第六話 極道 VS 地上げ屋
《イチ視点》
「おおおおおおッ!!」
「シイィィィィッッ!!」
空に浮く飛空艇の甲板の上で、西洋刀と日本刀が激しく打ち合わされ、火花を散らす。
鍔迫り合いを制したのは、体格で勝るあっしでやした。
勇者だかっちゅー銀縁の眼鏡を掛けた青年が、弾かれると同時にバックステップして、あっしと距離を取りやす。
「なかなかどうして。大層な名刀をお持ちのようで」
「ふんっ。極道に褒められたところで、嬉しくも何ともありませんね!」
勇者の青年は、そう言って指先で眼鏡の位置を直しやす。
「ですからねぇ。あっしはヤクザじゃねぇってのに。あっしの名はイチ。頭が産み出した、“魔人”っちゅーモンですぜ」
あっしが頭から授かった愛刀【黄泉祓ひ水月】を検めやすが、流石は頭のご謹製の一振りでやすねぇ。
あれだけ打ち合い、刃を当て合ったというのに、歪みどころか刃毀れの一つもありやせん。
まあそいつぁ、あちらさんの剣にも言える事でありやすがね。
「あっしの【黄泉祓ひ水月】とマトモに打ち合える刀剣とはねぇ。なんちゅー銘の剣なんで?」
興味が湧いちまったんでつい訊ねてみやしたが、青年は嫌そうに舌打ちをしたかと思えば、口を開きやした。
「ふん。大帝から下賜された魔剣ですよ。【ペインイーター】という名前だそうです」
「何やら剣呑な銘でありやすねぇ」
「相手に苦痛を与えずに斬ることができるんですよ。斬られた者は痛みという信号を受け取れずに、己の怪我にも、死にすらも気付くことができません」
そりゃあなんとも、厄介な能力でやすねぇ。
“痛み”とは身体を守ろうとする重要な信号の一つでありやす。
斬られても“痛み”を感じられないとなると、負った傷の深さが測れやせん。戦闘中に視線を切る事は、なかなかできやせんからねぇ。
結果意図せずに動きは悪くなりやすし、知らずの内に多くの血を流す事になるでしょうや。
その流麗な形状の湾刀――三日月刀といいやしたかね――が放つのは、見た目に反して禍々しい剣呑な気配。
「そいつぁおっかねぇですねぇ。精々斬られないように、気ィ張りやすかねぇ。そういや兄さん、お名前を聞いていやせんでしたね」
「……倉敷悠真です。【迅雷】の勇者などとも呼ばれています――――ね!」
名乗るが早いか再び間合いを詰めてくる勇者――クラシキという青年。
それに応え袈裟に振り下ろされる剣を、鎬を沿わせるように滑らせて軌道を逸らし、去なす。
あっしの反撃を警戒したのか、継いでの攻撃は無く、再び間合いを外されやしたね。
「クラシキ……語感からして、頭と同じ“ニッポン”ちゅーお国の出身ですかい? 元は何をされていたんで?」
クラシキが離した間合いの分だけ踏み込み、彼と同じように袈裟に斬り下ろす――――が、放った斬撃は剣身で絡め取るように受けられ、逸らされやした。
小手調べの内ではこんなモンでしょうかねぇ。
お互いにまだまだ実力を出していないとはいえ、剣術の癖や呼吸はある程度把握できやした。
「しがない不動産売買の仕事ですよ。土地を安く買って、高く売る。それだけの仕事です」
「そりゃあなんとも、カネの動きそうなことで」
お互いに仕切り直し、間合いを測りやす。
まだ互いに剣でしかやり合っちゃいやせんが、ここっからはスキルも魔法も解禁でしょうなぁ。
「ボロい退屈な仕事でしたよ。何も知らない馬鹿な権利者から、できるだけ安く買い叩くんです。ちょっとコツを掴めば、猿でもできる仕事ですよ」
「へぇ。そのコツっちゅうんは、どんなモンなんでしょうかねぇ? 良ければ教えておくんなせぇよ」
軽口での会話の最中にも互いに隙を探り合いやすが、なかなかどうして。
頭と同じ故郷だってのに、随分と荒事に慣れている感じがしやすねぇ。
