第八話 冒険者たち、暴れる。
《ミラ視点》
「オーッホッホッホッ! 皆さん、弾幕が薄くてよぉーッ!!」
「敵意を感知しました。左45度です!」
「アタシの歌を聴いてぇーっ♪♪」
……何なのかしら、コレは?
私達は現在、マナカが創り上げた魔導戦艦の一隻に乗って、北の大陸のアーセレムス大帝国っていう超大国と戦争をしているんだけど……
「よっしゃ、捕まえたぞ!! 【火竜の逆鱗】は乗り込めぇーッ!!」
「負けてらんないぞぉ! おいミラ! オレ達もいっくぜー!!」
「ち、ちょっと、ベレッタ待ちなさい! ああもう!!」
魔導戦艦の機能の一つ“結界捕縛機能”で、敵軍の飛空艇を捕らえ、直接敵の船に乗り込んで制圧する。
言ってみればまるで海賊のような戦術だけど、何故か私達の艦はその戦法がピタリと嵌って、予想外の戦果を挙げていた。
もうこれで、五機目だったかしら?
多分連携の取り易さを考慮して、こんな割り振りになったんだろうけど……私達の船だけメンツが濃すぎでしょ……!
「ちょっとダージル、出過ぎよ! ロイドの魔法が当たっちゃうわよ!?」
「当てやがったらひと月奢りだぞ、ロイド!!」
「理不尽だろコラ!?」
「コリー、ブライアンが突っ込み過ぎてやられた! 治癒頼むよ!」
「またですかミュゼさん!? ブライアンも気を付けてくださいよ、もう!!」
「(コクコク!)」
「「いや喋れよ!?」」
メンバー全員がAランク冒険者で構成されるパーティー、【火竜の逆鱗】。
「オラオラオラァー! 雑魚はどいてろぉー!!」
「わたしも負けませんよぉー!」
「ふ、二人とも速すぎます! 支援魔法が届く範囲に居てくださいよぉ!!」
私を含む、ベレッタ、ミーシャ、オルテの【揺籃の守り人】。
このくらいはまだいいのよ。
このくらいは。
「オーッホッホッ! さあアタクシのアツい視線で石におなりなさーい! そして漬物石に転職なさーいッ!!」
「ね〜むれ〜♪ お〜ちろ〜♪ ホラホラ〜! 寝ちゃってる内に船から落としちゃってー♪ ああ、観客が大勢居て、アタシとてもとても嬉しいわ♪」
「左袈裟からの切り返しですね、当たりませんよ。背後からの敵意、遅いですね」
なんでマナカの迷宮の魔物達が居るのよ!?
なんていったっけ……えーと、メデューサのサツキに、ローレライのリリス、それから役所に居るはずのアマコさんまで!
いや、強いのは分かってるんだけど、何してんのよ!?
「コッソリ冒険者登録して、参戦しちゃいました。ワタシ達もマナカ様のお役に立ちたかったもので」
心の声に答えを返してくれて、どうもありがとね!!
「ミラさん、手が止まっておいででしてよー!?」
「もっともっとアタシの歌を聴いてぇ〜〜ッ♪」
テンション高いわね、アンタら。
いやまあ、マナカのためにって気持ちは、分からないでもないんだけどね。
まあ、百歩譲ってこのヒト達も良いとするわ。いや、千歩かしらね?
だけど極めつけが…………
「ヤベぇっ! 【破壊神】が来るぞおおおっ!!??」
「ウッソだろ!? もう向こうの船落としてきたのか!?」
「みんな逃げろっ! 巻き込まれるぞッ!?」
「んんんすぅううぱああああっ! コリイイイイちゃあああんんんッ!! キイイイイイイイイッッック!! チュッ♡」
……ホント何してんのよアンタ。
物凄い勢いで大空を舞ったひとつの肉塊……コホンッ! 筋骨隆々な体躯が、一直線に矢のような鋭さで飛空艇の翼を貫く。
その飛び蹴りをカマしたのは、私達の所属する冒険者ギルド、クレイドル支部の支部長を務める漢……【破壊神】コルソン、通称コリーちゃんだ。
コリーちゃんの体術に貫かれた翼は折れ、敵の飛空艇が空中でバランスを崩す。
「さぁみんな、コレも落ちるわよん! 急いで脱出してねぇん♡」
「また取られたーッ! 支部長容赦無さすぎだろぉ!?」
「あらん、ロイドちゃん? そぉんなにアタシったら輝いてたぁん? ウフっ♡ ホレちゃダ・メ・よん♡(パチッ☆)」
「ガフッ…………!!」
「ロイドおおおおっ!? コリー、ロイドがヤられた!! 回復を……!」
「はぁい♡ ダージルちゃん、呼んだぁ?」
「アンタじゃねぇウチのコリーだ!! ってかアンタのウィンクのせいだろーがッ!?」
「んもぉ! ダージルちゃんのイ・ケ・ズ・♡」
「ぐっふ…………ッッ!?」
ああもう! 緊張感の欠片も無いんだから!!
