第十八話 分かった。みんなで行こう。
「きゃあああッ!!?? な、なんで!? どうして空の上ぇえッ!!?? おち、落ちるぅッ!?」
「ちょっ、えええええッ!!??」
敵の飛空艇から転移によって空へと跳んだ俺は……ビックリしていた。いやマジで、何でナザレアさんがココに居るのっ!!??
「いやあああぁぁッ!! た、高い! 怖いいいいッ!?」
「ちちょっ!? 暴れんなっ! 落とさないから! 落ち着いて!?」
うん。飛空艇使ってるくらいだから空飛ぶのには慣れてるじゃん? とかツッコミ入れる気も起きないほどの混乱っぷり。やっぱ生身で空飛ぶのは勝手が違うのかな?
「とか呑気に分析してる場合じゃねェっての!?」
俺は重力に引かれるがままにその身体を落下させて行くナザレアさんに慌てて追い付き、できるだけ柔らかく受け止める。
おうふっ! 柔らか……!?
「イヤアアアアァァッ!!??」
ちょ、耳元で叫ばないで!? ああもう、時間無いのに!!
多分慌てて構築した転移の術式に巻き込まれちゃったんだろうけど、とりあえず安全確保だ!
「『連合軍は全員艦を後退させろ! 密集して結界を最大出力で展開しろォッ!!!』」
砲火の入り乱れる戦場の空に、ありったけの魔力を込めた言霊が響き渡る。
俺から放出された魔力が空を疾走し、戦場に波及する。
固有スキル【王命】はその効果が及ぶ範囲で威力を発揮し、俺から近い魔導戦艦たちから順に動きを見せ始めた。
『マナカ様、こちら〝カナリア号〟! 何事ですか!? 操縦士が、身体が勝手に動かされて……!!』
戦場の遥か上空から、拡声器により拡声された女性の焦った声が届いてくる。俺は即座に念話で、カナリア号に居るメイドさん達に事の次第を伝える。
『敵軍の最終兵器が本拠地から放たれたらしい! みんなは軍の後退を支援してくれ! ムサシに伝えれば、王様が上手く指揮してくれる筈だ!!』
『なっ!? し、承知致しました!! これよりカナリア号は、連合軍の後退の支援に回ります!!』
その返事を聞いた俺は、【王命】の支配下からカナリア号のスタッフたちを解放する。
ちょうどその時。
魔力を探るために広範囲に拡げていた俺の感知スキルが、膨大な魔力反応を探知した。
「クッソが!! ナザレアさん済まない! 頼むからそのまま大人しく掴まっててくれよ!?」
「いいいやあああああああああッッ!!??」
既にナザレアさんを避難させている時間も無い。
俺は彼女をお姫様抱っこしたままで、戦場の端を北に向けて思い切り飛行する。
そういえばフリオールも、初飛行の時はこんな風に悲鳴上げてたなぁ。
内心でそんな呑気な事を思いつつも、俺はナザレアさんを伴ったままで、敵味方入り乱れる戦場の空の端――北の大陸の方角から戦場を庇うように空に浮遊する。
「な、何をするつもりですか!? す、すぐにわたくしを降ろしなさい!!」
「悪いがそんな暇は無い。感じないか? 北からコッチに向かって来る魔力をさ!」
「何を馬鹿な――――ッ!?」
どうやらナザレアさんも感知したみたいだな。
俺と同じ方角を振り返り、顔を真っ青にして息を飲んだ。
「大帝のクソ野郎、味方もお構い無しかよ……! あんなのが着弾すれば、ここら一帯消し飛ぶぞ……!?」
「まさか……そ、そんな……ッ!?」
「話は後だ。今から結界で君を包むから、そのまま暴れないでいてくれ。正直念動に気を割いて居られる余裕はあまり無さそうだ」
「…………ッ!」
大人しくなったナザレアさんを、堅牢な結界で幾重にも包み込む。そのまま空中に創り出した結界の足場に降ろし、俺はそれを背に庇うように北へ向き直る。
「な、何を……ッ?」
「ここには、俺の大切な人達が沢山居る。絶対に守りきってみせる!!」
身体の隅々から、練り上げた魔力を振り絞る。
イメージするのは、今までに何度も何度も創り上げ活用してきた、俺の最も得意な結界魔法。
膨大な魔力の塊は、空を歪めながら物凄い速度でこちらに向かって飛来してきている。
「……お前らも、こんな気持ちだったのかな……? だけど、俺は死なないから。必ずお前らを、家に連れて帰るからな……!!」
頭に浮かぶのは、敵の砲撃から身を呈して仲間を護ったと聞いた〝ヴァルキリー〟達。
彼女らの海底に沈んだ武器すらも消し去ろうと迫るその砲火を、俺は睨み付ける。既に目視出来るほどに迫っているソレは、禍々しい濃い紫色の瘴気の塊に見えた。
あんなモンぶち込んだら、この海域一帯も汚染されちまうだろッ!? マジで何考えてやがんだ!?
