第三話 創ったもの、創られたもの。
北端の海上要塞
旗艦ムサシ・会議室
《アネモネ視点》
「ひ、百五十万だとッ!!??」
『はい。それだけでなく、艦船や飛空挺、魔導兵器も多数確認しました。既に帝都を出立し、海を南下中です。大帝自らが出陣しており、総大将を務めています。そして……勇者は七人居ました』
「貴方達は無事ですか? 離脱して合流してほしいのですが」
『己は無事ですが、部下が三人殉じました。精霊達が来てくれなかったら己も危なかったです。敵方も航空機動兵器を有していたのは、誤算でしたね』
現在私達は、補給のために北端の海上要塞に停泊中です。ここで一晩過ごし、明朝に遂に洋上へと進出する予定です。
そして航空艦隊の旗艦であるムサシ内の会議室にて、マスターが北の偵察に向かわせた“天狗”のクロウの報告を、ダンジョンコア通信にて受けていたところです。
「ご苦労さまでした。慎重に離脱し、帰投してください。殉じた者の魔石も持ち帰るように」
『承知しました。これより帰投します』
ダンジョンコアの通信が切れる。
会議室内は、重苦しい雰囲気になってしまいました。
「百五十万の大軍勢に、敵もマナカと同じく魔導兵器を揃えておるとは……!」
「あの規格外の勇者が、七人も……!?」
フューレンス国王陛下や、セリーヌ殿下が驚愕しています。
無理もありませんね。ドラゴニス大陸の諸国連合軍の総兵力は、集めに集めても五十万人ほどです。
ドラゴニス帝国が参戦していればもっと数は増えたでしょうけどね。それも帝国が諸国の不信を買った事から、見送られてしまいましたし。
しかし……
「百五十万の敵とは、暴れがいがあるのう!」
「一人頭何人倒せば良いのであるか? 吾は計算は苦手なのである……」
「アザミ達四人で割ると、一人当たり三十七万五千人ですよ、グラス」
「大盤振る舞いでやすねぇ。腕が鳴りやすぜ」
マスターが密かに“六合家四天王”と呼称しているアザミ、シュラ、イチ、グラスの四人は、不敵な笑みを浮かべています。
思う存分戦えることが嬉しいのでしょうね。“戦闘狂”とは、よく言ったものです。
ですが。
「私達六合家の面々は、勇者を相手取ります。雑兵は魔導戦艦とゴーレム達に任せれば大丈夫でしょう」
「精鋭には精鋭をということか、アネモネ?」
私の言葉に、フリオール殿下が反応しました。
ええ、その通りでございます。
「聞けば勇者の戦力は、一軍にも匹敵するとのこと。ここは私達個人々々で相対した方が、こちらも兵の消耗は避けられるでしょう。
「戦さは数とも申しますが、マスターが選択した戦場は海の上です。平地であれば大軍勢は確かに脅威ですが、足場の限られる洋上であれば、明暗を分けるのは魔導兵器や各戦力の質です」
マスターが創造した魔導戦艦のスペックは破格です。
豊富な兵装に頑丈で軽量な装甲。魔力伝達効率を素材を惜しまずに向上させてあるので、継戦能力は折り紙付きですしね。
制空権さえ奪ってしまえば、後は如何様にでも圧倒できるでしょう。
「なんじゃ、つまらんのう」
シュラ、そう言わずに。アザミ達も露骨に肩を落としていますね。
「フューレンス陛下。魔導戦艦のマニュアルで、ご不明な点などはございませんでしたか?」
艦隊の指揮を預かる連合の宗主、フューレンス王陛下にお声を掛けます。
「うむ。図解入りで非常に興味深く読ませてもらった。確かにあの性能であれば、たとえ伝説のドラゴンが相手でも十二分に渡り合えよう」
当のドラゴンは、そこで目を逸らしていますけどね。グラス、口笛がちゃんと吹けていませんよ?
