第十七話 てめぇは俺を怒らせた。
戦場の海域
アーセレムス大帝国軍・本陣
「うぬっ……オオッ!」
「クッソ、やめろシュラ! なんとか支配を振り切れないのか!?」
「す、済まぬのじゃ、主様……! 身体が言う事を聞かぬのじゃっ!」
大帝のクズ野郎が! 何ウチの家族まで巻き込んで【王命】使ってくれてやがるッ!!?
「イチ! 止まりなさい!」
「姐さん、良いから斬っておくんなせぇッ! あっしの刃が頭に届かねぇ内に!!」
シュラが、イチが。
「フリオールお姉ちゃん! レティシアお姉ちゃん!!」
「二人とも気を強く持ってください! アザミがなんとかしますからっ!」
「ぐ……ッ! 何なのだ、コレは!? 身体が勝手に魔法を!? 【炎の豪槍】!」
「マナエちゃん、避けてくださいっ!」
「くっ……!」
「うきゃああああッ!?」
フリオールが、レティシアが俺に向かって殺意を放ってくる。大帝よりも魔力が低かったために、大帝の【王命】の支配下に置かれてしまったのだ。
魔法を得意とし高い魔力を有する家族たちは支配を跳ね除け、支配されたみんなを止めてくれているが……
「ぬおお!? 貴様殿、流石に多過ぎるのである!? 吾一人ではこれ以上は阻めんのであるッ!」
それ以外の大帝の近衛兵をグラスが一手に押し留めてくれているが、抜かれるのは時間の問題。
それまでに、せめてシュラだけでもなんとかしないと……!
「戯けッ! 余所見をするな主様!!」
「どわっ!? あっぶね……! 助かったよ、シュラ!」
死角からの攻撃の寸前、シュラが警告を発してくれたおかげでなんとか躱す事ができた。まあ攻撃してきてるのもシュラなんだけどね……!
ああもうっ! ややこしいッッ!!
「『お前ら全員、止まりやがれッ!!』」
ありったけの魔力を言霊に乗せて、俺も【王命】を行使する。ホントはこんな、相手を言いなりにするようなスキルは使いたくなかったんだけどな……!
「おおっ、止まっ……?」
どうやら命令の上書きには成功したようで、家族たちも、近衛兵達もみんな動きを止めて……苦しんでいる!?
「ちょ……!? おい、みんな!? どうしたんだッ!?」
ふと、嫌な予感が頭を過ぎる。俺は、いったい何と命令した?
俺はみんなに、『止まれ』と…………ッ!! まさか、呼吸や心臓の動きまで止まるのかよッ!!??
「【王命】解除だッ!!」
慌ててスキルを解除すると、やはり俺の予想は正しかったようで、みんな胸を押さえて崩れ落ちてしまった。
あっぶねぇ〜ッ!! 初めて使ったけど、なんて凶悪なスキルだよ、コレ!? 魔力さえ勝っていれば、相手を簡単に自害させられるじゃねぇかコレ……!?
「おい、みんな!? 大丈夫か!?」
「ゲホッ! ゴホッ……!! う、うむ。助かったのじゃ、主様」
「頭、面目次第もごぜぇやせん……ッ!」
「な、何だったのだ、今のは……?」
良かった……! 一度上書きしたおかげか、大帝のスキルの影響からも解放されたみたいだ。
「ごめんよみんな。苦しい目に遭わせちゃったな……」
「ノン。マスターのあの対処は、最も効率的であったと思います」
「そうであるな! その調子で、こ奴等を一網打尽にしてしまえば良いのである!」
「グラス、マナカ様のお気持ちも考えなさい。マナカ様があのような傲慢なスキルを、好んで使う訳がないでしょう」
「そだねー。お兄ちゃんには、あのスキルは似合わないかなー」
「むぅ……吾は、ちょこーっと楽をしたかっただけなのである……そんなに責めんでも良いではないかぁ……!」
「ぐ、グラスさん、そんなに落ち込まないでくださいっ……!」
本当に良かった。
家族たちはみんな正気に戻ったし、すぐに気が付けたおかげで身体への影響も観られない。
「ほう……。【王命】が及ばぬ者が居るばかりか、まさか汝も所持していたとは……」
「そういうお前にも、俺のスキルは効かないみたいだな。外道な事しやがって……! タダじゃ済まさねぇぞ?」
