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第九話 王女と騎士と、小さな勇者。



 巨大な岩で出来た手が振り回される。

 空を飛ぶ飛空艇の、甲板上に突如として現れた岩の手(ソレ)は、同じく空を飛ぶ二人の人物を捕らえようと、がむしゃらに振られていた。



「く、くそぉ! ち、チョコマカと、う、鬱陶しいんだよッ!」



 その岩の手を操る術者――【大山(たいざん)】の勇者服部夕陽(はっとりゆうひ)は苛立ちを隠す事もせずに、その少年のような幼い顔を歪めている。


 一方で。



「ぬぅ。やはり我らでは火力が足りぬか」


「ええ。魔力が続く限り、あの岩の手は直ぐに修復されてしまいますね。そして小さな身体なのに魔力が膨大過ぎます!」



 空を舞うように飛び回り、繰り出される岩の手を幾度も掻い潜り、そのそれぞれの手に持つ剣で斬り付けていた二人――フリオールとレティシアは、その厄介な敵の特性を前にして攻めあぐねていた。



「かと言って本体の術者を狙っても、先程の繰り返しだろうな」


「大地の上でもないのに、厄介な魔法ですね!」



 繰り返し振るわれるその岩の手をやり過ごし、術者である夕陽を狙った二人ではあったが、本人に届くまであと少しという所で突如生成された大量の岩の槍に阻まれ、敢え無く再び距離を置く事となったのだ。



「遠くは岩の手、近くは岩の槍衾。まるで動く要塞だな」


「ゼロ距離で岩の槍を出された時は、流石にヒヤリとしましたね」



 そして二人にとって更に厄介な事に、振るわれる岩の手は、時を追う毎にその数を増やしていたのだ。


 現在の岩の手の数、実に十五本。

 一本一本が人一人を軽く握り潰せそうな巨大さで、二人を捕まえようと今も尚その数を増やしている。

 まるで、見た目は少年にしか見えない夕陽の苛立ちに呼応するように。



「普通ああまで苛立っていては、魔法の制御は拙く、粗くなるものなのだがな」


「益々威力と精度が上がっていますね。このままでは飛んでいるだけで、こちらの魔力が尽きてしまいますよ」



 追い込まれてはいるものの、フリオールとレティシアは冷静に敵の様子を観察し、活路を見出そうとしていた。



「ふむ。やはり奴自身は近接戦闘を得意とはしていないようだな。豊富な魔力をふんだんに使って、一気に制圧するような戦いばかりしてきたのであろう」


「だとすれば、やはり活路は前……ですか」


「それしかあるまい。このまま手をこまねいていても、いずれは我らの魔力の方が先に尽きる。それに岩の手が対処不能な数になってしまえば、その時点で詰みだ」


「一点突破ですか……。殿下にはあまりそのような戦い方をしてほしくないのですが……」


「何を今更な事を。共にマナカと添い遂げると決めた以上、レティシアにも付き合ってもらうぞ?」


「……承知致しました。【姫将軍】閣下にお供致します」


「うむ。護りは任せるぞ、【剣姫】よ」



 お互いに目配せをし合い、思わず笑みが溢れる。

 その姿は王女と騎士というより、同じ年頃の親友のようであった。



「な、何をイチャイチャとしてるのさっ! ほ、本当にイライラするなぁ!!」


「むっ!」

「なにっ!?」



 夕陽が怒鳴り声を上げ、更に岩の手を具現化する。その数は遂に、二十本に到達した。

 そして更なる驚愕がフリオール達を襲う。



「つ、集いて束と成せ! ろ、【岩石人形(ロック・パペット)】!」



 既に行使している岩の手という魔法に、更に重ねて術式が施される。

 夕陽の魔力を受けた二十本の岩の手は、それぞれが右手と左手でペアを組んで集い、その中心に岩で身体を創り始めたのだ。



「上半身のみだが、まさか魔法でゴーレムを創り出すとは……!」


「十体のロックゴーレム……それも空を飛べるなんて、厄介極まりないですね!」



 夕陽を取り囲むようにして宙に浮いたゴーレム達。その上半身だけの異様な姿は、込められた魔力の多さもあいまって強烈な威圧感を放っている。



「本丸は敵陣深く。そして強固な護衛達。さて、攻め手が潰されてしまったな」


「ただの手の方が、まだやり易かったですよね……!」


「ぼ、僕をバカにする奴なんか、み、みんな潰れちゃえば良いんだ……! ち、小さいからって見下してくる奴も、か、影でコソコソ僕を指差してくる奴も、み、みんなコレで潰してきたんだ!」



