第七話 妹 VS ギャルJKん
《マナエ視点》
うーむーむーっ!! 何この女、めんどくさいーッ!
「あっはははッ! どうしたのよチビガキっ!? それでおしまいとかウケるんですけどーっ!」
あたしの相棒の大槌が、水の壁に絡め取られるようにして防がれる。
厚い水の塊を生成して、この女は泳ぐようにして奥へ奥へと逃げて行く。あたしの大槌は水の壁を叩いて表面は爆散させるんだけど、奥にまで届かないのっ!
「海の上でアタシとヤるとか、マジ無謀? ってかアタシ無敵? みたいなーっ! キャハハッ♪」
こんのっ……! 調子に乗ってくれちゃってぇーッ!!
あたしはこの女……大帝国の【勇者】の一人を倒すために、コイツが乗る飛空艇に乗り込んだ。そして戦い始めたのはいいんだけど、あたし達を乗せた飛空艇は突然高度を下げて、海に着水したの。
『うんうん、コレでカンペキっしょー。 あとはココで待機よろー♪』
そう言ったのは、目の前でバカみたいな大声でテンション高く調子に乗ってる女――【水麗】の勇者立科アゲハ。
その二つ名の通りにアゲハが得意としているのは水魔法みたいで、その威力を存分に発揮するために海面に降ろしてもらったんだね。
確かに魔法で水を創れるとはいえ、ゼロから生成するよりも、元々在る水を使った方が効率は良い。
バカっぽい雰囲気とは裏腹に、意外と戦いに関しては頭が回るみたいだね……!
「ほらほら次イクよーッ! 【大波? つか津波?】みたいなー♪」
既に戦いは飛空艇の上では収まらず、広々とした洋上で行われている。あたしは飛行魔法で飛び回って、アゲハは海の上に立って海水を自由自在に操っている。
アゲハが魔力を放った次の瞬間、50メートルはありそうな巨大な大波が、あたしに襲いかかって来る。
「こんのーッ!」
急上昇して波を飛び越える。
確かに、戦場が海だと、水魔法使いはかなりの強敵だね! だけど……!
「身体まで水になるワケじゃないんでしょッ!?」
大槌に魔力を込める。
練り上げた魔力を変質させ、イメージを具現化する。
「喰らええええッ!! 【とーるはんまー】ッッ!!」
大槌に纏わせたのは、アザミお姉ちゃんが得意な雷魔法。バチバチと凝縮された雷を大槌に込めて、飛び越えた波の先に居るアゲハ目掛けて振り下ろす。
「何度やったって同じなんですけどーっギャアアアアアッッ!!??」
今までと同じように、バカにしたような顔で水の壁を創ったアゲハ。しかしあたしの大槌をそれで受け止めた瞬間、纏っていた雷が海水を伝って駆け巡り、アゲハの身体を灼く。
「お姉さん知らないのー? 塩水は電気を良く通すんだよー? あ、お勉強苦手そうだもんねー。それじゃしょうがないよ、ウンウン。」
「ぐっ……【回復の水】! し、知ってるし! 忘れてただけだし!! アンタマジウザいわッ!」
水属性でも使える回復魔法を唱えてダメージを回復したアゲハが、その地の黒色の覗く中途半端な金髪を掻き毟る。
イライラしてるねー。
もーちょっと煽っとこうかなー?
「今度はこれ! 【かぐつち】ぃーッ!!」
再び魔法を纏う大槌を振りかぶる。
あたしはそのまま槌を叩き込んだけど、アゲハはさっきと同じように水壁で受け止めた。
勢いを失ったあたしの大槌を見て、アゲハが喚く。
「ふ、ふんっ! ガキは知らないだろうけど、混ざり物無しの完全な水は電気を通さないんだよッ! 【キレイな水】の壁なら、アンタの電撃とか意味ないしッ!」
うん。良く知ってたね、そんなこと。
でもね?
「そんなこと知ってるよー。単純だね、アゲハって。戦いで二回続けて同じ手を使うワケないじゃん?」
ゴポリっと、アゲハを包み込む純水が音を立てる。
「ハァ!? 何言って――――あっ、あ゛あ゛あ゛ああああッッ!? アツっ、アツイアツイアヅイ゛イ゛イ゛イィィッッ!!??」
付与魔法【かぐつち】は、火の魔法を槌に纏わせる魔法だよ。魔力を込めて火力を上げれば、多少の水を沸騰させるのなんてワケないもんね!
