、一刻も早く戦場に着きたいと言うので真夜中の今も歩き続けている。


 時は二世紀の終わり頃。

 倭国大乱と言われる時代。

 百余国が乱立し、覇権を巡って激しい戦いが続いていた。やがて三十余国へ収束し、さらに統一国家への道のりを歩む事になるのだが、それは縄文の昔より始まった耕作によって増えた人口や蓄積された富が、新しい大きな力のうねりとなって、この国の歴史の扉を開いたとも言える。


 これは、新しい時代への運命を背負って懸命に生きた若者たちの物語である。


「草が生臭いですな。この分だと雨となり、湿気に弱い弓の心配もあります。トヨノ御子様は戦をお始めになるでしょうか」

 年かさのスクナが言った。従者と言っても高級大人の家柄であり、ひとかどの武人でもある。

 アナトノ国の使者が答えた。

「いや。戦をしたがっているのはイズツ国の方なのです。御子様は決してのぞんではおられません」

「ではなぜ戦になるのか?それなりの作物を差し出して和議すれば良いではないか。麦の刈入れも、田植えも近いというに」

 二人の話を聞いていたタケノヒコが口をはさんだ。

「それではアナトノ国の民が困ろう」

「そうです。御子様は戦ものぞまれぬが、民が困るのを見捨てておけぬ方なのです」

「しかし、戦ともなれば、多くの若い者が死のうほどに」

「そこが、御子様のお力なのです。我が方に死者は出ませぬ」

「ほう、死者が出ぬというのか」

 タケノヒコは感心したかのような表情を見せた。彼は、国軍を預かる将軍である。戦えば必ず勝ち、颯爽と戦場を駆け抜けるその姿を見た者は軍神とも常勝将軍とも称えている。

「はい。我が方だけではありませぬ。イズツ国の兵も、たいした死者は出ませぬ」

「それでは戦と呼べぬではないか」

 スクナは呆れたような、良くわからないような、そんな困惑の表情を見せた。タケノヒコにも理解し難い話である。

「我が方に死者がないのは良いとして、なぜ敵方に遠慮をするのだ?」

 タケノヒコは、普段は温厚で味方から軍神と称えられる反面、戦いにおいて敵に容赦はしない。投降しないで歯向かう者達は必ず討ち果たす。敵からは鬼とも疫病神とも、暴れ神とも言われ恐れられている。

「わかりませぬ。いつも追い払うようなかっこうになります。御子様は、人が死ぬのが何よりお嫌いなのです」

「そうか。しかし国を治める者として、それはどうかと思う。追い払うだけではまた襲ってくるからな。トヨ殿は、おいくつになられるか?」

「十五にございます」

「私よりひとつ下か。ヤスニヒコと同じではないか?」

「いいえ、兄上。私は十四です」

「そうか。まあ確かに、それくらいの年で、しかも女子であれば虫も殺さぬであろう。いくら国を治める者とは言え、人殺しはしたくないであろうな」

「タケノヒコ様、そろそろ戦場近くでございますゆえ、お話はここまでに。これより先、お声をお出しにならぬよう」

 タケノヒコはうなずいた。一行が、しばらく無言で歩くと、使者が小声で言った。

「あの山がおわかりでしょうか?あそこが我が方の本陣でございます。イズツ国のものどもは左手より攻めかかるはずにございます」

 月明かりの薄い夜であったが、山の稜線は見える。この辺りは山が折り重なるような地形になっていて、峰ひとつむこうが本陣という。わずかに見下ろすような格好だ。ここで戦を見物することにし、草むらに隠れた。

 半刻もすると、雨が降り出し、大粒の雨が激しい雨音をたてた。一行は大きな木の下に、静かに移動し、雨を避けながら息を殺していた。ヤスニヒコは旅の疲れも手伝って、この雨の中、うつらうつらとし始めた。

 やがて黎明の空が白み始めるとともに、左手から、「うぉー」という地鳴りのような大音声があがった。

「始まったな」

 タケノヒコが落ち着いてそう言った。

「イズツ国のものどもの姿は見えませぬな」

「山の中でございますゆえ。しかし御子様には見えておいでのはず」

「そなたの言うことはわからぬ。雨は小降りになったといえ、夜も未だ明けず、山の中であるのに、見える訳がなかろう」

「スクナ様、そこが御子様の不思議なところでございます。まあ、ご覧あれ」

 大音声がどんどん近付いてくる。しかし、本陣は静まりかえっていた。

 スクナが興奮気味に言った。

「まさか、寝込みを襲われたのではあるまいか!」

「スクナ様、大丈夫です。落ち着いて」

「わしは落ち着いておる!早くしないと、本陣深くつかれるではないか。イズツ国は鉄の武器を多く持っているというに」

 使者は微笑を浮かべ、スクナの言葉を聞き流した。

「そなた、わかっておるのか?」

 スクナは、いよいよ興奮した。

「スクナ、落ち着け。我々がどうこう言っても仕方ない」

「しかしタケノヒコ様、このままでは」

 タケノヒコはニコッと笑った。

「オオババ様の目にとまるほどのトヨ殿だ。万にひとつもなかろう」

「兄上、あれ!」

 ヤスニヒコの指差す本陣の方に、半円形の炎があがった。これはどういう事か。この期に及んで火事なのか?タケノヒコ一行の三人が一様に驚いているところに、使者が手短に説明した。わざと敵をおびき寄せるため、矛の先に油を塗って燃やし、目印にしているという。