 そう語る夕陽の顔は、怒りと愉悦に歪んでいた。

 病の影響で、まるで少年のまま時が停まってしまったかのように身体の成長が止まった彼の顔が、他者を踏み躙ることの出来る自身の力に悦びを感じている。



「……誰もバカになどしていないのだがなぁ」


「人の話を聴かずに思い込みで決め付ける。被害妄想が過ぎますよ!」


「う、うるさいうるさい! そ、そんな事を言っていても、ど、どうせ心の中ではチビだのガキだのって見下してるんだ! ぼ、僕がこの世界で得たこの力は、そ、そんな奴らに天罰を下すためのモノだ!!」


「はぁ……話に成らんな」


「そうして自分勝手に決め付けて、一体どれだけの人を傷付けてきたのですか!?」



 激昂する夕陽に、哀れみとも諦めとも取れる顔を向けるフリオール。そして義憤と共に剣を突き付け、鋭い声を上げるレティシア。



「お前のその怒り。最初は至極当たり前なものであったのだろう。他者に陰口を言われ、特異な見た目で苦労してきた事も、また事実なのだろうな」


「だ、だまれ!」


「ですが貴方は、歪んでしまっています! 強大な力を得て、その力に溺れてしまっているのです! 気付いていないのですか? 貴方が散々見下されて苦しんできたのと同じ事を、貴方自身が他者に対して行っていることに!」


「だまれだまれだまれええええええッ!!!」



 夕陽の小さな身体から膨大な魔力が放出される。その魔力を受けた上半身だけのゴーレム達が、命を吹き込まれたかのように蠢き出す。



「ぼ、僕を見下す奴なんか、居なくなってしまえばいい! ぼ、僕には同じ勇者の仲間が居る! か、彼らは僕を見下したりなんかしないんだ!!」



 荒ぶり昂ぶる夕陽。

 その心情を表すかのように、フリオールとレティシアに向かって次々とゴーレム達が躍り懸かる。



「それこそ思い込みだ! 人の心が読める訳でもあるまいに、お前の仲間の勇者達とやらがそうではないと、何故言い切れる!?」



 宙に浮く巨躯から繰り出される左右の拳打を紙一重で躱し、魔力を込めた魔白金(オリハルコン)の双剣をその岩の身体に突き立て、魔力を解放するフリオール。



「【燃焼爆撃(ブラストバーン)】!」



 その双剣の切っ先から体内で爆発した炎の魔力が、一瞬でゴーレムを体内から爆散させる。その爆風にフリオールの金色のポニーテールがはためき、揺れる。



「貴方と同じく特異な見た目の者など、この世界には数多く居たでしょう! そんな彼らを問答無用に虐げてきて自分だけ差別されたくないなど、身勝手にも程があります!!」



 繰り出される右の拳を剣で逸らし、続く左手を鍛え上げた蹴りで弾き、ゴーレムの懐へと潜り込むレティシア。



「シィッ!!」



 彼女の剣の師であるイチ直伝の剣閃が瞬き、魔黒金(アダマンタイト)の鋭い刃がゴーレムを縦に両断する。

 魔法の術式ごと断ち割られたゴーレムはその身をただの石くれへと化して、ボロボロと崩れ去った。


 互いに背中を庇い合い、近付くゴーレムを一体ずつ確実に破壊する、フリオールとレティシア。

 その姿は見る者が見れば、過ぎし日の若き【名君】と【軍神】達の姿の生き写しであった。戦場で雄々しく剣を振るい護り合う、まさに戦友である。


 苛立ちのままに力任せにゴーレム達を操る夕陽。

 しかし一体、また一体とゴーレムが数を減らし、操る片手間で新たにゴーレムを生成し続けたその術式は、次第に精彩を欠き、綻びを伴っていく。



「圧倒的な力に溺れ、抵抗する間も無く弱者を踏み躙ってきたのであろう! 抵抗などされる事は無いと、タカを括っていたのだろう!」


「そんな歪んだ嗜虐心が、力に溺れた軽薄な思想なんかが、私たちの想いに敵う筈がありません! 届くものですか!!」



 繰り出されるゴーレム達の包囲を掻き分け、一心同体であるかのような巧みな連携で陣形を斬り崩していく、フリオールとレティシアの二人。


 魔法を帯びて振るわれるオリハルコンの双剣が、鋭く瞬いて魔法をすら斬り裂くアダマンタイトの長剣が、徐々に【大山】の勇者の牙城を切り崩していく。

 そして夕陽の目の前で、遂に包囲を切り開いたレティシアの一閃が、苛立ちに綻んだ術式ごと一体のゴーレムを斬り伏せる。



「【大山】の勇者、覚悟ぉッ!!」



 そのレティシアの背を蹴って、飛び越えるように斬り掛かるフリオール。そのオリハルコンの双剣には風の魔法が付与され、斬れ味を何倍にも高められていた。



「ち、調子に、乗るなあああああああアアッッ!!!」



 届いた――――!


