閑話 獣勇士、推して参る。
王都ユーフェミア
ブレスガイア城
《マクレーン辺境伯視点》
国王の暗殺未遂事件の事後処理になんとか目処が立ち。
軍事に関するので王都に逗留したままであるワシは、王城の一室で、ダミーコア通信でマナカと話し合っておった。
『てなワケでだ。今後もまた似たような事が起こらないとも限らないからね。俺から視て重要だと思える人物に、護衛を付けてやりたいんだよ』
マナカの失態でも責任でもあるまいに、この男は自身を責め、我が親友の心の傷を悼んでくれておる。
「確かにのう。まさか近衛の長が裏切るとは、流石に意識の外であったわい。それにウィリアムの腕も予想外であったな。長く王都を離れ過ぎて、かつての教え子の腕を見縊っておったわ」
人数が限定されるとはいえ、暗部を退けて王を襲ったのだからな。マナカが密かに付けてくれた護衛の、あの黒いミノタウロスが居らねば、ワシらの不在の内に本当に城が乗っ取られておったわ。
あの黒いミノタウロス……名はオニキスといったか。
彼女と、彼女を配置してくれたマナカには、本当に頭が上がらんわい。
『だからな? マクレーンのおっさんからも、王様を説得してくんないかな』
「それは良いが、マナカよ。あまり表立ってお主の戦力を配置する訳にもいかぬぞ? ワシら王国と、お主の迷宮とでは、どちらが上という話ではないのからな。
「諸国に睨みを効かせて連合の音頭を取っている以上、やたらとお主から表立って施しを受けては、王国の権威に関わるでのう。国内の貴族達からの反発も助長しかねぬしな」
『一応、“神の使徒”って話は公文書からは削除できたんだよな? また俺からの無茶振りで申し訳なかったけど』
マナカが気にしておるのは、元近衛騎士団長のガウェイン・フリードの裁判の一件じゃな。
言い逃れも引き延ばしも許さぬために、転生神ククルシュカー様が、直々にお出ましして下さった。その折に神であるククルシュカー様が、マナカのことを自らの“使徒”であると、公言されたのじゃな。
「他ならぬ、お主の希望であったからのう。本来であれば王国どころか連合をすら傘下に治められるというのに、勿体無い限りよ」
『ガラじゃねぇし、器でもねぇよ。俺の許容量の少なさは、俺自身が一番把握してるわ。俺じゃ迷宮の主が精一杯だって。消してくれてありがとな』
「礼を言われるほどでもないぞ? 未だにお主のことが気に入らん貴族共も多いでな。お主の言いなりにさせられずに済んだと、箝口令にも非常に協力的じゃったわい」
本来ならば、箝口令を布くことは弱味を与えることになるのじゃが、今回に限って言えば箝口令を遵守せねば、王国は“神の使徒”たるマナカの下に着くことを認める事になるからのう。
良き事を隠すのじゃからな、弱味にはなり得ぬわ。
『んじゃまあ、護衛に関しては極力バレないように考えとくからさ、おっさんも王様の説得、頼むからな』
「ふむ、心得た。フューズには今夜話しておくので、また明日の昼前にでも連絡する」
『よろしくなー』
未曾有の大戦さが迫っておるというのに、何ら気負うことなく、マナカは普段通りの気の抜けた声で別れを告げ、通信が切れた。
さても、我等が王国があの男に受けた恩の、なんと大なる事か。ワシの残り幾許もない生の内で、その内のどれだけを返してやれることやら。
いくら若返ったとはいえ、フューズめが再び禿げるのも、時間の問題やもしれんなぁ。
「さて、この時間であれば、フューズの奴は執務室に戻っておるじゃろ。面会の手続きも面倒じゃから、コア通信で良いじゃろうて」
ワシはちと肩や腰、首を解してから再び、マナカに贈られたダミーコアへと魔力を注ぎ込んだのじゃった。
◇
「結界魔法【魔力遮断迷彩】」
良く晴れた昼下がり。
ユリウス第3王子と模擬戦をした中庭で、マナカが魔力を覆い隠す結界を張る。
半球型に展開されたその結界は、王家の面々とワシや宰相、そして近衛騎士の新団長をも巻き込んで、動くにも充分な広さであった。
「さて、まずは王様。護衛を付ける件、了承してくれて助かるよ。今からみんなに付ける護衛の魔物を産み出すから、驚かないでね」
マナカが術を行使する際には莫大な魔力が高まりをみせるため、わざわざこうして、魔力を隠蔽する結界を張ったのじゃな。
疚しいことではないにしろ、一々王城の結界が作動しては面倒なのだそうじゃ。それに護衛を秘匿する必要もあるでの。
「それじゃ早速始めるね。【魔物創造】発動っと」
結界の内側であれば魔力を感じ取ることができるが……凄まじい魔力量じゃな。
マナカ一人で以て、軍の魔導士全員を軽く凌駕するほどの魔力が吹き荒れておる。じゃというのに、マナカには未だ余裕が見て取れる。
この一年と少しという短い期間で、よくもまあここまでの怪物に成長したものじゃな。
マナカから放出された膨大な量の魔力が渦巻き、凝縮され、何らかの形を取り始める。
それらはそれぞれに蠢き出し、その大小様々な体格を、マナカの前に綺麗に整列させおった。
全部で九体の魔物が…………魔物、なのか……?