どうやらこのスキル、魔力の高い者だけでなく所持者同士でも無効らしいな。
魔力を探ってみるが、どうやってもコイツが俺より魔力が高いとは感じ取れない。という事は何らかの術具で影響を防いだか、スキル所持者故にか、といった要因しか考えられないよな。
現に大帝の傍らで控えている女性――ナザレアさんは、胸を押さえて未だに苦しそうな顔をしている。
「マスター、近衛兵達が動き出しました」
おっと。
苦しんでいた状態から回復したようで、見ると再び、近衛兵達が俺らを取り囲み始めている。
「今度は気を付けて解除するよ。また頼んでも良いかな?」
「お任せ下さい」
再び、近衛兵達と俺の家族たちが対峙する。
先程までの焼き直しのような光景を横目に、俺は対面当初から気になっていた事を大帝に訊ねることにした。
「ところでよ。どうもアンタとそっちの……ナザレアって女性の魔力が、ヤケに似ている気がするんだけど。もしかして、皇妃でなくて皇女……娘か?」
この船に侵入してから、彼等に対する【神眼】スキルによる鑑定が働かないのだ。アネモネの【鑑定】スキルも同様らしい。
何らかの術具――北大陸では魔導具って云うんだっけ?――で阻害されているみたいだな。
「その通り。コレは朕の娘だ。しかし、遠からず朕の寵愛を授かる者でもある。妃という訳では無いがな」
「…………は?」
その大帝の言葉に、娘であるナザレアさんがより一層の苦悶を顔に浮かべたのが見えた。
「おい、おいおいおい? 冗談だろ? 娘なんだよな? 血縁者だろ? なんだよ寵愛って……!?」
「言葉の通りだ。ナザレアはゆくゆくは、朕の情けを賜る事になる」
「フザッけんなよ!? テメェの娘なんだろうが!? おいアンタ! アンタもそれで良いのかよ!? 納得できてんのか!?」
「…………っ!」
思わず声を荒らげた俺の言葉に、ナザレアさんは悲痛な顔を俺から背けた。
「納得する、せぬ、ではない。そのために、朕はナザレアを作ったのだからな」
「……あ?」
何なんだよコイツ……! どう考えてもおかしいだろ!? テメェの娘を慰み者にするために作っただァ!?
「朕に従い、決して裏切らぬ者。それは朕の血を引く、見目の良い娘だけだ。故に、朕は娘を愛するのだ」
「ふざけんな。狂い過ぎにも程があんだろうが。じゃあよ、男の子や容姿が優れない女の子はどうすんだよ!?」
「無論、処分であるな。男児など朕の玉座を揺るがすのみ。醜い娘など愛でる価値も無いわ」
頭の中が、一瞬真っ白になる。
コイツは……、この男は……! テメェの都合でガキをこさえて、テメェの都合で殺してきたってのかよッ!!??
「…………そう、かい。トコトン外道な野郎だな……! なあ、ナザレアさんって言ったよな!? アンタそれで良いのか!? どうしてこんなクズな父親に従うんだよッ!?」
ナザレアさんの顔に一瞬浮かんだのは……怒り? しかし彼女はすぐに胸元を押さえて蹲り、先程のように苦しみ出した。
「お、おい!? ナザレアさん!?」
「無駄である。コレは朕の血によって縛られておるのでな」
「あ゛あッ!? テメェは黙ってろッ!! おい、ナザレアさん!!?」
「朕の血を受けし者に施される【隷属魔術】。その証が、その胸の【隷属紋】である。それを受けし者は、朕に叛意を抱く事は叶わぬ」
「黙ってろって言ってん――――なんだと……?」
俺は両眼に、【神眼】スキルに目一杯の魔力を込めて、ナザレアさんを視る。
確かに魔力の質が親子で似ているとは言っても、いくらなんでも似過ぎていた。
その出処は……胸元の、押さえている手の隙間からチラリと見えた紋様だった。
「テメェって野郎は…………ッ!!」
怒りのままに、スキルを発動したままで大帝を睨み付ける。
名前:ゼム 種族:ドッペルゲンガー
年齢:59歳 性別:雄
Lv:82 性向:-34
称号:【クワトロの従魔】【影武者】……
…………は? 見間違いか……?
