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第二話 神へと至る道。



旗艦ムサシ

会議室




「それでは、お主達もマナカの行方は判らぬのだな?」


「はい。マスターとダンジョンコアのパスは生きておりますので御存命なのは確かなのですが、座標が特定出来ずにおります」



 航空魔導艦隊の旗艦ムサシの会議室の中は、重々しい空気に包まれていた。

 進軍を開始した艦隊であったが、肝心要である魔族の男、マナカが行方知れずとなっていたのだ。


 しかしながら、各国からは兵が集まり、高名な将兵や戦士達、冒険者達が集い、また開戦の期限が来てしまった以上はと、連合の宗主たるユーフェミア王国国王フューレンスの号令にて、出陣は断行された。


 会議室には現在、ユーフェミア王国と新生魔王国オラトリアの責任者達、そして話題の男マナカの家族である、リクゴウ家の面々が集まっていた。



「各国軍の責任者達からも、猜疑の声が上がり始めておる。まったく、このような時に、いったいどうしたというのか……」


「父上……いえ、陛下。各国は何と?」



 こめかみを押さえるフューレンス王に、娘であるフリオール王女が質問をする。



「……焚き付けるだけ焚き付けて、逃げたのではないか、とな」



 その言葉に、主にリクゴウ家の面々が、怒気を立ち上らせる。



「何処の何奴(どいつ)じゃ、左様な戯れ言を抜かしたのは……?」


「マナカ様が逃げる筈がありませんっ!」


「気に入らんのである。ちぃとそ奴には、分からせてやった方が良いのである」


「頭を侮る奴ぁ、生かしちゃおけやせんねぇ」



 殺気立って席から立ち上がる、通称“六合家四天王”達。

 シュラ、アザミ、グラス、イチの四人である。



「座りなさい、4人とも」



 しかし即座に、彼等の纏め役であるアネモネが制止する。その声音は冷たく鋭く、彼女自身も憤っていることが伺えた。



「現在転生神ククルシュカー様と、ダンジョンコアの化身であるマナエとが、マスターの行方を捜索して下さっています。私達は、当初の計画通りに艦隊を進める事を優先せねばなりません」



 その怒りを押し込めて淡々と話すアネモネに対し、リクゴウ家の面々は何も言い返せずに、再び席に着く。



「まあマナカのことじゃ。何かしらの理由はあるんじゃろうの。今はまだ連合の同胞達もこの艦隊の物珍しさが(まさ)っておる故、そこまで大事には至っておらぬ。もう暫くは誤魔化せよう」


「うむ。マナカは戦さに備えて別途活動中であると、上層部から流布しておこう。頼むぞ、マークよ」



 フューレンス王の親友でもある、【軍神】マクレーン辺境伯が、場を落ち着かせるように声を挟む。それを受けて、連合の士気を保つための方策を、フューレンス王が打ち出した。



「よろしくお願い致します。お手数をお掛け致します」



 現状、リクゴウ家陣営の代表でもあるアネモネが、ユーフェミア王国の代表である二人に頭を下げる。



「で、では、私たちは暫くの間、マナカさん抜きで艦隊を守らなければならないのですよね? 艦の運用計画等は、どうなっているのでしょうか?」


「はい、セリーヌ殿下。艦隊は現在、ドラゴニス大陸の北端にマスターが築いた、海上要塞へと向かっております。そちらに一時寄港し、魔石等の補給を行う予定です」



 アネモネが言う海上要塞とは、彼女の主であるマナカが、北端のダンジョン【龍の巣】を支配した後に創造した防衛拠点である。

 戦争の相手である【アーセレムス大帝国】の、大陸への侵入を阻む一大防衛拠点であり補給基地、そして最終防衛ラインでもあるそこは、マナカの手によって難攻不落に造られている。


