第十六話 大帝陛下とご対面。
さて、勇者を仕留めたワケだけど。
聞けばアザミやシュラたちも、それぞれ勇者を名乗るヤツらを討ち取ってきたらしい。
なんでも勇者は七人居たそうで、我が家の戦力総出で各個撃破してきたんだとか。
うん。
話に聞いただけだけどさ、どいつもこいつも歪みまくってたんだなぁ、勇者達って。
「――――ああんっ!」
それぞれが聞いた名前だけでも、彼等が日本人だと判る。
利発そうな外見の【クラシキ・ユウマ】。
黒髪の令嬢【イチジョウ・アヤメ】。
寡黙な武人【ジンナイ・ノリフミ】。
「――――ちゃあああんっ!!」
その誰もが一筋縄ではいかず、確かに強敵であったと俺の家族たちは語った。
「――――いちゃああああああんっっ!!」
って、さっきからなんだよ『ちゃん、ちゃん』って!!
大〇郎なのか!? 子連〇狼まで転移してきたんかッ!? ヤバいなそれは確実に強敵――――
「おおおにいいいいいいいちゃああああああああんッッ!!!」
「ぐべらぶふぉおおッッ!!??」
なんかコレ、懐かしいかもおおおおおおッッ!!??
未確認飛行物体ならぬ我が愛しの妹の全力飛翔によるタックル。それがそうであると気付いたのは、振り返った俺の鳩尾にめり込む茶髪のボブヘアーを抱えながら、甲板に叩き付けられた時だった。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんおにいいいちゃああああああんんんッッ!!!」
「ゲフッ!? ま、待っ……! マナ……みぞお……ッ! ぐるじ……ッ!? …………かふっ!」
さらに妹様は、甲板に仰向けに転がった未だ呼吸が確保出来ていない俺の鳩尾を、執拗に頭部で何度も圧迫して……アカン、マジで死ぬっ!? 息が…………でき……ッ!!
「お、おいマナエ……? マナカの奴、い、息が停まっていないか?」
「ま、マナカ殿ぉおッ!? ちょっ、気をしっかり!!」
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんおにいちゃああんッッ!!!」
「…………(ビクンッ、ビクンッ!)」
「おいコレマズイのじゃ!? アザミ、マナエをひっぺがすのじゃッ!!」
「承知! マナエ様、どうかお離れを……!!」
「おにいちゃんおにいちゃんおにいいいちゃああああああんんんッッ!!!」
「ちちょっ!? 顔色が青も白も通り越して紫になっちまってやすぜッ!?」
「マナエ、離れなさい! マスターが死んでしまいますッ!?」
「おにいいいいちゃあああああああんんんッッ!!!」
「なーっはっはっ! 吾・参上ッ!! 聞け皆の衆! 吾は勇者を一人討ち取ったので――――」
「「「「後にしてくださいッ(のじゃっ!)!!」」」」
「なんであるかーッ!? ハッ!? き、きき貴様殿おおおぉぉおおッ!?」
「「「「静かにしてくださいッ(のじゃっ!)!!」」」」
「ひどいのであるーーーッ!!??」
閑話休題。
「お花畑でククルが手を振ってるのが見えた……!」
「マスター、お気を確かに。ククルシュカー様は現界されてご存命です」
「お、お兄ちゃん、ごめんなさい……!」
危うく戦争に決着を着けないまま、また転生しちゃうところだったぜ……!