「よし、成功だな。それじゃあ、一体ずつ紹介していこうか」
そう言ってマナカが、端に座る魔物(?)を一歩前に進み出させる。
「まずは王様の護衛役だな。グレートデンという種類の犬をモデルにした、“サスケ”だ。最上級の神アポロンに準えて、“犬の中のアポロ”なんて呼ばれることもあるんだよ」
犬……なのか?
マナカの腰を超えるほどの立派な体躯に、しなやかな筋肉が美しくその内なる力を主張する。短い体毛は黒に近い茶色い艶めいたもので、どこか威風と気品を感じさせおる。
「次は王妃様の護衛だね。コイツはボルゾイという、俺の前世の世界で最も走るのが速い犬をモデルにしたんだ。名前は“サイゾウ”だよ」
続いて紹介されたのは、真っ白な長い体毛と、細身ながらも引き締まった体格をした大きな犬じゃ。面長の凛々しい顔付きをしており、鋭く飛ぶ鏃を連想させるのう。
「で、コイツは宰相さんの護衛だね。ドーベルマンっていう軍用にも使われる犬種で、俺がかなり好きな種類だな。カッコイイだろ? 名前は“ジュウベイ”な」
黒を基調とした短く艶のある体毛に、引き締まった肉体。ピンと尖った三角の耳が天を衝き、口元を観れば鋭い牙が生え揃っている。
咬まれればタダでは済むまいな。
「そんでコイツは、セイロン王子にだな。モデルはシェットランドシープドッグっていう、元は牧羊犬だった種類の犬だ。“ユリ”って名前だから、よろしくな」
長い体毛は茶や黒、そして白の対比が美しく、先の三体に比べれば小型に映るものの、知性を感じさせる眼差しが落ち着きを演出し、優雅さを感じられるのう。
「次はミケーネ王子だな。ミケには、柴犬って種類をモデルにしたコイツだ。俺の故郷の国が原産の犬で、忠誠心が高くて懐っこい人気の犬なんだぞ。名前は“セイカイ”だ」
セイロン王子のユリと同じか少し大きいくらいの体躯で、短毛とも長毛とも言えぬ、小麦色をした体毛の犬。三角耳で愛嬌のある顔付きやくるりと巻いた尻尾は、確かに人好きのしそうな外見じゃな。
「で、マーガレット……マギーにはコイツだ。チンっていう、俺の故郷でも昔の上流階級の人達が好んだ犬種をモデルにした。丸くて大きい目が可愛いだろ? “イサ”って名前だ」
小柄な体格に、長い耳とこれまた長い白と黒の体毛。短い口先は愛らしく、丸く大きな瞳は、好奇心で輝くマーガレット第2王女殿下のそれと、良く似ている気がするのう。なんとも愛嬌に溢れた犬じゃな。
「こっちは、新しく近衛騎士団の団長さんになったグスタフさんへ。俺の故郷の土佐闘犬っていう、犬同士で試合をするために掛け合わされた品種をモデルにしてある。名前は“ロクロウ”だよ」
ズッシリとした体躯に、分厚い肉の鎧。太い強靭な脚腰に鋭い目付きからは、一見して只モノではない雰囲気が見て取れるのう。茶色く短い体毛の大きな体躯からは、威圧感が滲み出ておる。
「そんでユリウスにはコイツだな。俺の故郷でも一時期、一番人気があったチワワって犬種がモデルで、名前は“コスケ”。小さいから肩にも乗せられるし、抱くのも楽だからな。出掛ける機会の多いユリウスには、ピッタリだと思うぞ」
なんとも愛くるしい、片手で抱えられるほどの大きさの、真っ白な長毛の犬じゃ。大きな瞳があどけなく見詰めてきて、女子供に好かれそうな感じじゃな。こう、庇護欲を掻き立てられるというか。
