第四話 開戦の狼煙。
広い、どこまでも広く深い海の上。
天気は快晴で風も無く、波も凪いでいる。
そんな大海原を切り裂くように、多数の艦船が南進していた。
海上だけではない。
その艦船達の上空には、飛空艇と呼ばれる空飛ぶ船が多数浮かんで随行している。
“アーセレムス大帝国”が誇る、魔導兵器群の侵攻である。
艦船は近代的な軍用艦の形状をしており、クラス分けをするのであれば駆逐艦、軽巡洋艦、重巡洋艦、砲艦、戦艦、空母など、用途や策戦別にまとまって航行している。
航空戦力である飛空艇は、兵装輸送も兼ねてか全体的にずんぐりとした見た目で、魔導エンジンによるスラスター噴射と、プロペラ翼による併用で機動力を確保していた。
それとは別に小型の飛空艇(二〜五人で運用される)も無数に各戦力の護衛として散開しており、プロペラが大気を切り裂く音は、どこまでも遠く響く。
その規模実に、艦船大小合わせて三百隻、飛空艇が百五十艇という、大艦隊であった。
対するは、“ドラゴニス大陸連合軍”の航空魔導艦隊。
大帝国が敵と認識する、たった一人の迷宮の主が創り出した、空飛ぶ戦艦群である。
連合の宗主国たる、ユーフェミア王国の国王が自ら搭乗し指揮を執るのは、艦隊の旗艦である超巨大魔導戦艦“ムサシ”。
総指揮官たるフューレンス・ラインハルト・ユーフェミア王を始めとし、連合各国の首脳陣も共に搭乗し、さながら空に浮かぶ難攻不落の城塞である。
ムサシを本陣とし散開するのは、十隻のコマンダー艦と、四十隻のアタック艦。それぞれが事前に合議された役割を果たすため布陣している。
そして翼を備え空を駆ける、女性型の一千余体のゴーレム達である。
千体の量産型ゴーレム“ニケ”。五十体の隊長格のゴーレム“アグニヤ”。そして五体の指揮官タイプの特製の“ヴァルキリー”達。
翼を広げ優雅に空を舞う美しいその姿は、伝承に語られる天使と見紛うほどに、幻想的に人々の目に映った。
◇
未だ会敵していない両軍ではあったが、その軍様はお互いに察知していた。
大帝国軍は、彼等が誇る最高戦力にして、対異種族決戦兵器である“勇者”が一人、【闇静】の勇者の能力を用いていた。
異世界から召喚されし【闇静】の勇者城ヶ崎智彦は、闇属性の魔法の使い手である。
闇属性魔法には、死者を操る死霊術や、他者の意識を支配する精神魔法等が存在する。彼がそれによって傀儡とする“使い魔”によって、軍団から先行し敵軍の情勢を偵察したのである。
一方で連合軍側にはただ一隻、軍の指揮下にない魔導船が存在した。
姿形や魔力、生命力、音。その他あらゆる“気配”を遮断するステルス機能を唯一搭載した、その名も“カナリア号”。迷宮の主直属の戦闘メイド隊【揺籃の姉妹達】専用の隠密強襲型魔導戦艦である。
それを駆る彼女らメイド達は、敵軍よりも遥かに高高度から偵察を行い、リアルタイムで艦隊に敵軍の動きを伝えていた。
そして両軍は、偵察の手を戻し、相見えるまであと一両日という地点にまで近付いていた――――
後の世に【死海】と呼ばれることとなる海域
良く晴れた昼下がり。
波も穏やかなその海域にて、両軍は遂に会敵した。
アーセレムス大帝国軍、そしてドラゴニス大陸連合軍の両軍は、互いの本陣が辛うじて望めるかという距離にて、一度その船足を停めた。
穏やかな海面の様子とは裏腹に、両軍の兵士達の間に戦場の緊張感が伝播し、嵐の到来を予感させる。
予めお互いの軍様を報されていた両軍首脳陣はともかくとして、末端の、情報を満足に共有されていない兵士達は、互いが互いの軍の威容を観て戦き、息を飲んだ。
