閑話 一方その頃。
ダンジョン【狼牙王国】
《ヴァン視点》
「ヒャッハー!! このまま主まで突っ込めええぎゃッ!?」
「ジョーンズ!? こンの、化け物があああべしッ!!??」
「ニック!! くそあああやったらああああちにゃッ!?」
……やれやれでございますね。
軍や高位冒険者が留守の内に一攫千金など、浅はかにも程があります。
『グッグッ……! 忙シソウダナ、ヴァン?』
「そうでもありませんよ、ググゲルガ。所詮は中堅以下の冒険者達ですからね。貴方達、彼等を第1階層のセーフエリアまで運んでくださいね」
配下の“人狼”達に冒険者らの装備を剥ぎ取らせ、ご退場願う。
『それにしてもヴァン様? せっかくそのように凛々しく威厳あるお姿ですのに、何故普段は人のお姿に? ワタクシはそちらの方が好みでしてよ?』
「お褒め頂きありがとうございます、ミザリナ。ですがわたくしはあくまでも我が主の配下ですから。主と同じく人と寄り添うには、この姿は些か、刺激が強過ぎるでしょう?」
言いながら固有スキルの【変身】を行使して、人狼の姿から人の姿へと変化する。この【変身】のスキルによって、私は人、人狼、狼の三つの形態を自由に使い分ける事ができます。
普段より使い慣れた人の姿となり、私は広間の中央に安置したダンジョンコアへと振り返り、歩み寄ります。
『ヴァン殿は主への目通りが多いからな。そのためにそのスキルを与えられたのであろう』
「その通りですよ、バラン。さて、皆さんお待たせしてしまい申し訳ありません」
ダンジョンコアに触れ、先程から音声のみを伝えてくるそれを操作して、繋がっている映像を投影する。
宙に浮かび上がった複数のウィンドウには、我が主マナカの配下のダンジョンマスター達の姿が、それぞれに映し出されています。
「各々方、結界の起動装置と、龍脈との循環・変換装置に問題はありませんか?」
『ググゲルガ、問題ナシダ』
『ミザリナですわ。問題ありませんわよ』
『ヂドじゃ。平穏無事じゃわい』
『バランだ。不具合は起きておらぬ』
『マリリン、異常なしだぞえ』
『ルプラスだよー! 問題ありませーん!』
各地の龍脈の結合地、“龍穴”の付近のダンジョンに派遣されている、主立った配下マスター達から報告を受け取る。
「大変結構。冒険者達の動きはどうでしょう? わたくしの所は、まあ先程ご覧になった通りですが」
先程の彼等のように、高位冒険者が大戦に参陣して留守の間に名を上げようと、ダンジョン踏破を目指す輩が増えています。
我が主はそれを見越して、重要なダンジョンの防衛に我等を派遣なさっているのです。
『やはり“龍穴”が近いからかのう、豊富な魔素で良い出物が有ると、確かに冒険者共めらが群がって来よるのう』
古樹霊のヂドが、幹に浮かび上がる老人の顔を顰めながら、溜め息を吐く。
『大陸の明暗を分ける戦さにも参戦せず、己が欲望にかまけるなど……許せませんわ』
樹精霊のミザリナは、どうやら怒り心頭のようですね。
「そう仰らずに、ミザリナ。自由と自己責任が旨の冒険者達ですから。命の賭け所は、人それぞれでしょう」
ミザリナを宥めながら、他のマスター達の様子も伺う。
しかしどのマスターも納得こそすれども、不満は多そうであった。
『のう、ヴァンや。 旦那様の……戦場の方は、どうなっておるのかや? 何ぞ、連絡は受けておらぬのかえ?』
女吸血鬼のマリリンが、心配そうな顔をして訊ねてきます。それに対して、わたくしは。
「開戦してより既に二刻半。我が主の直属部隊たる【揺籃の姉妹達】から、我が主も無事に帰還し戦線に加わったとの報告を受けてから、連絡はありませんね」
戦場へと旅立つ航空魔導艦隊の中に、我が主マナカの姿は無かったという。
我が主をこの世界に導かれた転生神ククルシュカー様のお話によればそれは、我が主が更なる高みへと至らんとしているがためだ、との事だった。
そうして旗印を欠いて幕を開けた大戦さに、遂に我が主マナカが参戦を果たしたという連絡から、既に半刻。
戦場で遊撃と情報支援を担っている彼女らも忙しいのだろうが、遠く離れた場所にて留守居をしている我等の心もまた、焦れているのだ。
『ますたぁ……大丈夫かなぁ……?』
そう、妖精族のルプラスが呟いた時でした。わたくしが支配するダンジョン【狼牙王国】のダンジョンコアへと、新たに通信が入ったのです。
発信元は……隠密強襲型魔導戦艦【カナリア号】。
『こちらカナリア号。ヴァン様、聴こえますか?』
「こちらヴァンです。問題無く聴こえておりますよ。如何しましたか?」
新たに投影されたウィンドウには、【揺籃の姉妹達】に所属するメイド達の一人が映し出されました。