「ガハッ!! ゲホッゲホッ……!! テンメェ……このチビガキぃ――――ッ!!??」
「熱湯風呂のお湯加減はどうだった? あらら、そんなに湯気を上げちゃって、逆上せちゃったのカナー?」
堪らずに純水の壁を解いたアゲハの懐に踏み込んで、今度は風魔法を纏った大槌を振り抜く。
「飛んでけぇっ! 【いあ・はすたー】ッ!!」
「グッ……!? キャアアアアアアッッ!!??」
ちっ。辛うじて槌の接触面に水で障壁を張られたね。
それでもアゲハは衝撃までは殺し切れずに、槌が纏っていた暴風に吹き飛ばされて、上空へと飛んでいく。
水から離れた今がチャンスだね!
あたしは飛行魔法で打ち上げたアゲハの後を追う。
「うぅぉおおおおりゃああああああッッ!!」
「ち、ょーしに乗んなッ! クソガキイイイィイッッ!!!」
下から追い掛け大槌を振りかぶろうとしたあたしに、アゲハが掌を差し向ける。
「【止まっちゃえ】ッ!!」
うそ!? まさか空中でも、こんなに素早く水を生成できるなんて!?
一瞬の内に生み出された大量の水を浴び、あたしの上昇が止められる。いや、違う! これは……!?
「つっかまーえたー♪♪」
まとわりつく水。
あたしは未だにアゲハが生み出し続ける水に、空中で捕らえられてしまった。
それだけじゃない。どんどん追加される水のせいで、水圧も凄い勢いで上がってきてる……!
「どう? 動けないっしょ! チビガキのくせに年上をバカにしやがって、ざまぁ〜ッ!! このままペシャンコにしてやっても良いけどぉ……【氷っちゃえ】!!」
まっず……!? コイツ、あたしを氷漬けにして海に沈める気だ!
考えろ! どうすればこの水の牢獄から抜け出せる!?
水温が急激に下がっていく。身体から熱が奪われて、意識が遠のきそうになる。
既に水の牢獄の外周部は氷で覆われてしまった。その氷の領域は徐々に中心のあたしに向けて、ジワリジワリと侵食してくる。
アゲハのヤツ、こうやって嬲るつもりなんだろうね。
みょるにるを熱して水を蒸発させる? 時間が掛かるし中に居るあたしもダメージを受ける。水蒸気爆発でも起きたらあたしもタダじゃ済まないから却下。
風魔法を重ね合わせて内側から風圧で吹き飛ばす? これも却下。敵はコイツだけじゃない。これだけの水圧を跳ね返すには全力で魔力を使わないといけない。
考えろあたし! お兄ちゃんならどうする? お兄ちゃんに準じた強さのあたしには何が出来る!?
お兄ちゃんなら――――!!
あたしは押し潰そうとする水圧を無視して目を瞑り、周囲に意識を集中させる。
内側に押し潰すように向けられた水の流れ。ジワジワと温度を下げて凍り付く境界。
そしてそれを促している……あの女の魔力の流れ!!
――――捉えたッ!!
魔力を一気に水中に放出する。
あたしが放出した魔力は水圧なんか意に介さずに水の中を駆け巡り、アイツと水の繋がりに侵入する。
アイツが込めているそれを遥かに上回る量の魔力を一気に術式に流し込み、上書き――魔法を掌握する!
こんのおおおおおっ!! 解けろおおおおおおッ!!
強制的に魔法を中断させようと、より多くの魔力を術式に送り込む。そして――――
「だああああッ!! 死ぬかと思ったあああッ!!」
内側から弾け飛ぶように、氷を割って大量の水が四方へと飛び散っていく。牢獄から脱け出したあたしは、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。
「ハアァッ!? マジありえないんですけど!? アンタ何したのよ!?」
「ゴホッ……! き、企業秘密だもんっ! そっちこそよくも、ヒトを冷凍保存しようとしてくれちゃって!!」
「ウッザ、マジウッザ!! なんなのこのガキ!? こんなのが居るなんてアタシ聞いてないんですけどおッ!!」
今までは水の牢獄に支えられていた身体が落下し始めるアゲハ。
「クソっ! 【水の翼】!!」
水魔法で翼を創り出して羽ばたき落下を防いだけど、不安からか視線は海面を向いている。
戦いの最中に余所見なんて、素人さんだね!
「お返しだよッ! 【超圧縮袋】!!」
お兄ちゃん直伝の結界魔法でアゲハの四方も上下も囲み込む。圧縮して押し潰すイメージで結界を操作すると、みるみる内に結界は収縮していく。
「ナ・メ・ん・なああああああああッッ!!!」
絶叫のような声を上げて、アゲハが大量の水を生み出し、内側から結界を破る。
むう……、まだイメージが甘かったのか、結界の強度が足りなかったみたい。
「このガキマジでコロスッ!! その後で他の連中もみんな海に沈めてやるッ!! マナカとかいうヤツもブッコロして、全部メチャクチャにしてやるしッッ!!!」
うーわ、ガチギレだよコイツ。
水魔法を力任せに発動したせいで、全身ズブ濡れになっている。
そして――――
「プフゥーッ……!!」
「ああ!? 何笑ってんだテメーッ!?」
「い、いや……! 鏡見てみなよ……! ぶふっ!」
「ああんっ!?」
鏡を持ってなかったのか、アゲハは水魔法で姿見を創って自分の姿を写す……のだけど。
「はああああッ!!?? マジサイアクじゃんっ!? メイク崩れてるしッ!!!???」
「あはははははは……っ!!」
うん、ヒッドイ顔!!
