第三話 その点に関しては遺憾の意を表明するっ!
アーセレムス大帝国
ダンジョン【帝剣城ユーナザレア】
「貴様……何故外した」
俺が振り下ろした拳は、仰向けに転がった近衛兵団団長……ランスロットの頬の真横で、石畳の床に突き刺さっていた。
「うるせぇ。アンタを殺したら、ナザレアが本当に独りになっちまうだろうが」
俺はそう吐き捨てると、結界魔法を使ってランスロットの両手首と両足首に枷を創り出して拘束する。
「父親や影武者には人形扱い。相談出来る皇族の家族も居ない。さらに信頼していた家臣には話を信じてもらえない。そんなのあんまりじゃねぇか。このバカかってくらいデカい大帝国で、彼女は独りぼっちなんだ。それが俺には気に入らねぇ」
「意味が分からん。お前は我等の敵だろう」
「ああ、敵だね。味方になんかなってやるもんかよ。ちょっと姿形が違うだけの、心も有り会話も出来る異種族達を滅ぼそうとする国なんか、欲に塗れた人間だけが幸福を享受する国なんか、出来れば近寄りたくもないね。
「だけど俺は知ってる。異種族だろうが、俺みたいな胡散臭い悪魔の男の目を真っ直ぐ見て、向き合ってくれる人間だって居る事をな。ただそれだけの事だ」
そう言い捨てて、俺はランスロットに背を向ける。
顔を向けた先では俺の家族たちが、ちょうど近衛兵達の制圧を終えたところだった。
「マスター、こちらの制圧は完了しました」
「ありがとう、アネモネ。みんなもご苦労さま」
俺は大勢と戦ってくれた家族たちにお礼を伝えながら、歩み寄る。
うん。ナザレアのことも無事に守ってくれてたみたいだな。ありがとね。
「まあ勇者だかに比べれば、歯応えは柔かったのじゃ」
「同感ですね。まあ練度と技術は中々だったと、アザミは思いますが」
「そうでありやすね。流石は近衛って事でしょうが、まあまあの剣の腕でありやしたよ」
「吾にかかればこんなもんであるッ!」
我が家の四天王たちは安心して戦わせられるな。案の定無傷だし。アネモネさん? 言わずもがなだよ。
「マナエ、フリオール、それにレティシアは大丈夫か?」
俺は残る家族、若干戦闘力に劣る三人にも声を掛ける。
いやまあ、それでもマナエは俺のステータスの七割くらいは引き継いでるし、フリオールもレティシアも、今や王国軍の中では最強くらいには成長してるんだけどね。
「問題なっしんぐだよー、お兄ちゃん!」
「ふむ。隊長の指導が良いのであろうな。だが素直過ぎる剣筋であったぞ」
「ですね! マナカ殿との駆け引きを身体で覚えていれば、真っ直ぐな剣が如何に脆いか良く分かりますね!」
こっちも問題無さそうで何よりだ。
ていうかレティシアさん? それは褒めてるんだよね? 俺との訓練のせいで邪道を知ったみたいな言い方やめてくれない?
「我が近衛達が……こんなにアッサリと……!」
おや、ナザレアが目をパチクリさせて驚いてらっしゃる。
あーそっか、飛空艇での戦いの時は俺の転移に巻き込まれて途中のゴタゴタまでしか観られてなかったもんね。驚いてもらえて、主としては鼻が高いな。
「さてと」
俺はみんなから離れて、死屍累々といった様子で転がっている近衛兵達を結界で拘束していく。
うん、後で追い掛けて来られても面倒だしね。
帰りには解いてあげるから、大人しく転がっててねっと。
「それでマナカ。これからどうするのだ?」
粗方拘束し終えた俺の元へ、フリオールが近付いてくる。一応は戦争の延長戦みたいなモンだし、連合軍指揮官の王様の娘としては気になるところだろうね。
「決まってるだろ? 城を登って、大帝をぶん殴る。そんでもって邪神マグラ・フォイゾを舞台裏から引きずり出す。それだけだ」
俺は肩を竦めて、冗談混じりだが紛うことなき本心を伝える。
気に入らないからぶっ飛ばすとか、俺も大概脳筋かもな。
でもさ、大帝だけは……アイツの在り方だけは許せないんだ。しょうがないだろ?
それに勝敗が決定すれば、あの悪意の塊りである邪神マグラも出て来るだろうしな。
「了解した。久し振りの、家族揃っての迷宮攻略……という事か」
「そだな。最後にみんなでダンジョン入ったのって、アレか。俺のダンジョンのリニューアルの時の試験以来だったか」
「その通りだな。あの時は本当に……本当に酷い目に遭った……!」
あれ、フリオールさん? どうして剣を抜こうとしてらっしゃるのかしら? あれ、みんなも? なんで俺にそんな怒りの感情を向けていらっしゃるんでしょうか……?