片翼となった飛空艇は錐揉みしながら落ちて行き、寸前で脱出した私達は、自分達に割り当てられた魔導戦艦の甲板に立つ。
「コレで五機だったかしらねん? 思ってたよりもだらしがないのねん、大帝国軍て♪」
「いや、ヤツらもまさか人間がスッ飛んできて船を貫くとは、思ってもいねぇだろ……!」
「同感ね。あれが魔法の類いだったら、結界で防がれていたと思うわ」
「コリーちゃん様の存在は、敵方にとってもイレギュラーなのでしょうね」
この艦の主要戦力である私達の、更にパーティーリーダーが即座に集合して状況を確認する。
「ですがそろそろ敵も、我々の事を脅威と認識し始めたようです。空間を漂う敵意が、この艦に集中し出しています」
「あらん? 具体的には、どのくらいかしらん?」
「……固まった敵意が、三つ……いえ、四つですね。それと散開した敵意も、細かな軌道でいくつか向かって来ています」
「飛空艇が四機、小型のがチラホラか。どうする?」
「迎え撃ちましょう。小型のは私やシェリーさんの弓とロイドさんの魔法で落とすわ。サツキさんの邪眼で操縦士を狙うのもアリね」
「大っきいのはどうするのん?」
「それこそ、マナカのこの艦を使えば良いじゃない。何のための魔導戦艦なのよ」
私達の乗り込んだ艦は、アタック艦と呼ばれている小型のタイプだ。まあ小型とは言っても、敵の飛空艇よりはふた周りくらい大きいんだけどね。
圧倒的な機動力と豊富な兵装を積み込んだ、まるで空飛ぶ要塞だ。
魔力さえ有れば撃てる魔導機関銃は大型弩砲並の威力の魔力弾を連射できるし、主砲の荷電粒子砲なんかは頭がおかしいとしか思えない。
なんなのよあの戦略儀式魔法級の威力は。
機動力を活かした空中格闘戦では結界を張って体当たりすれば、それだけで脅威の質量兵器だ。
「ミラの嬢ちゃんの案でいこう。射手は甲板入口から小型を狙い、落としたらすぐに中へ退避だ。俺らは砲座で援護射撃で、小型の排除が済んだら機動戦で良いな?」
「あ、じゃあアタシは、この下からチクチク撃ってくるお船をオシオキしてくるわん♪ ミラちゃん、精霊さんにお願いして、送ってくれるぅ?」
「確かに、結界も無限に張れるワケじゃないしね。了解よ。まずは支部長を下の連中にお届けするわ」
「ご愁傷さまだな、ヤツら」
ホントにね。下の船の連中が気の毒に思えるわ。
破壊神を投下するのって、凶暴な魔物を投下するのと比べてどっちがマシなのかしらね。
「ですがコリーちゃん様。敵船の間の移動はどうされるのですか?」
アマコさんが至極尤もな疑問を口にする。
確かに上空から見ればまとまったように見える艦隊だけど、実際の船同士の距離は離れているのよね。
空を飛べるワケじゃないのに、支部長はどうするのかしら?
「ん大丈夫よぉん。右足が沈む前に左足を前に出して、それを繰り返せばイイだけよん♪ コツさえ掴めば、アナタたちも簡単に出来るわよん?」
出来るわけないでしょーが。何を当たり前のように、水の上を走ろうとしているのよ。
これが化け物と呼ばれるSランク冒険者なのね。常識外れにも程があるわよ。
「ではコリーちゃん様、こちらのポーチをお持ちください。マナカ様謹製のポーション類と、魔力回復薬の詰め合わせです」
「アマコちゃん、ありがとぉん♡ マナカきゅんのお手製ポーション……マナカきゅんの香り……ハァハァ……♡」
……迷宮の権能で創り出す薬に、香りも何もないでしょうが! ホント、この人は……!