俺は思わず自分の眼を疑ったが、見直してもそれは変わらず……
「テメェ……この野郎ッッ! マジでフザケんじゃねぇぞッ!? 本物の大帝は何処に居やがるッッ!!??」
「「「「なッ……!!??」」」」
広間に響き渡った俺の怒声に、広間で争っていた家族たちも、それと剣を交えていた近衛兵達も一斉にこちらを振り向いた。
苦しんでいた筈のナザレアさんまでも、それを忘れあまりの驚愕に目を見開いている。
俺はそれらを感知スキルで把握しながらも、睨む両目は大帝……影武者のドッペルゲンガーという魔物、ゼムから逸らさない。
「クッ……! ククククク……ッ! クァーッハッハッハッハッ!!」
不気味で気色悪い笑いの三段活用をカマすゼムが、身体を震わせて簡易な玉座から腰を上げる。
「良くも隠蔽の魔導具まで突破し、自分の正体を看破しましたねぇッ!! お見事です! 流石は守護神マグラの定める神敵! 我が主クワトロの御敵ですよッ!!」
哄笑を上げ目の色を変えて、口の端を三日月のように吊り上げて、拍手喝采を俺に浴びせるゼム。
「あなたっ、それは真なのですか!? ソレは我が父では、大帝ではないのですかッ!? うぐッ……!?」
俺に掴みかからんとする勢いで立ち上がり声を上げたナザレアさんが、再び胸元を押さえて蹲る。本当に反吐が出る“呪い”だな……ッ!
「おやおや、いけませんよ皇女殿下ァ! 自分が偽物だとしても、その【隷属紋】は血を媒介とした魔力パスで我が主と繋がっておりますれば。不敬を申せばそうなってしまわれますよ? ほら、もう一度おやり直しを。お父上の事は、“大帝陛下”と呼ぶべきでしょう……!?」
ツカツカとナザレアさんに歩み寄り、その細っそりとした綺麗な顎をクイと持ち上げて、その美貌を舐め回すように、気色悪い目で覗き込むゼム。
俺は考えるより先に跳んでいた――――
「ぶほあッッ!!??」
「敵である俺が言えた義理じゃねぇんだけどよ……。テメェ如き下っ端が、汚ねえ手でこの女性に触れるんじゃねぇよ」
転移してその面を殴り飛ばした俺は、ナザレアさんを背に庇い、床に倒れ伏したゼムに向かい合う。
「あなた、どうして……!?」
「あの野郎も大帝のクソ野郎も気に入らねぇ。それだけだから気にすんなよ。ちっとそこで休んでな」
有無を言わさず言葉を被せて、ついでに大帝の趣味なのかやたらと色っぽい、目の毒であるミニのタイトスカートから伸びるステキな脚(うん、コレは良い物だね!)にバスタオルを被せてから、俺は改めてゼムの元へと歩いて近付く。
「おう、三下。痛い目見たくなけりゃさっさと大帝の居場所を吐け。そうすりゃせめて苦しめずに消してやる」
「クハハッ! もう手遅れですよッ! 我が主は、既に最終兵器を発動させておりますれば! 間もなく。もう間もなくですよォッ!!」
「間もなく、なんだよ? もう遅いってんなら、勿体ぶらずに何があるのか喋れよ。」
「クククハハッ!! その意気や良し、ですねぇ! お教えしましょう! もう間もなく、この戦場一帯を消滅せんと、神の裁きが降るでしょうッッ!!」
「はぁ?」
なんだコイツ。
顔面殴られて気でも触れたか?
「我が主が御座す居城、【帝剣城ユーナザレア】から放たれる、神威の極光!! 最終兵器【フォールンデウス】の着弾まで、あとおよそ百秒といったところでしょうかねェッ!!」
「なんだとッ!?」
大帝は戦場に出ずに、ずっとダンジョンに留まっていた? そして、大仰な名前の兵器とやらを、ここに向けて放ったってのか!?
マズイ、こうしちゃいられねえッ!?
「アネモネ、みんな! コイツとこの場は任せるぞ! 俺は外でみんなを守る!!」
「マスター、お気を付けて! ここはお任せ下さい!」
「お兄ちゃん、無茶だけはしないでね!?」
「気を付けろよ、マナカ!!」
アネモネだけでなく、マナエやフリオール、他にも家族たちが檄を飛ばしてくれるが、焦って魔力を構築していたせいで、他は上手く聴き取れなかった。
「わっ!? え、なにコレ――――」
俺は一気に術式を構築し、戦場となっている洋上へと転移したのだった。
ん? なんか聴こえたかな?――――