俺は更に深くイメージに没入し、そして――――
「結界魔法発動ッ!! 【消波防瀑壁】!!!」
結界製の輝くテトラポット――波止場とかにある凸凹のアレだよ!――が無数に生成され、複雑に組み合わさる。輝いているのは、瘴気を観てとった俺が浄化の特性を付与したからだな。
正面を分厚く、それこそ壁のように積み上げ重ねられたテトラポットが、そこから放射状に広く、更に広く密度を薄くしながら組み合わされていく。
海や河川の波や濁流を、その形状で分散させ受け止めるテトラポットをイメージした結界だ。
巨大で強大なその砲撃を押し包めるくらいに拡げたその結界を、破られないように更に魔力をありったけ注いで強化していく。
これで、先の密度の薄い方から徐々に砲撃の威力を分散させ、受け止めるつもりだ。
「こんな巨大な結界を、たった一人で……!?」
「黙って衝撃に備えてろッ! 舌噛むぞ――――」
そうナザレアさんに怒鳴ったと同時、禍々しい紫色の瘴気の塊が、俺の結界へと着弾した――――
「ぐっ……! ぬおおおおらあああああああああッッ!!!」
重い。とんでもなく重い衝撃。
当たったのは結界だというのに、俺の身体まで吹き飛ばされそうになる。
俺は威力と魔力、そして瘴気を分散させて端から浄化していくテトラポットを、更に生成して大量に結界の向こう側へと追加していく。
一番厚みの有る結界壁に砲撃が到達し、一際激しい衝撃波と轟音を巻き起こす。
「きゃああああああああああああッッ!!??」
「ク、ッソがあああああああああああああああッッ!!!」
魔力を練り上げ捻り出すのを片時も止めず、更に魔力を放出して砲撃を受け止めている結界に、新たに生成した結界を覆い被せる。
「【圧縮】ッ!!」
二枚目の結界は、未だに鬩ぎ合う結界と砲撃を包み込むと、内へ内へと抱き込むように圧縮されていく。
「全・力・念・動!! 宇宙の彼方に吹っ飛びやがれえええええええええッッ!!!」
結界内で魔力が膨張の気配を発した刹那の時間で、結界に全開の念動を掛けて空へと撃ち上げる。
あれだけの規模の砲撃が爆発したら、それこそ着弾したのと変わりない被害を齎すだろう。
そう考えて俺は自身の念動が及ぶ範囲ギリギリまで力を加え続けて加速させ、雲の上の更に遥か上空まで、この世界にも有るのかは知らんけど大気圏から成層圏を貫いて宇宙に届かせるノリと勢いで、結界ごと砲撃を吹っ飛ばした。
一際目立つ入道雲に大穴を空けて吹き散らした砲撃with結界は、遥か彼方、空の上のそのまた上まで確実に届いた筈だ。
暫し上空を見守っていると、ギリギリ視認できるくらいの微かな瞬きが観て取れた。
「あっぶねぇー! あんなの地上で使う威力じゃねえぞ!? 何を相手にするつもりだったんだよ、大帝の野郎はよ!」
なんとか、今度は間に合った。
ヴァルキリー達の時。
アネモネの時。
その何れでも遅れてしまった俺だったけど、なんとか今度は無事、守り抜く事ができたんだ。
「ふうーっ! 大丈夫だったか、ナザレアさん?」
知らず握り込んでいた拳を開き、背後に庇っていた彼女へと振り返ると――――いいッ!!??
「なんて威力の砲撃に、デタラメな結界なの……ッ!」
「ちちょちょッ!? な、ナザレアさん!? 服! 服!!」
「へ? …………え?」
振り返った俺の目に飛び込んできたのは、施した結界ごと千切れ飛んで最早ボロ切れと化した軍服の欠片を肌に貼り付けた、悩ましい姿の美人さんであった。
うん。黒い長髪に一筋赤い髪が混ざって、それが白い肌と何とも言えないコントラストを生んでおり、大変眼福でございます。忌々しい呪いの紋様も、タトゥーだと思えばまあ……良きかな?