 航空魔導艦隊も全艦収容可能で、防衛に必要な戦略物資が、これでもかと詰め込まれているのだ。



「私にダンジョンの権限を譲ってくださる以前に創っていた施設ですね。新都である魔族の国の都市からは、だいぶ離れていますね」


「その通りです。マスターは海岸線を死守なさるおつもりですので、魔族の都市や民達に戦火が降り掛かることは御座いませんので、ご安心ください」



 これまたこの時のために用意された、大陸全土の精巧な地図を指し示しながら、アネモネは説明を続ける。



「艦船の魔素集積装置による魔力充填と、ゴーレム軍の魔力回復に、およそ一晩お時間を頂く予定です。その間は、全軍の皆様には艦内で待機して頂きますが、よろしいでしょうか?」


「うむ、構わぬ。コマンダー艦もアタック艦も、居住環境は快適であったからな。一応は戦闘待機ということで、交代で休息を取ることとしよう」



 海上要塞に到着した後の動きも、会議室のメンバー間で事細かに決定されていく。

 近衛騎士団の団長となった騎士グスタフが、作戦要項の訂正や追加を手元の羊皮紙に書き込み続ける。


 そうして、停泊中の計画に一区切りが着きそうな頃、会議室の扉がノックされた。

 扉を守護している近衛騎士が、転生神ククルシュカーの来訪を告げ扉を開く。



「遅くなってごめんねー。ようやくマナカさんの足取りが掴めたよー」



 いつもと変わらない間延びした話し方で、そう言いながら入室するククルシュカー。その傍らには、表情を暗くしたマナカの妹、マナエの姿も在った。



「ククルシュカー様、ご協力をいただき、ありがとうございます」


「いいってー、アネモネちゃん。私だってマナカさんの仲間なんだからねー。当然のことだよー」



 ククルシュカーの存在に慣れているリクゴウ家の面々とは違い、フューレンス王やセリーヌ王女達は、席を立ち緊張した様子だ。



「王サマもセリーヌちゃんも、そんな畏まらなくていいよー。みんなも話し合って疲れたでしょー? アネモネちゃん、お茶しながら話そうかー」


「かしこまりました。ご用意させていただきます」





 ◇





「それで、ククルシュカー様。マスターの行方は……?」



 会議室の面々に温かい紅茶が行き届き、個出しされたお茶菓子に皆が手を付け始めた頃を見計らって、アネモネが訊ねる。

 その言葉に、会議室内の目は一斉にククルシュカーに注目する。



「焦れてるねー。まあ、しょうがないかー。それじゃお話しするねー」



 紅茶の香りを楽しんでいたククルシュカーは、ひと口飲んでからカップを置き、居住まいを正す。



「マナカさんはー、厳密に言うと何処にでも居るし、何処にも居ない、っていうのが正直なところだねー」



 全員の目が丸くなる。

 揃って、疑問符を頭上に浮かべていた。



「て、転生神様、それは一体……?」



 フューレンス王も、堪らずに疑問を挟んだ。

 その言葉は、この場に集った全ての者の総意である。皆も一様に、ククルシュカーの返答を待っている。



「うーん、どう説明したらいいかなー? マナカさんは、私が与えた“概念”を習得するためにー、世界とひとつになってるんだよねー」


「せ、世界と……?」



 皆の困惑が益々深まっていく。

 しかしそんな中で、ただ一人、考え込む人物が居た。



「“概念”を習得……まさか、ククルシュカー様は、マスターに神の権能をお与えになったのですか!?」



 アネモネである。

 彼女は驚愕の事実に目を見開いて、ククルシュカーに問いを投げ掛ける。



「ちょっと違うかなー。権能っていうのは、“概念”を習熟した先にあるモノだからねー。私が与えたのは、あくまで“概念”のみだよー」


「そういえばマナカ様は、神狼(フェンリル)のリアノーンとの戦いで、空間転移の魔法を使っていました。もしやそれが、その“概念”というものなのでしょうか?」


「リアノーンの奴めも、ただの生命体には不可能だのと言っておったのう」



 マナカの新しい力を直接目にした、アザミとシュラも声を上げる。

 しかしそれにも、ククルシュカーは首を横に振る。



「正確に言えば、それも違うよー。“概念”をこの世界の法則に落とし込んだ結果、転移魔法っていう形に成っただけだねー。“概念”っていうのは“色”に近いかなー? “根源”って言ってもいいかもしれないねー。