「ほら支部長、時間が無いのよ! 回収はこっちが片付いてからで良いわよね?」
「ああん、もうちょっとマナカきゅんの残り香を……はい、ごめんなさい。そうねん。お迎えがクルまで、適当に暴れてるわん♪」
「分かったわ。それじゃ降ろすわよ」
「ちょっと待ってぇん! 先に魔力だけ回復しとくわん♪」
……それもそうね。
私達を守るためだろうけど、人一倍積極的に戦っていたものね。
「それじゃあ詠唱してるから、その間にお願いね」
私は仲間達に見守られながら、精霊術を行使し始める。
意識を世界に向けて、自然界の遍く総てに宿る精霊達の声に、耳を傾ける。
――――我は森の子、汝等の子。猛々しき父なる風よ。慈悲深き母なる風よ。その御手を以て彼の者を運び給え――――
詠唱が完成する。
マナカが産み出した大精霊達も居るおかげで、この海域に元々居る精霊達も凄く協力的だ。
さあ支部長、準備はいい――――
「アハァン♡ マ、マナカきゅんの味がすりゅうぅぅ〜んッ♡ キックぅうううんッ♡♡」
……………………
「あらん? ミラちゃんイキナリだなんて、アタシ困っちゃうわん! お空をトぶのはまだ慣れてないから、ゆっくりで……って、ちょ、ちょっとミラちゃん、お顔がコワイわよん……ッ!? あ、ちょ、待っ――――!!」
「いいからさっさと逝ってきなさいッッ!!!!」
「なんだか字が不吉な感じがスルわああああああああぁぁぁ…………ッ!!」
風に包まれて風を裂き、矢のように艦隊に向け飛んでいく支部長。
あ、目測が逸れて海面に落ちちゃったわ。
「信じられません……本当に海の上を走っていますね……!」
「ダージルさん。あれ、アナタもできる?」
「無理に決まってんだろ。あんな変態と一緒にすんじゃねえよ」
それもそうよね。
あんな事、できるとするならマナカとか、あの家のヒト達くらいじゃないかしら。
「……ッ!! 敵意が急接近してきます!」
「来やがったか! さっきの打ち合わせ通りで良いな!?」
「ええ! シェリーさんとロイドさん、それからサツキさんを呼んで! それからリリスさんとコリーさん、オルテには火力支援を頼んで!」
甲板上が俄に慌ただしく、騒がしくなる。
「中堅以下の冒険者達は各砲座に座って! 魔力を注げば撃てるから、交代でどんどん撃ち込んで!!」
「魔力の少ないヤツらは射手の護衛に回れ! 小型を撃ち落とすまで傷一つ付けずに守り抜けよ!!」
「小型飛空艇……総数五十機です! 来ます!!」
五十機ね……やってやろうじゃないの。腕が鳴るっていうのは、こういう気持ちなのね。
「ねぇミラちゃん。どっちが多く墜とせるか競わない?」
「良いわよシェリーさん。何を賭けるのかしら?」
「そうね。私が負けたら、マナカさんとの仲を取り持つのに、全面的に協力するわ」
「良いわねソレ。じゃあ私が負けたら、エルフに伝わる秘伝の薬を調合してあげる」
「何それ? どんな薬なの?」
「……ちょっと耳貸して。(身体が熱くなって感度も倍……妊娠もし易く…………まったくの無味無臭……安全…………三日間持続……)」
「…………それで、いえソレが良いわ! 賭けは成立ね!!」
「ええ。絶対負けないわよ」
「私だって!」
私とシェリーさんは、お互いに不敵な笑みを浮かべて、矢筒から矢を取り出す。
矢の残数は充分。気合いも十二分ってところかしら。
「なんだよお前ら、撃墜数で賭けか? 俺も混ぜろよ」
シェリーさんと同じ、【火竜の逆鱗】の魔法使いのロイドさんが私達に合流してきた。
「何よロイド、私とミラちゃんの勝負なのに。念の為訊くけど、勝ったら何をさせるつもりなのよ?」
シェリーさんが面倒そうにロイドさんに返事をする。
ロイドさんって、魔法使いとしては凄く優秀なんだけど、軽いのよね……。
「決まってんだろ! 俺が勝ったら二人にはアザミさんを射止めるのに協力を――――」
「「それはムリ」」
私とシェリーさんの声がピッタリ重なった。
いや、そんな絶望的な顔をされてもねぇ……。
「アンタ、まだ諦めてなかったの!? アザミさんがマナカさん一筋なのは観てれば判るでしょ!! いい加減ヒトの恋路に横槍入れるんじゃないわよ!!」
「うぐぐ……だってよぉ!」
確かに、魔法の達人で絶世の美女でもあるアザミさんに憧れる気持ちは解るけど、あれはどう見ても他は眼中無しよね。無謀を通り越して無理よ、無理。
「アンタは大人しく【ポニーテイル】のコでも口説いてなさい! イイ感じのコが居るんでしょ!?」
「ぐっ……! ああ、分かったよ! お前より絶対先に結婚してやっからな!!」
「やってみなさいよこの甲斐性なし!」
私達も他人の事は言えないけど、本当に仲が良いわよね、【火竜の逆鱗】のみんなって。
「……! シェリーさん、ロイドさん! 来るわよ!!」
「! それじゃ、勝負開始ね! ああ、それとミラちゃん」
ん? どうしたのシェリーさん?
