第四話 不倫、ダメ、絶対。
〜 王都ユーフェミア ブレスガイア城 王族居住区 迎賓室 〜
「さあ、マナカよ。遠慮することはない。存分に食事を楽しんでくれ。特に城のシェフの魚料理はオススメであるぞ。」
国王様が酒杯を掲げる。
それに対して、俺もグラスを掲げて返礼し、中身を軽く呷る。
現在俺は、城の中でも王族が暮らす、普通だったら入ることなど出来ない区画にある迎賓室で、国王様直々に饗され夕食をご馳走になっている。
目の前の広いテーブルには所狭しと料理が置かれ、元々大人数用らしく、空席の椅子も並んでいる。
いや、俺自身ドウシテコウナッタ状態だ。
謁見が終わって野暮用を済ませて、また待機室に戻されて、次に呼ばれたのが此処なんだよ。
例の如く姫さんに先導されて、なんかやけに城の奥に行くな〜って思ってたら、これですよ。
「国王陛下。私のような者に過分なるお心尽くし、深く感謝致します。」
そうお礼を言ってグラスを置き、料理に手を付ける……のだが。
うん、正直緊張で味なんて全然分かりません!!
ちなみに、アザミさんはこの部屋の隅にもテーブルが設けられており、そちらで別個饗されている。
いやほんと、ドウシテコウナッタ!?
国王様の顔を窺うが、なんだか不満そうな顔をしている。
え、何か粗相でもしちゃったのかな!?
「ここは公式の場ではない故、礼節など気にせんで良い。先の謁見の際に垣間見せた、あの姿がお主の本来のものであろう? あれで構わん。友誼を交わした以上、お主と余は対等なのだからな。娘のフリオールには、素で接しているのだろう?」
いや、そんなこと言われましても……!
あ、これダメだ。これ梃子でも動かないヤツだわ。
国王様の強い眼差しを受け、俺はすぐにそう理解してしまった。
「はぁ……後から文句言わないでくれよ? これでいいかな、王様?」
結果俺が折れましたとさ。
まあ姫さんを揶揄って遊んでる時点で、今更っちゃあ今更だしねぇ。
「うむ。それで良い。さて、お主の緊張も解けたところで、そろそろ余の家族を改めて紹介しよう。入って参れ!」
王様の声掛けに、部屋の奥側の扉に控えた使用人がその扉を開く。
そしてその奥から、男女混合の騎士達に護られるようにして、複数の人物が入室してくる。
その人物達の正体に思わず席を立とうとするが、王様の手振りによって制された。
そうこうしている間に、護衛の騎士達は退室していき、後には王様の両脇に、此方に相対して居並ぶ王家の面々。
王様が目配せをすると、一斉に礼をしてから、順に自己紹介を始めた。
「ユーフェミア王国王妃、【グレイス・モルドレッド・ユーフェミア】と申します。此度の王国へのお力添え、陛下と共に改めて感謝申し上げます。」
最初に名乗ったのは、王様の奥さんである、王妃様。
どうも、式典の時ぶりですー。
王様が47歳なのに対し、なんと王妃様は34歳! 若いな!?
計算すると16歳の時に第1子である元王太子を出産したということになる。
当時29歳の王様と16歳の王妃様……犯罪臭が……ゲフンゲフンッ!
「ユーフェミア王国第2王子、【セイロン・ユーフェミア】です。この度は貴殿と交友を深める場と聞き、同席させて頂くことと相成りました。よろしくお願いします。」
穏やかな口調で自己紹介をする第2王子。
アネモネさん情報では、王都の学園を飛び級で卒業した秀才で、既に政務にも一部携わっているとか。
相手との距離の取り方、一応王様の賓客である俺に対する接し方を見ても、飛び抜けた頭脳と要領の良さを感じさせる。
「ふんッ。ユーフェミア王国第3王子、【ユリウス・ユーフェミア】だ。言っておくがオレは呼ばれたから来ただけだ。魔族と仲良くするつもりは無いからな、オレのことは構うなよ?」
The 悪ガキって感じ?