「例えば“根源の赤”があったとしよっかー。その“根源の赤”が世界の法則に従って、赤い花になったり、赤い血液になったりする。花や血液は、世界の中ではそういう物であり名前だよね? でも根源に於いては、“概念”に於いては、ただ“赤”なんだよー」



 天から降る水に、“雨”と名付けるように。

 朝を照らす光に、“陽光”と名付けるように。



「具体的じゃない、極めて根源的で抽象的なモノが“概念”だよー。だからひとたび“概念”を理解すればー、この世の理りを総て捻じ曲げることができるのー。それが、神の権能の正体だよー」


「つまり……例えば、“赤の概念”を使えば、血であろうとも炎であろうとも、好きに操れるということであるか……?」



 グラスが呟いた言葉に、ククルシュカーは初めて首を縦に振る。



「簡単に言うとそんな感じかなー。ま、それが難しいんだけどねー。私達神は、始めからそうできるように創られているから、大丈夫なんだけどねー。でー、マナカさんはその“概念”を理解して習得するために、今頑張ってるところなのよー」



 そう言って息をつき、冷めてしまった紅茶で喉を潤すククルシュカー。

 その途方もない話の内容に、皆一様に口を噤んでしまう。しかしそんな中、フリオール王女が口を開いた。



「マナカがそれが必要と判断してのことならば、そうなのだろう。ですがククルシュカー様、世界とひとつになるというのは、どういうことなのだろうか。何処にも居て、何処にも居ないという意味は、どういうことなのだろう」



 真剣な顔で、マナカの行動よりも、安否を気に掛けた問い。

 そんなフリオール王女に、ククルシュカーは優しく微笑みながら、答えを返す。



「言葉通りの意味だよー、王女ちゃん。マナカさんは、今意識のみで、この世界と繋がっているのー。だから、マナカさんの意識はこの世界中に存在する。でも、そこには居ない。っていうことだねー。


「“概念”から産まれた事象に名前が付き、理解されて、形有るこの世界になった。だからマナカさんは、この世界とひとつになって、逆にその事象を遡って、“概念”に辿り着こうとしているのー。意識を偏在させてー、あらゆる事象を読み解いてー、根源へと、“概念”へと近付いて行ってるんだよー」


「馬鹿な……! それではまるであ奴は、マナカは神に至らんとしているとでも言うのか……!?」



 思わず席を立って、フューレンス王が声を上げる。その顔には、マナカの身を案じる思いが浮かんでいる。

 そのフューレンス王の言葉に、他の面々も深刻な表情になる。



「そうだねー。ある意味、“神へと至る道”とも言えるかもねー。仮に成し遂げれば、一生命体としての枠からは外れちゃうかもしれないねー」


「だったらどうして!? なんでククルちゃんは、そんなモノをお兄ちゃんにあげちゃったの!? 無事に戻れる確証も無いし、お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなっちゃったらどうするのッ!?」



 これまで暗い表情で俯いていたマナエが、感極まった声を張り上げた。その瞳には涙が滲んでいる。

 会議室の面々は、そのマナエの剣幕に、言葉に、思わず息を飲む。


 マナカが、マナカでなくなる。

 その言葉の意味を頭の中で描き出し、全員が不安に襲われてしまう。


 しかしククルシュカーは優しく微笑んで、浮遊してマナエの元へ降り立って、その身体を抱き締めた。



「大丈夫だよー。マナカさんなら、きっとマナカさんのまま戻って来られるからー。私は、そう信じてるよー」



 マナエの背中をポンポンと、あやすように軽く叩きながら、ゆっくりとそう語るククルシュカー。



「マナカさんは私が加護を与えた使徒でー、マナエちゃんのお兄ちゃんでしょー? アネモネちゃん達のご主人様でー、王女ちゃんの未来の旦那様でー、王サマの義理の息子だよー。


