第十二話 覇龍王 VS 厨二病
《グラス視点》
「九天の檻より堕ちしは無我の幼子。その身を染め、闇に吼えよ――――【深淵の槍】!!」
「ええい! いい加減鬱陶しいのであるッ!!」
無数の影の槍を空を舞って躱し切る。
一発一発が中々の威力で、防御よりは躱した方が効率が良いのである。
「やるではないか! 我の闇魔法、ここまで躱されたのは初めての事だぞ!!」
「いちいち大袈裟である! それに何なのであるか、あの詠唱は!? 殆ど意味など無いであろうがッ!!」
「フッ。我が闇の言霊を無意味と断ずるか……! その浅はかさ、太古の世から生きる古龍の言葉とは思えんな!」
「やっかましいのである! 貴様ほどの魔法の使い手であれば、無詠唱などお手の物であろうが!!」
「浅慮、あまりに浅慮だ! 底が知れるぞ、覇龍王よ!!」
うぬぬぅ……! 調子が狂うのである!
吾が対峙するこの男――【闇静】の勇者城ヶ崎智彦とやらは、黒いコートを翻して、大袈裟に顔を片手で覆って斜め上から見下ろしてくる。
マジ腹立つのである!
お主はいちいち顔を覆わねば話もできんのであるか!?
「暑苦しい前髪しよってからに……! その前髪、吾の爪でサッパリさせてやるのであるッ!」
「フッ。何を言うかと思えば……! 異世界チーレムで主人公は顔を出さぬモノ!! この世の摂理とも云うべき不文律を、この闇の支配者たる我が侵す訳にはいかぬわッ!!」
むきいいいいいぃぃぃッッ!!!
ああ言えばこう言ううううううぅぅぅッッ!!!
「陰気そうなくせして喧しいわこの小僧がッ!! 【龍帝の咆哮】!!」
もう色々面倒臭いので一気に決めてやるのであるッ!
両手の爪を起点に魔力を収束させ、十筋の熱線を放つ。十本の熱線は空気を焦がし、それぞれの軌道で勇者を灼き貫かんと宙を突き進んだ。
「フッ。黄昏から生まれるは闇の堕とし子。其は全てを飲み込み、闇へと還さん――――【闇の静寂の泉】!」
「チィッ……! 阿呆な詠唱はともかく、厄介な魔法を使うのである……!」
吾が放った熱線は、勇者が生み出した闇色の壁に飲み込まれ消失する。その壁は渦を巻き、やがて収束して奴の掌で音も無く消えていった。
「クククッ! 我が闇の魔力の前では、たとえ龍の魔法であろうとも無力! 闇は全てを飲み込み、無へと還す故なァ!! さあ、美しき龍王よ、無力さに打ち拉がれるがいい! そして我に降るが良いぞ!!」
「だ・れ・が・貴様なぞに降るかこのクソ戯けがぁッ!! そこまで言うなら全て受け切ってみるがよいのであるわああああッッ!!!」
もう知らぬ。知らぬ、知らぬッ!
とにかくこ奴の鼻っ柱を圧し折って、黙らせてから前髪をバッサリ切ってヤらねば気が済まんのであるッ!!
「【龍帝の咆哮】! 【龍帝の咆哮】!! 【龍帝の咆哮】アアアッッ!!!」
「え、いや、ちょっ!? 待っ……!?」
「【火竜の焔撃】! 【水龍の激流葬】!! 【風龍乱舞】!!!」
「ふ、フフフッ!? ちちょ、お、落ち着き、たまえよっ!!??」
チィィッ! まだ防ぎよるか!
ならば!!
「【龍帝の轟重咆哮】!!!」
角、翼、両手両足の爪全てから魔力を一点に収束し、空間が歪むほどの魔力を圧縮。狙いは一点、あの喧しい男のみ!!
「ブチ抜くのであるうううううッッ!!!」
「ぎぃやああああああああッッ!!??」
人型で放つ龍の息吹である! これを防げるような存在など、主殿の結界魔法くらいしか吾は知らんのである!