他のマスター達が固唾を飲んで見詰める気配が、通信越しにも伝わってきます。
『連絡が滞ってしまい、申し訳ありません。現在の戦況をお報せします』
「よろしくお願い致します」
『はい。我等“ドラゴニス大陸連合軍”は、海上での激しい戦闘を経て、また我等の主マナカ様始め六合家の皆様のご活躍にて、敵“アーセレムス大帝国軍”の本陣を、陥落せしめました』
『おお!』と複数のウィンドウから歓声が上がります。わたくしも思わず、拳を力を込めて握っていました。
「それは吉報でございますね。して、その後は?」
逸る気を抑えながら、わたくしは報告の続きを促します。
『はい。本陣を落とした我等連合軍は、現在敵軍に降伏勧告を行っております。抗戦する者や逃亡する者らへの掃討部隊も、既に選定が済み動き始めました。投降した者達は順次武装解除を行わせ、捕虜として捕らえております』
「なるほど。我等を圧倒するほどの大軍勢だったと聞いています。大変な大戦さ、そのご苦労をお察ししますよ」
『いえ、我等は特には。勝敗を決定着けたのは、マナカ様ですから』
謙遜されますなぁ。まあ、一従僕としては当然の姿勢ではありますがね。
「それで、我が主は?」
皆が(もちろんわたくしもですが)気になって仕方がない事柄を、訊いて促す。
『はい。ここよりは最重要機密事項となります。ご承知置き下さいませ』
「承知致しました。皆も良いですね?」
メイドからの警告に、他のマスター達にも念を押す。
まあ、我々以外の人物と接触する機会など、そう有りはしないのですけれどね。
『ご配慮感謝致します。我等が主マナカ様は、敵軍総大将であるアーセレムス大帝、そのご息女である皇女殿下を保護しました。本陣に居た大帝は……影武者の魔物だった、との事です』
「なんと……!?」
『我等連合軍と大帝国軍諸共に消し去ろうと、敵軍の本拠地であるダンジョンから超巨大魔導兵器による攻撃を受けました。マナカ様の極大結界魔法により事なきを得られましたが、マナカ様は大帝との決着のためにそのまま、北のホロウナム大陸へと転移なされました』
「まさか、お独りでですか!?」
『いえ。六合家の皆様と、保護なされた大帝国皇女殿下もご一緒です。我等【揺籃の姉妹達】は、フューレンス王陛下と連携しての戦場処理を託されたのです』
戦場に出た大帝が影武者だったとは。まったく、どこまでも不愉快な国ですね……! 挙句戦場を味方共々一掃しようとしたとは、信じ難い暴挙です。
「了解しました。それでは、我が主とは交信は不可能なのでしょうか?」
『いえ。総長……アネモネ様が居られますので、我等と連絡は可能かと思われます。また続報が得られ次第、ご報告致します』
「ありがとうございます。どうぞ最後までお気を付けて。我が主の故郷の諺に“窮鼠猫を噛む”という物もございますので」
『お気遣い感謝致します。それではヴァン様、ダンジョンマスターの皆々様、失礼致します。通信を終了します』
メイドとの通信が切れ、宙に映し出されていたウィンドウも消える。わたくしは少々複雑な思いで、そのウィンドウが消えた宙空を眺めておりました。
『往きたそうだの、ヴァンや?』
マリリンが、揶揄うような声を掛けてきました。
『ヴァン殿は吾輩らと違い、六合家幹部の方達と同じく主に産み出されし魔物だからな。こちらで足止めを喰い、吾輩等の相手をせねばならぬなど、さぞ歯痒い思いであろうな』
竜人族のバランから、図星を突かれてしまう。
『ほっほっ、若いのう。じゃがそれもまた、従者としての宿業じゃて。主の留守居を守るのも、立派な従者の務めであろうに』
諭すような事を言う、ヂド。
『ワタクシ達はどれだけヴァン様に助けられてきたか、分かりませんわ。どうでしょう? ここはヴァン様のお望みを、ワタクシ達で叶えて差し上げては?』
「何を……?」
ミザリナが、何やらよく分からない事を言い出しました。
叶える? わたくしの望みを?
……どうやって?
『それは良いのう。どれ、ヴァンよ。望みを口にしてみんかや? 妾達も伊達に歳を喰っておらぬ故な、どうにか出来るかもしれぬぞえ?』
『ヴァンちゃん何気に一番歳下……てか、産まれてまだ一年くらいだもんねー! ちょっとくらい、お姉ちゃん達に甘えても良いんだよー?』
マリリンとルプラスが、勝手な事を言ってきます。
「ですが、わたくしには我が主より命じられた役目が……」
『ヴァンよ。旦那様は、ただただ命令を聞くだけの人形を求めておるのかえ?』
「ッ!?」
マリリンの真剣な表情で発せられた言葉に、二の句を継げなくなる。
命令を聞くだけの、人形。このわたくしが……?