そして身体を起こした俺の前には、正座したマナエの姿が。
うん。これもまた懐かしいな。いつの間にか、俺ばっかりが正座させられるようになっちゃったもんな。
「マナエ、ただいま。随分心配させちまったみたいで、ホントに悪かった」
「う、ううんっ! 無事なのは判ってたし、ククルちゃんが行方も探り当ててくれてたのに……」
「それでもだよ。大事な妹に心配掛ける、ダメな兄ちゃんでゴメンな?」
結界と念動で俺の元に引き寄せて、大切な俺の半身を抱き締める。
「うぬぅ……! 兄妹の水入らずとはいえ、婚約者も居るのだがな……」
「で、殿下……! 今は、マナエちゃんに譲ってあげては……」
「きーさーまーどーのぉーッ! 心配したのであるぅーッ!!」
「フリオール、レティシア、グラス。お前たちにも心配掛けて悪かった。遅れてゴメンよ」
抱いた傍からひっつき虫と化したマナエを抱えたまま、俺は立ち上がって彼女らの元へ。
一人一人、頭をポンポンと撫で叩く。
「むぅ……まあ、無事だったなら良いのだ。おかえり、マナカ」
「おかえりなさいっ、マナカ殿!」
「遅っそいのである、貴様殿! 何処で油を売ってたのであるか!!」
……『油を売る』って言い回し、この世界にもあるのね……? まあ何はともあれ、改めて六合家が全員集合した訳なんだけど……。
「え、コレ敵の飛空艇だよね? なんで俺らこんなトコでノンビリできてるの?」
意識が戻ってから、一向に敵が甲板に来る気配が無い。
不思議に思いそう訊ねると、いつの間にかおニューのメイド服に着替えていたアネモネが、若干ドヤりながら。
「隠密強襲型魔導戦艦“カナリア号”より、【揺籃の姉妹達】が十名降下して既に制圧済みです。この飛空艇は、私達が確保しました」
うん、『彼女らは私が育てた』みたいな不敵な笑みだね。アネモネ、さっきのキスの時もだったけど、本当に表情豊かになったよね。良いことだ。
『『『『マナカ様。無事のご帰還、心よりお慶び申し上げます!』』』』
艦内放送を使ったのか、甲板に我が家の戦闘メイドたちの声が響いた。
「お、おう。みんなにも心配掛けてゴメンな! ただいま!」
それに対してお礼を返してから、俺は我が家の面々に向き直る。……マナエ、そろそろ離れてくんない?
「マナエやフリオールたちがここに来たってことは、残る勇者も倒したって事でいいのかな?」
「うむ。まあ詰めはマナエに手伝ってもらったのだがな」
「仕方ありませんよ、殿下。あれは私達ではどうしようもありませんでしたから」
「でもでも、二人ともあそこまで追い詰めてたんだから、流石だよぉ!」
「面倒で喧しい奴だったのである」
それぞれに、簡単に戦闘の経緯を話してくれる。
なるほどね。残りの三人も、やっぱり日本人だったか。
あの冷泉にゾッコンだったらしいギャル、【タテシナ・アゲハ】。
少年にしか見えない風貌の成人、【ハットリ・ユウヒ】。
明らかに厨二病を患っている、【ジョウガサキ・トモヒコ】。
一癖も二癖もある彼等を、マナエとグラスは単独で、フリオールとレティシアは共闘して倒したという。
これで七人。大帝国の七勇者とやらは品切れだ。
「あとは大帝だけだな。アイツさえなんとかすれば、敵軍も瓦解するかな?」
「大帝は、マスターと同じく固有スキル【王命】を有しています。大帝を排除する事でスキルの効果が切れるのであれば、あるいは」
頼れる補佐役、アネモネが答えてくれる。
ていうかマジか。大帝も【王命】持ってんのかよ。
「んじゃあ実質兵士達は傀儡みたいなモンだな。大帝に何か動きはあったか?」
「……巨大戦艦の大型魔導兵器による砲撃が一度。オリハルコンゴーレム――“ヴァルキリー”達の犠牲により、連合軍への被害はありません」
「は……?」
なんだって? ヴァルキリーたちが? 犠牲?
「彼女達は自らの意思で戦艦と対峙し、身を呈して砲撃を防御してくれました。【天狗衆】のクロウが見届け、マスターへのメッセージを受け取りました」
……なんだよそれ。
アイツらが? 特製のオリハルコンゴーレムだぞ?
