第十四話 メイド 対 ホスト
《アネモネ視点》
横目で戦場を逐一確認するも乱戦は激化の一途を辿り、戦場は拡大し拡散してしまっている。
遮蔽物の存在しない洋上と大空での純粋な物量戦では、我等“ドラゴニス大陸連合軍”では質は勝っても量で勝てない。
高高度に待機させている“カナリア号”――マスターは“金糸雀”と漢字を用いたかったようですが、この世界の住人にはただの紋様にしか見えないので却下しました――の【揺籃の姉妹達】とは辛うじて、イヤーカフ型の通信器で暗号でやり取りは出来ますが……。
「どうしたんだい、アネモネちゃん? 他の戦場が気になって、オレに集中できないのかな? オレ寂しいなぁ!」
くっ……!
上下左右、斜め。ありとあらゆる軌道を縫って、私の相手――【光貴】の勇者冷泉桐梧が聖剣を振るってきます。
勇者が振るう聖剣“バースロンド”は、勇者が放つ光魔法を増幅し、またその刀身に光の魔力を蓄えて光を放ったり、光線を撃ち出したりとかなり汎用性に長けています。
振るわれた際に強く発光して軌道を隠したり、空振りと見せ掛けて光で刀身を延長したりと、正攻法に搦手を織り交ぜての剣術は、あるいはイチにも届くかもしれませんね。
私は自身の高い敏捷性を【身体強化】魔法で底上げし、更に【加速】魔法を小刻みに発動して緩急を付け、聖剣を躱し、あるいは去なし、逸らします。
こちらにはダガーナイフ二本による回転力の高さが有りますが、なかなかどうして。
「目の前にオレが居るのに、集中してもらえないなんてな。つくづくオレをバカにするのが好きみたいだな?」
「ご冗談を。最初から貴方様は通過点に過ぎません。我等の目的は連合軍の……我がマスターの勝利なのですから」
「その“マスター”のマナカって野郎はココには居ないのにか? 大方啖呵を切ったは良いけど、大事になり過ぎてそこらでブルってるんじゃないのか?」
口を嘲りに歪めて、私を挑発してくる勇者。
無造作に聖剣を肩で担ぎ、空いた片手で光弾を連続で放ってきます。
「マスターは今この時も、我等を見守って下さっています。憶測で我等の主人を貶める事は許しませんよ」
放たれた無数の光弾の軌道から身体を退避させる。停まっては跳ね、跳ねては甲板を、宙空を蹴って再び身体を弾けさせる。
「はっ! なら何故姿を見せないんだ!? ほぉら、そんな風にモタモタしてっから、おたくらの艦隊がピンチだぜ?」
何を――――ッ!?
勇者の言葉を返そうとした瞬間、これまでに無いほどの魔力の高まりを感知する。
出処は……海上の巨大戦艦!?
「早いよなぁ、もう主砲を撃つのかよ。大帝もまさかの魔導兵器の登場に、早々に決着を着けたくなったのかもな」
魔力が戦艦の甲板中央部に収束されていく。
「正気ですか? あのような巨砲を放っては、乱戦中の友軍まで巻き込みますよ?」
私は奥歯を鳴らしてイヤーカフの通信器に暗号を伝えながら、会話で時間を稼ぎます。いったい現在の状況はどうなっているのですか。
「知った事かよ。大帝が撃てと命じたなら、それに従うのが大帝国軍だ。オレ以外に、大帝の【王命】に逆らえる奴なんて居ないだろうしな」
なるほど、アーセレムス大帝国の大帝――クワトロ・ヴォンド・アーセレムスの固有スキルですか。
マスターもアークデーモンロードに進化した際に、新たに固有スキルとして【王命】を得たと仰っておりましたが、大帝も所有しているとは。
確か効果は、自身より魔力の乏しい者への絶対命令権でしたか。
「【王命】に逆らえるとなると、貴方様……貴方は大帝よりも強大な魔力を有しているという事ですか。それは、過去に“魔王”を討伐し、存在の位階が上がった影響ですね?」
「チッ。喋り過ぎたか……」
舌打ちをし、再び光弾を放ちながら距離を詰めてくる勇者。その反応、どうやら位階を上げた事は所属する大帝国に告げていないようですね。
「おっと、余計な事は言わないでくれよアネモネちゃん? 今大帝にオレまで脅威判定されちゃ困るんでね。どうにも旗色が悪いこの戦争で、行方を暗ますオレの計画が狂っちまう」
「ならば疾く去れば良いでしょう。わざわざ我が軍に敵対せずとも、貴方ほどの腕前ならば、人知れず姿を隠す事も可能でしょう」
「そうもいかない。大帝は疑い深い臆病な男でね。オレら勇者に【魅了】と【洗脳】と【煽動】を施して、ようやく手駒になったと思ってるんだよ」
「そう仰るという事は、それも解いたと」
至近距離で聖剣とダガーナイフを打ち合わせる。幾度も斬り結び、離れてはまた振るって打ち続ける。
「当然。まあ解けたのは、キミが言った通り魔王だかって奴を殺した後だけどな。今のオレは“人間”じゃなく“超人”だ。人を超えた存在であるオレに、たとえ霊薬で長寿を得たとはいえ、タダの人間のスキルが通じるハズないだろ?」
「ならば尚のこと、貴方が大帝に従っている理由が分かりませんね。それだけの力を得たのであれば、もはや北のホロウナム大陸に、貴方を脅かす存在は居ないでしょうに」
一瞬の鍔迫り合いとなり、そしてそれを制したのは勇者でした。地の筋力で劣る私は、即座に体勢を立て直して一旦距離を置く――――
「逃がすワケないじゃん?」
「ッ!?」
どうやって回り込んだのか。後退した私の背後に回り込んで、勇者が聖剣を容赦なく振るう。
私はそれを、甲板を滑るように身を屈めてやり過ごし、すぐさま反撃を――――ッ!?