こちらを見下したような物言いに、着崩した礼服。家の威光で好き勝手やれれば良いって感じの擦れた印象。
あ、王様と王妃様が頭抱えちゃってるよ。
あら、姫さんや第2王子まで。
「だ、第4王子の、【ミケーネ・ユーフェミア】です。よ、よろしくお願いします……」
家族全員が金髪の中、唯一人白髪を持つ少年。
姉である姫さんに背中を押され、オドオドしながらも自己紹介を済ませた。
隔世遺伝なのかな? 見た目の違いで虐められた過去でも有るのか、歳の割には元気が無く、内気な印象を受ける。
「改めてだが、ユーフェミア王国第1王女、【フリオール・エスピリス・ユーフェミア】だ。エスピリス領の領主も兼任している。移民団の支援物資の件、改めて感謝する。今後ともよろしく頼む。」
はい今更ですね。
次々〜と視線を移す。
なんか『おいっ!?』とか聴こえるけど気にしたら負けだ!
「ユーフェミア王国第2王女、【マーガレット・ユーフェミア】ですわ。わたくし、あのお兄様を退けたという貴方に興味が有ったんですの! それと、迷宮のことも色々教えて欲しいですわ! よろしくお願いいたしますわ!」
き、金髪縦ロール……だと……?!
しかも『ですわ』だとおぉぉッ!?
整った容姿とお嬢様言葉で、大人びた印象を受けるが、これでも12歳らしい。将来に非常に期待が持てる宝石の原石のような少女だ。
しかも明るく、好奇心旺盛そうに瞳を輝かせ、気さくな語り口も好印象だ。
うむ。どうやら俺の第2の妹は、王城に居たようだ。
それぞれに会釈を返し(若干1名返したくなかったけど)、俺プラス王家の皆様勢揃いで食卓を囲む。
「これが余の家族だ。まああと1人、お主も良く知る者も居るが、其奴のことは置いておこう。皆、改めて、この度王国に救いの手を差し伸べてくれた、マナカ・リクゴウ殿だ。余と既に友誼を交わした身故、立場は余と対等である。心するように。」
そう言って、徐に酒杯を掲げる王様。
「それでは、王国とマナカの迷宮の友好と前途を祝して、改めて乾杯とゆこう。」
王妃様達王家の面々も俺も、王様に倣いグラスを掲げる。
「民の安寧と我らの友誼に……乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
そうして晩餐が再開され、王家の面々との親睦会(事前告知無し)が幕を開けたのだ。
そんなお食事会は意外にも賑やかで、俺の左隣の空いた座席に、王家の人達が1人ずつ、入れ替わり立ち替わり着席し、会話と食事を楽しむという形式だった。
〜 王妃様の場合 〜
「失礼しますね。この度の愚息の件については、先程お聞きしました。本当に感謝致します。陛下のお心を病ませていたあの一件を、最良の結果に導いて下さったこと、なんとお礼を申し上げたら良いか……!」
そう言って、俺のグラスにワインを注いでくれる王妃様。
王家御用達の化粧品やエステでも在るのだろうか。34歳とはとても思えない若々しい美貌に、人妻の色気が相まって……
ハッ!? いかん! 何を考えているんだ俺は!?
この女性は人妻だ! 旦那は目の前に居るんだぞッ!?
煩悩め! 邪念め! 退散せよッ!!
「ど、どうかお気になさらず。姫さん……フリオール王女を悲しませたくなかったから、やっただけですので。それに、俺個人の報復はちゃんとさせてもらいましたからね。」
そう答えて王妃様のグラスにも返杯する。
グラスを合わせた音が耳に心地良いね。
「ああ……! わたくしも拝見しました。あれは傑作でしたわね。いくら小言を言っても手癖を改めなかった愚息も、あれならば良い薬になったでしょう。」
コロコロと可愛らしく笑う王妃様。
くっ! 耐えろ俺の理性と精神よッ!!
そう。俺は謁見の後要求通りに、王様が直々に見届ける中で元王太子であるウィリアムへの復讐を果たしたのだ。
何をしたかと言うと、シュラに借りた【猫パンチグローブ】――シュラが先の動乱の戦いで用いた装備で、相手に致命的な手傷を与えないよう、強制的にダメージを減衰させるグローブ。衝撃を与えると肉球がプニッ♪ と鳴る――で、正面から顔面を殴り付けただけだ。
結果、ウィリアムの前歯は4本が折れ、2本が欠けるという大惨事で、文字通り他人様に顔向け出来なくなった、というわけだ。
いくらあの整った顔でも、目立つ前歯が折れたり欠けていれば、おピンクなムードさんも今後は出る幕無いだろうさ。
武士の情けで強力な睡眠魔法で眠っている内に殴ったから、痛みも無かっただろうしね。起きたら知らんけど。
しかし、王妃様……?