「簡単ですよ。土地を手放したいと。安くても良いから出て行きたいと、そう思わせれば良いんです」
「ほう……?」
最初の遭遇時から感じている違和感。
この、一見理知的で礼儀正しく見える兄さんから、時折臭い出る剣呑な気配。
自慢じゃねぇが、あっしの見た目は厳つく、大抵の初対面のモンは怯む事が多くありやす。
しかしこの兄さんは、怯むどころか却って敵意を向けてきやした。そして心底鬱陶しいと、その太刀筋に心が乗っておりやす。
あまりにも荒事に慣れ過ぎているんでやすよ、この兄さんは。
「随分と、阿漕をなすってきたようで」
言葉の端々に見え隠れする、毒を持った棘。
この兄さん、どうやらロクでもない商売に、身を染めてきたようでありやすね。
「ふんっ、やはり極道者じゃないですか。結局は奴等と同じ事を言うんですね」
「……と、言いやすと?」
不快感を露わにして、クラシキが剣を構え魔力を噴き上げやす。どうやら遠慮はお終いっちゅーことらしい。
「売買とは契約です。それをコチラの有利に進めることの、何が悪いと言うんです? 私は土地を買っただけです。それまでにその土地で何が起ころうと、知ったこっちゃありませんよ!」
魔力が変質し、魔法に成る。
アザミの姉御が得意とする、雷の魔法が、複雑な軌道を描いて襲ってきやす。
「シィッ!」
魔力を纏わせた刀で、迫る雷を斬り払う。
頭がこの太刀に付与した能力――“魔を払い、魔を纏う”性質が遺憾無く発揮され、魔法を構成する魔力を断ち割り、散らしやす。
使用者の魔力を吸い纏うこの刃には、それがたとえ現身の無い霊体や魔法であっても、斬れぬモノなど存在しやせんよ。
「チッ! 面倒な刀ですね!」
「褒め言葉と受け取っておきやしょう。お前さんはどうやら、人道っちゅーモンを蔑ろにしているみたいでありやすね」
「何が人道ですか、下らない。所詮は赤の他人じゃないですか。ゴロツキに嫌がらせをさせようが、不審物を繰り返し送り付けようが、二束三文でそれらを引き受ける連中が居るんです。
「それだって立派な商売ですよ。私は使えるモノを使っていただけです。人でもない半端な異種族如きが、粋がらないでもらいたいですね!」
クラシキから繰り返し放たれる雷撃を、その尽くをあっしは斬り払いやす。
「児童養護施設なんかは狙い目でしたね! 土地は広いし、子供は身元が不明瞭ときたもんです! その手の需要も世の中にはごまんとありましたからね、稼がせてもらいましたよ!」
「…………なんですって?」
魔法を放ってもラチが開かないと見たか、その雷を身に纏って速度を上げ、クラシキが斬り込んできやした。
あっしはその太刀を払い落とし、刃を離さないようにして抑え込み、至近距離から聞き返しやす。
「簡単なことですよ。身元の定かでない子供を、攫って売り飛ばしただけです。一人、また一人と居なくなっても、施設は悪評を隠すし、警察は孤児相手じゃなかなか本腰を入れない。
「私は労せずして、その縁起の悪い土地を安く手に入れ、子供が欲しい連中からも利益が還元される。ボロい商売でしょう?」
「てめぇ……ッ!」
何時だったか、頭が仰っていたことが脳裏に甦りやす。
――――大人の身勝手で割を喰うのは、いつだって子供なんだ。
頭が孤児院のチビッ子達と、楽しそうに遊んでいる姿が浮かびやす。
それは本当に楽しんで、心から慈しんでいたのがよく分かりやした。あっしはこの見た目でしたから、なかなか懐いてもらえなくて大変でしたねぇ。
それでも、徐々に慣れてきたチビッ子達が、肩車や高い高いをせがんできてくれた時は、嬉しかったモンです。
この男は、クラシキは。
この野郎は。
世界が違えど、それをどうしたと?