「どうしたのさ、アネモネちゃん? そんな怖い顔してたら、折角の美貌が台無しじゃないか」
ダガーナイフを振るった先に勇者は居らず、横から伸ばされた手によって、空振りした私の腕が絡め取られる。そしてそのまま腕を背中に捻り上げられ、拘束されてしまう。
「くっ……! 放してください、不愉快です」
「そうツレないコト言うなよ、アネモネちゃん。ン〜〜っ! 流石極上の女は、香りも極上だねぇ」
身の毛がよだつとはこの事ですか。全身を悪寒にも似た嫌悪感が駆け巡り、頭に血が昇るのを瞬時に自覚します。
その時、イヤーカフ通信器に暗号が返ってくる。その内容は……“ヴァルキリー”達が!? それにクロウまで!?
「さあ、盛大な花火を特等席で見守ろうぜ。これでドンペリでも有れば最高なんだけどな」
「今すぐ私の身体から手を放しなさい。この上なく不快です」
「そう言うなって。うほっ♡ 柔けぇ〜っ♡」
私の右腕を強く捻り上げたまま、聖剣を置き自由になった片手で左腕までも掴み一緒に背面で拘束され、片手で拘束を保ったまま服の上から私の胸を揉みしだいてくる。
心底気持ち悪いですね……! 意中に無い者に触れられると、ここまで嫌悪感を抱くものなのですか……!
早くこの拘束から抜け出さねば、ヴァルキリー達が……!
「お、チャージ終了〜♪ イイよイイよぉ〜! デカいの一発撃っちゃってぇ〜ッ♪」
おチャラけた歌にも成っていないフレーズを口遊む勇者の声に、戦艦の方に視線を向けます。
そして視線を更に動かせば、海の向こうから戦艦に迫る五つの影が見えました。
間違いありません。
マスターが苦心して創り上げた、オリハルコンゴーレムの“ヴァルキリーシリーズ”です。
しかしあの距離では……! 既に敵艦は、エネルギー充填を終えてしまっているのです。間に合いません……!
するとヴァルキリー達はこちらへの飛翔を止め、五体で五角形の陣形を組み始め、そして輝き出したのです。
まさか……あなた達には、自我が……!?
「んだぁ? ねえアネモネちゃん、あの天使モドキって何よ?」
私の身体をまさぐる手は停めずに、どころかより大胆に嬲りながら、そう訊ねてくる勇者。
「……マスターが産み出したゴーレム、ヴァルキリー達です」
「はっ! また出たよ“マスター”が。んでぇ? あんなガラクタで何しようってのよ?」
「…………」
猛烈な不快感を抑え込み、私はヴァルキリー達の挙動に見入ります。
ヴァルキリー達が輝いたその場には、巨大な五芒星の魔法陣が構築されました。
まさか、それで受け止めようというのですか!?
「ッ!? ――――ッ!!!」
魔法陣の完成と、戦艦の巨砲が光の渦を吐き出すのは、ほぼ同時でした。
あまりの光量に思わず視線を切った私の身体に、光線と魔法陣――恐らく防御結界でしょう――の衝突による衝撃波がぶつかって、勇者共々甲板の上を吹き飛ばされました。
「くおッ!? クッソが! こんな近くで当たるんじゃねえよヴォケが!!」
奇しくも、不意に吹き飛ばされたおかげで勇者の手から逃れられた私は、甲板に着地するとすぐさま爆心地を見遣ります。同時に通信器で、カナリア号に状況報告を急かしました。
返ってきた返事は……『ヴァルキリー五体、ロスト。追随していたクロウは無事』と。
同時に、クロウが聴いたというヴァルキリー達の遺言を受け取る。
あなた達にも、ちゃんと自我が芽生えていたのですね……。そして自らの意思で、マスターの大切な者達を守ったのですね。
『愛している』と、マスターが聴いたらどれほど喜ぶでしょう。あなた達を創る時は特別時間を掛けて、悩みに悩んで設計を繰り返していましたからね……!