俺は戦場にクロウの魔力を探り、補足してすぐに念話を飛ばす。
『主よ、ご無事でしたか!?』
『ああ、心配掛けて悪かった。苦労掛けてゴメンよ。早速で済まないが、ヴァルキリーたちのメッセージってのは?』
『…………彼女達には、自我が芽生えておりました。主より賜った名を誇らしげに唱え、『愛している』と。主の仲間を、友を、家族を護れたと。後には、海底に彼女達の武器が遺されたのみでした……!』
『そう……か。それなら、連れて帰ってやらないとな。戦いが終わったら、その場所を教えてくれるか?』
『はい。必ずや……!』
そうか、お前ら自我が……!
クソ! バカヤロウ……! だったらもっと早く、話し掛けてくれよ……! 初めて聞く言葉が遺言だなんて、そんなのって無ぇだろ……!
俺も、お前らを愛してるよ! 散々悩んで、苦労して、設計もデザインもホントに大変だったけど……自慢の家族だよ!
クロウとの念話を切った俺の肩に、背中に、胸に、腕に、そして頭に。家族たちが、温かな手を添えてくれた。
「みんな、ありがとう。戦いが終わったら、クロウと一緒に彼女らの武器を回収に行くけど、ついて来るか?」
そんな俺の震える言葉に、みんな無言で、でも俺をまっすぐに見詰めて、頷いてくれた。
なら、さっさと終わらせよう。
五人一緒で寂しくはないだろうけど、海の底は、暗くて寒いだろうからね。早く迎えに行ってやろう。
「これから大帝の陣まで跳ぶ。みんな、ついて来てくれるか?」
「「「「応ッ!!」」」」
みんなやる気だ。もちろん俺もだけどな。
「【揺籃の姉妹達】のみんなは、“ムサシ”に居る王様たちに連絡してくれるか? 俺たちはこれから敵本陣に攻め入るって。それと、後で俺からも改めて言うけど、遅くなってごめんって、伝えてくれるかな?」
『かしこまりました。マナカ様、皆々様。どうかご武運を。我々はこの飛空艇を確保したまま友軍と合流し、戦況の維持に努めます』
「うん、よろしくね。絶対に無理はしないようにね?」
メイドさんたちとのやり取りの後で、俺は家族のみんなの魔力を補足する。魔力で繋いでおけば、転移で一緒に跳べるからね。
「それじゃ、行くよ!」
遠く離れた場所。これは、一際大きい飛空艇の中か。
いつかメイデナ教会が支配していたダンジョンから逆探知した魔力を捉え、目的の座標としてイメージする。
そして、糸が繋がったようなその感覚を頼りに、俺は転移魔法を発動した。
◇
「何者か」
「お邪魔するよ、大帝。お宅の勇者達はみんな倒したからね。あとはアンタを潰せば、この戦争は詰みだ」
「無礼者! 此処に御座すは、我等が“アーセレムス大帝国”の指導者、クワトロ・ヴォンド・アーセレムス大帝陛下ですよッ! 近衛兵、出合え! この侵入者達を抹殺なさい!!」
敵軍の本陣と思しき飛空艇の内部。
転移魔法で直接乗り込んだ俺たちは、広間で豪奢な椅子に腰掛ける二十代くらいの男と、その傍らに控える美しく若い女性と対面した。
まあ早々に警備の近衛兵を呼ばれちゃいましたけども。
「マスター。近衛は我々が」
「頼めるか? みんなも良いかな?」
アネモネが雑魚の排除を請け負ってくれる。
家族たちにもお願いすると、みんな快く頷いてくれた。
扉を大きな音を立てて開いて、近衛兵達がドヤドヤと集まってくる。
俺たちの正面には大帝と女性、そして袖の扉から近衛兵達が。背後にはこちらも近衛達が陣を組んで、俺たちを排除しようと剣を抜いて構えている。
「殿下とレティシア、マナエは三人で行動を。ご自分の身の安全を最優先にお願いします。イチは私と正面の近衛を。後ろはアザミとシュラ、そしてグラスに任せます」
アネモネの素早い指示で、我が家の面々が即座に散開する。それとほぼ同時に、斬りかかってきた近衛兵達との乱戦が始まった。
まあ、俺やアネモネが戦った勇者――冷泉桐梧よりヤバそうな奴は居ないみたいだし、任せて大丈夫そうだな。
「やれやれ。せっかくの初の対面だってのに、騒々しくなっちゃったな?」
「ふ、不敬な……ッ!!」
「ナザレア。下がれ」
「ですが陛下ッ! ……いえ、申し訳ございません」
ふむ。あの美人さんはナザレアさんというのか。
濃い紫色の長い真っ直ぐな髪が腰まで伸び、均整のとれたスタイルの良い肢体を、軍服のような衣装で覆っているけど……ミニのタイトスカートですとッ!?