「でだ。最後になったけど、マクレーンのおっさんには、コイツだ。ポメラニアンって犬種がモデルで愛玩用としても人気が高いけど、意外と凶暴なんだぜ? “ジンパチ”って名前だから、よろしくな」
それは茶色い…………毛玉か? いや、単にモコモコでフサフサなだけか。つぶらな瞳と丸っこい身体で、チョコチョコ走ってワシの足下に寄って来よった。
う、ううむ……
「おお! なんとも精悍な顔付きをした犬であるな! このような威風堂々とした犬など、見た事がないわ。サスケよ、よろしく頼むぞ!」
「陛下、わたくしのサイゾウも見て下さいませ! なんと気品のある、美しい犬なのでしょう……!」
国王夫妻は、大型で気品ある二頭の犬に夢中じゃな。確かに、あの二頭が玉座の脇に控えておったら、非常に絵になるじゃろうなぁ。
「なんと私にまで……! とても凛々しく、頼りになりそうですね! よろしくお願いしますよ、ジュウベイ!」
「見事な体格ですな。これならば共に戦場を駆けることもできましょうな。期待しているぞ、ロクロウ」
宰相とグスタフ団長が、互いの研ぎ澄まされた体躯をした犬を見せ合っておる。
良いのう……大きい犬、良いのう……!
「シェットランドシープドッグ……ですか。このような犬が、マナカ殿の故郷には居るのですね。なんとも賢そうで、気に入りました。よろしく、ユリ」
「マギー姉上! シバイヌって可愛いですね! セイカイ、僕はミケーネです! よろしく!」
「あらミケ。わたくしのイサも負けていませんわよ? 見てくださいな、この気品溢れる長毛に、愛くるしい顔! 大きくないですし、わたくしにピッタリですわっ!」
セイロンがユリの正面にしゃがみ、頭を撫でてやっておる。
ミケーネとマーガレットはお互いの犬を触りっこしたりして、微笑ましいのう。
まあ微笑ましいのも、気品が溢れているのも、精悍なのも賢そうなのも良いのだ。
じゃが。
「「なあ、マナカ……」」
図らずも、ユリウスと発言が被ったのう。どうやら、同じようなことを考えていたらしいの。
「ん? どうした、ユリウス? おっさん?」
こ奴め……っ! 絶対ワザとじゃろうっ!? 何食わぬ顔しているつもりじゃろうが、口元はピクピク痙攣しておるし、身体も震えておるぞ!?
「なんで、俺の犬っころはこんなチンチクリンなんだよ!?」
「ワシのもじゃ! なんじゃこの毛玉は!?」
ワシとユリウスの足下には、それこそ人形のような大きさの犬……らしきモノが、ちょこんとお座りして尻尾を振っておる。
いや、非常に可愛らしいのだが、どう考えても似合わんじゃろ!? 特にワシ!!
「え、カワイイじゃん? ユリウスなんてコスケを連れて学園行ってみろよ。モッテモテだぞ!(コスケがだけどな)」
「いや、モテるとかカワイイとかじゃなくてだなっ!?」
「マクレーンのおっさんも、何が不満なんだよ? カワイイじゃん。あと毛玉って言うな。コイツは、イカついおっさんの雰囲気を和らげてくれるんだぞ?(すげぇギャップだもん。二度見不可避だなっ!)」
「イカついって……」
ワシ、ちょっとショック。
いやまあ、確かに文官や女性には威圧的に見えてしまうのは気にはしていたのじゃが……
というかお主小声でなんつった!? やっぱり楽しんどるじゃろ!?