魔力を急速に練り上げる。
勇者の正体不明の瞬速に対抗するには、私も本気のスピードで臨む必要があります。
もしかしたらそれでも足りないかもしれませんが、何故でしょうか。今の私であれば、これまでの限界など容易く突破してしまえそうなのです。
そんな確信にも似た思いを胸に、勇者に乱された服装を整えながら、私は【身体強化】魔法を、【加速】魔法を幾重にも重ねて纏う。
勇者の瞬速の正体が【鑑定】Lv9でも看破できない以上、同じ速度域まで私が到達すれば良いのです……!
「【疾風輪】トリプルブースト」
更に風魔法をも纏い、重力と大気圧から護り、軽く、速く、私の身体を加速させる――――
勇者は苛立った様子で、緩慢に私のことを睨み据えています。
今ならば。油断も伴う今であれば、あの男の急所に刃が届く。
「参ります」
視界が引き伸ばされる。音が置き去りになり、全てのモノの動きが停まって見える。
私の身体は音を超え、大気の壁すらすり抜けて、勇者の元へと――――
「ウゼェな、本気出してんじゃねぇよ。手加減できなくなんじゃねぇか」
ふと耳がその声を拾ったと同時に、私の身体は甲板に叩き付けられ、幾度も転がり続け、やがて動きを停めた。
いったい、何が――――
「あ〜あ、勿体ねぇ! イイ脚してたのによぉ。あのフトモモでナニを挟んだら、サイッコーだったろうになあ!」
「う、ぐぅッッ!!??」
急ぎ勇者を振り返り、私の目に映ったモノ――――それは、大腿の半ばから切り落とされた、私の二本の脚でした。
「ぐっ……!? 私は確実に音速を超えていた筈……! まさか、光速で……!?」
私の下半身から止めどなく血液が流れ出ていきます。私は意を決して、火魔法で斬り口を焼き、止血を敢行しました。
「ぐぅぅぅ…………ッ!!!」
「それだと半分正解の、半分ハズレだ。オレの固有スキル【光身共鳴】は、オレ自身が光となり、周囲の可視不可視全ての光線と共鳴……つまりは同化する能力だ。
「分かり易く言えば、スキル発動中は転移と幻影、そして光の操作が自由自在になるってモンだ。魔王を殺した時にしか出してない、オレのとっておきだよ。
「同じ勇者の悠真なんかは、雷の速さで動けるってイキってたけどよ? こちとら光そのものだぜ!? マジでチートって奴だぜこのスキルはよ!? 厨二オタの智彦が聞いたらどんな顔すんだろォなあ!? ヒャハハッ!!」
私の機動力を削いだからか、余裕綽々といった様子で饒舌に語る勇者。
私はその間も、脳に警鐘を鳴らす激痛を無視して魔力を練り上げる。
「まだ、終わりではありませ――――」
「ポーションか? それならこのマジックバッグを奪ってみろよ」
私の腰に着けていたポーチ型の魔法鞄が、いつの間にか勇者の手の中に在る。
「だからよ、光は何処にでもあんだろ? 学習しろよ、アネモネちゃん」
「くぁ……ッ!?」
次の瞬間には、私の両腕の腱が斬り裂かれ、腕も動かせなくなる。私の目には、ポーチを見せびらかすように掲げている勇者の姿しか見えなかった。
なるほど……。これはいくら魔王であろうと、倒される訳ですね……!
「さて、これでお転婆なキミでも、いい加減抵抗できないだろ? あ、このマジックバッグは、オレがありがたく貰っとくよ。コッチには紙幣が無い分嵩張るけど、日本円とは比べ物にならない価値が有るからな。キミの“マスター”が持たせただろうアイテムの数々は、いったい幾らになるんだろうな?」
その端正な顔立ちを欲に歪めて、悠々と歩いてこちらに近付いて来ます。
(【疾風輪】……!)
一瞬の間隙に風魔法を解放し、口で取り落としたダガーナイフを拾い、近付いて来た勇者に突き立て――――
「だからよ、抵抗すんじゃねぇっつってんだろーが」
「ガッ……!?」
完全に油断を突いたと思ったそのひと振りは届かず、勇者に首を掴まれ吊り上げられる。
「オレが抵抗すんなっつったら抵抗すんじゃねぇ。オレが股を開けっつったら開きゃあ良いんだよ、このメスが」
「カッ……カヒュッ……!!」
喉を締め付けられ、口からダガーを落としても声すら出ない。勇者は空いた手で以て私の襟元を掴むと、一気に私の服を引き裂いた。
私の地肌に、吹き荒れる潮風が直に触れる。
「やっぱイイカラダしてんね、アネモネちゃん♡ 脚を落としちゃったのはザンネンだけど、まあフトモモの上半分でも楽しめるし、イイよな? お転婆が過ぎるキミが悪いんだぜ?」
そう言ってそのまま、私の胸を鷲掴みにする。
……本当に気持ちの悪い……ッ!