『我等は、ドラゴニス大陸連合軍である。汝等アーセレムス大帝国の魔手より、我等が大陸の安寧を護るため立ち上がった』
拡声された総指揮官フューレンス王の声が、海に、空に響き渡る。その声は敵味方の区別なく届き、朗々と紡がれていく。
『汝等大帝国の、北の大陸――“ホロウナム大陸”での所業は聞き及んでおる。人間至上主義を掲げ大帝の勅に踊らされ、異なる種族やその国々を滅ぼして回っていると。その所業、そしてその手を我等が大陸へと延ばす行為、断じて許すわけにはいかぬ』
戦さ口上にしては静かな、それでいて厳格なフューレンス王の宣言が、これから戦場となる大海原を満たしていった。
連合軍の面々は、静かにその闘気を、身体に漲らせていく。
『故に! ドラゴニス大陸連合軍宗主国にして、ユーフェミア王国が国王である余、フューレンス・ラインハルト・ユーフェミアの名に於いて宣言する! 我等は一丸と成り汝等アーセレムス大帝国の覇道を阻み、その野望をこの海深くまで沈め、打ち砕かんと!! 我等連合軍に勝利と栄光をッッ!!!』
「「「「オオオオオオオオォォッッ!!!」」」」
連合軍の艦隊から、その全ての騎士から、兵士から、戦士から、冒険者から、猛々しい気勢が上がり轟く。
大気を、艦の装甲を、そして心を震わせる、まさに勇猛果敢な鬨の声である。
『……朕こそが、アーセレムス大帝国の大帝にしてホロウナム大陸の覇者、クワトロ・ヴォンド・アーセレムス大帝である。そしてうぬ等の大陸を手中に治め、この世界の覇者と成る者也。
『うぬ等連合軍に命ずる。朕の覇道を阻まんとする、その命を朕に捧げよ。その不格好な船を棺とし、この大海に眠れ。
『我が大帝国の雄たる全軍に、朕の名に於いて命ずる。彼奴等を薙ぎ払い、我が守護神の加護の下神敵を討ち滅ぼし、彼奴等の骸の山の頂きに添えよ。容赦は要らぬ。慈悲も許さぬ。我が覇道の粋、いざ此処に極まらん』
「「「「ウオオオオオオオォォッッ!!!」」」」
大帝国軍も咆哮を上げる。
その百五十万の兵が上げた雄叫びは天を衝き、穏やかな水面を波打たせるほどであった。
此処に両軍、後は号令を待つばかりと相成った。
『『全軍……!』』
両軍の指導者のただ一言を待ち、その海域に集った全ての者が、血気を滾らせ、鼓動を早める。
双方共に、限界まで引き絞られた弓の弦のようである。
そして。
『『進軍せよッッ!!!』』
まるで打ち合わせをしたかのように同時に、その号令が響く。
人間が、獣人が、エルフが、ドワーフが、魔族が、その他ありとあらゆる種族が心を一つにし、己の敵を打ち倒さんと、その艦を駆る。
大帝国の大小様々な艦船が波を割り、飛空艇のプロペラが空気を引き裂く。
連合軍の魔導戦艦軍が魔力を迸らせ、音も無く一列となって、空を突き進む。
世界の管理者たる主神の目が無き、現在この時。
このアストラーゼの命運を握る世紀の一戦が、此処に始まった。
◇
《セリーヌ王女視点》
遂に……。今は亡き祖国の仇である、アーセレムス大帝国との戦さが始まりました。
我が仇敵であるクワトロ大帝と、七人の勇者達。そして奴等が潜む敵方の大勢力が、我が連合軍に向けて進撃してきます。
彼我の距離は未だ遠く、こちらの主砲の射程までは届きません。
人が走るよりもずっと速い速度で進んでいるにも関わらず、遅いと、早くと焦れてしまう自分を、自覚します。
「セリーヌ王女、肩の力を抜くのだ」
先程の見事な檄を発した連合軍総司令官、宗主国ユーフェミア王国の国王たるフューレンス陛下が、私にそう声を掛けて下さいます。