「何を不思議そうな顔をしとるんじゃ戯け。儂らが主様のダンジョンで、どれだけ“とらうま”を植え付けられたと思っておるのじゃ」
「ううう、もうスライムは嫌なのである……!」
「マミーが……マミーの群れが減らないんですよぉ……ッ!」
「あははは……あたしも蟻とか蜂とかの蟲さんはヤダなぁ……!」
うん、ちょっと待とうか。とりあえず武器は仕舞おうか。話し合おう。話せば分かる。
涙目で武器を構えられるとかなり怖いから、ね? 一旦落ち着こう?
「あー……えーとナザレアさん!? とりあえず上へは奥に進めば良いのかなぁっ!?」
「え? は、はいっ! 城の一番奥に階段が在りますが――――きゃっ!?」
「よっしゃ道案内頼む! “三十六計逃げるに如かず”だ!」
「あわわわわっ!? ぶ、無礼者っ! 不埒者っ! 何でいきなり抱き上げるんですかぁっ!?」
「イテッ、アダッ!? 痛てぇって! いや、みんなのトラウマが再燃したから俺の身が危険が危ない――――」
「待て、マナカとかいうの」
あん!? 何だよ一体!?
ナザレアをお姫様抱っこして殴られながらも家族たちから逃げようとした俺を、低い声が呼び止める。その声の主は先程俺に伸された近衛兵団団長、ランスロットだった。
「何だよ? 怪我の事なら言っとくが謝らねぇぞ? そもそもタイマンに付き合ってやったのだって、アンタを一端の武人だと思ったから、敬意を評しただけなんだからな」
そうじゃなきゃ誰が素手喧嘩なんざするかよ。無力化するだけなら、いくらでも悪辣な手段が思い浮かんでるしね。
あれ? 俺ってもしかして、かなり性格悪い……?
「怪我の事など良い。それよりも殿下。どうか私も同行させていただきたい」
「ランスロット……?」
未だに俺にお姫様抱っこされているナザレアが、訝しむようにランスロットを見返す。
「殿下。一体何が起きているのか。その魔族の男……マナカが言っている事や殿下のお言葉の真偽を、確かめたく存じます。どうか私に見届けさせていただきたい。一体何方が、私が仕えるべき真の皇族なのかを」
「甘ったてれんじゃねぇよ」
俺の腕の中のナザレアに頼み込むランスロット。その言い草に、俺はカチンときて思わず口を挟んだ。
「てめぇの主くらいてめぇで見定めろや。アンタそんなんでも元はナザレアに専属で仕えてたんだろうが。そのナザレアの言葉を端から疑って偽物扱いまでしておいて、何が『見届けたい』だよ? ついて来たけりゃ這って来い、這って」
「ま、マナカさん……」
「大体専属の近衛だったなら、ナザレアの血の呪いの事とかも色々と知ってたんだろうが。それを解決は無理としても、どうして味方になってやらなかったんだよ。どうして今の今まで、この娘を独りぼっちにさせてたんだよっ!」
「…………」
「ダンマリかよ、ふざけ――――」
「マナカさんっ。もう……結構です。彼とて軍人です。上意とあらば、逆らえないのが当然なのですから……」
苛立ちのままに捲し立てる俺を遮って、寂しそうな笑顔で俺を宥めるナザレアに、俺は何も言えなくなる。
「…………ああ〜、もうっ!」
俺はナザレアをそっと床に降ろすと無限収納を漁り、小瓶を一つ取り出してランスロットに投げ渡す。そして結界の拘束を解除した。
「……貴様、これは……」
「上級ポーションだ。欠損は無理だが、骨折程度なら簡単に治せる。いいか、絶対に邪魔だけはすんじゃねぇぞ? 変なコトしやがったら今度は骨折じゃ済まさねぇからな?」
「……感謝する」
「うるせぇ、感謝なんかすんじゃねぇ。どうしてもしたいならナザレアを護り抜け。それ以外では受け取らねぇよ」
「……承知した」
頭をガシガシ掻いてふと振り返ると、いつの間に怒気と武器を収めたのか、我が家のメンツがニヨニヨしていた。
「いやぁ〜、なんとも気障じゃのう」
「『感謝などするな』であるかぁ〜。カッコよかったのであるよぉ〜?」
ん゛ん゛っ、コイツら……!
ヒトが苛立ちのままに吐き出した言葉を揶揄いやがって……!