 そう思われたフリオールの双剣は、一瞬で魔力を爆発させた夕陽の生み出した岩の槍衾によって、すんでのところで阻まれていた。

 そして岩の槍によって貫かれたであろうフリオールを確認しようと、その幼い顔を喜悦に歪めて、夕陽が視線を合わせる――――



「――――()ったと、そう思ったか?」



 目を上げて視界に飛び込んできたのは、岩の槍衾にビクともしていない結界に身を包んだフリオールの姿。岩の槍はその(ことごと)くが結界に阻まれ、()し折られていた。


 そして自身を包むように四方に生成した岩の槍によって、身体の小さな夕陽は一瞬その者の姿を見失っていた。



「えやあああああッ!!」



 一瞬の硬直。

 その一瞬だが大いなる隙を突き、結界で槍を阻んだフリオールを目眩しにして夕陽の背後に回り込んだレティシア。

 裂帛の気合いと共に振るわれたアダマンタイトの長剣は、その鋭い剣閃によって槍衾ごと夕陽の背を深く斬り裂いた。



「グッ……アガアアアアッッ!!??」



 恐らくは受けた事がないであろう剣による大ダメージは、夕陽を混乱させ、狂乱させんが程にその身を灼き、身体をのたうち回らせた。



「き、斬られたああああッ!? し、死ぬ! 死んじゃうううううッッ!!??」



 術式の崩壊した岩の槍はその形を保てずに崩れ去り、甲板の上でのた打つ夕陽を護るモノは、最早何も無くなっていた。

 フリオールとレティシアは、それぞれの剣を油断無く構えて追撃へと踏み切る。



「トドメだ! ハットリユウヒ!!」

「お覚悟を!!」



 二人の気迫が重なり、夕陽へと迫る。


「い、嫌だああああッ! 死にたくないよおおおおおおッッ!!」



 刹那、背中から大量の血を流しながらも、夕陽は絶叫と共に更に魔力を放出した。

 その魔力は凄まじい速度で岩を生成し折り重なって、二人の振るった剣を弾き返した。



「なにッ!?」

「しぶといッ!?」



 生身を斬るつもりで放った剣はアッサリと岩に弾かれ、たたらを踏んで体勢を保った二人は思わず距離を取る。



『死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないいいいいいいッッ!!!』



 そうこうしている内に、夕陽を包む岩の結界は厚みを増し質量を増やし続け、くぐもった夕陽の声を外界へと響かせる。



「くっ!」


「流石に厚過ぎます! 刃が立ちませんよ!」



 あるいは剣の達人であるイチならば岩ごと夕陽を斬り伏せる事ができるであろうが、巨大な岩の塊となったこの相手には、二人では力が足りなかった。



『ひっ、ひひひひっ!! ぼ、僕は死なないっ! し、死んでたまるかぁッ!!』



 攻め手を失い手をこまねいている二人を余所に、夕陽の狂ったような絶叫がくぐもって響き続ける。



「どうしたものか……レティシア、何か良い手は?」


「向こうも手出しは出来ないようですが……このまま睨み合いになるのでしょうか――――!?」



 油断無く構え続け対策を講じている二人の元に、しかしその時不意に、念話が届いた。


 その相手は――――





「吹っ飛べえええええええッ!!!」



 超重量の堅い物同士がぶつかる騒音が、気合いの声と共に甲板上に響き渡った。



「うむ。良く飛んだな」


「おおー! 流石マナエちゃんです!」



 念話によって二人の元へ駆け付けたのは、二人が慕う男の妹であるマナエであった。


 颯爽と甲板に降り立ったマナエは、愛用の大槌(みょるにる)を思い切り振りかぶって、【大山】の勇者が立てこもる大岩の塊を殴り飛ばしたのだ。


 砕く事は叶わなかったものの、その途轍もない威力で弾き飛ばされた大岩は放物線を描き大空を舞い、やがて海に落下。

 自身の重量によって海底へと沈んでいったのであった。


 完全に視界を閉ざされていた服部夕陽は為す術もないまま、何が起こったのかすら把握出来ていなかったであろう。



「大丈夫だった、フリオールお姉ちゃん? レティシアお姉ちゃんも、怪我してない?」


「ああ。助かったぞマナエ。流石は、我の可愛い妹だ」


「私たちだけでは動かす事も出来ませんでしたからね。ありがとうございます、マナエちゃん!」



 敵船の甲板の上で再会を喜び合う三人であったが、少しして空へと飛び立ち、夕陽が乗っていた飛空艇はマナエの魔法によって撃ち落とされた。



「二人とも、あそこまで追い詰めたんだから凄いよ! あたしも水の勇者に苦労したもん!」


「だが結局は仕留め切れなかったな。マナカの結界が無ければ危うかったしなぁ……」


「私もまだまだ修行が足りませんね。早くマナカ殿と訓練がしたいです!」



 およそ戦場には不釣り合いな女性三人の明るい声が、大空を舞って行ったのであった。





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― 新着の感想 ―
[一言] あ、やっぱり援軍ルートは存在しましたか。 何となくこの二人には誰かが助けに来ると思っていましたが。 マナエなのは意外ですね。
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