連合航空魔導艦隊の旗艦ムサシの艦橋で、司令官席に腰を据えて、闘志を宿した瞳で、しかし静かな優しい瞳で、私を見据えています。
「その燃え滾る心、これより存分に奮ってもらう。其方にとっての仇討ちとなるこの一戦、共に戦える事を余は誇りに思うぞ」
その熱い言葉。そして私の心の有り様を認めてくれる温かい言葉に、心底からの喜びと、力が湧いてくるのを感じます。
「フューレンス王陛下。この度は、我が身には過分な席を譲って下さり、感謝に絶えません。我が祖国の仇討ちの成就はもちろんのこと、それと同等以上に、私の心は連合軍の勝利を祈り、信じております。どうぞ、ご采配を」
此度の連合軍で私は、皆様のお力添えで副司令官という望外の立場を頂きました。
かつて大帝国に抗い滅ぼされた国の最後の王族として、宗主たるフューレンス王の補佐を務めるようにと、あの人が……マナカさんが、根回しをしてくれていました。
あの優しいダンジョンマスターは、私と同じ魔族の男性は、そして前世の故郷を同じくしたお人好しな彼は。
どこまでも優しく私を助け、そしてこの場へと導いてくれました。
「うむ。其方の心意気が達せられるよう、余も全力を尽くそう。初手は軍議の通りに往くぞ、副司令官よ」
「承知しました、総司令官」
艦橋の空気が熱くなってくるのを、肌で感じます。
私の初陣にして、恐らくはこの第二の生で最も重要なこの一戦。その初手を打つ時が、徐々に、近付いてきます。
「各艦より通信! 全艦、主砲の射程に敵軍を捉えました!!」
通信係の兵が、大声で報告を上げました。
「うむ。副司令官よ!」
それを受けフューレンス総司令官が、私に軍議の通り初撃を打ち込めと指示を下しました。
私は大きく息を吐きながら、強く拳を握りながら。
「了解ッ! 全軍に命を告げます! 『雄叫びを上げよ』!! 全艦、主砲“荷電粒子砲”用意!!」
「了解! 全艦へ旗艦ムサシより告げる! 『雄叫びを上げよ』! 繰り返す! 『雄叫びを上げよ』!! 荷電粒子砲用意!! 」
私の下した命令がダンジョンコア通信を流用した通信機によって、全ての魔導戦艦へと伝えられます。
タイムラグ無しの、リアルタイムでの同時通信。この世界の常識の外の、ダンジョンの権能を駆使したオーバーテクノロジーによって、速やかに全艦が主砲の射撃体勢へと移行します。
艦橋の窓からは、左右に一列に展開した友軍の戦艦達が、その凶悪な牙を剥かんと大気中の魔素を吸収、変換していく様子が見て取れます。
「通信あり! 全艦射撃準備良し! 荷電粒子の変換充填、全ての艦で完了するまであと25!!」
「了解しました! 総司令官!!」
通信兵からの報告を受け、総司令官へと振り返る。
フューレンス総司令官はただ一言、私に「仇を討て」と、そう言の葉を下さいました。
フル充填まで、残り15――――
「全艦に告げます! 荷電粒子砲発射体勢!! カウント開始! 発射の後“カナリア”の報告を受け、その後は機動戦に突入しますッ!!」
「了解! 全艦に告げる! カウント開始! 発射後は機動戦に移行せよ!! カウント8!!」
全ての魔導戦艦の砲塔が帯電し、大気が荷電粒子の影響で歪んで見えます。
「5!」
この一撃は、開戦の狼煙。
私の、我が父の、我が祖国の、我等が連合軍の。仇敵たる大帝国に振り下ろす、紛うことなき裁きの一撃。
3……2……1……!!
「荷電粒子砲発射ァッ!!」
全ての魔導戦艦から、断罪の一撃たる荷電粒子砲が放たれ、大気は荒れ狂い、私たちの視界はその瞬間、真っ白な閃光に埋め尽くされました。