付け睫毛はズレてるし、マスカラは水で溶けてお兄ちゃんの世界の動物のパンダみたいになってるし、ファンデーションもグズグズで顔が斑模様になってるのっ!! 極めつけが……
「ま、まゆっ、眉毛が無いいいいいっ!! ウヒッ、ヒィ〜ッ!!」
「ウルッセェエエエエッッ!! このクソガキッ! マジコロしてやるしッッ!!!」
お腹いたいよおおおおッ!! やめっ、その顔で凄まないでえええええっ!! いやあぁぁぁッ!?
「ウッゼェ……! ウゼェウゼェウゼェウゼェッ!! マジ死ねし!! 【水の竜】!!!!」
ひぃ、ひぃ〜〜……!
お、おっと。遂に堪忍袋の緒が切れちゃったかな……?
今まで以上の膨大な魔力を膨れ上がらせるアゲハに、まだ痛むお腹を押さえながら身構える。
海面から大量の水が吸い上げられて、アゲハの下で一塊りになり、ウネウネと蠢きながら形を創り上げていく。
「……水の、ドラゴン?」
「アタシのサイキョーの魔法だし! コイツでさっさとアンタブッコロしてメイク直さないとだから、マジソッコー死ねよ? つかアッチから持って来たコスメもあとちょっとなのに、マジサイアク!! 桐梧くんに嫌われたらどーしてくれんのよッ!!」
それは、水で出来た巨大なドラゴンだった。
大きさはまあ、グラスの本来の姿程ではないんだけどね。それでも飛空艇よりは余裕で大きい。
宣言通り、最後の切り札なんだろうね。だったら……!
あたしはポーチ型の魔法鞄から魔力回復薬を取り出して、一気に飲み下す。
そっちがその気なら、あたしだって全力でぶち込んでやる!
「いくよ、みょるにるッ!!!」
あたしは全力で魔力を練り上げて、イメージを具現化する。
補助のために魔法鞄から大量の土砂を放出し、散布したそれらを全て纏めて、圧縮し、どんどん巨大化させていく。
あたしがお兄ちゃんと一緒に考えた、最大の攻撃魔法。
「ちょ、な、なんなのソレえええええッ!!??」
更に火属性の魔力も纏わせて、点火。
燃え盛る山のような岩石が、あたしの眼前に浮かぶ。
大きさはアゲハのドラゴンを優に超え、まだまだあたしの魔力を吸い取って巨大化していく。
アゲハの顔を観てやりたいけど、残念ながら岩で隠れて見えないね。ま、感知スキルで居場所はバッチリ把握してるけどね!
「お兄ちゃんは、あたしが守るんだからッ!! 【めておすまっしゅ】ッッ!!!!」
「ちょまッ――――」
高度を付けて急降下しながら、大槌を全力で振り抜く。正確に球体の中心を捉えた大槌は、物凄い勢いで巨大岩を撞き飛ばす。
魔力を込めて衝突の瞬間に反発させ、大いに勢い付いた巨大岩はまっすぐに、流星の如きスピードでアゲハに向けて弾け飛んだ。
そして一瞬の後。
感知スキルからアゲハの反応が消えるのと、巨大岩が海面の飛空艇を押し潰しながら着水、大飛沫と巨大な水柱を上げたのは、ほぼ同時だった。
周囲の海水を押し退け、一気に海底に達した巨大岩は、海の底を深々と抉ってから…………爆ぜた。
「たぁーまやーっ!!!」
大爆発の作法――とお兄ちゃんに教わった――の掛け声を上げて、あたしは勝利を実感したの!
ついでにその余波で敵さんの船が何隻か転覆したよ! はは! ざまぁ!
空に浮かびながら勝利の余韻に浸っていると、アネモネから念話が飛んできた。
『マナエ。津波が大陸に届いたらどうするのですか? 後でお説教ですよ』
うげ!? あ、アネモネ、見てたの!?
顔から血の気が引いていくのがハッキリと分かる。
うう、ご、ごめんなさいぃ……!
『ですが、良くやりました。強くなりましたね、マナエ』
う、うん……! ありがとう、アネモネ!!
よぉーし!! お説教は怖いけど、俄然やる気が漲ってきたよーッ!
次の敵さんはどいつだあーっ!!!
あたしは苦戦している味方が居ないか戦場をぐるりと見回してから、あの女が沈んだその場所から飛び去ったのだ。