「でだな。コイツらは見た目は色々だけど、強さはだいたい同じくらいだな。少なくとも二頭居ればマクレーンのおっさんも倒せるくらいの強さにしておいたよ」
おいっ!? なんでそこでワシを引き合いに出すんじゃ!?
「この“獣魔の指輪”を着ければ、心の中でそれぞれと会話することもできる。コイツら人前では犬のフリしかしないからな。人間の言葉や命令も普通に理解できるけど、会話がしたいんだったら指輪を使ってくれ」
ほぉ、この指輪がのう。
おお!? 指の太さに勝手に合わさりおったぞ!
「で、大事なことなんだが。コイツらはみんなの護衛として、常に傍に居させてくれ。ペットとでもなんとでも言ってくれていいから。
「あと無いとは思うけど、お互いの護衛対象を襲うことは、できないからね。仲間同士で争うことは出来ないようになってるから、そこんところよろしく。
「まああとは、愛でるなり手足として使うなり、好きにしてくれていいよ。それぞれの護衛対象の命令は、危険が無い限りはちゃんと聞いてくれるからね」
なるほどの。マナカが護衛対象と認識している者への攻撃には、こ奴らは使えぬわけか。
フューズが実の息子であるウィリアムに襲われた事を、マナカなりに気にしているということかのう……。
まったく。何から何まで、本当に頭が上がらんわい。
で、だな?
「本当にこの毛玉……ジンパチが、それほどの強さを秘めておるのか……?」
「オレのコスケもだ。とてもマークおじさんに敵うようには見えんぞ?」
やはりユリウスもそう思っとったか。
こんなちんまい犬っころが、二頭がかりとはいえワシを超えるとは、流石に思いたくないのじゃが。
「なんだよ疑い深いなぁ。んじゃ、コイツをよく見とけよ?」
そう言ってマナカは、虚空より金属のインゴットを取り出した。
「これは魔鋼だな。普通の鉄の二十倍の堅さを誇る、王国の魔導騎士達の甲冑にも使われている素材だね。ほら、コスケ、ジンパチ」
二つのインゴットを、ちまっこいコスケとジンパチに咥えさせるマナカ。
そして徐に、命令を下した。
「やれ」
次の瞬間、メキョリと、バターでも握り潰すかのようにアッサリと、魔鋼のインゴットは咬み千切られた。
「なんと……っ!?」
「ウソだろ、おい……ッ!」
ワシやユリウスだけでなく、他の全ての面々までもが、驚愕に目を見開いた。
「次は魔法だ。俺に向かって撃ってみろ」
「「ギャウウウッ!!」」
唸り声を上げたかと思うと、ジンパチが真っ赤に燃え盛る巨大な火球を口から放ち、コスケの身体から凄まじい稲妻が迸った。
それらは一瞬にしてマナカに直撃し、爆炎と共に炸裂した――――
「――――どうかな? これで信じる気になった?」
もうもうと立ち込める砂埃の中から、結界で身を守ったマナカが歩み出て来た。
あれだけの魔法を放つ犬っころも驚異だが、それを平然と防ぐマナカも色々とおかしいのじゃが……!
「ちなみに、走る速度は最高で馬の三倍。【加速】スキルも持たせてるから、実際は残像が残るくらいの速度でも間合いを詰められるよ。な? 二頭も居れば、おっさんでも敵わないだろ?」
いや一頭ですら怪しいわッ!?
このちまっこいのに残像が出るほどの速度で動かれたら、躱すことも防ぐことも難しいわッ!!
「これで分かっただろ? 今後は護衛として、コイツらを役立ててくれ。もちろん戦いのパートナーにしてくれても構わない。コイツらなら、並大抵の相手には負けないよ」
なんともはや、恐ろしい相棒を寄越されてしもうた……!
ワシは恐る恐る、足元に戻って来た毛玉……ジンパチを抱き上げてみる。
「わふぅッ! ハッハッハッハッ……!」
うっ……!
か、かわいいのう……!
「ホントは真田十勇士全員を揃えたかったんだけどなー。まあ六郎は二人居るし面倒だったから、【獣勇士】ってことで良しとしようっ」
なんぞマナカが呟いておったが、それよりもワシは、ジンパチのつぶらな瞳にヤられてしもうて、それどころではなかったんじゃ……!