「い、い、イヤアアアアアアアあああッッ!!??」
とか評論家然とした紳士ぶってる場合じゃねえっ!?
「なんでっ!? なんでなんでどおしてええええッ!!??」
「おおお落ち着け! 見……たけど見てないからっ!! ほら、タオルタオルっ!!!」
大慌てで【無限収納】から大判のバスタオルを引っ張り出し、彼女の頭から被せる。
さらに漁って取り敢えずの露出控え目な衣服を次々と取り出して、彼女を周囲から見えないように新たな隠蔽の結界で包み込む。
「やだああああッ!! なんで、なんでわたくしがこんな目にいいいいーーッッ!?」
「あだっ!? イデッ!? ちょ、落ち着いて!? 服あるから! まずコレ着て落ち着いてグぶぉッ!?」
ギャン泣きと共に振るわれるその細腕から放たれる鉄拳に打ちのめされながらも、俺はなんとか彼女の手に衣服を押し付け、結界を閉じる。
「ぐおおお……! 眼福なのは良いけど、ダメージが……! マジでなんなん? この世界のお姫様は、みんな武闘派なのか……!?」
頬や顎、腹や脇腹のダメージが、【再生】スキルで癒えていく。なかなかいい拳だったぜ……!
『マスター!? ご無事ですか!?』
『お兄ちゃーんッ!! ケガしてないよねーッ!?』
ちょうどそんな時、さっきまで俺とナザレアさんが乗っていた敵本陣らしき飛空艇が爆炎を上げ、そこから家族たちの念話が飛んでくる。
『マナカ様! 負傷が有ればアザミが誠心誠意治療しますよ!!』
『目が怖いのじゃアザミ!? おぅい主様よ、大帝の影武者とやらは仕留めたのじゃ!』
『頭、敵の攻撃は!? さっきの衝撃はなんですかい!?』
矢継ぎ早に届く家族の声に、俺はホッと胸を撫で下ろして返事を返す。
『みんなも無事で良かったよ。こっちは敵の攻撃を吹っ飛ばしたとこだよ。そっちの状況は?』
『大帝の影武者を討った際に放った魔法が、飛空艇にかなりの損傷を与えてしまいました。現在脱出中です』
『近衛の人たちもみんな倒したよー! フリオールお姉ちゃん達も元気だよー!』
『そっか、無事で何よりだ! 俺はここで待ってるからな!』
そう家族たちに念話を送ると、俺は結界の向こうからノックされていた事にようやく気付いた。着替え終わったのかな?
隠蔽の結界を解除すると、そこにはTシャツに袖を通し、ストレッチの効いたパンツにヒールの高いパンプスという姿になったナザレアさんが。
「良かった。サイズも問題なさそうだね」
「さ、先程は……取り乱してしまい、申し訳ありません……!」
女性用のTシャツにありがちなちょっと丈の短い裾が気になるのか、恥ずかしそうに裾を引き下げながら、モジモジと謝罪を述べるナザレアさん。
イイネ! なんか、黒髪に赤メッシュでバンドガールみたいで、しかもそんな子が恥じらいながら謝るとか――――ハッ!? 殺気!?
「マナカ。どういう状況だ、説明しろ」
「何がどうしてこうなったんですか、マナカ殿!?」
「貴様殿! 吾というものがありながら、この浮気者めがあァーッ!!」
や、やあ婚約者殿? 今日もご機嫌麗しゅう……ないよなあっ!?
続々と集まる我が家の面々。
その後ろでは、本陣の飛空艇がゆっくりと墜ち始めていた。
「いや、こ、これはその、事故なんだ! 不可抗力だよ、うん! さっきの砲撃の衝撃波でね!? 俺は悪くないんだよっ!?」
「ナザレア皇女殿下……と申されましたか。お目元が赤いようですが? まるで、泣かされたような……」
「ギクウッ!?」
「はぁ……またか、主様よ……!」
「ぐぐぐ……またアザミのライバルが増えそうです……!」
「あ、あのぅ…………」
「やれやれ。お兄ちゃんはホントにしょうがないなぁ!」
「頭。責任取りやしょうぜ、漢らしく!」
「だから、誤解だって……!?」
「あ、あのう、すみませんッ!!」
ハタと。渦中の人物であるナザレアさんの大声で、場に静寂が訪れ俺は詰問から解放された。
「あの、本当に事故なんです! この方は砲撃からわたくしを護るために、結界まで張って下さいましたっ!」
おお! いいぞナザレアさん! その調子で俺の潔白を証明してくれ!!