「やったのであるか……?」
奴ごと叩き落とすつもりで放った魔法を受けて、敵軍の飛空艇とやらがもうもうと煙を上げ、体勢を崩してフラフラと高度を落としていく。
吾の魔法は、確かに勇者めの防御壁を貫いた手応えがあったのであるが……。
「フッ。それは“フラグ”というものだ。やったかと思えばやっていない。それが異世界テンプレ!!」
「なっ!?」
その声は吾の背後。
振り向くと吾の頭上の宙で、漆黒の翼を広げてまたも顔を左手で覆い、右手を開いて此方に突き出して構えている勇者の姿が。
「なるほど。貴様も飛べたわけであるか。では、吾の魔法が貫いたのは……」
「フッ。それは幻影だ。そしてこの翼は闇魔法【闇黒の翼刃】だ」
一々腹立つ言い方であるなぁ……!
しかし、こ奴……
「良いのであるか? 仲間の船が落ちようとしておるのに、そのように悠然としておって」
吾の背後では、先程まで勇者を運んでおった飛空艇が、未だに煙を上げて高度を落としているのである。
あれは中で火災が起きているのであるなー。爆発でも起きたら一気に落ちそうである。
「フッ。我は勇者であるぞ? その我が何故、取るに足らない愚民などに心煩わせねばならんのだ? 仲間だと? 馬鹿を言うな」
「……貴様……それは本気で言っているのであるか……?」
こ奴……仮にも戦場で轡を並べた者達を愚民と言ったであるか……?
「当然だ。我は異世界より大帝に召喚されし勇者だぞ? 選ばれし者だ! たかだか有象無象の兵卒如き、我を戦場に運べただけでも光栄の至りであろう?」
「彼奴等は、仲間ですらないと……?」
「決まっておろう! 我が仲間は共に召喚されし同郷の同胞のみ! 同じ七勇者のみよ! まああ奴らも、時が来れば我の配下と成ろうがな」
「吾の主殿、マナカ・リクゴウも異世界の民であるぞ? 確か“チキュウ”の、“ニッポン”という国の者である。それと敵対する事には、何の感情も無いのであるか?」
「ほう? そ奴も同郷の者であったか。だが……関係ないな。むしろ腐った息苦しいあの国の人間が、我の世界にまだ他にも存在している事の方が業腹であるわ!! あのような、我の価値を認めない国の者など……!」
この男……どちらが腐っているのであるか……!
マナカは……主殿は、決して戦友を蔑ろになどしたりはせんのである。
決して他者を見下したり、こ奴のような憎悪で濁り切った瞳で語ったりはせんのであるッ!
そうとも。吾のような伝説に畏れられし龍であっても、慈しみ、語らい、家族として認めてくれた……心優しき悪魔である。
「いずれは我のこの世界から、転生者も転移者も尽くを駆逐してやる。そうしてようやく我の本当の物語が、本当の人生が此処で始まるのだ!」
…………もう良い。
こ奴は、要するに他人などどうでも良いのであるな。
自らを召喚したという大帝国にも、其処に住まう者にも、共に戦場に出た兵達にも、どころか同郷の同じ勇者達にでさえも、信じてすらおらず、敬意の一欠片も持ってはいないのであるな。
同じ故郷でこうも違うものであるか。
主殿とも、魔族の姫君ともまるで心根が違っているのである。
確かに主殿に聞く故郷の話は、物語にも聞いた事も無いような文化や文明に溢れ、便利で住み良い世界に聞こえはした。
しかし主殿の、時折覗くあの寂しそうな顔は。
『何も成せず、何にも成れなかった』と話すあの悔しそうな顔は……その世界でも、全てに満ちていた訳ではなかったということであるか。
自宅に居ながらも瞬時に世界中の出来事を知る事ができたり、遠く離れた見知らぬ者とも気軽にやり取りができたり。
そういった利便の裏側がきっと、あの主殿の寂し顔の原因であり、こ奴のような歪んだ男の在り方なのであろうな。
もしや他の勇者共も、こ奴のように歪み切っておらぬであろうな……?