「シュラ、三日間酒抜き。グラスは同じく菓子食べるの禁止な」
「コラ!? なんでじゃッ!?」
「貴様殿そんな殺生なぁッ!?」
「知らんわぁッ! ヒトの純粋な気持ちを揶揄うヤツにはお似合いの罰だ!!」
他のみんな? 口に出さなかったからまあセーフ扱いだな。
迂闊にも口を滑らせた愚か者二人にすがり付かれていると、ナザレアが回復したランスロットを連れて戻ってきた。
「マナカさん……ありがとうございます」
「おいおい、礼なんていいよ。俺は言いたい事言って、やりたい事やっただけだからね。それより、案内頼むよ?」
「はい! お任せ下さい!」
幾分かは表情の明るくなったナザレアを先頭に、俺たちはいよいよ、帝剣城の奥へと足を踏み入れて行った。
◇
「予想よりも随分と面倒くせぇなぁ……!」
四階で奥を目指す俺たちに、容赦の無い洗礼が降り掛かってくる。
皇族の居住区画となる三階の最奥。
そこには重厚な格子扉によって閉ざされた階段が在った。そこをイチが綺麗に斬り裂いて登って来たは良いんだけど……。
「あーんっ! コイツらあたしと相性悪過ぎぃーッ!」
「マナエ、槌に拘らずに魔法も使いなさい!」
「殿下、大丈夫ですかっ!?」
「ああ、我は大丈夫だ。しかし初っ端からこのレベルか……!」
広い上に遮蔽物となる柱の建ち並ぶ回廊を、縦横無尽に飛び回る無数の“生ける武器”達。
鋭い剣が、槍が、斧が、鎌が、柱を目隠しに使いながら次から次へと襲い掛かって来たのだ。
「ふーむ、コレは参考になるな。今度ウチのダンジョンでも取り入れるか。上級者向けの階層に吸血鬼の館が在るからそこで……」
「おいヤバイのじゃ!? また主様がダンジョンの構想を練ってるのじゃッ!!??」
「貴様殿ぉーッ!? 早まるなである!! 今以上にダンジョンを凶悪にして、魔王でも目指すつもりであるかぁッ!?」
「こんな……!? 我が帝剣城に、このような魔物達が……!」
「ぬぅ……!?」
シュラにグラスめ。
向上心溢れる俺に向かってヤバイだの魔王だの、なんて事を言うんだ。
一方の、俺の結界に護られたナザレアとそれを守護するランスロットは、自分達が過ごして来た真上の階がこんな事になってたと知って、衝撃を受けているみたいだな。
おっと……!
「【風の円月刃】」
柱の陰の死角。ナザレアとランスロットに向けて飛来したリビングスピア達を、風のチャクラムで撃ち落とす。
「ランスロット、ボサっとしてんじゃねぇよ。足手まといになるなら戻れ」
多分高レベル帯の魔物の群れとの戦闘に慣れてないんだろうが、集中を切らすと一瞬で回り込まれて終わりだぞ? 俺のホームの【惑わしの森】は、この比じゃないからな。
「ぬぅ、済まん」
「礼も謝罪も良いから、身体を動かせ。あと、コレ使え」
無限収納から取り出して投げ渡したのは、円い円盤状の盾、ラウンドシールドだ。
「左手。回復したばかりで上手く動かせてないぞ。調子が戻るまでその盾使ってろ」
「コレは……? 表面に見た事の無い金属が……」
「永年濃い魔素に晒された古樹を削り出して、表面に緋緋色金を伸ばして張った特製品だ。ある程度の魔法なら逆に分解吸収して、強度を上げてくれる。自分の魔力でも強化出来るから、上手く使え」
「そのような品を私に…………承知した」
返事を返して即座に左腕にシールドを装備するランスロット。
「油断すんなよ? このダンジョンは侵入者を確実に殺すための物だ。四階でコレなら、この先はもっと強力な魔物がワンサカ居るだろうな」
殺到するリビングウェポン達を結界で阻み、動きが止まったところを殴る蹴るで砕いて魔素に還していく。
「みんなも油断すんなよ!? 俺のダンジョンに居ると思って、気ィ引き締めろっ!!」
やってる事は進みながら群がる武器を叩き割るだけなんだけど、その数がアホみたいに多い。ブラインドになっている無数の柱も邪魔でしょうがない。
俺は家族たちに、最大限警戒を強めるように檄を飛ばす。
「マナカのダンジョンだと思え、か……! これは、気合いを入れねばならんな!」
「ええぇ……あそこまで性質の悪い構成になるんですかぁ……?」
フリオールが、レティシアが、飛び掛る斧を斬り払いながら苦笑を浮かべる。
「マスターのダンジョンに比べると、まだ悪辣さが足りませんね」
「いやいや姐さん、こっからでしょうや」
アネモネが、イチが不敵な笑みを湛えて武器を振るう。
「アザミお姉ちゃん、蟲が来たらお願いね!? すぐ焼き払ってね!?」
「マナエ様……分かりました! アザミにお任せ下さい!」
何故だか悲壮な顔をするマナエが槌で弾き飛ばし、アザミが気合いの込もった魔法で焼き払う。
「嫌じゃあぁ……! アリ……ハチ……イナゴ……ゴキブリ……ッ!!」
「スライム怖いスライム怖いスライムは嫌いスライムは嫌なのであるぅ〜っ!!」
なんかまた、シュラとグラスはトラウマ発動させてんな……? まあ、ちゃんと迎撃してるから良いか。
ていうか君たちさ?
そんなに俺のダンジョンって酷い? そんなに性格悪いの!?