「そのガキんちょ達は、いってぇどうなさったんで……?」
抑え付ける太刀を払い除けようと力を込める、クラシキに訊ねやす。声から温度が抜け落ちっちまったような、そんな低い、淡々とした声を自覚しやす。
「さてね! 攫うのも売り飛ばすのも、私がやった訳じゃありませんから知りませんよ! 臓器売買か、金持ちの変態の慰み物にでもなったんじゃないですか――ねッ!!」
遂に振り払われ、再び間合いが開かれやした。
「まったく、面倒なヒトですね。そんな縁もゆかりも無い子供のことで、何を気にする事があるんです?」
距離を取り剣を持った手を一度放して、手首を振って力みを取り除きながら、クラシキはそんな事を訊いてきやした。
「ガキんちょにゃあ、生まれる所も親も選べねぇでしょうに。身寄りも無ぇガキんちょ共が、お前さんにいってぇ何をしたってんですかい? どうして、そんな無体ができるんでやすかねぇ?」
あっしも、つい力んじまった肩から力を抜いて、再び太刀を構えて相対しやす。
そんなあっしに、クラシキは心底鬱陶しいと言わんばかりに、顔を嫌悪に歪めて見せてきやす。
「何度も言わせないでもらいたいですね。知ったこっちゃないんですよ、そんなこと!
所詮日陰者の極道に、そんな正論なんか言われたって何も響きませんよ!
「いつもそうやって、シノギがどうの縄張りがどうの仁義がどうのと、仕事の邪魔をしてくるんですよ、ウンザリです!
「せっかく異世界に来ても、結局はあなたみたいな奴に絡まれるなんて! もういい加減、私の邪魔をしないでもらいたいですね!!」
これまでより一層、奴さんの魔力が高まる。その魔力は雷を帯びて、クラシキの身体に纏われていきやす。
「この世界は良いですよね、完全な実力主義です。力ある者が無い者を支配して、法を定める。こんな分かり易く、楽しい世界が他に在りますか!! 面倒な社会の目も無いこの世界で、この勇者の力を使って、好きに生きる! 力も、金も、全てが思うままの世界ですよ!」
バチバチと、稲妻が迸り空気と擦れる音が響いてきやす。雷を纏い、身体能力を一気に押し上げる――付与魔法の上級の技でしょうかね。
「【纏雷化身】。雷の力を身体に宿す、私の固有スキルです。ただの付与とは、一緒にしない方が身のためですよ?」
チリチリと、空気が擦れ灼かれる音が、より一層強くなりやす。
あっしは集中力を高め、感知スキルも併用して、動きを見極めようとしやしたが――――
「遅いですよ?」
その声は、真後ろから不意に掛けられやした。
「くッ――――!?」
咄嗟に身を捩って太刀を振るうも、虚しく空を斬る事になりやした。
太刀を振り切りつつクラシキの姿を追うと、先程と同じくらいの距離を取り、悠然と構えていやした。
そして歪んだ笑顔を浮かべながら、指先で脇腹を指し示しておりやす。見てみろと、そう言いたそうに。
あっしは自身の左の脇腹に視線を落とし、理解しやした。魔剣【ペインイーター】――“痛みを喰らうもの”の、意味するところを。
あっしの左脇は、深く斬られて血を流しておりやした。だが、痛みは一切ありやせんね。
これが、かの魔剣の能力。痛みを与えずに斬るという一見矛盾した事象でやすが、これほどの深手を与えたにも関わらずまったく気付かないというのは、脅威でしかありやせんね。
「厄介な速度に、厄介な剣。なるほど、強敵でありやすねぇ」