「あの何よりも他人を優先する、お人好しのマナカさんがー、こーんなに沢山の人が心配しているのに、何処かに行っちゃうわけないよねー? マナエちゃんも解ってるでしょー?」



 その言葉はゆっくりと、しかし確実に、マナカとの関わりの深いこの部屋の面々の心に染み渡っていく。



「マナカさんが、マナエちゃんとの約束を、破るわけがないよねー。ダンジョンコアの登録の時に、約束したもんねー」



 マナエは、まだ自我も肉体も持たない頃、マナカとした誓約を思い出す。いつの間にか滲んでいた涙は止まり、その目には強い光が灯っていた。



「うん……! お兄ちゃんは、あたしを護るって言ってくれた。一生一緒だって、誓ってくれた……!」


「うんうんー。だから大丈夫だよー。私たちはマナカさんを信じてー、やれることを頑張ってみようねー。大丈夫だよー。何かあってもー、マナカさんならなんとかしてくれちゃうよー」



 そののんびりした言い草に、思わず数人から、笑いが零れた。



「確かにな。マナカであれば、また大騒ぎしながら、なんだかんだで全てを台無しにして決着しそうだっ」


「殿下……? それではマナカ殿が悪者みたいですよ? まあ、やってることがやってることだから、否定はできませんけど……」



 フリオールが口元に手を当てくつくつと笑いを堪え、フォローをする気が有るのか無いのか、レティシアも笑顔でツッコミを入れる。



「どうせ意地の悪いたいみんぐを見計らって、格好付けて現れるじゃろうのう。主様なら有り得るのじゃ」


「『ひーろーは遅れて登場するものだー』とでも、言いそうであるな」


「確かに! そりゃあ頭らしいですねぇ……!」


「そんなマナカ様も素敵ですっ!」


「貴方達……少々言い過ぎですよ。それにマスターならまず、『遅れてごめんよ』と言うと思います」



 全員から、「ああ〜!」と納得の声が上がる。

 いつの間にか、全員の顔に笑顔が浮かんでいた。



「あ奴であれば、また飄々と解決してしまいそうであるな」


「まったくじゃな。真剣に悩むのがアホらしくなるわい」



 肩から力が抜け、先程までの深刻な雰囲気も何処へやら。

 会議室の面々の顔には、マナカという男への信頼が、ありありと浮かんでいた。



「だからまあねー。私達は私達で、勝手に頑張ろうよー。どうせ最後はマナカさんに総取りされちゃうんだからー、せっかくだから活躍の場を残さないつもりでさー♪」



 なんとも緩い感じでククルシュカーが宣うと、会議室はより一層の笑いと覇気に包まれる。



「それは良いですな。では転生神様。ここはひとつ、神の威光を以てして、軍の士気を上げていただけませぬかな?」


「お、良いねー王サマ。やっちゃうよー。光っちゃうよ私ー!」


「もういっそ、マナカを大々的に使徒に祭り上げても良いのではないか?」


「フリオール殿下、それではマスターが嫌がりますよ?」


「堅いこと言いっこなしじゃぞアネモネ! 儂らを心配させた主様が悪いのじゃっ!」


「で、あるな! 精々恥ずかしがると良いのである!」


「あはは……。お兄ちゃん、強く生きてね……!」



 旗印の不在にも関わらず、連合の発端の人々は、どこまでも明るく強く笑った。


 未だ見ぬ大帝国との決戦に向けて、大空を艦隊は突き進む。

 世界に意識を溶け込ませた、マナカの笑顔と困り顔をその胸に抱きながら。




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