そのナザレアさんの説明に、家族たちも顔を見合わせている。だんだんと棘のある雰囲気も緩和していく――――
「た、確かに爆風の衝撃で服が破れ、生まれて初めて殿方に、は、肌を晒してしまいましたが……」
アレ? ナザレアさんや?
それは別に、言わなくてもいいんじゃないかなぁー?
「挙句しっかりと観られはしましたがっ、この方はこうして衣服も提供して下さいましたし……!」
おやおやー? 折角和らいだ空気が、また刺々しくなってきましたよー?
「マスター」
「お兄ちゃんっ」
「マナカ様?」
「主様よ……」
「貴様殿っ!」
「マナカっ!!」
「マナカ殿!」
ええっとぉー、あ、俺今から大帝んトコ行ってボコボコにしてこなきゃいけないから……!
「「「「正座ッッ!!!!」」」」
「は、はいいいいいいッッ!!??」
閑話休題(結界の足場で正座して)。
「さて、残るは本物の大帝とやらのみじゃな」
「腕が鳴りやすねぇ、シュラの姉御」
「次は本拠地なのであるな! 暴れてやるのである!」
「アザミも負けませんよ、皆さん」
何かウチの戦闘狂四天王たちが言っているが、俺はそれどころじゃねぇ……!
こ、怖かった……! 特にフリオールが、我が婚約者殿がものすっごく……!! あ、アレが世に言う鬼嫁という奴なのか……!
「ん? マナカ、貴様何か失礼な事を考えていないか?」
「イイエナンニモッ!!??」
なんで!? フリオールまで読心術を会得したの!?
「それでですが、マスター。ここから大帝国まで、この人数を連れて転移は可能なのでしょうか?」
こっちはこっちでマイペースだなアネモネさん!?
うん? ちょい待て?
「この人数でって……まさか、みんなもついて来るつもり……?」
「まさかも何も、そのつもりだが?」
「ここまで来て除け者はナシですよ、マナカ殿!」
「あたしはお兄ちゃんとずっと一緒だよって、言ったよね?」
フリオール、レティシア、マナエが不機嫌そうに宣言する。
「あー、お前らも?」
「モチのロンじゃ。置いて行ったら祟るのじゃ」
「お供しますっ、マナカ様!」
「当然、吾も行くのである!」
「水臭せぇ事言わねぇでくだせぇよ、頭」
アザミ、シュラ、イチ、グラスの四天王なんかは、背後に燃え盛る炎が視えそうだ……!
そして。
「マスター。私は……私達は何処までも、マスターと同じ道を歩んで行きます。お誕生日の時に、そうお伝えしましたよね?」
……分かったよ、降参です!
ホントは危ないから、待っててくれって言いたかったんだけどなぁ……!
「その……可能であれば、わたくしも連れて行って頂けませんか……? この戦さは既に我等の敗北は覆し難いですが、どうしても陛下に……父たるあの男に、問い質したい事があるのです……!」
「ナザレアさん……でも、そんな事したら呪いが……」
「覚悟の上です。どうか、お願い致します……っ!」
ナザレアさんが頭を下げる。
この女性も、可哀想な人だよな……
この世に生を受けたと思ったら、それは総て大帝の掌の上で。大帝の慰みものになる未来が待ち受け、しかも逆らえないよう血に宿した呪い付きだ。
そんなの、とても真っ当な生き方じゃあねえよなぁ!?
「分かった。みんなと、ナザレアさんも一緒に行こう。そんで大帝のムカつく顔を、一発と言わず十発でも百発でも殴ってブサイクにしてやろうか!」
俺は改めてみんなを集め、ナザレアさんの胸に刻まれた【隷属紋】から伸びる大帝へのパスを探る。
そして手繰った先に居るであろう大帝の面(影武者のゼムの面だけど)をイメージして、転移魔法を構築する。
目指すは北のホロウナム大陸。
アーセレムス大帝国の帝都にして、都市型のダンジョン【帝剣城ユーナザレア】。
待ってろ大帝。
今度こそ、そのムカつく若作りの面を、ボコボコにしに行ってやるからな!!