「我はここに宣言しよう。この戦さで転生者マナカを葬り、その上で大帝国からは決別し自由を手にして、真の主人公と成る! 我を信じ、我を尊ぶ者のみを集め、あの世界では得られなかった真の人生を、歩み始めるのだ!!」
「ほう…………?」
真の人生か……言ってくれるのである。
生まれ落ちてたかだか十数年程度の、矮小な人間の小物風情が……
「最初の百年は、己を磨くのが楽しかったのである……」
「む、辞世か? 良いとも、聞いてやろうではないか。さあ語れ、古の龍王よ。後悔の残らぬようにな」
小童が偉そうに……!
だが家族の皆には気恥ずかしくて話しとうないし、それでも語りたい気分なのである。
「次の百年は、ひたすら強者達と戦いを繰り返した……」
「ほう、武勇伝か? あまり自分語りはするものでないぞ? 炎上してしまうやもしれぬしな」
喧しい、聞くなら黙って聞くのである。
あと、“エンジョウ”ってなんであるか。
「それから数百年、吾の首を狙う国や勇者、魔族や魔物達に、狙われ続け、追われ続けた。それらを退けた吾はとある迷宮の深部へと籠り、其処を支配し、時が過ぎほとぼりが冷めるまでを眠って過ごした」
「煩わしくなったのだな。解るぞその気持ちは」
貴様なんぞに共感されたくはないのである!
良いから黙ってるのである!
「また幾百年か過ぎた頃、流石に倦怠を覚えた吾は、再び外界へと足を伸ばした。当時の国や文明はとうに無く、吾を忘れ去った世界が、其処には広がっていた。倦怠に身を焦がしていた吾は、いつの間にか増えていた配下を放ち、世界を揺さぶってみたのである。吾を知る者も無く、吾を追う者も無いその世界に、嫌気が差したのやもしれぬのである」
「絶対者故の倦怠であろう。強者には付き物だろうな。我も故郷ではそうであったぞ」
こ奴……聞いているようでまるで理解しておらんではないか!
……まあ良いのである。
どうせ自分の形をなぞるだけの、ただの過去の話であるからな。
「いったいいくつの村や町、都市を、国を焼いたのか。歳を重ね過ぎていつの間にか吾は、他に並び立つ者も居らぬ世界に生きているのだと、孤独を知ったのである。吾は寝物語に語られ恐れられるか。邪悪な龍として、敵う筈もない雑兵共の絶望に染まった顔を観るかしか、この世界でやる事が、出来る事が無くなっていたのである」
「フッ。それこそ強者故の孤独だ。我ら絶対者たる者が、甘受すべきものだ。そうであろう?」
「…………それからまた、千を超える年月を経て。吾は驚きと共に目を醒まし、そして……あの者に出逢ったのである」
不思議な雰囲気の、魔族の男。
この世に存在しない強力な魔物を従え、しかし主従と言うにはどうにも距離の近い、チグハグな一行。
吾を見て恐れるでもなく、敵意を向けるでもなく。しかしその力は、吾と同等かそれ以上の物を感じさせるほどに底知れず。
ヘラヘラと笑いながら、大声でおどけながら。
吾とすら対等に同じ目線で話し、怒鳴り、言い合い……
「貴様に解ると言うのであるか? 幾千の年を、ただ戦い己を狙う輩から追われる孤独が。いつの間にか並び立つ者も居らず、ただ恐れられるだけの孤独が。ただ独り穴蔵に身を潜め、外界との関わりを絶ち続ける、あの孤独が」
主殿よ。少しだけ、約束を破るのである。
吾には、こ奴の在り方が許せぬのである。
たかだか十数年生きただけで、この世の全てを目にしたかのように振る舞うこ奴が。
たかだか十数年だけで、瞳を完全に憎しみに濁してしまったこ奴が。
そして賢しらに他者を見下し、己の在り方を絶対と思い込むこの弱さと卑劣さが、許せぬのである。
「一瞬だけである」
「なに……?」
一瞬だけだから、どうか許しておくれ、我が主殿。
こ奴だけはどうしても、【覇龍王】として引導をくれてやらねば気が済まぬのである。
「フッ。やはり底が知れるな、龍王よ。我ら強者にとっては孤独こそが、孤高こそが勲章ではないか! とやかく言う愚民など根絶やしにすれば良い。敵対する者在らば根こそぎ叩き伏せれば良いだけだろう!?」
「其れをしても何も無かったからこそ憤っていると、何故解らぬのであるか……!」
――――人化魔法を、解除する。
どのくらいぶりであるかの?