「アネモネ、あたしも勇者と戦って良いの?」
「七人だと、私も出ないとダメかなー」
マナエと転生神ククルシュカー様が、勇者討伐に名乗り出てくれました。
「ええ、強くなったマナエにも期待していますよ。そしてククルシュカー様は……申し訳ございませんが、ムサシにてお控え下さい。神であるククルシュカー様が戦闘に介入されますと、邪神の行動が読めなくなってしまいます。自棄を起こされても困りますしね」
「えー、それだとどうする……あー、なるほどねー。王女ちゃんと女騎士ちゃんの、二人でかかればなんとかなるかもねー」
「なっ!? 我が勇者と!?」
「わ、私達ですか!?」
ククルシュカー様と私に話題の矛先を向けられ、フリオール殿下とレティシアがお揃いで驚きの声を上げます。
フューレンス陛下やマクレーン卿も驚きを隠せないご様子ですね。
「お二人の実力は既にSランク冒険者に比肩するほどか、やや上回るほどに上がっております。マスターやシュラ、イチとの訓練に誰よりも長くお付き合い下さっていたのですから、当然です。気付いておりませんでしたか?」
「いえ……結局敵いませんでしたし……」
「そ、そうか……ちゃんと我らも、実力は上がっていたのだな……!」
比較対象が我が家の面々しか居ませんでしたからね。成長を実感していただけなかった点は反省です。マスターが帰還されたら、相談しなくてはいけませんね。
「とは言いましても、勇者の実力は未だ未知数です。お二人にはご自身の身を最優先に立ち回っていただきますが、よろしいでしょうか?」
「はいっ! マナカ殿が……師匠が戻って来るまで、勇者に好きにさせなければ良いんですね!」
「うむ。別に倒してしまっても、構わんのだろう?」
フリオール殿下、それは“フラグ”というものです。縁起がよろしくありませんので、自重してくださいね。
一先ずは対勇者の遊撃として六合家の面々が。全軍の指揮はフューレンス陛下とマクレーン卿、そしてセリーヌ殿下に委ねるという形で、基本的な戦略は固まりました。
各国の軍も、名にし負う【名君】や【軍神】の指揮であれば、足並みを揃えていただけるでしょう。
「私達の最大の目標は、敵軍の主攻たる勇者を自由にさせないことです。マスターが帰還されるまで、味方の損害を最小限に抑えることです。各々方、決してご無理はなさいませんよう、よろしくお願い致します」
連合軍と我ら六合家の協調は、この辺りが限界でしょう。
規模が大きくなろうと所詮は寄せ集め。急遽集った連合軍と完全に歩調を合わせるのは、至難の業です。であるならば、我らは動きを阻害されないよう、最初から独立遊軍として行動した方が良いでしょう。
フューレンス陛下達もそれはご承知済みのようで、艦隊の運用を話し合っておいでですね。
これからは各国首脳部をここに招いての、本格的な軍議となります。私達の基本方針はお伝えした通りなので、後は陛下が、良きように采配してくださるでしょう。
私は家族を連れ、会議室から退出しました。
◇
魔導戦艦ムサシの甲板。
時刻は既に深夜に差しかかろうとする頃、私は一人、海に浮かぶ艦隊の様子を眺めていました。
「眠れないのかなー、アネモネちゃん?」
フワリと、気配も何もなく、ククルシュカー様が夜空から舞い降りて来られました。
「マスターの存在を風に感じられないかと、試行していました。ククルシュカー様は、お休みにならないのですか?」
潮風が鼻腔を擽り、ククルシュカー様や私の髪を揺らして、過ぎ去っていきます。
「ずいぶん、人らしく成ったよねー。それにマナカさんのことを、心から信頼してるみたいだねー。うんうん、良いことだよー」
「そう……でしょうか? 未だに上手く感情表現が出来ず、周囲に威圧感を与えているようですが……」
「まあそれはマナカさんが悪いねー。彼ってば、アネモネちゃんに甘えてるからさー。苦労人は辛いねー」
クスクスと笑いながら、ククルシュカー様が肩を竦めます。
「確かにマスターの毎度の奇行には、いつも驚かされてしまっていますね」
自らの創造主と、満天の星空の下で語り合う。
この世界“アストラーゼ”に降り立ってからの、慌ただしくも充実した出来事の数々。
そして何時だってその中心で、皆を巻き込み牽引していた、マスターとの思い出。
ククルシュカー様もご自身の神域で、折りに触れてその様子を観察なさっていたそうです。
「いつの間にかマナカさんには私の手助けが要らなくなっちゃってー、ちょっと寂しいなー。【真日さんお助け機能】も、全然発動しなくなっちゃったしー」
「ククルシュカー様、他にいったい、幾つの機能を盛り込まれたのでしょうか?」
「んーと、【真日さんお仕置】機能でしょー? 【ククルちゃんの有難〜い神託】機能でしょー? 【神の視えざるお手♪】機能でしょー? あとは【フラグは折らずに回収なさい!】機能とかー、【YesロリータNoタッチ!】機能とかー、あとはー……」
……予想を遥かに超えた数の機能が、読み上げられていきますね。一度全てを把握しておいた方が良いかもしれません。
あとククルシュカー様、完全にマスターで遊んでいますよね?
出逢ったばかりの頃のマスターの、数々の機能によって追い詰められていく様子が、脳裏に蘇ります。
「もう自分の足で立っているマナカさんには、どれも必要無くなっちゃったねー。どうするー? もう外しちゃうー?」
そんな事ができるのですか。流石は“天下り”したとはいえ、神の一柱ですね。ですが。
「ノン。使われる機会が無かったとはいえ、それらも私の大切な一部です。どうか、このままでお願い致します」
そっかーと、柔らかな微笑みを返して下さる、ククルシュカー様。
「マナカさん、早く戻って来るといいねー」
「はい。ですがマスターなら、きっと大丈夫です」
「信頼が厚いねー。マナカさん責任重大だなー。ふふっ♪」
「ええ。帰って来られましたら、また相談も無しに行動されたことへのお説教です」
「あーららー♪ マナカさんご愁傷さまー♪」
ええ、本当に。今度という今度は、簡単には許しませんからね。
皆さんを心配させ、不安にさせたことへの罰です。二、三時間のお説教は、覚悟しておいてくださいませ。
創造主たるククルシュカー様と私は、その後もしばらくの間、穏やかに揺れる甲板の上で語らいました。
空を見上げれば、満天の星。
周囲を見回せば、数多の同胞達。
マスターを慕う者も、数多くその足を運んで来てくれています。
各国の軍部にはまた違った思惑が有るとは思いますが、これだけの数の同胞が、マスターのために集って下さったのです。
マスターの補佐として、そして使用人として、これほど誇らしい事はございません。
ですので、マスター。
どうか、お早い帰還をお願い致します。皆、マスターのことを待ち侘びていますよ。
ええ。もちろん、私もです。
お説教は確定事項ですけれどね。