如何に問題児とはいえ、自分の息子が悲惨な事になったのにコロコロ笑うって、どんだけ苦労させられたんですか。
意外と黒いな?
はっ!? こ、これが王家の闇か!!??
〜 セイロン王子の場合 〜
「それにしても、友誼の証とはいえ、伝説の霊薬であるエリクサーを献上するなど、思い切ったことをなさいましたね?」
どうも彼はお酒が苦手らしく、手に持って来たのは紅茶の入ったティーカップだ。
故に乾杯などはせず、俺もゆったりとしたペースで飲めている。
「俺としては、あの場で王様にも飲んで欲しかったんですけどねぇ。そうすれば王様は若返り、まだまだ精力的に善政を敷けるって魂胆だったんですけど。それにお妃様もまだまだお若いのですしね。」
おっと、酒のせいか余計なこと言ったかな?
あーでも仮に飲んで若返ってたら、奥さんが可哀想かな。その場合はもう1本用意することになったかもね。
「私も貴方と同意見ですね。父上がお歳を召したことが此度の継承争いの発端ですし、もし若返ればそれらは無意味となったでしょうね。正直私も、担ぎ上げられて辟易していましたので。」
おや、意外だね? 兄のウィリアムと違って野心は無いんだ?
「それはなんとも、心中お察しします。しかしセイロン殿下の派閥は、王太子派の次に勢力が大きかった筈ですが?」
プライドが高いと前情報で聞いてたから、てっきり彼も王位を狙ってるもんだと思ってたけど。
「貴族達が勝手に盛り上がってただけですよ。私としては、政務を補佐する傍ら、静かに趣味の読書に没頭出来れば、それで良かったんですけどね。」
一瞬疲れた顔を見せる。
これが本音とも取れるが、何しろ優秀な王子だ。
それに王太子が脱落した以上、最有力は彼になるわけだし、安易な判断は下すべきではないかな?
「まあ何にせよ、今は国内の混乱を治め、移民計画を成功させることが急務ですから。暫くは貴族達も大人しくなるでしょう。父上の新たな友人のお陰で、だいぶ力も削がれたようですしね?」
意味深な流し目でこちらを見るセイロン王子。
ふむ、裏の狙いも筒抜けか。益々油断ならないねぇ。
「そうであれば何よりですよ。俺も身体と懐を痛めた甲斐があったってもんです。移民の件、セイロン殿下も是非、お力添えをお願いしますね。」
なんだか取引先との営業トークみたいになりました。
的確に此方の意図を見抜いているから、なかなか気の抜けない話し相手だったね。
〜 ユリウス王子の場合 〜
「くそ! なんで俺がこんな奴と……!」
おうおう、イキってるねぇ少年よ。
ユリウス・ユーフェミア第3王子。
王都の【ブリガント王立学園】に在学中で、身分に擦り寄る取り巻きを引き連れて、一大勢力を築いて日々闊歩しているらしいが……
「まあまあ、酒は飲めるんだろう? とりあえず1杯付き合えよ。」
そう敢えて砕けた口調で言ってボトルを差し出すと、ジロリと俺を睨め付け、仏頂面でグラスを差し出してきた。
親父さんの手前無碍にはできません、って感じだね。
「ユリウス王子は、王都学園に在学中だったっけ? 成績も優秀で、人望もあるって聞いてるけど?」
「……ちっ!」
わお。露骨に嫌そうな顔して舌打ちのオマケ付き。
しかし俺は、さり気なく兄のセイロンをチラ見したのを見逃してないからね?