あっしは腰に着けたポーチ型の魔法鞄から上級ポーションを取り出して、一息で飲み干しやす。頭が与えて下さったポーションは、即座に傷を癒してくれやした。
「やはり回復アイテムも持っていましたか。ですがそれも無駄なこと。次は、首を落とします。今ので私の速度は分かったでしょう。ただの生き物が、雷の速度について来られる訳がありません」
得意満面に言い放ち、再び剣を構えるクラシキ。
踏み締める足に力を込め、その速度を以ていつでも斬り掛かれるよう、体勢を整えておりやす。
「あっしは、孤児のガキんちょ共と遊ぶ頭を観ているのが、好きでありやす」
「……いきなり何です? 命乞いですか?」
あっしはゆるゆると太刀を鞘に納め、サングラスを外して胸のポケットに仕舞いやす。
「ガキんちょ共に押し潰されて、それでも笑顔で一人一人の頭を撫でてやっている。そんな頭を観ているのが、何よりの喜びでありやす」
左手で鯉口を僅かに切り、呼吸を整えながら、魔力を練りながら、身体を低くする。
「頭に懐いているガキんちょ共は……頭が救ってきたガキんちょ共は、皆良い子だ。不憫な目に遭いながらも、日々を懸命に、明日を見て笑って生きていやがる」
右手を柄に添え、左手は小柄を持ち、右半身に構える。
「あんな小っちぇえ身体で、あんな小っちぇえ手で、幸せを掴もうと、全力で生きていやがる。凄ぇ事だと、そう思いやせんかい?」
「だから何なんですか? 何を言いたいんですか、あなたは」
クラシキが苛立っているのが、その殺気から判る。
剣の柄を握る手に、力が込もっているのが見て取れる。
「お前さんのような極道にも劣る外道には、そんなガキんちょ共の未来を任せられねぇってことでさぁ」
「このっ!? 巫山戯るなよこの――――」
抜いた刃を納める。
「――――アレ?」
あっしの後ろでそんな素っ頓狂な声を上げたのは、甲板に落ちた勇者の――クラシキの首でありやす。
「如何に雷の速度で動けようと、空間を飛び越えるワケじゃねえ。集中を欠いた、お前さんの負けでやす。それに痛み無く斬るなんてなぁ、あっしにとっちゃあ、造作も無ぇことでありやすよ」
膝が折れ、力無く倒れたクラシキの骸を見下ろして、少しの間黙祷を捧げやす。
人間死ねば皆骸。老いも若いも、男も女も、善も悪もそこには関係ありやせん。
そして、人の手に余るその武器――ペインイーターを、魔法鞄に収納する。
「お眠りなせぇ、その欲望を手からお放しんなってねぇ。人の世から離れ海の底で、次の旅路を眠ってお待ちなせぇよ」
左手の指輪――“転移”の術具から魔力を抜いて起動状態を解き、もうひとつの指輪の、“空歩”の術具に魔力を注ぐ。
空へと上がってから振り返り、再び鞘から抜き放った【黄泉祓ひ水月】に魔力を注ぎ、刀身を魔力で補い、延長させる。
「運が良いのか悪りぃのか、転生を司る神さんは頭と仲がよろしいんでありやすが……まあちぃっとくらいは、お前さんの来世が良くなるよう、祈っておいてやりやすよ」
呼気と共に振り下ろした刃は飛空艇を通り抜け、あっしは鞘に愛刀を仕舞い、懐からサングラスを取り出して掛け直しやす。
さて、姐さん達の方は、どんな塩梅でしょうかねぇ。
空中に創り出した足場を蹴り、その場を離れたあっしの背後では、真っ二つになった飛空艇が、ゆっくりと海へと堕ちていきやした。