おっと、後方から殺気が。これはアネモネさんだね。
うん。遂に顔を観なくても心が読めるようになったらしい。恐ろしい事に。
しかし、あの女性…………。
「貴様が、マナカ・リクゴウか。朕の、そして守護神たるマグラ・フォイゾの真なる敵。転生者にして迷宮の主の男」
「“守護神”ねぇ……。でもまあ、その通りだよ。俺はマナカ。アンタが召喚した異世界の勇者共と故郷を同じくする、元人間だ」
まるでつまらない物を観るかのように、気怠げな目で俺を眺め語る大帝。俺は引き下がるナザレアさんから視線を大帝へと移して、肩を竦めながら返答する。
「ほう、同郷の者であったか。しかしそれにしては、全員殺めたようだが?」
俺の答えに興味が湧いたのか、肘掛けに頬杖を突いていた姿勢を起こして、鋭い視線を飛ばしてくる。
俺はもう一度肩を竦め。
「まあ、俺が殺ったのは一人だけだけどな。他のは俺の家族が倒してくれたよ。いくらなんでも人格破綻者ばかり集め過ぎだろ。仮にも勇者を名乗らせるなら、もっと品行方正な奴を召喚しろよな。ああ、アンタが性格に難アリだから、似たようなのが集まったのかな?」
「ぶっ、無礼者がッ!!」
「ナザレア。朕に何度も言わせるのか」
「は、はいっ! 申し訳ございません……ッ!」
いや、ちょっとナザレアさん可哀想なんですけど。臣下なのか妃なのかは知らんけど、大帝のための行動だろうに。
周囲で近衛兵と俺の家族が入り乱れ、剣を交えている騒々しいその広間で。
そんな騒ぎなど眼中に無いかのように、大帝は大仰に溜め息を吐いて口を開く。
「腑甲斐無い勇者共では、やはり無理であったか。まあ、元々大して期待もしておらなんだがな。特にレイセンは、朕に二心を持っておったようであったしな」
「へぇ? 異世界からわざわざ召喚したってのに、それすら捨て駒かよ? それじゃあどうすんだ? 俺とアンタの間には障害は無いように見えるんだが?」
「ふん、抜かしおる。そうさのう……『皆の者、マナカ・リクゴウを殺せ』!!」
「ッ!? てめッ!!?」
今のは、固有スキル【王命】の言霊か!?
大帝の発したその言葉により、広間の殆どの殺気が、一斉に俺に向けられた。
マズ――――ッ!?
間一髪、背後から飛来したそれを、勘を頼りになんとか躱して体勢を整える。
「ぐぬぬ……ッ! すまぬ、主様……! 身体が言う事を聞かぬのじゃッ!」
「シュラッ!!」
あの野郎……ッ!
俺の家族を……俺の大切なヒトを、スキルで縛りやがったな!!??