「学園の話は嫌ってか? 兄貴と比べられるから?」
「んなっ!? な、何を言っているッ!?」
ほーら図星さん。
注目を嫌ってか、直ぐに声のトーンは落としはしたが、それだけでもうバレバレでんがな。
「優秀な兄貴は飛び級で卒業したし、さらにその上にはウィリアムというこれまた優秀な王太子もいる。肩身が狭くて、だから嫌なんだろ?」
優秀な兄貴達へのコンプレックスで凝り固まって塞ぎ込んで、当て付けるかのように素行が悪くなった。
名家あるあるってヤツかもね。
「……うるせぇよ。お前には関係ないだろうが。」
お、いい飲みっぷりだねぇ若者よ。
なんかスナックで若い新規客と話してる気分だわ。
「でも学園には友達もいるんだろ? 良く連るんで街に繰り出してるって噂だぜ?」
はい。これもアネモネさん情報でございます。
それらを踏まえて判断した結果、俺はコイツを弄って、仲良くなることに決めたのだ!
あん? なんだよ姫さん。そんな胡乱気な目で人を見るんじゃありませんよ!
「……アイツらは、俺の身分にゴマすって甘い汁を吸おうとしてるだけだ。友達なんて、居やしねえし欲しくもない。」
まーったくこのガキは! 拗らせ過ぎだろうがよ。
「あのなぁガキンチョ。いくら兄貴達と比べたって、そりゃどうしようも無いことだぞ? 過去なんて変えられないんだからな。その上で、お前がどうしたいか、どんな男に成りたいかが大事なんじゃねえか。」
グラスにお代わりを注いでやる。
俺も手酌でお代わりし、半ば無理矢理グラスを合わせる。
「兄貴は兄貴、お前はお前だ。王族の義務やら責任やらは一旦置いとけ。とやかく言ってくる連中なんか、お前が代わりにやってみろって言ってやりゃいいんだよ。王子なんだから、偉そうによ。言ってみな? お前はどう成りたいんだ?」
呆けた顔のユリウスの頭に手を置き、クシャクシャと髪を乱す。
その手は即座に叩き落とされたが、ユリウスは俯き、戸惑いながらも口を開いた。
「俺は……強く、なりたい。姉上や兄上よりも強く、出来損ないだなんて言わせないくらい強く……!」
ははっ! やっと素直になりやがってコヤツめ。
酒の力も有るだろうが、これがコイツの本音ってやつだな。
そうとなれば話は早い。
「おう。それでいいんだよ。見たとこお前は武芸の才能がありそうだし、体格も良い。俺に特訓させりゃ、辺境伯のおっさんだって捻れるくらいにしてやるぜ?」
あのおっさんも大概化け物だからな。でもコイツはまだまだこれからだ。
血統のお陰か才能にも恵まれてるんだし、根性さえあれば、強くなんて直ぐになれらあ。
「あ、あの【軍神】マクレーン卿をか!? お、お前それは、本当なんだろうな?!」
案の定食い付いたねぇ。若いっていいわー。
あ、俺は0歳だったわ。
「ああ、約束してやる。学園の長期休みに、俺の迷宮に遊びに来いよ。1から鍛え直してやっから。」
でも。
「ふたつ条件がある。聞くか?」
父親譲りだな。
強い、真っ直ぐな目で俺を見て頷くユリウス。
やっぱり根は素直じゃねえか。
「ひとつ。今侍ってる取り巻きと距離を置け。上辺だけの連中なんて、国王でもない限り居るだけ邪魔だ。それにそういう奴らは民を虐げる。お前も似たようなことしてたかもしれんが、金輪際やめろ。」
指を1本立ててハッキリ言ってやる。
下手すりゃコイツの孤独感を強めるが、評判からもう歪んでるんだ。多少の荒療治は必要だ。
「ふたつ。友達を作れ。身分なんて関係ない、本音で馬鹿を言い合える友達を、支え合える仲間を、5人作ってその時連れて来い。それがお前の、本当の力に、本当の強さになるからよ。」
もう1本指を立てて、笑ってやる。
ひとつ目の時と違い、面食らったような顔をしたユリウスは。
「アンタ、魔族のくせに無駄に人間臭いな。それに言ってるセリフもクサいぞ?」
苦笑しながら、頷きながら。そんなことを言ってきやがった。
「テメ、このやろ! 折角のいいセリフを茶化すんじゃねえよ! 罰としてもっと飲めコイツめ!」
再び頭をワシャワシャして、グラスに波々注いでやったわ。
そして最後には、自然な感じでグラスを合わせることができた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今回の晩餐会ですが内容が長いので、もう一話続きます。
ほのぼの道を邁進する真日さんを、どうぞこれからも応援してくださいませ。
m(*_ _)m