『違うであろう? 旦那様がお前さまに自我を与え給うたのは、一体何故だと思う? ここぞと言う時に己自身で考え、選択をさせるためではないかえ? 今こそ、その“ここぞ”と言う時ではないのかえ?』
『ヴァン様。ワタクシ達とてマナカ様に助けられはしましたが、長い時をダンジョンマスターとして生きてきた自負がありますわ。必ずや、結界の装置は護り通してみせますので、どうかワタクシ達の代わりに、マナカ様をお助けしてはくれませんか?』
『オデモ行キタイケド、ヴァンニ譲ッテヤッテモ良イゾ!』
『ググゲルガよ、ちぃとワザとらし過ぎやせんかのう?』
『ヂドおじーちゃん! 今良いトコなんだから、余計な茶々入れないのー!』
貴方達は……!
それで、よろしいのですか? わたくしは、我が主の命に背いて後を追っても、良いのですか……?
『何を迷うのだ、ヴァン殿? 吾輩達ダンジョンマスターのまとめ役ともあろう者が。主の助けになりたいのであろう? 駆け付けて、共に戦いたいのであろう?』
バランまで……!
わたくしは、一体どうすればよいのでしょうか……!
『ダンジョン転移で、妾のダンジョンから“ヒポグリフ”を送ろう。旦那様のダンジョンからなら、急ぎ飛べば戦場へは直ぐに辿り着くであろうよ。妾の分も、旦那様をお助けしてたもれの?』
『あー、マリリンずるーい! うう……でもアタイのダンジョンだと空を飛べるゴーレム居ないからなぁ……!』
「マリリン、ルプラス……」
『ワタクシのダンジョンからは、配下に薬草類を持たせて送りますわ。どれも一級品で、ポーションなどにせずとも効果は保証しますわよ』
『オデハアンマリ役ニ立テナイケド、応援シテルゾ!』
「ミザリナ……ググゲルガ……」
『ほっほっ。それならワシからは、“古代樹の実”を贈ろうかのう。一度だけ身代わりになってくれるでのう、大事に使うんじゃぞ』
『吾輩も、試作した術具を贈ろう。“竜の心臓”という、使い捨てだが能力を一定時間倍加させる護符だ。きっと役に立つだろう』
「ヂド……バラン……ありがとうございます。迷いは、晴れました」
わたくしは、我が主マナカの配下。主と共に戦い、その身をお守りすることこそが、我が望み。
心地よい仲間達の檄に、覚悟が定まりました。
『少し、良いか?』
そんな時でした。
新参故に遠慮をしていたのでしょうか、今まで成り行きを見守っていた、【神霊樹の祠】のマスターが声を発しました。
「どうしましたか、リアノーン殿?」
我が主と一騎討ちにて戦い且つ凄まじい戦果を挙げたという、伝説にも語られる“神狼”のリアノーン殿だ。
我等古参のマスターの誰よりも歳を重ねてきた彼女のその悲しい過去には、わたくしも身につまされる物がありましたね。
『その話、此方も協力したい』
「なんと……? リアノーン殿、それは……?」
他のマスター達もざわめいております。
生物としてはドラゴンに並んで最強と言わしめるかのフェンリルが、何故?
『マナカには、此方も世話になった。戦いに勝ったにも関わらず、ダンジョンの支配権も此方に残してくれた。此方の願いを、聞き届けてくれた。だからだ。ヴァンと言ったな? 其許のダンジョンに、此方の眷属を送ろう。そ奴に防衛を任せるが良い。狼の魔物であれば、其許も安心して使役できるだろう?』
なんということでしょう。
かの伝説のフェンリルの、その眷属を遣わして下さるのであれば、確かにわたくしも気兼ねなく此処を留守にできます。
「それは……願ってもいない事です。ですが、よろしいのですか?」
『構わない。本来であれば此方が直々に助力したいところだが、此方には以前の主に誓った、此処を護るという約束もあるのでな。此方の分も、マナカの力になってやってほしい』
「……感謝致します。誇り高き狼の王よ」
『誇りなどとうに無い。感謝も要らぬ。此方はただ、以前の主と同じように此方に温もりをくれたマナカに、礼をしたいだけだ』
それでも、でございますよ。
これで、後顧の憂いは無くなってしまいました。
まさか皆にこうまで、我が主の命に逆らう事を勧められるとは。
これも総て、我が主マナカが力のみではなく、その心で以て彼等と接してきたが故なのでしょうね。我が主ながら、わたくしはとても誇らしく思います。
我が主よ。
貴方様は立派に、そのお志を為されておりますよ。
『胸を張って生き抜く』というその願いは、確実に果たされております。どうか、わたくしにもそのお力添えを、させて下さいませ。
「それでは、皆々様のご厚意に、甘えさせていただきます。本当に、ありがとうございます!」
わたくしの感謝に、皆々様は笑顔で返事を下さいました。
我が主よ、しばしお待ちください。
微力ではございますが、このヴァンめも遅ればせながら参陣致します。
我が主に与えられし人狼皇の力、存分にご覧に入れましょう!