回転翼が空気を切り裂き、小型の飛空艇群が迫って来る。
「いい加減知らない仲じゃないんだし、私のことはシェリーで良いわよ」
…………素敵ね。
里を飛び出した当初は、まさか私がこんな大舞台で活躍できるなんて思わなかったわ。
だけどアイツに、マナカに出逢ってからは驚きの連続で、総てが新しい事だらけだった。
気の合う良い仲間とも巡り会えたし、こうして、友人とも競い合える。
本当に、素敵なコトよね。
「私も、ミラで良いわ。だからと言って勝ちは譲らないけどね?」
「上等。絶対に勝って、エルフの秘薬を手に入れてみせるわ!」
秘薬というか、媚薬なんだけどね。
まあ、長命故に子供を作り難いエルフ族の秘伝でもあるから、間違いではないけれど。
でも、負けられないのは私も同じ。弓を得意とするエルフとしても、一人の恋する女の子としてもね!
さあ、精霊達よ、力を貸してちょうだい!
「付与魔法! 【稲妻の乱撃】!!」
「【精霊憑依・風精霊の加護矢】!!」
お互いの愛弓から放たれる、それぞれ複数本の矢。
シェリーの矢は雷を纏い、私の矢は風を纏って、定めた複数の標的に向けて空を貫く。
「撃墜、四機!!」
「私も四機よ。やるわねシェリー」
「あなたもね、ミラ!」
お互いに一歩も引かず、矢を番えては放ち、放っては番う。
狙いは過たず、正確に飛空艇の操縦士を撃ち抜いていく。小型なだけあって、結界の強度も低いのね。
「っしゃあ! これで俺も四機……って、お前ら張り切り過ぎだろ!?」
モタモタしてるとロイドさんにも減らされてしまうし、まだ少しだけれど、戦艦の魔導機関銃も命中している。
目指すは過半数以上!!
支援組のオルテやコリーさん、リリスさんのおかげで、火力も申し分無い。
他の冒険者達も、自分が出来ることを精一杯に熟している。
「まだまだ! 【精霊憑依・火精霊の加護矢】!!」
「精霊術って便利で羨ましいわ! 【稲妻の乱撃】!!」
雷属性だって汎用性高いでしょうが。
再び、お互いに四機ずつ撃墜する。
射手としての実力は、互角といったところね。
エルフの私が不甲斐ないのか……いえ、シェリーの才能と努力が凄いのよね、コレは。
だけど、負ける気はしないわ!!
うん。なんだかさっきから、艦の下方……海上から立て続けに爆発音が聴こえてくるんだけど、気にしたら負けよ!! あんな支部長が人間だなんて、正直認めたくないわ!
「ほらどうしたのミラ! 集中力が足りないわよ!」
「そっちこそ、お楽しみの場面を想像して、矢を無駄にしないようにね!!」
顔を赤くして、戦場で大声で喚き合う。
おかしいわよね? 戦争だっていうのに、悲壮感なんてちっとも有りはしないんだもの。
だってそれは、きっとアナタが。
マナカが総てに決着を着けてくれるって、誰もが信じているから。
なんだか事情が有って来るのが遅れているらしいけど、早く来なさいよ。
早くしないとアナタの活躍の機会を、全部奪っちゃうんだからね?
これで二十機!!
さあ、仕上げよ! 一気に墜とすわよッ!!
絶対勝つの! だから精霊達、力を貸してちょうだいね!!