主殿の家に転がり込んでから、一度か二度くらいしか正体を顕した事は無かったのであるしな。
「は……、え……? な……んだよ、コレ……ッ!?」
『コレが吾の真の姿である。コレこそが、貴様が浅いと揶揄した【覇龍王】の底である。のう、たかだか十数年程度の命しか歩んで居らぬ小童よ。もう一度吾に、齢三千と二百余の吾に、孤独とは何か、教えてくれんかのう?』
「なんだよ、コレ……!? き、聞いてない! こんなのラスボスじゃないか!! 魔王なんか目じゃない裏ボスじゃないか!? こんなの、桐梧さんでも無理じゃないかああッ!!??」
『どうした小童よ。貴様が深く考えもせずに当然と言ってのけた孤独が創り出したのが、この吾であるぞ? そしてそんな吾に再び生きる喜びを、楽しみを、愛おしさを教えてくれた我が主殿を、貴様はどうすると言ったのであるか?』
「ふふふふざけんなッ!? ぼ、ボクはこの世界の主人公なんだ……!! あのクズだらけの世界から抜け出して、貰ったチートでバラ色の人生を歩むべき人間なんだ……!!」
『化けの皮が剥がれているのであるぞ? どうした小童。見苦しく震えているだけであるか? 貴様が言う絶対者とは、強者とは、この程度で竦み上がる程度の底しか持っておらぬのであるか?』
「だ、黙れ、だまれよこのバケモノがッ!? ちちちくしょうッ……! とんだハズレだ! こ、この世界もクソだ! クソッタレだ!! ボクは選ばれし者なのに……! どうしてッ!! やり直しだ! やり直しを要求するッ!!」
『黙れ、見苦しき矮小な小童が。貴様はどれだけ努力をした? 自分を変えようと、周りの見る目を変えようと、どれだけ足掻いた? 偶々鬱屈した世界から抜け出して、化けの皮を被って調子に乗っていただけであろう? その浅い底から眺める世界は、酷く滑稽だったであろうな。そして吾は、そんな貴様を決して赦しはしないのである』
ちゃんと謝るから、どうか許しておくれ、主殿。
吾の味わった幾千年の孤独を、そして何より其処から救い出してくれた主殿を見下すこの男を、吾は決して許せぬのである。
お菓子も、料理の摘み食いも、もうしないのである。
だから、今だけは全力で――――
「待て、待て待てまて、待ってください!? お願いします、降参しますから!?」
『否である。貴様の故郷に在るであろう、“竜の逆鱗”と云う言葉が。貴様は、それに触れたのである。とくと味わえ。これが正真正銘の、【覇龍王】の息吹である』
喉に溜め高めた魔力を解き放つ。
それは音すら置き去りにして、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに“勇ましき者”と抜かした小童を蒸発させ、数多の飛空艇を巻き込み、海上の船達をも貫き、海水を大いに打ち上げた。
感知スキルからも、確実にあの小童の反応は消えている。
「ふぅ。久し振りに撃つ全力のブレスは、流石に疲れるのであるな」
羽を残して再び人化魔法を行使して、慣れ親しんだ人の姿に戻る。いつの間にかこの姿で居るのが当たり前になり、龍の姿の方に違和感を感じるほどであったのは、驚きであるな。
さて、吾の担当は片付いたのであるが、他の衆らはどうであるかな? まあ、主殿の家族は皆強者故、あの小童如きの者が相手であれば平気であるとは思うがの。
……む? 何やら、主殿の創り出したゴーレムの様子がおかしいのである?
あ奴らは確か……“ヴァルキリー”といったか?
一斉に飛び立って前進するとは……何やらキナ臭いのである。
とりあえず、様子を見るのである!