 驚きはさらに続く。

 雲の切れ間から、まさに今、天に昇らんとするまばゆい朝の光が差し込んできた。その光を浴びて、トヨノ御子らしい女が、半円形に並びたつ火の矛の真ん中にある高座に立ち、圧倒的な光をまとっていた。その姿は、世界をあまねく照らさんばかりの清明な力を持つ神々しいものであった。

 美しい。

 タケノヒコはそう思った。

 ヤスニヒコもスクナも言葉を失う思いで見つめていた。

 トヨは両腕を高々と掲げ、それを合図にアナトノ国の兵が鬨の声をあげた。

「おぉー!」

 その声は鋭く短く、しかし、はらわたに響く大きなものだった。

 トヨが左手をゆっくりと上げた。その指し示す方角と高さに、一本の火矢が飛んでいった。すると、それを見習うかのように無数の矢が、それこそ、まるで雨でも降らすかのように飛んで行った。そして今度は右手を上げた。同じように右手にいた兵から火矢が一本、指す方に飛ぶのに続き、無数の矢が雨あられのごとく飛んで行った。敵方から悲鳴のような声が無数にあがる中、御子は悠々と振舞っていた。

「勝ったな」

 タケノヒコはそうつぶやいた。

「もはや敵には戦う気力がないだろう」

 使者は、ゆっくりうなずいた。スクナとヤスニヒコは何が起こっているのか、よくわからないようだ。

「しかし、本当に不思議な力をお持ちのようだ」

「タケノヒコ様にはおわかりで?」

「確かにあれなら大した死者も出るまい。トヨ殿は方角と高さを示して、敵の鼻先に矢を放たせているのであろう?」

「はい」

「狙いうたれると、さぞ恐ろしかろうな」

「盾をもって防いでも、あれだけの矢に狙いうたれる恐ろしさは、計り知れませぬ」

「しかも、天をも味方にしているようだ。日の光を浴びて輝いておった」

「いつもあのような塩梅で。ですから、別に、日ノ御子様と呼ぶ者もおります」

「そうか」

 そう言うとタケノヒコは笑った。


 戦いは終わった。

 実にあっけないものだった。戦意を失くしたイズツ国の軍は退却して行った。


 御子の軍は、矢の回収と神への感謝の儀式を行うため、しばらく居残るらしいので、タケノヒコの一行は先に都へ行くことにした。その道すがら、タケノヒコは使者に様々なことを聞いた。

 アナトノ国の矢は、十本に一本の割合で毒矢が混じっていること。代々秘伝とされるその毒のせいで、敵は力攻めをためらうらしい。また、イズツ国は今回本気で攻めてきたわけではなく、本当の狙いはセトノ海の制海権を握る南の大国キビノ国攻略であり、牽制のため攻めてきただけだという。アナトノ国の軍を北方につりあげ、南方のキビノ国へ合流しないようにしたらしい。本来アナトノ国とイズツ国は遠縁であり、キビノ国へ援軍を送るつもりはないので、はなはだ迷惑な話であるという。

 そうした話を聞くうち、この使者は只者ではないと、タケノヒコは思うようになった。情報の量が豊富で、明晰な状況判断ができている。やや警戒感も覚えたが、その涼やかな笑顔と人柄には惹かれるものがあった。

「そなた、年はいくつだ」

 タケノヒコが唐突に尋ねると、使者は軽やかな笑顔で答えた。

「十七にございます」

「私より年かさか。ならば、私に気兼ねせずとも良いぞ」

「身分が違いますれば」

「そなたは不思議だ。ただの下戸とも思えぬ。さぞかし名のある大人であろうに」

 使者は、微笑みを見せてかぶりを振った。

「ただの下戸でございます」

 タケノヒコは納得しがたい思いであったが、それ以上の詮索をやめた。それよりも重大な使命が一行にはある。


 タケノヒコの国には一人の有能な巫女がいる。名をモモソと言うが、国の者はオオババ様と呼ぶ。二百年以上続くタケノヒコの国において、曾祖父の頃から、その妹であったオオババ様の卓越した予知能力によって周辺の豪族を従えて勢力を拡大し、今や強力な軍事国家として知られている。しかしながら高齢となり、その力が衰えはじめた今、周辺の大国であるクマヌ国、ニノ国が遠方のイズツ国らと図りタケノヒコの国を狙っていた。オオババ様が神託を受けたのは、そのような情勢の中であった。


『西の国、山の中にトヨなる御子あり。この先を照らすものなり』。


 そこで多くの旅の者に話を聞いたところ、それはアナトノ国のトヨノ御子であろうとわかった。アナトノ国といえば、先祖を同じくすると言われる国であり、先ずは様子を見てみようと、王子であり将軍でもあるタケノヒコが、こうしてやってきたのだ。父国王からは状況次第で、そのままトヨを連れて来るよう密命を受けている。オオババ様の後継ぎにできないかと考えてのことだ。


 先ほどの戦でトヨの力はわかった。タケノヒコの彼女への興味は、ふくらむばかりであった。


完読御礼!

週一ペースで連載したいと思います!

今後ともよろしくお願いします!

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