腕を動かせず抵抗も出来ず、羞恥も然ることながら怒りと不快感で頭の中が真っ赤に染まる。
「マ゛……すたぁの、わ゛たしに゛……っ! ふ、れるな゛……ッ!」
勇者の頭上に吊り上げられた高みから、精一杯の抵抗として睨み付けますが……益々その顔を醜悪に歪める勇者。
「ヒャハッ!! こんなんなっても“マスター”かよ!? イイね、逆にイイよアネモネちゃ〜ん♡ オレってばマジで昂ってキちまったよ! ヤベェ、たまんねぇッ!!」
そう吠えると勇者は片手で器用に腰鎧を外していき、ズボンを下ろしてその嫌悪しか感じない下半身を露にする。
「公開レイプだぜ、アネモネちゃん♡ オレもうガマンできねぇよ、ギンギンだよぉ。“マスター”は見守ってくれてるんだろ? だったら見せ付けてやるよ、テメェのオンナがオレのナニを咥え込むところをよォッ!!」
「グッ…………ッッ!!」
更に私の服が引き裂かれ、その醜悪なモノが私の恥部に当てがわれる。
「オラぁ……! イクぜ? 挿入れるぜぇ〜っ!? なぁに、痛ぇのは最初だけだからよ。スグにヨガり狂わせてやんっブフォアベッ!!??」
思わず目を瞑って奥歯を噛み締めたその私の耳が、奇っ怪な勇者の声を拾ったのと、身体が浮遊感を覚えて後に温かな腕に抱えられたのは、ほぼ同時でした。
私の耳には、既に懐かしく感じる、あのお声が聴こえてきました……ッ!
「テメェ……! ヒトのメイドさん兼秘書さん兼先生さま兼大切で大事な大好きで愛する家族であるアネモネさんに、ナニ汚ぇモン向けてくれてんだ、アアッ!!??」
目を開くと……眩しい太陽の逆光で見辛くはありましたが、見間違いようもなく――――
「ああ゛ッ!? この俺ですらちょっとしたラッキースケベ程度でしか触れた事の無いアネモネの綺麗な身体に、ナニをしやがったんだテメェこのクソカスがよぉッ!!? ブチ殺すぞテメェコラこのクズ男がアアアアアアッッ!!!!」
あ、身体が勝手に――――
「あぎゃあああああッ!!?? 目がッ! 目がああああッッ!!??」
「……申し訳ありません、マスター。どうやら久々の【真日さんお仕置機能】が発動したようです」
「ナンデぇッ!? ナンデ今ああッ!!? 目がイタイッ! アネモネ落ちちゃう! 落とさないけど痛くて落としちゃうううううッ!!??」
凄いです、マスター。
目潰しを真面に受けたにも関わらず、私を抱く手は微動だにせず、温かく包み込んでくださっています……!
私を抱き上げたままで、痛みに耐え悶えるマスター。
「んっのヤロォ……ッ! テメェのせいだコラァッ!!? テメェがアネモネに気色悪りぃコトしやがったせいでなあぁッ!!??」
「マスター、どうやら勇者はそれどころではないようですよ」
「あ゛あ゛ん゛ッッ!!??」
見ると勇者は顔面を押さえて甲板をのたうち回っており、こちらの話など耳にも入っていない様子です。
では、今の内に……
「テメェこら!? そんなんでも“勇者”だろうが! 根性見せろ! そして俺の怒りを受けろよコラァッ!!??」
勇者に対し激情を吐露するマスターに、呼び掛けます。
「マスター」
「あん? どした、アネモネ――――ッ!?」
温かいマスターの体温が、唇を通して伝わってきます。
念動でマスターの顔を押さえ、少しの間唇を重ね、名残惜しみながらもソレを離し……
「マスター、おかえりなさいませ……!」
一番伝えたかった言の葉を、私の愛しいマスターに伝えます。
呆気に取られたようだったマスターは、暫しを置いてから優しい笑みを浮かべ、そっと私を抱き締めて下さいました。
そして。
「ああ。ただいま、アネモネ。遅くなってごめんよ」
そう、お言葉を下さいました。
ふふ。
皆さん。やはり、マスターはマスターのままです。
聴きましたか? 『遅くなってごめん』と、私の予想通りのお言葉でしたよ。